欧州関連

ラインメタルのATACMS生産、米軍備蓄の補充に役立つまで2年以上かかる

米軍は対イラン戦で陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)と精密ストライクミサイル(PrSM)をほぼ全て使い果たし、ATACMSのライセンス生産を予定しているラインメタルのパッパーガー氏は「ドイツ生産分が米軍備蓄を補充できるようになるまで2年以上かかる」と述べた。

参考:Reuters Rheinmetall says ramping up ATACMS output will take time as US rebuilds stocks
参考:Defense News Rheinmetall says ramping up ATACMS output will take time as US rebuilds stocks

もし推定100発前後のATACMSに手を付ければ米陸軍の苦境がさらに浮き彫りになるだろう

ロイターやDefense Newsは「米軍はエピック・フューリー作戦中、MLRSやHIMARSで使用する陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)と精密ストライクミサイル(PrSM)の在庫のほぼ全てを使い果たした」「これまでATACMSとPrSMの在庫減少に関して報告されていなかった」「ATACMSとPrSMの在庫減少は有人機の撃墜リスクを避けるというトランプ政権の決定を反映したものだ」「トマホークの在庫もエピック・フューリー作戦で約半分まで減少した」と報じた。

出典:Lockheed Martin

ATACMSは射程300kmの戦術弾道ミサイル、PrSMはATACMSの後継として調達が始まったばかりの短距離弾道ミサイル(射程500km以上)で、米陸軍は既にATACMSの調達を打ち切ってPrSMの調達に移行しており、ATACMSの生産ラインは台湾、ポーランド、エストニア、ラトビア、リトアニア、モロッコ発注分を処理しているものの、ATACMSとPrSMの生産は同じ施設と人員を共有しているため、米陸軍はPrSMの調達を拡大・加速するためATACMSの生産終了を望んでいた。

ロッキード・マーティンとラインメタルは7月に開催されたNATO首脳会議の防衛産業フォーラムで「ATACMS共同生産に関する覚書」に署名し、両社はATACMS生産のドイツ移転を計画中だが、米国政府がATACMSの技術移転を承認するかどうかは保証されておらず、ここから予想される影響は「米陸軍が地上発射に対応した長距離攻撃能力を補充するためATACMSの海外供給分を備蓄回復のため取り上げる可能性」「ATACMS生産を縮小して施設と人員をPrSM生産の拡大に振り向ける可能性」だ。

出典:Photo by John Hamilton

米国は対イラン戦で武器備蓄を消耗したため、英国、ポーランド、リトアニア、エストニアを含む欧州の同盟国に「契約済みの武器納入が遅れる可能性が高い」と通知し、エストニアのペヴクル国防相は7月16日「ATACMSを除く全ての弾薬の供給再開が許可されている」「ATACMSの供給だけはイラン情勢の推移に依存している」と明かし、PrSMは今のところオーストラリアにしか供給されておらず、ATACMSの供給のみ保留されているということは「自国の安全保障に影響を及ぼす事情があれば、対外有償軍事援助(FMS)で合意された武器取引の条件から逸脱することができる権利の行使」を示唆している。

ラインメタルのパッパーガー最高経営責任者はロイターの取材に「(ドイツでATACMSの生産が開始されれば)イランとの紛争で枯渇した米軍備蓄を補充するのに十分な能力が確保できるだろう」「但し、それは2年で実現するものではなく、もっと多くの時間がかかるだろう」と述べ、まだ米国政府からATACMS合弁事業に関する承認は下りていないものの「手続きは順調に進んでおり、米国政府の支援も得ている」「我々とロッキード・マーティンは世界市場をターゲットにしており、ATACMSの需要も今後15年間は続くだろう」と主張した。

出典:Lockheed Martin

全ての手続きや準備が順調に進めば2027年中に生産施設がドイツに設置される見込み(最初の利益は2028年に発生すると予想)だが、生産が軌道に乗るのはまだまだ先の話で、米国がATACMS合弁事業を承認してもブラックボックスなしでの完全生産を認める可能性は低く、オーストラリアは例外的にGMLRSとPrSMのライセンス生産が認められているものの、米国からシーカー、推進薬、信管などの部品を輸入しているため「完全な現地生産」ではなく「現地での最終組立」でしかない。

例外的に日本もPAC-3 MSEのライセンス生産が認められ、三菱重工業が自衛隊向けに生産(年30発程度)しているものの、シーカーだけは技術移転が許可されていないためブラックボックスとしてボーイングから供給を受けており、2026年末にドイツで稼働を始めるPAC-2 GEM-Tのライセンス生産も「シーカーをドイツで生産する」という記述がないため、RTXがブラックボックスとしてMBDAとの合弁企業=COMLOGに供給する可能性が高く、ATACMS合弁事業を承認してもシーカーなどのコア技術をブラックボックスとして供給するなら生産量は米企業の供給能力に左右されるだろう。

出典:Lockheed Martin

米国がライセンス生産を認めても構成部品の一部をブラックボックスとして供給するのは「軍事機密の保護」だけでなく「ライセンス生産国による当該兵器の生産量制御」という側面があり、ライセンス生産を許可されたら自由に好きなだけ作れるという意味ではない。

ちなみに施設と人員を共有するATACMSとPrSMの生産割合は圧倒的にPrSMの方が多く、ATACMSの年間生産数は推定100発前後(台湾向けの約420発を2031年まで納品する予定なので、これだけで見れば年80発前後)、PrSMはフルレート生産に移行して年間生産数は300発程度、これを年400発に引き上げる予定で、将来的には現行の4倍=1,000発以上に引き上げるのが目標だ。

