欧州関連

英国のGCAP資金解放は財務省次第、イタリアは国防費増額が止まる可能性

英国が準備している次世代戦闘機=GCAP向けの60億ポンド支出は財務省の承認が必要で、イタリアでも最優先事項が国防からエネルギー価格に変更され「NEC発動見送り」と「SAFE融資の受け取り辞退」の可能性が浮上し、約270億ユーロ=約5兆円もの国防費増額向け資金を失うかもしれない。

参考:UK prepares multibillion-pound boost for joint stealth jet project
参考:Italy rethinks EU defense-financing aid as arms spending falls out of fashion

英国が国防費増額を発表できるかどうかは財務省次第で、イタリアの国防費増額基調も相当怪しくなっている

英国政府は2025年6月に国防戦略の見直し結果を発表し、スターマー首相は「この報告書が提案した62項目の勧告全てを受け入れて実行に移す」と表明、国防予算を2027年までにGDP比2.3%から2.5%、2035年までに3.0%まで引き上げる予定だったが、NATO加盟国は6月下旬に開催された首脳会談で国防支出を総額5.0%(国防支出3.5%+軍事インフラとしても活用できる分野への投資1.5%)にすることで合意、英国も総額5.0%を支持したものの「いつまでに達成するのか」「そのための財源をどうやって確保するのか」は決まっていない。

出典:UK Ministry of Defence

2027年までに2.5%達成は海外援助の大幅削減によって財政的裏付けが確定しているものの、国防戦略の見直し結果=62項目の勧告を実行に移すと「今後4年間で280億ポンドの不足が生じる」と指摘され、2035年までに3.0%を達成するには不足分を何とかする必要があり、スターマー首相は社会保障費の大幅削減を試みたものの「労働党の魂(労働者や社会的弱者の保護)を売るのか」と所属議員の約1/4が反発して頓挫、海外援助のさらなる削減も「こうした削減は労働党の価値観に反する」と反対の声が上がり、リーブス財務相は市場の支持を維持するため「借入ルールの変更」に強く反対しているため市場からの資金調達も困難だ。

英伊日は次世代戦闘機=GCAP本格開発に向けた複数年契約を2025年末までに締結する予定だったものの、Edgewingが2026年4月に発表した「初の国際共同契約の締結」は6月末までのつなぎ契約に過ぎず、6月末で供給が止まってしまう開発資金問題を何とかするには「財政的に裏付けのある国防費増額」と「この増額を背景にした今後10年間をカバーする国防投資計画」を発表する必要があり、英メディアは15日「スターマー首相は党首選に備えた政治的反撃の一環として180億ポンドの国防費増額を来週にも承認する」「この180億ポンドの財源は不明」「国防省が求める280億ポンドのニーズは満たせない」と報じた。

出典:UK Prime Minister

Financial Timesも「英国はGCAPに対して数十億ポンド規模の資金投入を準備している」「これはGCAPに対する長期的な資金提供がないことについて東京から強い圧力がかかっていることを受けてのものだ」「現在のつなぎ契約は6月末に期限切れを迎える」「約60億ポンドと見積もられる資金によってGCAP設計・開発を対象にした複数年契約を締結できる見込みだ」「ただし、これを発表できるかどうかは財務省の承認が必要だ」と指摘し、発表が予想されていた期間(18日~22日)も残り僅かとなり、まだスターマー政権と財務省の間で合意が成立していないのかもしれない。

イタリアのクロゼット国防相は2026年1月「我々がGCAP開発に支出する金額が3倍に増加した」と議会に報告し、上院の国防委員会に提出された文書の中で「イタリアはGCAPの研究・開発フェーズ1~2(概念評価、予備設計、本格開発)の費用として60億ユーロを負担する予定だったが、現在は技術の成熟化、試験、開発、設計にかかる費用増を考慮して負担額を186億ユーロと見積もっている」「既にフェーズ1の一部をカバーする20億ユーロの資金は確保されている」「フェーズ1~2を完了ためにはあと166億ユーロの確保が必要だ」と説明し、2037年までの負担費用として88億ユーロの支出を承認するよう要請。

出典:Edgewing

残りの78億ユーロについては「将来確保する予定」とだけ説明し、野党は「予想される負担の大幅増について詳細な説明もなく、委員会が数十億ユーロを端金のように発行するキャッシュディスペンサーとして利用されることは受け入れられない」と反発したものの、メローニ首相率いる連立政権が多数派を占める下院国防委員会も「88億ユーロの支出」を承認したが、ここにきてイタリアの国防費増額基調が相当怪しくなっている。

