欧州関連

駐英ウ大使はチャレンジー2が28輌に増えると主張、英国防省は否定

駐英ウクライナ大使のプリスタイコ氏はRadio Libertyの取材に「ゼレンスキー大統領が英国を訪問した際、チャレンジー2の提供数を2倍(14輌→28輌)にすることで合意した」と明かしたが、英国防省は「そのような計画はない」と否定した。

参考:Вадим Пристайко: «Із танками був проривний момент. Думаю, те саме відбувається зараз із винищувачами»
参考:Double the Challenger tanks for Ukraine? British MoD says no

少なくとも現時点ではチャレンジー2の提供数を増やすことに英国は否定的

英国のスナク首相は西側諸国の中で真っ先に「チャレンジャー2のウクライナ提供」を発表し、結果的に「西側製戦車のウクライナ提供を阻む壁を壊すきっかけを作った」という政治的な成果を手に入れたが、チャレンジャー2の提供数を増やすことには消極的だ。

出典:President.gov.ua/CC BY 4.0 プリスタイコ大使

ウォレス国防相は「春までに約束したチャレンジャー2がウクライナに到着するだろう。但し、約束した以上のチャレンジャー2を追加提供するには自国の安全保障を犠牲にする必要がある」と明かし、国防予算の増額問題と合わせて「英国がこれ以上戦車の提供するのは難しい」と示唆していたが、駐英ウクライナ大使のプリスタイコ氏はRadio Libertyの取材に「ゼレンスキー大統領が英国を訪問した際、チャレンジー2の提供数を2倍(14輌→28輌)にすることで合意した」と明かし注目を集めていた。

しかし米ディフェンスメディアは「そのような計画はないと英国防省が述べた。少なくとも現時点ではチャレンジー2の提供数を増やすことに否定的だ」と報じており、恐らく戦車提供の数を増やすことで合意したという発言は「ウクライナ側の期待感を示す」ための政治的な発言だった可能性が高い。

国防予算の増額が不発なら英国にチャレンジー2の提供数を増やす余裕はない

英国は2021年発表の国防政策見直しに基づき陸軍の定数や装備を削減、浮いた予算を海空や新領域の戦力整備に投資する計画だったのだが、国防費をGDP比2.5%に増額すると約束したジョンソン首相が倒れ、GDP比3.0%に増額すると約束(首相選時)したトラス首相も大型減税計画が市場に大混乱を招き退陣、この後を引き継いだスナク首相は「指示した国防政策の見直しが終わるまで国防費増額を約束できない」と表明。

出典:Rishi Sunak

この間にドイツのショルツ首相は1,000億ユーロ=約14兆円の軍再生基金(GDP1.4%の国防予算は別枠)を創設、フランスのマクロン大統領も2024年から2030年までの国防予算に総額4,000億ユーロ=約57兆円を要求して新しい安全保障環境への対応やウクライナ支援に回した装備・弾薬の補充に取り組んでおり、将来の方針が定まらないまま陸上装備や弾薬をウクライナに提供している英国では「陸軍の弱体化」や「即応性の低下」が懸念されている。

ウクライナ侵攻を通して浮き彫りになった英国軍の問題には「数日の戦いで使い果たす弾薬備蓄の不足」「ウクライナが直面しているミサイル・ドローン攻撃に対応した防空能力の欠如」「3万人規模の諸兵科連合部隊を編成するのに5年~10年かかる即応性の低さ」「即応部隊の約30%がNATOの初動基準を満たさない予備兵力で構成されている慢性的な戦力不足」「30年前~60年前に製造された陸上装備に依存した陸軍戦力の構造的な脆弱性」などが挙げられ、ウクライナに提供した大量の装備・弾薬を埋め戻す具体的な予算措置も計画も未定のままだ。

