欧州関連

国防力強化を訴えるアイルランド国防軍、67年ぶりとなる戦闘機導入を提案

アイルランド国防軍委員会は「安全保障に僅かの資金しか供給(GDP比0.27%でEU加盟国の中で最低)しない時代は終わった」と指摘、政府に67年ぶりとなる戦闘機導入を提案して注目を集めている。

参考:Irish commission recommends fighter procurement
参考:Growing risk of Ireland’s land, sea, air being used for attack by belligerent powers

緊迫感が増す国際状況にアイルランドの国防力は対応していないと指摘する国防軍委員会

アイルランドは1955年にシーファイアが退役して以降、領空侵犯に対するスクランブルは英空軍に依存(領空侵犯に対処する英空軍機のアイルランド領空侵入を許可する協定を2001年に締結)している状況が続いており、海軍の艦艇も人員不足から保有する9隻中5隻しか運用できない中、ロシア空軍のTu-95が領空を侵犯したりロシア海軍の艦艇がEEZで実弾演習を行うなどアイルランドの安全保障に対するリスクが高まっている。

出典:Sergey Krivchikov / GFDL 1.2 ロシア空軍のTu-95MS

このような変化を受けてアイルランド国防軍は「新たに戦闘機の導入を検討している」と2020年6月に明かしていたが、国防軍委員会は最近発表した報告書の中で「緊迫感が増す国際状況にアイルランドの国防力は対応していない」と指摘して3つのオプションを政府に提案した。

1つ目のオプションは現在の安全保障政策や国防軍・予算規模を維持して人員不足を解消するための数千万ユーロの追加予算だけ認める、2つ目のオプションは大規模な人員追加、レーダーサイトの建設、戦闘機の導入を行うため国防予算の規模を約5億ユーロ拡張して約16億ユーロにする、3つ目のオプションは陸海空の戦力を大幅に強化するため国防予算を30億ユーロ台に引き上げるの3つだ。

出典:public domain グリペン

仮に3つ目のオプションを選択するとアイルランド国防軍の人員は11,500人以上(現在の定数9,500人/正し人員不足で実際には8,500人前後)に増加して海軍の艦艇は9隻から12隻に拡張、領空侵犯に対応する戦闘機を12機~24機調達することになり、国防軍委員会は報告書の中で「安全保障に僅かの資金しか供給(GDP比0.27%でEU加盟国の中で最低)しない時代は終わった」と指摘して一先ず国防予算を50%増やすことを推奨しているらしい。

特に興味深いのは国防軍委員会が報告書の中で「アイルランドの安全保障政策は5Gの問題で米国と中国の板挟みに直面している」と指摘している点で、もしアイルランドが大規模な国防力強化に乗り出すなら米英からの支援が欠かせないためファーウェイ製の5G通信機器採用を見直す必要があり、安全保障政策のためコスト面で優位なファーウェイ製排除に乗り出すと国内産業界から反発を受ける可能性がある。

さらに面白いのはロシア海軍の演習を漁師が阻止したことで「漁船を使用した非対称戦でロシアに勝利した」と現地メディアが大々的に持ち上げている点だ。

出典:Mil.ru / CC BY 4.0

ロシアはアイルランドに対して「アイルランド沖でロシア海軍の実弾演習を3日~8日まで行う」と通告、演習によって漁が行えないアイルランド人漁師が設定された演習海域近く漁船を浮かべて妨害工作に出たのだが、これを受けてロシアはあっさり「演習地域をアイルランドのEEZ外に変更する」と発表したため「漁師がロシア海軍に勝利した」と現地メディアが大々的に持ち上げており、漁師のとった行動の過剰評価がアイルランド国内で大きくなれば安全保障政策の見直しにも影響が出てくるかもしれない。

もし漁師の妨害工作にロシア海軍が折れた形を「意図的」に演出したのならロシアは「正しいアプローチ(国防予算増額)を選択しようとしているアイルランドを間違ったアプローチ(漁船で阻止できるなら過度な国防予算増額は不要)へ誘導しようとしている」と解釈できるため非常に興味深いが、こういった類の話は疑いだすと切りがないので所詮は管理人の戯言だ。

関連記事:戦闘機を廃止したアイルランド、ロシアの脅威に対抗するため戦闘機導入を検討
関連記事:ロシアの偽情報や干渉に蝕まれる民主主義、スウェーデンは対心理機関を設置

 

※アイキャッチ画像の出典:Copyright Saab AB

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コメント

    • 成層圏
    • 2022年 2月 11日

    国防とはどの辺りまでを意味するのかは、その国民の意識によって決まる。
    戦後の日本のようにアメリカにお願いするような、他国への依存もありだし、スイスのように各自銃器を持ちシェルターを用意することもある。
    結局、周りの国の威圧度合いによるんじゃないかな?
    そういう意味では覇権的な国(ロシア、中国、トルコなど)の近くの国は防衛費競争に巻き込まれ大変だ。日本もね。
    干渉国のあるドイツなんかは、逆に多少緩くても問題ないね。

