EUが加盟国の再軍備を加速させるためSAFE融資を開始、英国はこの武器調達に自国企業をフル参加させるためEUと交渉したが、67.5億ユーロ=1.2兆円もの参加手数料を要求されて交渉が決裂していた。中国を訪問中のスターマー首相は「EUとの防衛協議再開を目指す」と言及した。
参考:Starmer aims to revive defense talks with EU
参考:Greece under EU pressure over Türkiye’s inclusion in SAFE defense plan: Report
この複雑で主張のぶつかり合いが激しい欧州の武器調達に比べれば他地域の武器調達にまつわる背景や理屈はシンプルすぎて(見ている分には)物足りない
EUは欧州再軍備計画の一環として「加盟国の再軍備を加速させる融資プログラム=Security Action for Europe」を立ち上げ、これに大きな注目が集まっているのは「トリプルAに格付けされるEU債券を通じて再軍備に必要な資金を調達できる」「財政状況が厳しい加盟国にとってソブリン市場よりも有利な条件(推定金利3.3%/10年間の元金返済猶予/最長45年返済)で資金を調達することができる」という点だ。

出典:Bundeswehr/Jana Neumann
オランダやドイツのような財政規律を守ってきた国の国債はトリプルAに格付けされるため「再軍備の資金」を有利な条件でソブリン市場から調達できるものの、財政規律を守ってこなかった国がソブリン市場で資金調達を行う「オランダやドイツと比べて余分なコスト」がかかるため、トリプルAに格付けされていないEU加盟国にとって「SAFE融資を活用するれば装備を購入するための資金調達コストを大幅に削減できる」という意味になる。
欧州委員会は26日までに計16カ国=ベルギー、ブルガリア、デンマーク、スペイン、クロアチア、キプロス、ポルトガル、ルーマニア、エストニア、ギリシャ、イタリア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、スロバキア、フィンランドが申請した融資計画(総額1,120億ユーロ=約20兆円)を承認、これをEU理事会が4週間以内に採択を行い、早ければ最初の資金融資が2026年3月に開始され、欧州で歴史的な国防投資競争が開幕する見込みだ。

出典:European Commission
なぜ歴史的なのかというと「SAFE融資の資金による装備調達の納入期限」が2030年12月末に設定されているためで、1,120億ユーロ(評価中のフランス、チェコ、ハンガリー申請分が承認されれば総額は約1,460億ユーロに増加)という資金を5年以内に消化する必要があり、ここにドイツがソブリン市場で独自調達した資金による装備調達(2025年だけで総額830億ユーロ=約15.1兆円/2041年までに計4,002億ユーロ=約72兆円を投資予定)が加わるため、これは生産枠の確保を巡る戦いになる。
SAFE融資を申請した国は「早く契約を締結して納入期限に間に合う生産枠を確保しないと融資条件が有利な資金が消える」と、この資金の受け皿となる欧州産業界も「早く発注してくれないと納入期限に間に合わなくなってビジネス機会が失われる」というプレッシャーに晒されており、欧州産業界だけで「2030年12月末に間に合う生産枠の確保」は難しく、EU以外の国にとっても「SAFE融資の資金による装備調達」は大きなビジネスチャンスだ。

出典:European Commission
SAFE融資の共同調達に参加できるのは「EU加盟国、候補国、潜在的候補国」と「EUとの安全保障・防衛パートナーシップ=Security and Defence Partnershipsを締結した国=アルバニア、カナダ、日本、モルドバ、北マケドニア、ノルウェー、韓国、英国」に限られ、米国とEUは安全保障・防衛パートナーシップを締結していないため「米企業と欧州企業との提携」もしくは「現地法人の活用」という制限的な参入しかできない立場だが、締結国も「EU域外製コンポーネントの採用比率35%以下」という制限がある。
要するに安全保障・防衛パートナーシップ締結は無条件でSAFE融資の共同調達に参加できるものの、この資金で調達する装備は「最終価格に占める締結国製部品のコストが35%以下に収まっている」と証明しなければならず、調達国にとって締結国製部品の混入は手続きの複雑化を招くため、カナダ、英国、韓国、日本はEUとの二国間協定を通じたSAFEへの正式参加=EU域内企業と同等の扱い、EU域内製部品と同じ扱い、SAFE融資を活用できる権利を目指しており、カナダは既に二国間協定を締結して3つの優遇措置を確保済みだが、英国は正式参加に必要な手数料の額で交渉が決裂した。

出典:EU
正式参加に必要な手数料の額は「SAFE第一弾融資の納入期限=2030年までに当該国の企業がSAFEにフルアクセスした場合に幾ら稼ぐのか」「当該国のEUにもたらす資源提供や地理的優位性」といった要素が加味されるため一律ではなく、カナダは2026年の手数料として1,000万ユーロを要求されたが、この手数料は毎年見直されるため5年分の手数料が5,000万ユーロで済むかどうかは不明だ。
EUは英国の手数料をフルアクセスした場合=5年分として67.5億ユーロ(内2.5億ユーロは管理手数料)を要求、EU側は「英企業がSAFE第一弾融資の共同調達から得られる利益を考えれば妥当な額」と主張しているものの、英国側は「この負担額では自国産業と納税者に見合う価値がない」「英国の高度な防衛技術や情報共有能力を現物貢献として評価すべき」と反発して交渉は決裂したが、中国を訪問中のスターマー首相は「SAFEあるいは他の取り組みを通じ、欧州諸国と英国の間の支出、能力、協力において一定の進展を遂げたい」と言及。

