欧州関連

トルコの失策、ギリシャのF-35Aはエーゲ海上空のゲームチェンジャー

ロシアからS-400を導入してF-35A導入が不可能になったトルコだが、未だにF-35サプライチェーンから外されることなく部品の製造を続けており、果たしてトルコに対する米国の圧力は失敗に終わったのだろうか?

ギリシャの軍事力強化をしてトルコを追い詰める米国の政策は確実にエルドアン大統領を追い詰めつつある

米国はS-400を導入したトルコ発注分のF-35A引き渡しを拒否、2020年3月までにF-35サプライチェーンからもトルコの防衛産業企業を排除すると通告していたが、トルコ国防省調達部門のイスマイル・デミール氏はF-35製造に必要な部品供給が今も続いていると明らかにした。

デミール氏は「新型コロナウイルスによる混乱が2020年3月以降トルコから何も購入しないと言っていた米国のアプローチを過去のもにした」と言っており、これはある種の勝利宣言とも受け取れる。

関連記事:米国の排除宣言はブラフか?トルコからのF-35部品供給が中断されていない理由

では、トルコはS-400導入による影響を全く受けなかったのだろうか?

実はトルコが最も恐れているのはエーゲ海がギリシャの内海化することであり、それを軍事的に証明するギリシャ空軍の強化だ。

国際法上、国家は基線から最大12海里(約22.2km)までの水域を領海として宣言することができるのだがエーゲ海を挟んで領海を接するギリシャとトルコは12海里では6海里を採用している。しかしギリシャは領空に関して領海と同じ6海里ではなく10海里を主張しているため、領海と同じ6海里を主張するトルコと領空が重なり対立を生んでいるのだ。

出典:w:en:User:Future Perfect at Sunrise / CC BY-SA 3.0 左:トルコが主張する6海里 右:ギリシャが将来的に主張する12海里

関連記事:ギリシャ空軍のミラージュ2000とトルコ空軍のF-16Cがエーゲ海上空で交戦

将来的にギリシャは国連海洋法条約で定められた12海里の領海を主張すると見られおり、そうなれば更にトルコ側の領空と重なり合う部分が増えることになるのだがトルコは国連海洋法条約に加盟しておらず最大12海里を定めた国際海洋法に拘束されることはないと主張して対抗している。

では、ギリシャ側が領海を12海里に拡張するのはいつなのか?

これは政治的な問題であるため正確に何時とは言えないが、少なくとトルコと軍事力が均衡した状態で12海里化すれば戦争の火種になるので軍事バランスが崩れた時=ギリシャの軍事力がトルコを圧倒した時が12海里を宣言する好機だと言える。

しかし互いが意識しあっている状況で軍事バランスがどちらかに大きく傾くことは普通あり得ないのだが、そのあり得ない状況が訪れようとしているためトルコ側が焦っているという。

トルコはロシア製防空システム「S-400」導入の影響で第5世代戦闘機F-35Aの購入を拒否され、欧米企業の協力を得て開発中だった国産の第5世代戦闘機「TF-X」も完成するのか怪しくなってきているため空軍近代化計画が暗礁に乗り上げているのだが、これを好機と捉えたギリシャは空軍の大規模な近代化を進めて均衡していた軍事バランスを崩そうとしているのだ。

ギリシャは約50億ドル(約5,400億円)もの予算を投じて空軍が保有するF-16C/Dを最新型のV仕様(Block72)相当へアップグレードやトルコが失った第5世代戦闘機F-35Aを24機導入する計画で、これがどれだけ思い切った投資なのかはギリシャの年間国防予算が約48億ドルなのを見れば良く理解できるだろう。

もしトルコの空軍近代化が停滞したままギリシャ空軍の近代化が進めば、10年後のエーゲ海上空の軍事バランスは一気にギリシャ側に傾き領海12海里化を宣言するチャンスが訪れるだろうとトルコメディアは危惧しており、結局エルドアン大統領の「S-400導入」という政治的決断は軍事力低下を招いただけでキプロスを含む東地中海の軍事的天秤を逆転させてしまう=トルコの損失はギリシャの利益にしかならないと嘆いているのだ。

