EUが加盟国の再軍備を加速させるため融資条件が有利な資金供給(SAFE)を開始し、最大の受益国となるポーランドは約437億ユーロ=約8兆円の資金を手に入れるはずだったのだが、ナヴロツキ大統領がSAFEを拒否、トゥスク首相はプランBを採択してSAFEの資金活用を進めている。
参考:Orędzie Prezydenta RP
参考:Szef KPRP o uchwale rządu ws. SAFE: To niedopuszczalne
参考:Prezydencki projekt ustawy o Polskim Funduszu Inwestycji Obronnych
参考:Premier: Nie ma czasu na kombinacje. Firmy zbrojeniowe czekają na pieniądze z polskiego programu SAFE
参考:Premier: Weto w sprawie SAFE byłoby niewybaczalnym błędem
参考:Propozycja NBP to „zero złotych”
参考:Weto nas nie zatrzyma. Zrealizujemy program Polska Zbrojna
参考:Polish president rejects $50 billion in European military loans
ナヴロツキ大統領にとって皮肉だったのは既存の仕組みが「PiS政権時代に創設された軍事支援基金だった」という点
EUは欧州再軍備計画の一環として「加盟国の再軍備を加速させる融資プログラム=Security Action for Europe」を立ち上げ、これに大きな注目が集まっているのは「トリプルAに格付けされるEU債券を通じて再軍備に必要な資金を調達できる」「財政状況が厳しい加盟国にとってソブリン市場よりも有利な条件(推定金利3.3%/10年間の元金返済猶予/最長45年返済)で資金を調達することができる」という点で、トリプルAに格付けされていないEU加盟国にとっては「SAFE融資を活用すれば資金調達コストを大幅に削減できる」という意味だ。

出典:Bundeswehr/Jana Neumann
欧州委員会は1月15日「8つの加盟国(ベルギー、ブルガリア、デンマーク、スペイン、クロアチア、キプロス、ポルトガル、ルーマニア)が申請した計画の評価が完了したためSAFE融資を承認した」と、1月26日「8つの加盟国(エストニア、ギリシャ、イタリア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、スロバキア、フィンランド)が申請した計画の評価が完了したためSAFE融資を承認した」と発表、EU理事会も2月17日までに欧州委員会が承認した計16ヶ国分の融資を承認したため、融資を承認された国はEUと融資契約を締結して支払いが開始されている。
16カ国への融資額は約1,120億ユーロ=約20兆円だが、最大の受益国は約437億ユーロ=約8兆円の融資が承認され、共同調達ではなく単一調達の例外規定が認められたポーランドで、融資を受ける139プロジェクト(East Shield建設関連、空中給油機、自走砲、歩兵戦闘車、装甲兵員輸送車、対ドローンシステム、携帯式防空ミサイル、兵站支援システム調達など)の大半が単一調達として認められたのだが、カロール・ナヴロツキ大統領が今月12日「SAFE融資を活用する装備調達法案に拒否権を発動する」と発表。

出典:POLSKA GRUPA ZBROJENIOWA S.A.
ナヴロツキ大統領は「この法案は我々の主権、独立、経済的・軍事的安全保障を脅かすものだ」「SAFEの資金はコンディショナリティ(条件付与)の原則に基づき、EUが意のままに資金提供を停止できる仕組みであり、そうなれば我が国はこの負債を支払わなければならなくなるだろう」と主張し、SAFE融資の代案としてポーランド国立銀行の利益と金準備を活用した国内資金の無利子基金=Polski SAFE 0%を提案し「これならEU依存ゼロ、利息ゼロ、主権100%で同じ額を調達可能だ」と説明した。
この問題はナヴロツキ大統領=PiS寄りとトゥスク首相=中道親EU政権の対立という側面もあるが、国内政治的な色を除外した場合「45年という超長期のユーロ建て融資」「利息の支払いだけで最大1,800億ズウォティ=約6兆円を超える可能性」「主に独仏系銀行を儲けさせるためにポーランドの子供が借金を背負うことになる」「一時的な軍事力近代化のため国家の財政独立を売るようなもの」「ロシアの脅威に対抗するならEUの決定に依存する資金ではなく自前の資金でやるべき」となり、右派・保守系メディアは大統領を「愛国者」「主権の守護者」と絶賛。

