ウクライナ戦況

一向に実現しないウクライナへの戦闘機提供、何処に問題があるのか?

ロシア軍のウクライナ侵攻当初から米国、スロバキア、ポーランドで「戦闘機提供への動き」が観測されていたものの実現に至っておらず、何が戦闘機提供を妨げているだろうか?何時になれば戦闘機提供が実行に移されるのだろうか?

政治的なハードルが高い西側製戦闘機をウクライナへ提供する動き

西側製戦闘機をウクライナへ提供する動きは米国で観測されており、バイデン政権は「ウクライナへの戦闘機提供を検討している」と再三報じられるが、これは費用や手続きの問題というより「戦いをエスカレーションさせない状況を見極める政治的な領域」なので、いつウクライナへの戦闘機提供を政権が承認するのか誰にも分かってない。

出典:U.S. Air Force Photo by Senior Airman Tristan Biese

米下院は「バイデン政権が決断を下す前に提供準備だけ整えておく」という趣旨で先月14日に可決した国防権限法に「米国製戦闘機を使用したウクライナ人パイロットの訓練費用」を盛り込んだが、上院バージョンの国防権限法はまだ審議中で、両院を通過した2つの国防権限法を1つにまとめる作業を経た「最終バージョン」に訓練費用が生き残るのかも不明だ。

仮に訓練費用が盛り込まれた国防権限法が成立するとしても2022年末~2023年初頭になるので、F-15やF-16を使用したウクライナ人パイロットの訓練が始まるのは2023年春頃になり、短期的にウクライナ空軍へ西側製戦闘機を提供する見通しは立っていない。

政治的なハードルが低い旧ソ連製戦闘機をウクライナへ提供する動き

旧ソ連製戦闘機をウクライナへ提供する動きはスロバキアとポーランドで観測されており、スロバキア空軍が保有するMiG-29をウクライナへ提供する動きは「F-16V到着前にMiG-29を手放すことで生じるギャップを誰が埋めるのか」という問題がネックで、ポーランドやチェコが「領空保護の提供」に名乗り出ているものの法的な問題で実現までに時間が掛かっている。

出典:KGyS/CC BY-SA 3.0

スロバキアへ領空保護が平時における領空侵犯への対応だけなら話は簡単なのだが、ここには「有事への対応」も含まれている=NATOが表立って介入できないようなスロバキアと加盟国との武力衝突が発生すると「ポーランドやチェコはNATO加盟国同士の武力衝突に巻き込まれる(どこの国とスロバキアが武力衝突するのか?という問題は置いておく)」という意味で、この辺りの問題を法的に保証できなけれな「F-16V到着前にMiG-29を手放す」という決断をスロバキアは下せない。

スロバキアのヘゲル首相は「9月からスロバキア領空の保護にチェコ空軍が協力してくれる」と明かしているが、チェコ空軍の協力開始=ウクライナへのMiG-29移送開始を意味するのか言及しておらず、ポーランドに関してはいつからスロバキアの領空保護に協力できるのか不明だ。

出典:Tim Felce/CC BY-SA 2.0

ポーランド空軍が保有するMiG-29をウクライナへ提供する動きは「MiG-29をNATOに移転→NATOがウクライナにMiG-29を提供、米国がMiG-29のギャップを埋めるためポーランドに戦闘機を提供する」というアイデアを発表したものの米国の事前了承を得ておらず、MiG-29の提供方式や戦闘機提供の問題でポーランドと米国は合意できず計画は頓挫してしまった。

ただポーランドは保有するMiG-29のウクライナ提供を諦めておらず、MiG-29とSu-22の後継調達計画を前倒しして韓国からFA-50の調達を決定、FA-50Block10×12機(内何機かは年内引き渡し予定)を2024年までに受け取るためMiG-29をウクライナに提供できるようになる。

出典:한국항공우주산업

上記の話を整理すると米国の西側製戦闘機提供は「政治的な決断」に依存、スロバキアのMiG-29提供は第三国からの「領空保護の提供」に依存、ポーランドのMiG-29提供は「FA-50の納期」に依存しており、最も早い提供が期待できるのはスロバキア、最も確実性が高いのはポーランド、最も不透明なのは米国ということになる。

ただし北マケドニアがウクライナにSu-25を提供している可能性が高いので「固定翼機のウクライナ供給」は既に実現している。

関連記事:スロバキア空軍のMiG-29をウクライナに提供、実現は9月頃か
関連記事:ウクライナへの戦闘機提供、ポーランドがMiG-29を手放さない理由
関連記事:ポーランド、スロバキアがウクライナにMiG-29を送れば領空保護を提供

 

