Saabのヨハンソン最高経営責任者は2022年「海外市場で影響力の大きい米国製システムを負かすのは簡単ではない」「これが政治力だ」と憂いていたが、Financial Timesは23日「米国依存を減らしたいNATO加盟国の願望からSaabは大きな利益を手にするかもしれない」と報じている。
参考:Saab urges Nordic neighbours to use spy plane touting its ‘unique capability’
投資家は欧州の国防費増額と米国不信でSaabが潤うと見込んでおり、同社の株価は過去1ヶ月間で70%も上昇した
スウェーデン製の防衛装備は一流品だと自負していた歴代政権は「黙っていても市場は優れた品質や競争力のある価格を提示した入札者を選ぶだろう」と考え、海外への装備輸出を政府主導ではなく企業主導で進めてきたが、スウェーデンを代表する防衛装備品=グリペンの海外輸出は競合に押されて実を結んでいない。

出典:SAAB
例えばスイス国防省から「最も優れた価値を提供する」という評価を得て次期戦闘機に選ばれても、直ぐ評価に対するネガティブキャンペーンが始まり、これが反戦主義者や平和団体が主張する国民投票への機運を盛り上げ、スウェーデン政府は国民投票で選定結果が白紙化しても文句を言うこともなく、再度行われた入札でグリペンを政治的に後押しすることもしなかった。
そのため米国が後押しするF-35Aに敗れ、入札評価でフランスが後押しするラファールの後塵を拝し、スウェーデンの国防委員長も国際的な評価が傷ついていくさまに「防衛装備は我々が優位に戦える分野だが、片手を縛られた状態では競争に勝てない。防衛装備品の取引は武器を売れば良いというものではなく、危機や有事のサポートを含めた信頼関係が重要で政府による強力な政治的後押しが不可欠だ」と訴えたことがある。

出典:Lockheed Martin スイスで評価テストを受けるF-35A
米Foreign Policyも「防衛装備市場におけるスウェーデン政府の寡黙さは文化的なもので、歴代政権は輸出を企業に任せ輸出許可の審査を行うだけだ。スウェーデンは防衛装備市場でもアダム・スミスの原理が通用すると信じ、優れた品質や競争力のある価格を提示さえすれば潜在的な顧客に選ばれると思っているかもしれないが、根本的に防衛装備品の国際市場は政治主導であり、顧客も企業と直接取引するのではなく資金の融資や政府保証が得られる政府同士の取引を好む」と指摘。
防衛アナリストのハワード・ウィールドン氏も「防衛装備品は信頼関係に基いて政府だけが購入できる特殊な製品で、首相や外相ではなく企業の幹部が出向いて当該国の政府関係者と信頼関係を構築するのは困難だ。一度導入した防衛装備品は継続したサポートやアップグレードを受ける必要があり、導入を検討している国は販売国との関係を慎重に見極めようとするだろう。信頼関係は両国の政府レベルで構築されるものであり、導入を検討している政府と売り手の企業の間で構築されるものではない」と述べた。

出典:SAAB
Saabのヨハンソン最高経営責任者も「控えめに見てもグリペンは期待された輸出量に達しておらず、本当に悔しい気持ちで一杯だ。もし安全保障や政治といった要素が除外され公平な競争であれば、グリペンの海外輸出はもっと上手くいっていただろう。多くの国において米国の影響力はとてつもなく大きく、海外市場で米国を負かすのは簡単ではない。これが政治力だ」と述べていたが、Financial Timesは23日「米国依存を減らしたいNATO加盟国の願望からSaabは大きな利益を手にするかもしれない」と報じている。
“Saabはトランプ政権の欧州に対する態度から利益を得ようとしている欧州企業の1つだ。欧防衛産業8位のSaabは驚くほど幅広い製品ポートフォリオを誇っており、戦闘機、潜水艦、各種センサー以外にもE-7Aと競合するGlobal Eyeを製造している。Avioniqのグレブ最高経営責任者も「Saabにとって米国不信は間違いなくチャンス」「当社を含む欧州企業も米政権の気まぐれに左右されたくないという意識を利用しようとしている」「調達先の多様化が重要になったため米国と新たな契約を結ぶ国はこれ以上増えない」「全ての卵を1つのカゴに入れるのは愚かだ」と指摘した”