    20
    • 無無
    • 2022年 2月 11日

    これは遠くの小国の話題では終わらないよ、とても参考になる。
    まったく侵略能力のないアイルランドにすらロシアは軍事的威圧をかけてるということ。
    自衛隊を強化するから地域の緊張が高まって戦争につながるだの主張する左派がいかにお花畑かを証明してくれるよ、
    独裁政治国家はこちらの平和主義なんか尊重しないから、喰うか喰われるか、それだけ。

    52
      • タカハヤ
      • 2022年 2月 11日

      >自衛隊を強化するから地域の緊張が高まって戦争につながるだの主張する左派がいかにお花畑かを証明してくれるよ

      そうやって少数派の声を過剰に大きくして流布するのもどうかと思いますよ。
      そんなこと言い出したら「敵地攻撃能力保持は時代遅れ」とのたまう割に深い話はしない宗教狂い政党や一部自民党員に真っ正面から論を交える人材育てなかった、その環境をつくれなかった、長年与党を務めてきた自民党にも責任があるのでは?
      議席の為に主義主張が真逆に近い政党と連立組むのはもはやギャグですわ。
      ちなみに武器輸出三原則をつくったのも自民党。それまではヘリも輸出していた。自分で首締めておいて他人が悪いって歪んでると思いますよ。

      9
        • 無無
        • 2022年 2月 11日

        別に自民党を免責する発言じゃないんで。与党にも平和勢力のあることは悪いことではない、しかし日本人の常識とか感覚が世界でそのまま通用はしないことを理解してないから立ち遅れるんだよ、ガラパゴスはあちこちにいる

        10
        • 匿名11号
        • 2022年 2月 11日

        どうかな、分けて考える必要があると思う。

        バブルの頃ぐらいまでなら、理由はどうあれ「日本に関わる戦争は日本の都合だけで起こる」と(それが幻想であれ)思い込めた人は多かったと思うから、その時代では「少数派」というわけでもないし、「武器輸出三原則」も後からみた結果論としては間違いでも、当時としては妥当なものだったともいえる。もちろん、今は時代が違うわけだが。

        ただ、その頃既にそこそこ高齢だった人は時代が変わったからといえ生き方はなかなか変えられないから、今になっても真面目にお花畑を主張しちゃうし、敬老精神に富み事情を知らぬ素直な若者なら鵜呑みにしてしまう者も出てくる。ちゃんとお花畑だと言ってあげる必要があると思うよ。

        7
        • ななしさん
        • 2022年 2月 12日

        言わんとすることは分かるが、こればっかりは「過去は過去」の話。
        現在の政治家には将来を見据えて建設的な議論が求められるのでは?
        …あ、憲法9条を錦の御旗にするのはやめて欲しいけど。

        7
    • ななし
    • 2022年 2月 11日

    ロシアのメッセージは「イングランドとことを構えるならロシアは支援するよ。ロシア海軍はいつでも駆けつけられる。」って感じじゃないかな?
    分断を煽ってるような気がする

      • 無無
      • 2022年 2月 11日

      それ深読みのしすぎではないかな、過去の経緯と現状から見て、これ以上の対立もしないし親密にもならない、だろ。
      アイルランドにはEUとの関係が発展に不可欠だし、かつ英国とは微妙さはあっても揉めたくはない、あまりにも近い関係
      北アイルランド問題にソ連が暗躍してたのも過去の話ですよ、
      英国とアイルランドは、他国の干渉を嫌がるキャラクターを継いだ異母兄弟というとこか、

      14
    • ザコ
    • 2022年 2月 11日

    シーファイアの後継機にF-35やタイフーンが採用されちゃうのか…

    2
      • samo
      • 2022年 2月 11日

      イギリスとの協調を考えるならどっちかだけど、今から買うならF-35じゃないかな?
      長期的な保守がいるし、F-35ならBAEに丸投げすることもできるだろうし
      タイフーンだと、イギリスでの退役が見えてしまってるから、イギリスで退役したあとのコストが上がることも予想されるし

      11
      • 匿名希望
      • 2022年 2月 11日

      足で考えるならF-15EX
      イギリスとの連携を考えるならタイフーン
      ステルス機ならF-35ですかね。

    • A
    • 2022年 2月 11日

    グリペンはかっこいい。

    8
    • もり
    • 2022年 2月 11日

    戦闘機買うなら何になるのかな
    安くて最低でもロシア第4世代機に対抗出来るレベルを目指すならF-16かグリペンEか
    そこでKF-21が食い込めばアジア機の進出で面白いんだけどなぁ

    4
    • ヴラムガット
    • 2022年 2月 11日

    ウィキによれば戦闘機選定の候補機はM-346、FA-50、グリペンの三つらしい。
    欧州製という観点を重視すればM-346、信頼と実績を重視すればFA-50かな。
    グリペンはなんか違うと思う。アイルランド空軍が求めているのは練習機兼対地攻撃、要撃もこなせる軽量級の機体だと思う。(あくまで私の私見)