EUは加盟国に対して財政赤字をGDPの3.0%以内に抑えることを義務付けているが、欧州再軍備計画を加速させるため財政ガバナンスの仕組みに国家例外条項=National Escape Clause(NEC)を導入し、ベルギー、ブルガリア、クロアチア、チェコ、デンマーク、エストニア、フィンランド、ギリシャ、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ポルトガル、スロバキア、スロベニア、ドイツ、オーストリアの17ヶ国(2026年2月時点)は欧州委員会の審査、欧州理事会の承認を経て正式にNECを発動した。

出典:Council of the European Union

NECを発動すると国防支出を増やして財政赤字が3.0%を超えても財政ルール違反と見なされなくなり、これは欧州委員会が審査して加盟国毎に条件(期間は最大2025年~2028年/上限はGDPの最大1.5%)を設定するため一律的なルールではなく、フランス、イタリア、スペインはNEC発動を要請するかどうか検討段階で、特にイタリアはGDPに占める国防支出の割合を2.0%から5.0%に引き上げる上で「3.1%の財政赤字」がネックとなっているためNEC発動に期待がかかっていたのだが、米国とイランの戦争でエネルギー価格が高騰したことが全て台無しにする勢いだ。

メローニ首相はEUに「財政ルールの一時停止」「エネルギー企業の超過利益に対する課税」「排出量取引制度の凍結」を要求したものの全て却下されたため「エネルギー関連の支出を国防費と同じように財政赤字から除外してほしい」「それが認められないなら予算修正も辞さない=EUの財政ルールを破ってでも財政出動を行うという意味」と言及、そしてNEC発動についても「今は他に優先すべきことがある」「私にとっての優先事項はエネルギー価格であり国民のニーズに応えることだ」と発言。

出典:Palazzo Chigi-Presidenza del Consiglio dei Ministri

要するに「限られた資金をNECを発動して国防支出にまわすのではなくエネルギー関連の支出に回す」という意味で、ローマのIAI=国際問題研究所・防衛プログラム責任者のアレッサンドロ・マローネ氏も「政府内ではNEC発動について意見が分かれていた」「ジョルジェッティ経済財務相はNEC発動に反対だった」「国防支出の引き上げはEUが認めてもイタリアの財政赤字を押し上げてしまう」「現在のイタリアにとって財政の信頼性、エネルギー価格、インフレ対策が最優先事項だ」と指摘。

イタリアは2024年に国防予算として291.8億ユーロを支出したもののGDPに占める割合は1.54%に過ぎず、2025年に他の計上予算から「安全保障に関連する支出」を国防予算に組み込むことで2.0%に達したが、これは「財務警察や沿岸警備隊の予算、デュアルユースに関連する民間への投資などを国防支出に再分類する独創的な会計処理」と呼ばれており、EUが加盟国の再軍備を加速させるため融資条件が有利な資金供給=Security Action for Europe(SAFE融資)からも149億ユーロを引っ張る予定だ。

出典:Marina Militare

マローネ氏は「SAFE融資を活用してもイタリアの国防費はGDP2.5%止まりだ」と述べ、Defense Newsも「メローニ政権は来年の総選挙を意識し、最優先事項を国防予算の増額から高騰するエネルギー価格の抑制に切り替え、追加の国防費として120億ユーロ(3年分)を確保する絶好の機会を自ら手放した」と報じていたが、メローニ首相はフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長に対して「SAFE融資を受け取らない可能性」を伝えた。

メローニ首相はフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長に送った書簡の中で「ホルムズ海峡封鎖に起因した石油供給減少がもたらすエネルギー価格高騰と生活費上昇を緩和するため、国家資金を投入することが急務だ」「国防を戦略的優先事項として国家免責条項の適用を正当化するのであれば、エネルギー安全保障も欧州の戦略的優先事項であることを政治的勇気を持って認めなければならない」「企業や家庭のエネルギーコスト負担を軽減することは経済を強くし、結果として国防能力を強化する基盤となる」「NEC適用範囲の拡大が認められないなら、SAFE融資を現行の形で利用することを国民にどう説明すればよいか困難だ」と言及。

出典:Ministero Difesa

要するに「エネルギー危機対策をNEC適用範囲にしてくれないのなら、再軍備に向けた国防費増額のためのSAFE融資(借金)を国民に説明するのはほぼ不可能だ」「エネルギー危機で苦しんでいるのに国防のためだけにEUから巨額の資金を借りて使うなんてどう説明すればいいのか?」となり、もし「NEC発動見送り」と「SAFE融資の受け取り辞退」に発展すれば約270億ユーロ=約310億ドル分の国防費増額向け資金を失い、特にSAFE融資は新型戦車パンターと新型歩兵戦闘車リンクスに投資する計230億ユーロの大部分を賄う予定だったため、ここから何が起こるかは素人にでも分かってしまう。

