ウクライナ戦況

バラバラになったウクライナ軍第36旅団、マリウポリの戦いの真実

奇跡的なマリウポリからの脱出に成功したウクライナ軍兵士が「第36独立海軍歩兵旅団で何が起こったのか」を克明に証言、第36旅団がバラバラになって行く様子が判明した。

参考:Пешком из окруженного города. Неизвестная история выхода морпехов из Мариуполя

第36旅団に限っては3月末から4月上旬段階で「マリウポリを防衛する」という意思が失われていたのだろう

ウクライナ侵攻序盤における激戦区はロシア軍に包囲され80日以上も抵抗を続けたマリウポリの戦いだが、この過程で第36独立海軍歩兵旅団は司令部の命令=マリウポリ死守を無視して都市からの脱出を図るというミステリーが発生、関係者の証言から「第36旅団に何が起きたのか?」について大凡のことは分かっていたものの「マリウポリ脱出に成功した兵士(以下A兵士と呼称)」の証言で何が起きたのかが判明した。

出典:GoogleMap 当時のマリウポリ市内の状況/管理人加工

第36旅団の大部分は当初、マリウポリ郊外でロシア軍の前進を阻止していたものの圧倒的な火力と機動力によって広大な戦線を維持するのが不可能になり、3月28日までに全部隊がマリウポリ市内のアゾフマッシュ工場に後退したが、ここでミステリーが発生する。

広大なアゾフマッシュ工場に配置された第501大隊(第36旅団の構成部隊)の戦闘指揮所と連絡が取れなくなり、第36旅団の司令官を務めるバラニュク大佐はA兵士を派遣をして確認させたが、第501大隊の戦闘指揮所には弾薬、ロケットランチャー、対戦車ミサイルが沢山転がっていたものの兵士は1人もおらず、第501大隊は第36旅団司令部に相談なくロシア軍に投降した後だったらしい。

4月4日にロシア国防省が公開したウクライナ軍兵士の投降動画は第501大隊のもので、これにより第36旅団は300人以上の兵士を失ってしまう。

出典:Украинская правда 第36旅団が12日に公開した最後のビデオメッセージ

4月以降、弾薬不足(小銃や手榴弾はあっても対戦車兵器が無くなったらしい)に直面した第36旅団司令部はマリウポリからの脱出を検討、アゾフスタル製鉄所で抵抗を続けるアゾフ連隊に「共同で街から脱出しよう」と話を持ちかけたが拒否され、バラニュク大佐は物資補給と負傷者を連れ帰るため時折やって来るヘリと交渉して脱出を試みたが「スペースがない」と断られてしまい、4月10日にバラニュク大佐は「兵士の士気低下」や「食料不足」を理由に無断でマリウポリからの自力脱出を決定。

第36旅団は自力でマリウポリから北に約30km離れたクレメニフカに向かい、そこからザポリージャ方面の友軍支配地域を目指すという計画だったが、バラニュク大佐に率いられた脱出部隊の第一陣はアゾフマッシュ工場を出発した直後に捕捉され、ロシア軍の捕虜になったバラニュク大佐は5月上旬にロシア側の動画に登場して「政府や軍上層部はマリウポリでの抵抗をより長く続けさせるため我々に嘘をついた。アゾフマッシュ工場からの逃亡を図ったのは約束した救援や封鎖を解除する試みを諦めていることに気づいたからだ」と主張。

出典:vadim.tk / CC BY-SA 3.0 アゾフスタル製鉄所

第36旅団の指揮権を引き継いだ第1独立大隊のボーヴァ少佐はアゾフマッシュ工場の放棄を決断、ここでアゾフ連隊が抵抗を続けるアゾフスタル製鉄所に合流するグループとマリウポリから脱出を試みるグループに分かれ、ボーヴァ少佐が率いる186名の兵士(一部は負傷者)がアゾフ連隊への合流に成功する。

一方でアゾフ連隊への合流を拒否した76名の兵士(第36旅団の副参謀長など上級将校も脱出組)は4~6人のグループに分かれ、A兵士のグループは徒歩でロシア軍の包囲網をすり抜け郊外へ脱出、日中は物陰に隠れ夜間に移動を行い約2週間かけて友軍支配地域に到達したらしい。

脱出を試みた兵士のうち何人が友軍支配地域に辿りつたのかは不明だが、A兵士は軍から10日間の休暇を貰った後に軍へ復帰しており「2月24日以降に10日間もの休暇が与えられるのは破格の待遇だ」とA兵士は説明している。

出典:RT バラニュク大佐が登場した動画のキャプチャー

兎に角、A兵士の証言で最も興味深いのは「こんな忌々しい工場で死ぬぐらいなら外で死んだ方がマシで、兵士達はマリウポリから脱出がダンケルクの戦いのように成功すると強く信じていた」と述べている点で、第36旅団に限っては3月末から4月上旬段階で「マリウポリを防衛する」という意思が失われていたのだろう。