因みにギリシャは空軍だけでなく海軍や陸軍の近代化も進めている。

出典:GDK / CC BY-SA 3.0 パパニコリス級潜水艦(214型AIP)

ギリシャ海軍は既存のポセイドン級潜水艦(209型/1200)やオケアノス級潜水艦(209型/1500AIP)に対しアップグレードを施し、2010年からパパニコリス級潜水艦(214型AIP)の運用を開始してAIP推進の潜水艦戦力ではトルコ側を圧倒(5対1)しており、トルコが調達を進めている214型潜水艦に対抗するため対潜哨戒機P-3Bのアップグレードを行いMH-60Rを新たに7機導入することも決定したばかりだ。

平時9万人体制のギリシャ陸軍は平時35万人体制のトルコ陸軍には及ばないかもしれないが戦時動員を行えば50万人+まで動員可能で、ドイツ製主力戦車レオパルト2を353両(A6を170両/A4を183両)、レオパルト1A5を500両保有しており、保有している攻撃ヘリAH-64はアップグレードが予定されている。さらに昨年、米国から無償譲渡された中古のOH-58Dを70機導入するなど航空戦力を中心に戦力強化を進めている。

逆にトルコはS-400導入の影響で空軍近代化が停滞、国産化した兵器も欧米製搭載品の輸出許可が降りず生産に支障をきたしており国産品への切替を行っているが、同等品の開発には時間と資金が必要で軍強化は当面停滞するしかない。

このまま両国の軍事バランスが崩れて東地中海、エーゲ海、キプロスの天秤が逆転するような事態になれば、やけくそになったトルコがロシアの後ろ盾を得るため身売りする可能性もあるので、米国も極端なギリシャの軍事力強化は望まないはずだが、ただ米国の対トルコに対する圧力は徐々にエルドアン大統領を追い詰めているのは確実だ。

 

※アイキャッチ画像の出典:U.S. Air Force photo/Tech. Sgt. Brandon Shapiro

空の次は陸で衝突、トルコ軍が東京ドーム約1.3個分に相当するギリシャ領土を占領前のページ

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コメント

    • 匿名
    • 2020年 5月 25日

    ギリシャ、また財政破綻しないかが気になります。

    5
      • 匿名
      • 2020年 5月 25日

      ギリシャって港を中国に抑えられているんでしたよね。
      再度の破綻で何を借金のかたにとられるんでしょう。

      2
    • 匿名
    • 2020年 5月 25日

    地図見せてもらって理解できました
    めちゃくちゃ厄介だわ、エーゲ海
    あと、ギリシャって下手するとドイツより実働戦力あるんじゃ、、、

    3
    • 匿名
    • 2020年 5月 25日

    自分で招いたことなのだから嘆いてもな。
    どちらに付くのかは明確に、というのは基本中の基本。
    でなければ韓国のようになってしまう。

    • 匿名
    • 2020年 5月 25日

    自らをオスマン帝国と思いこんでいるトルコとかいう中小国家
    弱小国ではないが大国とは言えず自国への評価が異常に高くて大国間でコウモリ外交をして被害者面をする
    どうあがいても中立とか無理そうな部分といい自称東アジアのバランサーとそっくりで草

    1
      • 匿名
      • 2020年 5月 25日

      ちょっと一方的な見方すぎる。
      ギリシャもやってる事やってきた事はホント大概酷いので、EU諸国もマジでどちらにも味方できない有様。

      1
      • 匿名
      • 2020年 5月 25日

      まだトルコは他国に軍事力でやり返せるだけで日本よりマシでしょう、コウモリ外交してるのは日本、韓国でしょう。いまだに習近平の来日調整してますからね。これを実現したら世界から見たらコウモリ外交です。