同盟国やパートナー向けに生産しているATACMSを取り上げたとしても、米陸軍の地上発射型弾道ミサイルの備蓄回復(ワシントン・ポストの報道によればエピック・フューリー作戦でATACMSとPrSMを1,300発以上も消耗)には何年もかかる見込みで、もし推定100発前後のATACMSに手を付ければ米陸軍の苦境がさらに浮き彫りになるだろう。

関連記事:米陸軍、地上発射型弾道ミサイルのほぼ全てを対イラン戦で使い果たす
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関連記事:PrSM生産拡大のためATACMS生産中止が現実味、独企業は生産移管を希望

 

※アイキャッチ画像の出典:Lockheed Martin

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コメント

  • コメント (8)

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    • 7743
    • 2026年 8月 08日

    対イラン戦でATACMSを射耗したというのは飛ばし記事なのでは?
    しょせんは短距離弾道弾でしかなく、地上戦に踏み切らずに湾岸諸国の駐屯地から撃ち込んで有効な打撃を与えられるような標的がそんなにあるのだろうか?

    5
      • nachteule
      • 2026年 8月 09日

       どのタイミングで米軍の発射プラットフォームが何で何両展開して、どこから攻撃しているかイランの軍事施設の数や部隊の展開状況が分かった上でターゲットがそんなにあるのか疑問に思っているんでしょうか。移動目標への攻撃は現時点では不可だろうが、固定施設では無く展開して静止しているターゲットへの攻撃は出来る。元が司令部や燃料弾薬貯蔵庫、部隊集積地、ミサイル等の高価値目標とかがターゲットですから展開次第では標的たり得るでしょう。

       米軍のATACMS在庫は露宇戦争が始まった時ですら500発切っていて、PrSMの生産は23年末位なので年300発の生産レートがすぐに出来たとするなら計算で7月末までは合計800発位は完成出来るであろうとは考える事は出来る。PrSMの生産レートが上振れるかATACMSの在庫がもっとあったなら1300発射耗して在庫切れは納得出来る数ではある。

       ATACMSとPrSMの発射をしているのはクウェートの部隊だけの可能性が高いと思うし、それ以外だと米陸軍が大規模展開もしていないカタールの海側に米軍が展開して発射させている事もあるだろうが、そこまで露骨な協力している国は無いんじゃないか。

       クウェートから攻撃出来る範囲内で1300発も射耗出来るかと言えば橋や道路等のインフラ攻撃までやっていれば全然有り得ない話しでは無いと重う。貴方が言うようにATACMSだけの射耗なら初期段階ではATACMSの射程圏内にターゲットは沢山いた可能性があるし、大半を発射しているなら有り得ない話しでは無いと思いますけどね。
       ちなみに現実的な話じゃ無いかもしれませんがHIMARS16両の砲兵旅団で遅くとも10分で再送転は出来るだろうし、ターゲットが決まっているならば1両あたり1時間に4発位発射して8時間ぶっ続けで発射するならその時点で500発は超えます。
       クウェートからならATACMSであっても一時期話題になったカーグ島周辺までは届くので、カーグ島上陸とかまことしやかに言われていたタイミングでイランが対抗策としてカーグ島近くに砲兵戦力とか集めていたなら絶好のカモだったでしょう。
       もっと発射拠点が多いのであるなら条件は緩和される方向で小型艇の基地とかも狙われるでしょう。先月には海兵隊のHIMARSが中東への緊急展開訓練だったかをしているし発射基の増加なんて米軍には簡単ですターゲットが明確で発射出来る環境があるならば米軍は撃つ事は出来るでしょう。所詮は想像でしかないですが、状況次第では全然有り得るとは思います。 

      1
    • SB
    • 2026年 8月 09日

    Epic Fury作戦、良いか悪いかで言えば9割9分くらい悪い寄りだけど、従来の備蓄だと対中国において全然足りなくなるのをこれ以上ない形で証明できたのは、唯一の良い点だと思ってる
    これなら数百発とか1000発でも多過ぎるって意見は大分封殺できるでしょ

    18
      • 元ねじ屋
      • 2026年 8月 09日

      作戦規模に対して使い過ぎとか明後日の方向の批判が出てきたりして…

      2
      • のー
      • 2026年 8月 09日

      証明できたのは良いのですが、中国にバレてしまったのが問題です。
      つまりもっと大量に生産して溜め込まないと、抑止力として役に立たなくなりました。

      14
      • 理想はこの翼では届かない
      • 2026年 8月 09日

      ???「話は聞かせてもらった。つまり、Epic Fury作戦は対中国に向けて生産能力が足りない事を米国民に知らしめるトランプ大統領の策略だったんだよ!!」
      ???「な……なんだってー!!」

      いや、まさかね?

      6
      • YF
      • 2026年 8月 09日

      中国側もEpic Fury作戦見て、あれ?台湾有事に使ううちのミサイル足りなくない?って計画を後ろ倒しにしてくれるといいんですけどね。

      7
    • ななしのシロウト
    • 2026年 8月 09日

    アメリカ軍が各種ミサイルの在庫を正常化するには数年かかるため、この間は大規模な作戦行動は難しくなります
    アメリカの足元を見て不穏な動きをする国が出てこなければ良いのですが・・・

    7

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