“ヨハンソン最高経営責任者も「北欧諸国が全てNATO加盟国になったため大きな関心がある。どうやってバルト海を守るのか?北極圏をどう監視するのか?北欧4ヶ国で24時間365日の監視に関する共通能力を構築すべきか?」と問いかけ、北欧4ヶ国が締結した戦闘機協定のようなバルト海・北極圏を監視する協定が締結されれば「スウェーデンによる4機目の発注オプションを行使が確実になる」と予想され、ジョンソン国防相も「スウェーデンとのGlobal Eye共同運用に関心があるのなら歓迎する」「北欧諸国とバルト諸国の協力はかつてないほど盛んだ」「我々は共に沈むか泳ぐかの瀬戸際だ」と述べた”
フィンランドとデンマークは「北欧諸国で監視能力を強化するという提案」を歓迎しているものの、ノルウェーは監視任務に関するNATOと協力関係に満足していると述べ、今のところ北欧4ヶ国の足並みは揃っていない。

出典:U.S. Air Force photo/Airman 1st Class Chris Massey
因みにNATOは2019年「E-3を2035年までに廃止して新しいプラットフォームに置き換える=Alliance Future Surveillance and Control(AFSC)」と発表、これは現在と同じ高価で集約型システムではなく分散型ネットワークシステムを想定しているのだが、まだAFSCは初期コンセプト段階で実用化にも程遠いため2023年「E-3の後継機としてE-7Aを6機取得する」「最初のE-7Aは2031年までに運用を開始する」と発表したものの、ヨハンソン最高経営責任者はE-3後継機選定が「出来レースだった」と批判したことがある。
ヨハンソン最高経営責任者は「あの調達プロセスは気に入らなかった。我々はE-3後継機の提案を行うよう求められたが、NATO支援調達庁はSaabの提案説明をあまり聞きたがらなかった。何故ならNATOはE-7A購入を決めていたからで、決定を急がないと2032年に間に合わないからだ。我々ならE-7Aよりもずっと早くGlobal Eyeを納品出来ていたので本当に残念だが、これが政治的決定だ」と明かしていたが、Financial Timesに取材にGlobal Eye担当者は「我々の技術はE-7Aよりも10年ほど進んだものだ」「NATOはE-3後継機にBoeingを選んだがGlobal EyeとE-7Aは共存可能だ」と述べているのが興味深い。

出典:U.S. Air Force photo by 2nd Lt. Mark Goss
もうトランプ政権が欧州防衛から手を引くのは確定的に見え、欧州のNATO加盟国も現体制の維持は不可能だと判断し「自立した防衛力の構築が完成するまで米軍のプレゼンス縮小を待って欲しい=5年~10年での段階的な引き継ぎ」を提案中で、この内容で合意すればヒステリックな欧州の米国製システム離れは起こらないかもしれないが、米国と欧州の政治的対立が激しくなり、強引に一方的なプレゼンス縮小をやれば新しい安全保障の枠組みに移行するかもしれない。
そうなればNATOによるE-7A調達などは吹き飛んでSaabのGlobal Eyeに関心が集まるだろう。
関連記事:E-3を2035年までに廃止するNATO、米空軍に続きE-7A取得を発表
関連記事:SAAB、グリペンの輸出が失敗続きなのは機体の問題ではなく政治の問題
関連記事:グリペンが売れない理由、優れた品質や価格が決め手と勘違いしているため
※アイキャッチ画像の出典:SAAB
民間軍事組織や武器・兵器の購入を望む個人が各地に溢れてて、そいつ等が武器や兵器を購入してくれる顧客になるんだったら企業主導でもなんとかなる
だが、まだそのレベルには混乱が達していないからどうしても国同士のやり取りでプロモーションしていくしかない
で、サーブの品ぞろえが良いのは分かるけど、的を絞って売り込まないと全ての領域で利益が出なくなる、なんて事も起きうるから売る『卵』の種類は一つに絞った方が良さげだなぁと
代わりがある物はいいが、F-35Bは他に代えがない。