出典:European Commission
POLITICO Europeも1日「EUとのより緊密な防衛関係の構築に再挑戦する用意があることを示唆した」「首相はより緊密に協力できる方法があるかどうかを確認するため、SAFEなどの枠組みを検討する必要があると主張してきた」「SAFE参加交渉は英国の負担額を巡る争いから昨年11月に失敗した」「この失敗はブレグジット後も『英国がEUと緊密な協調が可能だ』と示したい労働党や欧州の同盟国にとって不満の種になっている」「英国は第三国(EEAS締結国の立場)としてSAFEにアクセスすることは可能だが、当初想定されていたような完全な形での参加権は認められていない」と報じた。
非常に興味深いのは「英国が検討しているSAFEと別の取り組み」についてで、これは昨年12月に欧州委員会が承認した「ウクライナに対する900億ユーロ融資」を指しており、要するに「EUの共同借入による900億ユーロの無利子融資の使い道=ウクライナが資金を使用して武器調達に英国も一枚噛みたい」という意味で、フランスを含む複数のEU加盟国は「これに参加する第三国は資金を拠出すべきだと提案」し、EUの外交官も「EU加盟国が融資の利息を支払っている以上、非EU加盟国が何も支払わないのは不公平だ」と主張している。

出典:European Commission
英国の900億ユーロ融資への関与は活発に議論されているわけではなく「当局者レベルのアイデア段階」だが、欧州の武器調達が他の地域や単独国の調達と異なるのは「武器調達のため資金供給が多彩」「同時に資金供給先に起因する選択の制限も多彩」「共同調達に潜む思惑や利益確保に関す動きが可視化されている」という点で、この複雑で主張のぶつかり合いが激しい欧州の武器調達に比べれば他地域の武器調達にまつわる背景や理屈はシンプルすぎて(見ている分には)物足りない。
因みにEU加盟国候補のトルコもSAFE融資と共同調達に参加できるが、ギリシャはエーゲ海の領海問題を理由に「SAFE融資へのトルコ関与を承認しない」と異議を唱えており、ドイツ、スウェーデン、デンマークを含む多くの加盟国は「NATO加盟国の中で米軍に次ぐ規模の軍隊保有国」「欧州と比較しても製造基盤が発展してる」と理由でトルコ参加を支持しているのに対し、ギリシャの主張に同調しているのはフランスとキプロス共和国だけだ。

出典:Kyriakos Mitsotakis
特にドイツはギリシャに「トルコへの圧力をやめろ」と説得中で、もしギリシャの抵抗を政治的に片付けることができればトルコ産業にとってSAFE融資は大きなビジネスチャンスになるだろうし、英国がSAFEにフルアクセスすることが可能になり、検討中のSAFE第二弾融資(2030年~2035年?)が実行に移されればGCAPはSAFEの共同調達対象(英伊調達で共同調達の融資条件を満たせる)になる可能性が高く、GCAP購入資金の調達コストが抑えられればEU加盟国の中から新たな輸出先が確保できるかもしれない。
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※アイキャッチ画像の出典:Keir Starmer





















EU目線で見れば、イギリスを安易に迎えれば、EU離脱コスト・離脱リスクが高まるわけですからね。
英独仏は、ウクライナ戦争中に共同で動くように見えたり、公に露出してる場面が見受けられたわけですが。
EUという枠組みで見れば、イギリスはEU離脱してますから、EU=イギリスに距離感があるというのを節々に感じられて興味深いですね。
まあEUを離脱したのに利益になりそうな分野だけ参加したいと言われても、EU側としては知らんがなとなるのは当然でしょうね。
仰る通りで、ほんと当たり前の話しですよね…
絵に描いた餅によだれ垂らす前に、まずコロナ復興特別基金の財源として発行したEU共通債券に目を向けたらどうでしょう
2028年から返済が始まるようですが、返せそうですか?
EUは相手がロシアなんでEU域内で駆け引きやってる余裕があって羨ましいですね。
こちらは中国相手に何もかも足りない状態で頭抱えてるのに…。
>英国の高度な防衛技術や情報共有能力を現物貢献として評価すべき
さすがブリティッシュ・ジョークはエスプリが効いてますね、ぜひその情報共有能力をGCAPでも発揮して欲しいものです。
SAFEについては今後日本の防衛産業にも大きく関わってくるので注視したいですね。
ここで上のコメントにもあるように英欧に溝ができているのを考えると、ロシアの影響工作の有効性が実感できますね