      1
        • 匿名
        • 2020年 5月 25日

        ぜんぜん関係ない話に無理矢理日本を絡ませるのか?
        どうせ日本sageが目的なんだろうけどさ、そんなことやってて恥ずかしくないのか?
        www
        淋しい哀れな人生だな、他にやることないのか?
        www

        3
        • 匿名
        • 2020年 5月 25日

        日本がコウモリ外交とか笑わせないでほしいわ
        いつ日本が中国と軍事協力を進めたり中国製の兵器を導入したりしたんですか?
        ファーウェイ周りでもアメリカへの配慮が早かっただろうにさあ
        日本よりマシというあたり愛国者様はエルドアンみたいな強い指導者(笑)みたいなのがお好みなのかい?
        習近平の国賓訪問が嫌みたいだけど日中平和友好条約はお忘れで?愛国者様は中国が建前上は友好国という事を忘れてるよな

        5
        • 匿名
        • 2020年 5月 25日

        上海などに住む比較的海外事情に明るい中国人達すらも、日本は自分たち側でなく明確にアメリカ側だと考えてるのに。
        何処の世界線から来られたので?

        3
        • 匿名
        • 2020年 5月 26日

        ほう? あの朝日新聞すら

        リンク
         安倍晋三首相は25日の記者会見で、新型コロナウイルス対策をめぐる米中の対立について問われたのに対し、「新型コロナは中国から世界に広がったというのは事実である」との認識を改めて示した。その上で「基本的な価値を共有する同盟国として、米国と協力をしながら様々な国際的な課題に取り組んでいきたい」と述べた。

        と報道してるが? コウモリ外交とやらは韓国だけだな

        2
    • 匿名
    • 2020年 5月 25日

    両国とも同じ潜水艦を持っているんですね。
    (細かい違いはあるんでしょうけれど)
    元々いろいろともめている双方へ潜水艦を売った国ってすごいなぁー。
    こういうのって見習った方が良いのか悪いのか…。

    1
      • 匿名
      • 2020年 5月 25日

      トルコは214型は買えないでしょね。
      ドイツは民族紛争があるEU域内の国には武器輸出をしません(とっても頑な)
      なので、トルコは韓国のK-2戦車の技術を買ったのですがアルタイ戦車の開発は完全に頓挫しています。 理由はK-2戦車は変速機の開発に失敗して、パワーパックとして(独・MTU/エンジン+独・レンク/変速機)を使ってるので、トルコはこれを導入出来てません、3次の量産でも斗山のエンジン+レンクの変速機なので無理です。 同じ理由でドイツが214型潜水艦をトルコに輸出することは無いです。 韓国は214型の輸出の承認は(ドイツから)mらっていません、もうドイツでは生産していない209型は韓国が新造してインドネシアに輸出しています。

      • 匿名
      • 2020年 5月 25日

      双方へ潜水艦を売った国=ドイツなんだけど、トルコとギリシャの場合、共にドイツと同じNATO加盟国だと言う事情があるのを忘れるべきじゃないよ
      あとドイツはトルコとギリシャ双方にレオパルド2戦車も売っているが、これについてはクルド人問題でドイツとトルコが揉めた事がある(ドイツは自国製の戦車をトルコによるクルド人弾圧に使用した件を非難している)

      • 匿名
      • 2020年 5月 26日

      まあ214型は色々問題があってギリシャが受け取り拒否した事ある曰く付きなんだけどね
      てかあれどうなったんだ?と思ったらパパニコリスがその214型だった
      209型もあちこちに売りまくったけどどっちもドイツ海軍は使ってないってとこがミソかと…

      1
    • 匿名
    • 2020年 5月 27日

    トルコの政治判断ミスで全方位敵だらけで武器調達も無理とかかなり積んでる
    あの大統領はクーデターと内戦こそを怖れてるんだろうが、いつまで政権持つのかね

      • 匿名
      • 2020年 5月 27日

      なんだかんだ言われながらの長期政権です。
      倒れるときは派手に周りを巻き込みながらの予感。

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