NEC発動を見送れば財政赤字3.0%以上の財政支出が出来ない=国内資金や借り入れによる国防費増額が不可能になり、149億ユーロのSAFE融資まで失うとパンターとリンクスに投資する計230億ユーロ全額を国防費から捻出しなければならず、財政支出や国防支出全体の見直し=各計画の縮小・中止もしくは各計画を維持するため資金供給ペースを落とすといった事態に発展することが濃厚で、この影響は2037年までの負担費用=88億ユーロ支出にも影響を及ぼすかもしれない。

出典:GlobalCombatAir

英国は今後4年間で280億ポンド=約6兆円の不足が生じるのに180億ポンド=約3.8兆円しか用意できない、イタリアは国防費増額向けの資金として約270億ユーロ=約5兆円を放棄する可能性があり、この状況で最も影響を受けやすいのは10年先の能力に対する巨額な投資で、予算関連の動きから導き出される英国とイタリアの願望は「GCAP計画の新たな出資国獲得による開発コストの負担軽減」だろう。

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※アイキャッチ画像の出典:Italian Government Presidency of the Council of Ministers

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コメント

  • コメント (22)

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    • リンゴ
    • 2026年 5月 21日

    >予算関連の動きから導き出される英国とイタリアの願望は「GCAP計画の新たな出資国獲得による開発コストの負担軽減」だろう。
    おお
    いや「おお」じゃないが、「おお」というしかない
    長期的なプロジェクトを軍事という分野で他国と共同で進めるというのは、やはりかなりの無茶がある

    44
    • 無印
    • 2026年 5月 21日

    イギリスに次いでイタリアもか…
    2国とも「要らない」じゃなくて、「要るんだが、ない袖は振れぬ」状態なのが歯痒いな

    38
    • 幽霊
    • 2026年 5月 21日

    まあ安全保障がいくら大事でも国民生活に直結する問題を放置すれば政権は持たないでしょうしね
    例えば今の日本で国防の為だからと増税を行い社会保障費を削減し物価高対策やエネルギー問題の対策を後回しにすれば、いくら支持率が高い高市政権だとしても支持率は急落するでしょうしね
    その上イタリアは日本みたいに単一の政党が圧倒的多数派という訳では無く連立政権ですから、無茶な行動をとるのは難しいでしょう。

    46
      • 名無し
      • 2026年 5月 21日

      財務省が…ってごまかしてるけど結局国会与党の判断なんだよな
      なんなら支持率の変動が「国民がどう思っているか」のバロメータだし

      23
    • p-tra
    • 2026年 5月 21日

    >>キャッシュディスペンサーとして利用されることは受け入れられない
    筋の通った指摘です。
    社会保障費のために国債と支出を増やし続けてきた
    過去数十年は何故その指摘をしなかったのか説明があると
    もっと良かったでしょう。

    9
    • たむごん
    • 2026年 5月 21日

    ヨーロッパの大国を相手に、大型プロジェクト(GCAP)をやるのは、一筋縄ではいかないということでしょう。

    ウクライナ戦争後、石油ガス価格の値上がりが直撃しているだけでなく、AI革命・半導体相場にも乗れていないんですよね。
    (2026年4月末時点)時価総額トップ10の製造業を見れば、6位フェラーリ約604億ドル、7位プリズミアン414億ドル、8位レオナルド354億ドルになります。

    世界4位の輸出額(半分ユーロ圏)があり、日本よりも輸出額が多いわけですが、なかなかしんどい面もあるのかなあと感じています。

    6
      • たむごん
      • 2026年 5月 21日

      追記です。
      ぶっちゃけると、日本以外はそれほど困らないということでしょうかね?

      対中国の最前線としてあまりにも厳しいわけですが、イギリス・イタリアは対ロシアの最前線でもないわけですし。

      13
        • ドゥ素人
        • 2026年 5月 21日

        NATO の割り当て兵力の維持更新が第一で、10年後のものの優先順位は高くないかもしれません。
        とりあえずはF-35もありますし、地対空、地対艦ミサイルでもロシア相手なら粘れるという判断かも。
        我が国のお隣さんはもっと強敵なので、こちらは困るんですけど

        21
          • たむごん
          • 2026年 5月 21日

          ほんと仰る通りです。

          日本とは、視座が違うかもしれませんね。

          9
            • 文彦
            • 2026年 5月 23日

            ぶっちゃけロシア程度が相手なら4.5世代機でも十分感はある

            2
    • YF
    • 2026年 5月 21日

    この状況踏まえてのG7サミットに合わせた、高市総理のイギリス、イタリア訪問だと思います。
    間違いなく主要な議題はGCAPで、おそらく日本は経済協力、民間投資等をバーターにして両国にGCAPの予算確保を交渉するのでは。
    日本もこの状況を座して見てるわけではなく、打開に向けて動いてますのでサミット以降どうなるか推移を見守りたいです。