因みにアゾフスタル製鉄所でロシア軍に投降した第36旅団の生き残りやアゾフ連隊の一部の兵士達は「司令部が早い段階での投降を許可しなかった」と訴え始めており、 4月段階で降伏を許可していたと主張するゼレンスキー大統領の発言(ロシア軍に包囲され降伏を許可しているのに勇敢なマリウポリを守護するウクライナ部隊が戦いを継続したという体)と矛盾が生じている。

関連記事:ウクライナ軍、第36旅団の司令官はマリウポリから勝手に逃亡した臆病者
関連記事:第36旅団はマリウポリ脱出、アゾフ連隊合流、製鉄所残留に3つに分裂?
関連記事:アゾフ連隊も降伏してマリウポリが陥落、司令官もロシア軍の捕虜に

 

※アイキャッチ画像の出典:Маріупольська міська рада

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コメント

    • 幽霊
    • 2022年 8月 05日

    旧日本軍の
    生きて虜囚の辱めを受けず
    みたいだね。

    11
    • もり
    • 2022年 8月 05日

    これからこんな話がボロボロ出てくるぞ

    20
    • general
    • 2022年 8月 05日

    うわぁ生々しい
    こんな話が広まったら士気の低下は不可避だろうな

    12
      • (=^・^=)
      • 2022年 8月 05日

      こんな話が出てきたら捕虜収容所の砲撃もゼレンスキーが命じたのかと勘繰ってしまう

      13
    • makumaku
    • 2022年 8月 05日

    貴重なケース・スタディーとして、これから各国で研究されるだろうね。

    8
    • ぱんぱーす
    • 2022年 8月 05日

    極限状態の戦場
    しかも劣勢に立たされた状況であれば、このような話はウ・ロ双方に沢山あるんでしょうね……

    24
    • みゃー
    • 2022年 8月 05日

    数人ずつなら逃げられたんだな
    そりゃあんなにデカイ街だしロシア軍だってカバーできないよな
    さらに民間人もたくさんいるわけで
    実際民間人にまぎれたり人のいないとこで隠れてる兵士もいるんだろうな

    9
      • 月虹
      • 2022年 8月 05日

      ベトナム戦争下におけるベトコンの様に私服に着替えてしまえば軍人と民間人の区別はつきませんからね。ソ連のアフガニスタン侵攻時に戦ったムジャヒディン達も格好はガラベイヤを着て頭にターバンやタギーヤと呼ばれる男性用の帽子を被った中東地域・男性の一般的な服装でした。

      ロシアがウクライナ侵攻において民家やショッピングモールなど民間施設を無差別に攻撃しているのも民間人に成りすましたウクライナ軍やパルチザンに怯えているという側面もあるでしょう。

      4
    • Rww
    • 2022年 8月 05日

    既に雌雄が決しているウクライナ側が、情報戦においてもこういう話が出回る以上、もうおしまいですね
    もう西側諸国がロシアに白旗上げて、支援と制裁の停止をするための理由がどんどんでてきますよ
    西側の制裁、支援にも関わらずウクライナ敗北、ロシアは大部分の領土をゲットし西側の無力が晒されれば、戦略的にも上々の結果でしょう
    経済は中国やインドその他中立側といくらでも回せるし、核のあるロシア側は絶対攻められないから戦力の回復と強化に専念できる
    モスカーリ以外の奴隷を切り捨てればロシアはこうも無敵であることの証明ですね
    西側はちょろちょろ支援や仲間割れしてる場合じゃないけど、無理だろうなー

    12
      • メルク
      • 2022年 8月 05日

      勝利宣言は流石に気が早い。
      ロシアの勝利条件は東部、沿岸地域を制圧してウクライナを内陸国にし経済を立て直してやっと勝利となる。

      仮に戦争に勝利した後、元衛星国同士の対立やアフガンの安定化、太平洋沿岸地域での中国の影響力拡大、ロシア製兵器の人気の低下、半導体の囲い込みによる最先端機器の購(ロシアはこの分野で非常に遅れており中国に主導権を握られるのがほぼ確定している)等など。
      これらの問題が山積みで当分の間身動き出来なくなるのがほぼ確定している。

      22
        • メルク
        • 2022年 8月 05日

        上記訂正
        半導体のの囲い込みによる最先端機器の購入及び開発が困難になる。(ロシアは半導体の開発、製造能力が低く中国に主導権を握られる事がほぼ確定している)

        3
        • 名無し
        • 2022年 8月 05日

        その勝利条件でもロシアにかなり甘く思えます。
        ①東部と南部を占領してウクライナを内陸国にする
        ②欧米からの制裁に耐えきる
        ③占領地を維持する
        ④ウクライナに負けを認めさせる(占領地を維持したまま停戦)
        が必要になると思います。
        占領と領有は違うので、③にもかなりのコストが必要です。
        戦争には審判がいるわけではないので優勢だからといって勝利できないです。よって④が必要ですが極めて難事です。
        戦争を始めるのは簡単ですが、勝利で終わらせるのは難しいです。だからロシアは愚かなのです。