F-35Bが使えないと、クイーンエリザベス級2隻、ファン・カルロス1世級4隻、カブール及びトリエステ、いずも型護衛艦2隻の10隻が艦上戦闘機を失ってしまう。
今は米国に不信感をもって米国製兵器離れが起きてますが、それが欧州製に単純に移るかって言うと疑問ありですね。
もちろん当の欧州は欧州製を使うでしょうが、それ以外の国に取って今のアメリカのように欧州も心変わりする可能性を否定できない以上、域外への輸出はそんなに増えないんじゃないかなと思う。
なんせ欧州は自分ルールを他者に押し付ける事に関してはアメリカ並みの実績がありますから。
「米一強」から「欧州一強」に移りはしないでしょうが「自由競争」に近い状況にはなるでしょうからそれだけで相当に輸出は増えそうです。
アメリカ第一主義と同様に、欧州も欧州(の中の自国)第一主義ですからね。
ゼレンスキーの「次は欧州だぞ」という脅しからも透けて見える。
カナダを見ていると、オーストラリアや日本が静かにしているのは大正解だと思います。
アメリカをどれだけ批判したところで、自国民を高揚させたところで、ない袖は振れない。
賢者の動きをしているイギリスは自国第一だとしてもアメリカ抜きのパワーバランス、均衡などあり得ないと重々承知しているようで、特に武器輸出産業を育てたい国からはイギリスの動きに対する不満が出てきそうです。
仰る視点、極めて重要と思います。
安倍首相が、米国第一主義に真っ向から対立せずに上手にやった事例がありますから、日本・豪州が静かにやり過ごしているのは無難と思います。
カナダの石油生産、重質油のため軟らかくする必要があるわけですが、天然ガスコンビナートの生成物に依存しているんですよね。
天然ガスの輸出先アメリカが重要だったうえに、輸出割合全体で見れば2023年77.1%が米国ですから、とんでもないリスクだなと…
(2019年11月27日 カナダの石油・天然ガス産業の現状について 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構)
(カナダの貿易投資年報 JETRO)
防衛株は、そもそもインフレに強いです。
欧州に財政悪化のリスク(インフレ要因)が指摘されていますが、さらに防衛費増額が大きな理由になっています。
二重の意味で非常に興味深い状況なんですよね。
スウェーデンは、ウクライナ戦争でSaab340を提供したりしていますから、今後の動向も興味深いですね。
(2024.05.30 ウクライナへのAEW&C提供、GlobalEyeの納期前倒しが提供時期を左右 航空万能論)
日本に置き換えた場合、シロウトにとって。
Global Eyeの立ち位置は、能力的に見て、
E-767AWACSに対するE-2C/D と同等と考えて良いのかな?。
Global Eyeの本来目的は、バルト海東部の監視、と想像するのですが。
問題は,仮想敵がロシアである時に、ロシアのミサイルの射程内にある企業をバックヤードのリソース供給の中核に置くのはどうなのか,と。
そう考えると地政学的に一番有望な顧客はイスラム諸国のような気がしますが、イスラエルに敵対してイスラムに売れるはずもなく。
やっぱりグリペンはいつまでもグリペンのまま、というオチになりそうですが。
グリペンに関しては主要コンポーネントにアメリカががっつり噛んでる時点でどのみちサポートやアップグレード体制に問題があるでしょ。
グリペンがエンジンから欧州製で完結するラファールやタイフーンと競合するのは厳しい部分があるでしょうね。
代替エンジンをなんとかすれば米国の影響力を排除できますが、入手可能なF414相等品が現状無さそうです。
結局のところ米国不信でF-35から離れた顧客を
サーブグリペンに引っ張ってこれるだけの政治力がスウェーデンにあるかどうかが肝心と。
そうなるとF-35が居なくなろうがラファールとタイフーンと競うことになって結局は厳しいという感じがしますね。
特にラファールはフランスがアメリカ抜きの欧州で存在感高めてることもあって売り込み調子よさそうですし。
今は、目の前に戦争が差し迫ってる雰囲気ですから。
あと10年ぐらいは、作ったら即売れていくのでは?