    5月20日 防衛装備庁 プロジェクト管理対象装備品等の現状について
    GCAP、GCAPに連携する無人機、GCAP搭載用の新型ミサイルの記述があります。
    色々厳しいニュースも多いですがプロジェクト自体は進んでますので期待したいですね。

    13
    • 七面鳥
    • 2026年 5月 21日

    (出来る出来ないは置いておいて)イタ公とブリカスの横っ面を、札束で引っ叩いてやりたい。
    ※ユーロ札束に火を点けて「どうだい、明るくなっただろう」でもよし。

    ※今の為替レートだとなぁ……

    4
    • あさり
    • 2026年 5月 21日

    わかるんだけど…
    政権が財務部局の許可を取らなくちゃならないってのが不思議
    首相が財務担当大臣に命令して決裁しちゃダメなのか

    6
      • アイアン
      • 2026年 5月 21日

      その結果がトラス首相ですから、財務部門の警告を無視して強行は出来ないでしょう。
      財務部門の許可を取らないとっていうより、与党内で予算の割り振りが出来なくなっているだけですね。

      16
      • 名無し
      • 2026年 5月 22日

      財布担当の判断無視して執行不可能な予算決裁とか普通に弾劾レベルのバカやんけ

      14
    • あうあうあー
    • 2026年 5月 21日

    GCAPまたはGCAP関連事業による将来の収益を担保にしたGCAP限定国債を発行し
    英国内またはイタリア国内の年金運用機関に買わせるというのはどうですか?

    2
    • イーロンマスク
    • 2026年 5月 21日

    イタリア
    政府債務(対GDP比) 137.9%
    財政赤字(対GDP比) 2.8%
    利払い費(対GDP比) 約4%
    経済成長率 0.8%

    日本
    政府債務(対GDP比) 約240〜250%
    財政赤字(対GDP比) 約3〜4%
    利払い費(対GDP比) 約1.5%
    名目成長率 約2.0〜2.5%

    日本はこれから利払い費が急増するのでイタリアは参考になるんでないかな

    4
      • あうあうあー
      • 2026年 5月 21日

      実際にインフレが起きてみると
      ↓↓こんな感じで「名目GDPの上昇」「税収の上振れ」「実質債務額の圧縮(これは今だけかも)」「政府資産の価値が負債よりも大きく上昇」などなどが影響して、全体としては改善されてるっぽくないですか?
      インフレに応じて国債の利率や利払いの対GDP比も上昇しますが、名目GDPも政府資産も上昇するので、いわゆる信用危機ではなくインフレ率に応じた金利上昇であれば、ほとんど問題ないかむしろ状況が改善されているのではないでしょうか?

      この方の分析などなかなか面白いですよ

      リンク
      日本(2025年)
      政府債務(対GDP比) 約230%
      財政赤字(対GDP比) 約1〜2%
      利払い費(対GDP比) 約1.6-1.7%
      名目成長率 約3.7%

      10
        • のー
        • 2026年 5月 21日

        インフレ税で事実上の債務不履行を行ったようなものなので、
        投資家と一般庶民に損失を押し付けてしまってます。
        かなりヘイトを勝ってしまってますので、持続可能ではなく、
        何年も続けられるものではないです。
        そろそろ長期金利がインフレ率を上回り始めていますし、放置すると円安が進行してしまいますよ。
        年初に市場の空気を読めない総理が、高市ショックを起こしかけました。
        慌てて米国のベッセント長官が止めに入って止めました。

        13
    • まめ
    • 2026年 5月 21日

    EUは電気自動車をぶち上げてたけど、発電周りのエネルギー政策とかってどうなってんの?
    再エネや原子力にだけ振るわけじゃないだろうし、石油消費とか減らすとなったら石油化学の原料も減るけど、そこへの移行体制とか取ってなかったのかな?
    燃料の高騰も需要と安定供給の話であって補助金突っ込んだって焼け石に水なんだけど。

    6
    • せい
    • 2026年 5月 21日

    米が他国に防衛費増額迫ったのに、米が仕掛けた戦争のせいでそれどころじゃなくなってる
    ホルムズ海峡とペルシャ湾の安定が戻らない限り、世界中エネルギー政策に全力を尽くすしかないよなぁ

    18
    • 特盛
    • 2026年 5月 26日

    トランプのイラン攻撃が回り回ってこんなところにも影響を及ぼしているとは。本当に余計なことをしてくれた…

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