出典:Oficjalna strona Prezydenta Rzeczypospolitej Polskiej
逆に親政府・リベラル系メディアは「恥ずべき政治ショー」「ポーランドの国際的イメージを損なう」「軍の声が無視された」「ロシアのドクトリンに嵌まる」と激しく批判、トゥスク政権も13日「大統領の拒否権発動は国家への裏切りだ」「ポーランド軍のニーズよりもトゥスクへの個人的な反発が優先された」と批判して政府決議=Program Polska Zbrojnaを採択。これにより新たな法律ではなく「既存の仕組み」を活用してSAFE融資を装備調達に活用できるようになった。
皮肉だったのは「SAFE融資を装備調達に活用する既存の仕組み」が「PiS政権時代に創設されたFundusz Wsparcia Sił Zbrojnych(FWSZ)=軍事支援基金だった」という点で、EUから国有開発銀行に入金された資金を軍事支援基金に転送することで大統領署名が必要なくなり、ナヴロツキ大統領は「憲法違反だ」と猛反発して憲法裁判所への提訴を示唆している。

出典:Oficjalna strona Prezydenta Rzeczypospolitej Polskiej
但し、軍事支援基金を活用すると「警察、国境警備隊、特殊部隊向けに予定していた資金供給(7〜9億ズウォティ)は軍事支援基金の対象外」「VAT免除が適用されないため数%の調達コスト上昇」「資金供給のための手続きが官僚的で時間がかかる」というデメリットがあるが、トゥスク首相はSAFE資金の活用について「拒否権で我々を止められない」と決意を固めている。
単一調達への融資は共同調達への融資と異なり「2026年5月末までに契約締結する」という条件があるため、ポーランドは支払い開始から2ヶ月以内に約437億ユーロの大部分を占める「単一調達の契約」を締結しなければならず、ポーランド軍やポーランド産業界は融資条件が有利なSAFEの資金消滅を恐れて「一刻も早く資金を解放=契約を締結してくれ」と訴えており、トゥスク政権はプランBでSAFE資金を活用した契約締結を進めていく可能性が高い。
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※アイキャッチ画像の出典:Kancelaria Premiera





















大統領・首相制の国っていまいち権力構造がわかりにくいですね。
今のロシア首相が誰かなんて覚えてもいないのに、プーチンが首相のときには、その存在を忘れることなんてできなかった。
目を掛けてたメドちんが、大統領の器でなかったのがプーチンの不幸だったね。
そして後継者は未だ見つからず、愛国馬鹿が多いロシア議会を抑えての国家運営なんて、何の罰なんだろか…
大統領・首相並列制では大統領が象徴だったりすることもありますが、基本的には大統領が直接民主制で選ばれる国家の象徴=国家元首で、対外的な代表に位置することが多いです。大統領が議会代表などから指名する(象徴の場合は儀礼的意味)班主が首相で、首相が指名する内閣が内政を担うという分担がされます。
ロシアの場合はフランス型大統領制で、フランスより強力な大統領権力で内閣への指揮なども実質大統領が有します。ただその場合でも基本的には内政を首相が担うことには変わりなく、プーチン首相(タンデム制)時代でもプーチンは外交の場には出てこず、当時は内政に注力していました。
名目上同じ名前の大統領ですが、ポーランドの場合は象徴の方に近い…とはいえ与えられている権限の中に議会立法への拒否権があるのでここ数代のねじれの中で行政・立法への抑止的存在になってますね。
日本風に言えば、与野党ねじれによる政争でしょうかね。
(リーマンショック前)自民党・公明党=民主党の時代に、衆議院・参議院がねじれた時に、国会同意人事は衆参どちらの承認も必要なものストップしたことがあります(日銀総裁人事2008年)。
超長期融資かつ返済開始も遅く、インフレ傾向・政策金利(3.75%)よりも低いわけですから、とんでもなく有利な条件かなと。
ポーランドは移民受入かなり厳しく、EUにチクチク言われてきたわけですが、(この融資実行後)EUそういったところに介入できたりするんですかね?
銀行(EU)から資金提供を受けるのでその可能性はあるでしょうね。
なので大統領は「時間が掛かってもあくまで社内で資金調達しよう」と言い首相は「銀行融資を受け速やかに設備投資と人員増強を!」と言っている様です。
そして右派は大統領派で左派と軍と産業界は首相派みたいです。
仰る点、どちらも合理性があるように思えますね。
特殊な融資は、『コベナンツ』と呼ばれる制限が、個別に設定されたりします。
(ヨーロッパ中央銀行・ベルギーが無理だと言ってるのに)EUが、外貨準備(ロシア凍結資産)ですら没収しようと躍起になってましたから、本件特にないとは思いますが何か変わった縛りをつけるのかどうか見守りたいと思います。