性能力がないでしょ
今どきのSAM相手にタイフーンだラファールだグリペンだってどのくらい有効なんでしょうか。後方から滑空爆弾トスするだけならF16のままでもいいんじゃって気も
F-35やSU-57でも最初の先制パンチ以外でSEADやCASをするのは難しいじゃないですかね?
S400やパトリオット掻い潜ってというのは
スホイは知らんけどF-35は、そもそもBlock 4でSEAD/DEAD能力を獲得する予定で、ご存じの通りの有様なのでスタートラインにも立ててませんね。
SEEDが難しいのは同意できますが、そもそも前提として、非ステルス機は敵方防空網自体に侵入出来すらしないのでは?現に非ステルス同士のウクライナ戦は味方の防空圏からのスタンドオフ兵器トスに徹していて、防空網を破壊可能な距離すら詰められてない。対してステルス機擁するイスラエルは奇襲とは言え、アクティブな防空兵器を破壊できるだけ距離を詰めて攻撃している訳で、スタートラインは踏めてるんじゃないかと
イスラエルがHARMの類を使用したという話は聞いたことがないのですが、独自改造なんでしょうか?
現行バージョンの通常のF-35には、SEAD/DEAD任務能力が「存在していない」のですけど。
P-1にGlobal Eyeを搭載するのはあり得るのでしょうか?
大型AWACSは今後新規開発されず、E-2やE-7を今後アメリカがダウングレード無しで販売してくれるか不明
状況によっては米軍撤退や日米安保無効化もあり得るので、
最低限の研究ぐらいはしておいてもいいような気がするのですが
10年ほど前、P-1にAEWの派生型を作ろうという動きがありましたが、立ち消えになりましたね
その後E-2Dの導入が決定したため、最初から作る気は無かったのかなぁと…
イージス艦との連携もあるから、E-2D一択ですね。
エアバスがAWACS開発に立ち上がらないかな
この情勢が続くなら、チャンスはあるんじゃないかと思うのですが
ここの過去の記事で中国が「将来のAWACSは無人化されネットワークに統合されたものになる」とか言ってたんだが、各国の軍がその流れになると予想して動くなら結局、グローバルアイを買うのを躊躇われそうな気がする。
結構な部分が本邦にも当てはまる記事と思いました。
日本が政治的な要因でキルスイッチ入れられる可能性は低いですけど、素の米国の供給能力に最近、不安が。
開発も生産もgdgdじゃん…。
>Financial Timesに取材にGlobal Eye担当者は「我々の技術はE-7Aよりも10年ほど進んだものだ」
このコメントも真実ではあるのでしょうが機体規模は発電量とオペレータの数という性能に直結する要素なので現時点での技術優位を背景にグローバルアイがE-7に立つことはあり得ないでしょう
サーブが提案するAEWの分散化は興味深いし、確かにお高い一機を破壊されて機能不全になるわけにもいかないのは事実だが、結局優先的に狙われるのには違いがないし、高度人材をそんなに複数人用意出来る気がしない。AEWも今後無人化が優先的に行われる事になるんじゃないかな。
カナダの米国不信の続き?ですが。
他所の記事によると、カナダは、リバー級イージスDDHの
建造停止を検討し始めたそうな。
現在は、船体建造を始めたところだそうですが。
対米不信の影響はどこまで行くのかな。
ミサイルに限って言えば、SANP/Tはアスター30ブロック1NT
以降ならパトリオットを部分的に代替できると思いますが、
スタンダードSM3/6の代替は、できないと思うのですが。
せっかくのイージスをやめてしまうのかな。
そうはいっても、スイスでの選定は最初はラファールに決定したけど、リーマンショックによる不景気化での予算の都合でグリペン、とかだったような
ネガティブキャンペーンも、不景気による予算の都合からの、戦闘機に出す金はない、みたいな話だったような?