欧州関連

東地中海問題でトルコを支持する国が登場、ギリシャはEUに経済制裁を要求

ギリシャやフランスなどが強く抗議する中でトルコは周辺国に相談なく設定した東地中海の排他的経済水域(EEZ)で海洋調査を続行中だが、ついにトルコを支持する国が現れた。

参考:Azerbaijan fully supports Turkey’s activities in Eastern Mediterranean

アゼルバイジャンとアルメニアの関係を利用して利益を得るのは誰か?

現在、東地中海はトルコはリビアを利用して一方的に設定した排他的経済水域(EEZ)で海洋調査を行っており、この海域はギリシャが自国のEEZだと主張しているため「トルコが国益を侵害すれば武力を行使しても排除する」と宣言して対応中で、フランスもギリシャを支援するため戦闘機ラファールや海軍の艦艇を派遣してトルコ側に軍事的圧力を加えているため非常に緊張感が高く、今月13日にはギリシャ海軍のフリゲート「リムノス」とトルコ海軍のフリゲート「ケマルレイス」が海上で接触する事故まで発生した。

出典:seligmanwaite / CC BY 2.0 ギリシャ海軍のエリ級フリゲート2番艦「リムノス(F-451)」

両国のメディアは直ぐに相手側が大きなダメージを受けたと報じたが、実際にはトルコ海軍のフリゲート艦尾にギリシャ海軍のフリゲート艦が軽く接触した程度で双方に大きな損傷はなかったらしい。

ギリシャは度重なる要請にも関わらず自国のEEZ内で海洋調査を止めないトルコに対し、フランスと共同で今月27日からベルリンで開催されるEU外相会議の場でトルコへの経済制裁を要求する予定で、トルコの反発が予想されるが国際的に今回の件でトルコを支持する国は皆無と言っていいのだが、最近になってトルコ支持を表明したのがコーカサスのアゼルバイジャンだ。

アゼルバイジャン外務省の報道官は19日、トルコが国際法に基づいた東地中海でのトルコの活動を全面的に支持するという声明を発表して注目を集めており、これは軍事的対立状況にあるアルメニアが先週15日、トルコに対して「東地中海の緊張を和らげるためにも国際法を尊重すべきだ」という声明を発表したことへの対応措置である可能性が高く、この地域における利害関係の複雑化を物語っていると言える。

出典:public domain

アゼルバイジャンとアルメニアの両国はアゼルバイジャン領ナゴルノ・カラバフ自治州の帰属問題で何度も軍事衝突を繰り返してきた歴史をもつ間柄で、簡単に説明するとナゴルノ・カラバフ地域はアルメニア系住民が多く暮らす場所で、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国のボリシェヴィキによってナゴルノ・カラバフ地域はアルメニア領と決まったがアゼルバイジャン側が猛反発、翌日に自治権を与えることでナゴルノ・カラバフ地域はアゼルバイジャン側に帰属することが確定した。

その後もソ連の政局が変わる度にナゴルノ・カラバフ地域はアルメニアへの編入を求め続けるのだが、1989年にアゼルバイジャン政府がナゴルノ・カラバフ自治州を廃止して直接統治に切り替えたため、ナゴルノ・カラバフ地域のアルメニア系住民が独立を宣言、これをキッカケにアルメニアの支援を受けたナゴルノ・カラバフとアゼルバイジャンは全面戦争に突入することになる。

結局、この戦いは数千人の死者と数十万人の難民を発生させて1994年にロシアの仲介で停戦に漕ぎ着けるのだが、ナゴルノ・カラバフ地域と周辺の町はアルメニア系住民が支配する状態を保ったままになり、これを奪い返そうとするアゼルバイジャンと、ナゴルノ・カラバフ地域のアルメニア系住民を支援するアルメニアとの間で何度も武力衝突が発生しているのだ。

出典:Peter Hermes Furian / stock.adobe.com

しかし今年7月に発生したアゼルバイジャンとアルメニアの軍事衝突はナゴルノ・カラバフ地域がある南部地域ではなく北部のタブシュ地方(またはトブズ地区)で発生したのが特徴で、この衝突地点には非常に重要な要素が含まれている。

衝突が発生したタブシュ地方近くにはカザフスタンの原油や天然ガスを欧州へ輸送するためのパイプライン(カザフスタン~カスピ海~アゼルバイジャン~ジョージア~トルコ~欧州)が通る重要地域で、このルートに沿って光ファイバーケーブルや高速道路さらには物流の要とも言える鉄道も通っているため、ここ攻撃するということは現在の地政学的バランスを崩す=変更しようという狙いが隠されていると見るべきだろう。

問題はアゼルバイジャンとアルメニアの関係を利用して誰が攻撃をけしかけたかだ。

アゼルバイジャン側にはナゴルノ・カラバフ地域を巡る戦いでアゼルバイジャン系トルコ人が住む場所を奪われたという名目でトルコが支援を行い、アルメニア側には伝統的にロシアが支援(アルメニア領内にロシア軍基地がありアルメニア防衛の責任を負っている)を行っているため、トルコかロシアのどちらかが新たな摩擦点を作り出そうとした可能性が高く、最も可能性が高いのはリビア内戦やシリア内戦で対立するロシアがトルコを疲弊させるため仕掛けたのではないかと管理人は思っている。