出典:UK Ministry of Defence

つまり多くの国は計画の詳細を後回しにして「国防予算を増額する」という明確なシグナルを出したため防衛産業界が増産や拡張に動き出しているのに、スナク首相は国防政策の見直しが終わるまで「増額を約束できない」と述べたため英産業界は出遅れており、国防当局者は「スナク首相は戦時のリーダーではなく(ウクライナ侵攻が引き起こした安全保障の問題が)消えてなくなることを望んでいるだけだ」と述べている。

ウォレス国防相は最低でも110億ポンド(約1.7兆円)の追加資金を要求しているが、スナク首相は2週間以内(11日~12日が濃厚)に訪米し「国防支出の増額を発表する予定だ」と予想されているものの「増額内容は2年間で数十億ポンドになり、ウォレス国防相が陸軍再建に必要と主張する110億ポンドに全く及ばない」と報じられており、ウクライナに提供するチャレンジー2の数を増やす余裕は恐らくない。

出典:Richard Watt / OGL v1.0

因みに国防当局者は「慢性的な人員不足を解消するのに必要な新兵の訓練も装備も資金不足に直面し、軍の在庫には弾薬やスペアパーツのない旧式の武器や装備が積まれているだけだ。軍を再建するための資金は医療や福祉など他分野の支出と比べれば僅かな額で、これは財源の問題ではなく政府の選択の問題だ」と訴え、歴史は今後数週間のあいだに起こるであろう選択を振り返り「現政府が国の安全保障を重要な任務と信じているのか、口先だけのスローガンにすぎないのか判断するだろう」と述べていた。

つまりスナク首相が発表する国防予算の増額が報道通りなら、後世の歴史家は「現政権の安全保障に対する言及は口先だけのスローガンに過ぎなかった」と判断する可能性が高い。

出典:LA(phot) Mez Merrill/MOD

追記:スナク首相の訪米に合わせてオーストラリアのアルバニージー首相も訪米する予定で「豪原潜導入に関するロードマップの発表が行われる」という言われており、英タブロイド紙は「来月訪米するスナク首相が原潜建造に関するオーストラリアとの合意(アスチュート級を英国で建造するというもの)を発表する」と報じていたが、この答え合わせを行う日が遂にやって来る。

関連記事:英国政府、チャレンジャー2とAS90のウクライナ提供を公式に発表
関連記事:豪州と英国が原潜建造で合意? 英国内でアスチュート級を建造して提供?
関連記事:国防予算の増額に抵抗する英首相、陸軍はTier1から独伊並のTier2に脱落
関連記事:ポーランド分のレオパルト2A4が3月末までに到着、但しスペアパーツ供給に深刻な問題

 

※アイキャッチ画像の出典:Photo by Staff Sgt. Brandon Ames

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コメント

    • 774rr
    • 2023年 3月 08日

    流れに流れたオーストラリアの潜水艦建造計画
    今度こそ上手く進むと良いね

    11
    • 戦略眼
    • 2023年 3月 08日

    イギリスも陸軍を捨てて空海軍と核に注力するのかな?

    • 月虹
    • 2023年 3月 08日

    >恐らく戦車提供の数を増やすことで合意したという発言は「ウクライナ側の期待感を示す」ための政治的な発言だった可能性が高い

    戦車提供の数を増やす可能性があるとしたらヨルダンがUAEからのルクレール導入などに伴い余剰装備となって保管中のチャレンジャー1をイギリスが購入しウクライナへ供与するという形になると思います。実際にイギリスはベルギー陸軍から退役して民間のスクラップ会社が保管中だったM109自走榴弾砲を購入して自国でのオーバーホールを実施した上でウクライナへ送っています。

    チャレンジャー1はチャレンジャー2と同じ120mmライフル砲を装備し、元イギリスの戦車ということもあって譲渡交渉や整備も行いやすいでしょう。

    4
      • 58式素人
      • 2023年 3月 08日

      過日の報道で、ドイツのラインメタル社が手を出すような話がありましたが、
      話は進行しているのでしょうか。
      ラインメタルにやらせると、エンジンと主砲は換装されてしまう(笑)でしょうか。
      素人は、元のチャレンジャー1のままが良いと思っています。
      あと、これは妄想ですが、ウクライナのT/64/72/80の機械装填装置に、
      チャレンジャーの弾丸と装薬は適合しないかなと思っています。
      適合すれば、あとは砲身を交換すれば、安価に砲弾の種類の整理ができるかなと思っています。
      4種類(105mm施条砲、120mm滑腔砲、120mm施条砲、125mm滑腔砲)あるのですから。