    2
      • もり
      • 2022年 2月 11日

      FA-50ってAMRAAMの統合何時になるんだろうな
      AMRAAM使えれば主力戦闘機級の相手にも牽制くらいにはなるし爆撃機や哨戒機相手なら楽に撃墜も狙えて護衛機を付かせる負担を強いる事も可能だろうし

      3
        • バーナーキング
        • 2022年 2月 11日

        block20でレーダー換装とAMRAAM?統合、と言ってたけど、
        先日のマレーシア向けのblock20では提供されず、
        「将来的なオプション」になってたもんね。

        3
      • 黒丸
      • 2022年 2月 11日

      そこにF-16がいないのはどうしてだろうか
      新品でも中古でも、こういう話にはおなじみだと思っていたんだが
      ほとんどゼロからの戦闘機運用には向いていないのかな?

      2
        • 匿名
        • 2022年 2月 11日

        むしろ、グリペンが居るのに違和感があります。
        先ず必要なのは練習機、ついでに軽攻撃機などに転用可能ならばなお良し、
        といった印象のM-346やFA-50と毛色が異なると思うので。

        2
        • 破軍
        • 2022年 2月 12日

        候補機を見る限りイングランドの要望は過剰な性能やSTOL機能関係なくCPFHが低コストな運用を考えているとは思う。

        機体価格が投げ売りならユーロファイターも有りかも知れない。英空軍やオーストリアのトランシェ1(搭載兵器や性能が限定されていてもイングランドの要望には合致)で十分な気がするけどオーストリアの二の舞になる気はする。

        F-16はA/Bを除き将来的なサポートと基本性能と搭載兵器を考えれば有りだが主力戦闘機としてはCPFHが安いが会の機体と比較すれば高め、売れ筋機体で程度が良ければ中古でもよほどの事が無い限り安くは無いと思う。イングランドにはオーバースペック。

        M-346は採用機体が少ないからどこまでサポートがあるかが1番のネック。最悪自国内でカバーとかは無理そう。

        FA-50はサポートや性能考えて恐らく1番無難。中距離以上のミサイル対応問題はイングランドには関係ない。

        グリペンはC/DかE/Fで機体価格が変わるので何とも。E/Fは長く使えるだろうが基本性能や搭載兵器の多様さはイングランドにはオーバースペック。スウェーデンの中古C/Dが1番理想だが値段は幾らになるだろう。CPFHが安くトータルの性能が高いのはグリペンだけ。

        コスト面や長く使う事を考えるなら新品で安く手に入るFA-50辺りを選ぶんじゃないかな。

          • 匿名
          • 2022年 2月 12日

          アイルランドとイングランドを取り違えているかと。

          4
      • 匿名希望
      • 2022年 2月 11日

      C/Dならそこそこ行けるのでは?>グリペン

      • あまつ
      • 2022年 2月 11日

      戦闘機導入の目的が対ロシア防空なんだから普通に考えればグリペン一択。
      訓練部隊を立ち上げて~なんてやってる予算も時間もなさそうなので、その辺はイギリス辺りに委託してしまった方が(将来的には創設するとしても)短期的には安く上がる。
      といっても新品のE/F型は手が出ないだろうから狙うとすれば中古のC/D。
      それが入手できない、もしくは中古でも予算と合わないとなればM-346やFA-50の可能性も。
      亜音速でBVRAAMの撃てないM-346や部品の入手製に難のありそうなFA-50は出来れば避けたいところだろう。

      3
        • 破軍
        • 2022年 2月 12日

        アイルランドで問題にしているのって現有装備PC-9MだとTu-95にすら全く対応出来ないから。最低ラインがスクランブルでTu-95の高度と速度に対応できることなんで電子戦とか搭載兵器の多様さとかスクランブルに直接寄与しないような所はオミットしたい感じじゃないかな。

        規模的に後進国が導入する機体レベルと考えた方が良くて過度に欲張るとオーストリア見たいに飛ばすのにも困る環境になるのは避けたいだろうし、最低条件を満たした上でどこまで欲張るかだな。

        M-346はF-CK-1と同系統のエンジンを双発で積んでいるから意外とCPFH高いかも知れないのよね。台湾のF-CK-1とF-16の比較だと双発の方が高かった感じだし。

        部品の入手性に関しては他国生産部品の輸出制限の話では無いと思うが、ソウル 仁川⇒アイルランドの国際線あるからよほどの部品じゃ無い限りは韓国からのデリバリー出来るんじゃないかな。少なくとも民間だとストックが無い所でトラブル起こした機体に必要な部品を国際線で送る(動けない事での損害が大きい)というのはザラにある話で一気に不動機体が増えるみたいな変な事が無ければ問題にはならないと思う。

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