ただトルコ側が自国への批判(リビア内戦やシリア内戦さらには東地中海のEEZ問題)の目を交わすために、欧州のエネルギー事情が絡む地点で問題を起こしてトルコへ集中する視線を外そうとした可能性も無くはない。

出典:Khustup / CC BY-SA 3.0 アルメニア軍の空挺部隊

少し前置きが少し長くなったが、上記のような利害が絡んでいるためアルメニアがトルコを批判すれば直ぐにアゼルバイジャンがトルコを擁護するという非常に分かりやすい図式となり、如何に同地域がロシアやトルコの強い影響下に置かれているかが嫌でも分かってしまう。

現在、アゼルバイジャンとアルメニアの状況は小康状態を保っているが、もしEU外相会議までに再び軍事衝突が発生するようなことがあればトルコ側がアゼルバイジャンを利用して衝突を煽ったという説が説得力をもってくるため、ここ1週間の動きに注目せざるを得ない。

 

※アイキャッチ画像の出典:WalkerBaku / CC BY-SA 3.0 アゼルバイジャン軍の特殊部隊

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コメント

    • 匿名
    • 2020年 8月 20日

    アゼルバイジャンとアルメニアの対立は根深いが、取り敢えずトルコは全方位に喧嘩売るのを止めるべきだと思う。エルドアン氏の対外政策は習近平や文災害並み。

    1
    • 匿名
    • 2020年 8月 20日

    アルメニア本国が親ロシアの立ち位置にありながらも、米国ではアルメニア系ロビー活動が盛んでもあるという複雑な背景を鑑みて、トルコはより孤立化の方向に進むかな

    • 匿名
    • 2020年 8月 20日

    アルメニアの首相が、セーヴル条約は有効だって言ったらしいですね

      • 匿名
      • 2020年 8月 20日

      エレバン放送は今も健在か……

    • 匿名
    • 2020年 8月 20日

    アゼルバイジャン軍はあらゆる分野でトルコの指導や支援で近代化を進めてるらしいな
    トルコが戦争となればトルコ側で参戦することもあるか?

    • 匿名
    • 2020年 8月 20日

    14日のEUオンライン外相会合ではドイツ、イタリア、スペイン、ハンガリー、ブルガリア、マルタが対トルコ制裁に反対したそうです
    イタリアはリビアでトルコと同じトリポリ政府を支援している(マルタも?)
    スペインはイスタンブールでトルコ海軍の強襲揚陸艦アナドル(フアン・カルロス一世の準同型艦)を建造中、既に進水しており就役は年内と見られる
    ハンガリーとブルガリアは記事中のパイプラインの延長予定ルートになっているので
    それぞれ反対したものと思われます

    一方米国は空母アイゼンハワーがシリア沖から帰国するついでにギリシャ海軍と共同演習するなどギリシャ寄りに見える

    いまやEU、NATOは真っ二つ、このまま崩壊か?

    • 匿名
    • 2020年 8月 20日

    軍事衝突がひどくなればEU(NATO)の目がそっちにばかり向くことになって、
    東シナ海などでの中共への監視網が薄くなるだろうから、この地域は沈静化してほしい。

      • 匿名
      • 2020年 8月 20日

      東シナ海を気に欠けてるのはイギリスであってEUはもともとスルー気味だったから、NATOがどうなろうと対応は変わらないと思う
      というか経済的にはEUは中国寄りだったりするから、域内でもめてくれた方が余計な干渉されずに済むまである

        • 匿名
        • 2020年 8月 20日

        イギリスがEU離脱したのは、日本にとっては僥倖だったか。
        結果論だが。

      • 匿名
      • 2020年 8月 20日

      実は中共が糸を引いてたりして…

        • 匿名
        • 2020年 8月 20日

        近年欧州への関与、投資を高めてますからね。
        謀略の有無はさておいて、欧州の混乱は自国のつけ入るチャンスと喜んでいるのは間違いない
        すでにギリシャには多額の投資もしてるし

          • 匿名
          • 2020年 8月 20日

          去年、中央ヨーロッパへ旅行したのですが、まず空港で中国の銀行の広告看板に出迎えられ、観光地には中国人グループが溢れ、Wi-Fi探すと簡体字のネットワーク名が一杯出てきて、現地の観光ガイドのスマホはファーウェイ製…

        • 匿名
        • 2020年 8月 20日

        中国もロシアも利用してやろうといつも狙ってますよ。

    • 匿名
    • 2020年 8月 20日

    知らない地域の知らない事情がわかりやすく書いてあり、興味深く拝読させて頂きました。またコメントされている方も詳しい方が多く勉強になります。ここはマイナーな地域の軍事、政治事情が学べる良いブログですので、管理人さんには今後も無理せず頑張って頂きたいです。

    2
    • 匿名
    • 2020年 8月 20日

    トルコは最近節操ない行動が目立つね…

    • 匿名
    • 2020年 8月 20日

    古今東西、領土は力で手に入れ力で守るもの
    人や企業なら国家が法を権力で強制して管理出来るが、国に法を強制出来るのは力のみ
    国連は国々が決めたことを実行する手足機関であって、国の上に立ち管理する存在じゃないからな。何も強制出来ない
    国連や国際方は自国の利益になるように利用するものであって、信じたり助けてもらう存在じゃない

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