※アイキャッチ画像の出典:U.S. Air Force photo by Airman 1st Class Josey Blades

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コメント

    • 戦略眼
    • 2022年 8月 09日

    結局、西側の戦闘機の生産性能力がネックなのか。

    5
    • hoge
    • 2022年 8月 09日

    違いが大きすぎて、そもそもまともに運用できるようになるまで年単位の時間がかかるのでは…

    16
      • けい2020
      • 2022年 8月 10日

      新型戦闘機配備で一番のネックって補給整備できるかですしね
      1時間飛ばすのに、数十時間の整備が必要になる代物の整備体制構築に必要な要素が多すぎて

      ましてや東側規格しか扱ったことない体制を、西側規格に対応させるとかやはり年単位な気がしますね

      パイロットに西側義勇兵じゃなくて、整備補給で100人単位の義勇兵が必要になりそう

    • AAA
    • 2022年 8月 09日

    供与されたM777もメンテに難儀してるなんて話が出てるし
    平時でさえハードル高いウクライナの西側戦闘機運用は
    政治面クリアしても無理だろね

    11
      • coke
      • 2022年 8月 11日

      インドはじめ、西側東側両方の武器を併用している国はいくつかあるよね。
      簡単ではないだろうけど、不可能ではない。

    • パセリ
    • 2022年 8月 09日

    戦局が膠着、有利になる→必要ないね
    戦局が悪化→時間かかるから間に合わないね
    これ戦闘機無理じゃね?

    1
    • 名無し三等兵
    • 2022年 8月 09日

    高度で複雑な電子機器の塊である現代戦闘機を供与しても、数度の出撃だけで
    出撃不能になるかもしれません。
    運用実績の全く無い機体では、計器板にエラー表示が一つ出ただけで、それが
    何を意味して、どう直せばいいのか、整備員はマニュアルと首っ引きで一から
    調べねばなりません、まずそのレベルからなのです。
    かと言って、その機体に熟練した支援要員もセットで送り込んだら直接介入と
    取られかねませんし、故障した電子機器は交換が必要ですが、自国にストックなど
    無い訳ですから、そう言った交換パーツまで潤沢に供給されるか分かりません。
    (そもそも運用国ですらスペアパーツは平時運用にあいても不足しがちなのです)

    もっとも直接介入についてはNATO空軍による航空支援を以前から強く望んで
    います。戦闘機を支援要員と共に供与するぐらいなら、その方が遙かに有効です。
    冬までに終わらせるなら、そろそろ決断すべき時であると思いますが。

    4
      • 匿名
      • 2022年 8月 09日

      ロシアが核兵器持ってなかったら、とっくに直接介入してただろうね

      7
    • 58式素人
    • 2022年 8月 09日

    F16が欲しいとだけ聞こえてくるようだけれども。
    初期型を含めて世界的に、F16の機体の数は足らないのでしょう。
    ウクライナ側はどの程度の機体が欲しいのでしょう。
    あの能力もこの能力もと希望されれば、結局F35になりそうな気がする。
    以下は勝手な想像だけれども。現状では。
    Su27とMig29で制空戦闘はできる。地上(海上)攻撃機が足りない。
    スタンドオフ性能を持つASMが欲しい。精密誘導の爆弾が欲しい。
    電子戦のできる機体が欲しい。というまとめで良いのかなと思えます。
    すると、欲しい機体はSu27またはMig29と攻撃機かなと想像します。
    海上攻撃を含むならば、F/A18の方が良い気がします。

    1
      • 匿名希望
      • 2022年 8月 10日

      最低でもF-16B50/52はほしいでしょうな。
      下手すると砂漠からF-15引っ張り出してレストア近代化したりとかするかもですね。

      • ナイトアウル
      • 2022年 8月 10日

       F –16の初期型なんてガチ戦力求めるなら現時点で納入されても微妙でしょ。流通させる事ができる奴で期待できるのはAIMー120運用能力が有るぐらいだと思う。ポッド外装とか運用できる兵器がどれ位なのかも機体寿命がどれくらい残っているかも分からないわけだし。
       台湾みたいにVにするにしても多額の費用と交換パーツ問題あるし。

       レーダーだってAESAじゃ無ければ同時対処数や探知性能もかなり劣るのは分かっている。自国最低限のスクランブル対応を考えている国じゃないと古い機体には手が出せない。

      1
    • タイヤキ
    • 2022年 8月 10日

    ウクライナ軍もパイロットいないでしょうから戦闘機訓練で数少ないパイロット抜けたら空軍戦力がなくなるから無理でしょうね。
    ロシアの侵略初期でウクライナ軍パイロット経験者かなり殺害成功しているでしょうしね。

    1
    • Formula750
    • 2022年 8月 10日

    F-16系の整備ならイラクで行われた整備の民間委託(PMC扱いでしたか?)と並行して後方でのウクライナ人への訓練も行うというやり方しかないのだろうね。
    操縦手の転換訓練がどれだけかかるのかは存じませんが。
    ミラージュ2000ならそれなりのコンディションの機体があると思いましたが、フランス政府が協力しないでしょう…

    • 名無し
    • 2022年 8月 10日

    戦闘機を運用するの、訓練の他に頻回なメンテも必要だから、多数の整備員とか部品担当とかも必要で、パイロットだけの話じゃない。
    そのへんって、最新のマニュアル把握している人材が必要で、当然、ウクライナ兵だと長期の訓練受けさせなきゃならないし、便利な「義勇兵」でも無理。

    なんで、ゼレンスキーの「戦闘機が欲しい」は、実は戦闘機が欲しいんじゃなくて、まずは後背の部隊からNATO正規軍を参戦させろ、という要求なんじゃない?
    それを、NATOは断ってると。

    1
    • 112
    • 2022年 8月 10日

    こういう時憲法9条あって良かったと思うわ。

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