        17
        • Rww
        • 2022年 8月 05日

        まずロシアは実際には経済を立て直す必要性はないでしょう
        モスカーリはなんともない、被害は奴隷のみで、これは占領地域も同じ
        むしろ奴隷は徹底的に困窮してもらったほうが、都合よく軍の鉄砲玉にできる
        東部沿岸地域は、長期戦になればなるほどこういったウクライナ不利の情報が広まり、支援や制裁を絶たせられるし、火力や人員をロシアほど無尽蔵に送れない以上、ウクライナは盛り返すのは不可能なのは、HIMARSがいくら活躍しても火力が全くたりず、1mも進軍できない南部をみればわかる
        そして制裁の反動で弱体化した西側は、国民からの反発で親露あるいはロシアに都合のいい政権が発足する(既にイタリアはそうなっているし、ドイツは言うまでもない)
        アメリカも共和党大勝で、ワンチャントランプ復帰もありうるし、そうなれば国内の分裂は避けられず、ロシア以上にダメージを負うことは確実
        中国に関しては、逆にプライドを捨てれば中国の援助で少なくともモスカーリや権力者は富を享受できるということ

        西側とウクライナに勝つ要素がどこにありますか

        4
          • 2022年 8月 06日

          >まずロシアは実際には経済を立て直す必要性はないでしょう
          >モスカーリはなんともない、被害は奴隷のみで、これは占領地域も同じ
          >むしろ奴隷は徹底的に困窮してもらったほうが、都合よく軍の鉄砲玉にできる

          つまり首都の住民だけが豊かさを維持して「奴隷」の地方民や少数民族はどんどん貧しくなるということ。
          ロシアは巨大な北朝鮮になるというわけですね。それで「ロシアは勝った」といえるのかなぁ?

          2
          • 2022年 8月 06日

          >まずロシアは実際には経済を立て直す必要性はないでしょう
          >モスカーリはなんともない、被害は奴隷のみで、これは占領地域も同じ

          つまり、ロシアは首都在住の住民だけが豊かさを維持し「奴隷」の地方在住民や少数民族は貧しくなっていくということ。
          ピョンヤンの住民だけがまともな生活を送っている北朝鮮そのもの。
          ロシアが巨大な北朝鮮になって、それで「ロシアは西側に勝った」と言えるのだろうかね?

          • 2022年 8月 19日

          サキ基地の爆発は、ロシア軍によると単なる事故だそうな。
          つまりロシア軍は敵の攻撃でもないのに大事な戦闘機を多数事故で失う無能だということ。
          このロシア軍の無能さこそ、ウクライナの勝つ要素。

      • a
      • 2022年 8月 06日

      >西側の制裁、支援にも関わらずウクライナ敗北、ロシアは大部分の領土をゲットし西側の無力が晒されれば、戦略的にも上々の結果でしょう

      むしろウクライナの様な小国相手にこうも多くの将兵を犠牲にしてしまうロシアの無能さに周辺国は呆れてますよ。
      カザフスタンも大統領がプーチンの面前でロシア批判をしだすし、アゼルバイジャンもロシア軍が駐屯するナゴルノ・カラバフに攻撃しだす。
      旧ソ連圏でロシアの威信が失墜しているのに「戦略的に上々の結果」とは言えないでしょう。

      4
    • passerby
    • 2022年 8月 05日

    現時点での戦線の焦点はアウディーウカ~ピスケ~マリンカ防衛線の帰趨と思いますが、西側メディアはどこも取り上げないですね。変なの。

    6
      • 能天気
      • 2022年 8月 05日

      単に人々の興味が薄れただけでは?

      8
    • 7743
    • 2022年 8月 05日

    そもそもマリウポリがこのような苦境に陥ったのは、ウクライナ南部の都市で裏切りが起き、開戦直後にロシア軍に落とされたため、マリウポリは準備が不十分なまま防衛戦を強いられたという事情がありました。
    準備不足のまま、戦場で孤立無援ともなり、まともな連携も取れなくなれば逃亡する者、投降する者、最後まで戦おうとする者とバラバラになるのは当然では?と思います。
    最終的に数百人程度しかいなかったマリウポリの守備隊に対して6000人の犠牲と3か月の時間を費やしたロシア軍の体たらくぶりも明らかになったわけで、戦争というものは双方ともに思い通りにいかないものだと痛感させられます。

    48
    • paxai
    • 2022年 8月 05日

    ヘリの「スペースが無い」と断ったのはヘリパイロットの優しい嘘じゃないかな・・・
    だってヘリ補給の9割帰還出来なかったらしいからね。そんなヘリに負傷者を鮨詰めする訳にいかんでしょ。

    22
      • NATTO
      • 2022年 8月 05日

      ゼレンスキーさんは9割が帰れない事を覚悟したってミリレポさんは書いていて、3機が撃墜されたと書いてるね。
      具体的な数字が出てるからミリレポさんが正確なんじゃないかな。

    • 無職透明
    • 2022年 8月 06日

    壊滅した部隊の生残兵が10人以下の小グループに分かれて味方の支配地を目指すって大祖国戦争の記録でよく見たケースだが、現代において再現されるとはな。
    War never change なんだな

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