    • 名無し
    • 2023年 3月 08日

    ワールドタンクニュースで、チャレンジャー2はロシア軍による鹵獲を防ぐため、バハムトとかの東部最前線での運用をイギリスから禁止されているって書いてあったけど、事実なんだろうか。

    1
      • 半分の防衛費の国から
      • 2023年 3月 08日

      そう言っておいて、旧式戦車を大量に手に入れるつもりなのでは、鹵獲されていなくても弱点は知られているし、ロシア側もジャベリン(鹵獲品)は持っていたりするし、そんな目的で使用して現行型を失うくらいなら、旧式戦車を直射榴弾砲として運用して榴弾砲の砲弾不足を補いたいのでは?

      参考

      こんな動画を拡散されちゃうかも?97式中戦車の場合‥

      リンク

    • K(大文字)
    • 2023年 3月 08日

    >恐らく戦車提供の数を増やすことで合意したという発言は「ウクライナ側の期待感を示す」ための政治的な発言だった可能性が高い

    こういうやり方は感心しないなぁ。
    自国に支援されるだけの理由や価値がある場合(ウクライナは支援に値しますが)にはそれで強多少強引でも既成事実化を図れたりするのだろうけど、一歩間違えたらかなり相手の心証を悪くする手法。
    ましてやその自己評価が過大だった場合は…
    交渉テクニックで色々と手管はありましょうが、手段は選んだ方がいいと思います。今後、西側でやっていくのであれば。
    まぁ、西側にもアレな外交する国はあるけれどね…

    12
      • ポンタ
      • 2023年 3月 08日

      英国の外交は有名だからなぁ、とは言えたかが14両増やすに過ぎない話ではあるから言っていたら破らないのではないか?
      やっぱり提供すると言い出す可能性もある、もしくは米軍のJDAMの様に既に提供してて黙ってるとか

    • あさり
    • 2023年 3月 08日

    イギリスに陸軍いります?
    ドーバー海峡挟んですぐむこうに反英的な国家が出来る見込みはないし
    アルゼンチンは死に体
    海軍だけで十分なような

      • 58式素人
      • 2023年 3月 08日

      ジブラルタルがありますよ。
      スペインに渡すことはないでしょう。
      英国にとって、大陸に属する国家は全て、潜在的な敵国ですし。
      たとえ、同じNATOに属していても。

      3
      • あばばばば
      • 2023年 3月 08日

      ドーバー海峡の先の隣接国家には、反英化しそうな国は今はないが、万が一ロシアが抜けてくる可能性もあるし、80年ほど前にはドイツが大暴れしましたし。
      一方、アイリッシュ海を挟んだ先にアイルランドがあって、その北部はイギリスの領地であり、2000年代に入るまでIRAというテロ組織が跋扈していしたし、小規模化したとはいえ、現在もくすぶっているようなので必要なのでは?
      あと海外派遣というお付き合いのために。

      1
        • パセリ
        • 2023年 3月 08日

        直接的な敵は居なくてもアメリカとの合同軍で世界に派遣出来るだけの兵は居るでしょ。
        近年だとイラク戦争もそうだし

        1
    • Natto
    • 2023年 3月 08日

    戦車が増えるよ!

    1
    • 半分の防衛費の国から
    • 2023年 3月 08日

    チャレンジャー2戦車、227両中42両しか実働してないそうなので提供するにしても時間が掛かり過ぎるのでは?提供決まっているのも実働42両からなので。

    参考

    チャレンジャー2、良く判らないや、と思ったらどうぞ。

    リンク

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