英国は15日「射程2,000kmを超える長距離攻撃兵器をドイツと共同開発する」と発表した。米国ではフーシ派との戦いで消耗し、中国にも備えなければならない米海軍は議会で「弾薬不足」を訴え、歳出委員会のコール委員長も「紛争に巻き込まれても短期戦になると神に誓える」「なぜなら武器がないのだから」と警告した。
参考:UK and Germany to jointly develop 2,000-km-range strike weapon
参考:Navy leaders look to expand munitions options as supplies run low
参考:Supplier bottlenecks threaten US Navy effort to grow arms stockpiles
複雑化した現代兵器に対して技術力があって、民需向け製造能力が高く、豊富な資金さえあれば量産なんて簡単という過去の事例は通用しない
ドイツのショルツ首相と米国のバイデン大統領は2024年7月「長距離攻撃能力のドイツ配備で合意した」「ドイツに長距離攻撃能力を恒久的に配備する計画の一環として多領域任務部隊の一時配備を2026年に行う」「ここにはSM-6、Tomahawk、開発中の極超音速兵器が含まれ、欧州に陸上配備されている長距離攻撃能力の射程を大幅に拡張するだろう」と発表したが、この頃には既に大統領選挙でドイツに批判的なトランプ元大統領が戻ってくる可能性、浮き彫りとなった米防衛産業の能力不足、武器システムの主権問題などがリスクに浮上。

出典:Ministry of Defence UK
そこでフランス、ドイツ、イタリア、ポーランドは「遠距離から敵の目標を精密攻撃できる兵器システム(推定射程500km~1,000km)の共同開発」で合意し、さらにドイツは英国との2ヶ国間防衛協定を締結し「長距離攻撃システムの共同開発」「海上用無人機の能力開発」「戦闘機に随伴するプラットホーム分野での協力」を約束していたが、英国は15日「ドイツと射程2,000kmを超える新たなDeep Precision Strike Weaponを共同開発する」と発表した。
Reutersも「このプロジェクトは両国が締結した2ヶ国間防衛協定に基づくものだ」「昨年の大統領選に勝利したトランプ元大統領が『欧州が自らの安全保障に責任を負うべきだ』と表明して以降、欧州では自国の防衛産業強化の方法を模索する動きが活発化している」「英国とドイツの国防相がベルリンで会談して新型長距離攻撃兵器の共同開発を発表する予定」と報じている。

出典:U.S. Navy Photo by Petty Officer 2nd Class Nicholas Russell
因みに米軍はトランプ政権の要求でフーシ派に対する大規模な軍事作戦を実施し、約5週間の作戦期間中に1,100回以上の攻撃を行い10億ドル以上の弾薬を消耗したと報じられ、キルビー海軍作戦部長代行も14日の下院歳出委員会で「紅海における最近の軍事作戦が軍需産業基盤のひずみを浮き彫りにした。紅海での消耗分や将来の脅威に必要な弾薬の確保に努めているが、現在の生産ラインだけでは十分でない。トマホーク、長距離対艦ミサイル、重魚雷といった全ての弾薬生産を増やす必要がある」と証言したが、もはや既存のベンダーのみ頼るべきではないとも言及。
キルビー海軍作戦部長代行は「我々の他のベンダーにも目を向ける必要があると考えている」「(現在調達しているものと)全く同じ仕様のミサイルを製造できないかもしれないが、効果的なミサイルを製造できるかもしれない」「その方が現行のミサイルが不足するよりずっと効果的だ」「中国と戦争になれば血なまぐさい戦いになり、犠牲者も出るだろうし、大量の弾薬が必要になるだろう」「だから弾薬の備蓄を十分にしておく必要がある」と述べた。

出典:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 3rd Class Jonathan Sunderman/Released
例えば米海軍の長距離攻撃能力を支えるトマホークの運用国には日本(最大400発)、オーストラリア(200発以上)、オランダ(175発)が加わる予定だが、2023年に生産されたトマホークの数は70発未満と言われており、2024年に国防総省がRaytheonに授与したBlockVの生産契約も131発(米陸軍向け26発、米海兵隊向け16発、オーストラリア向け11発、日本向け78発)に過ぎず、しかも本契約分の生産完了=納品期日は最長で2028年3月だ。
米海軍はSMシリーズ(恐らくSM-6)の生産量=年125発を2026年までに年200発、2028年までに年300発、トマホークの年間生産量(この数字は不明)を2027年までに倍増させること、LRASMの年間生産量を2028年までに149発に引き上げること要求しているが、米海軍もRaytheonも「増産を困難にする要因は幾つかあるものの最大のボトルネックはロケットモーターの供給能力だ」「国内にミリタリー向けのロケットモーターを製造できる企業が1社=Aerojet Rocketdyneしかない」「ミサイルの増産を達成できるかどうかはAerojet Rocketdyne以外からロケットモーターを供給できるかどうかにかかっている」と述べている。

出典:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 3rd Class Randall W.Ramaswamy/Released
さらに米海軍は冷戦終結後に「大きな脅威もなく在庫(推定1,300発)も十分ある」という理由でMK.48の新規生産を中止、備蓄分の魚雷を段階的に改良して能力を維持してきたが、新たな脅威=中国の登場でMK.48の再生産を決定したものの、構成部品の大半は再入手不可能なため1990年代の設計を3年かけて変更して生産を再開したが望んでいたほどの生産ペースには到達しておらず、どうやって製造を簡素化し、より簡単に、よりは早く、より安価に生産するか苦心が続いているらしい。
ウクライナとロシアの戦いは「戦争が弾薬の大量消耗を引きこす」と思い出させ、魚雷生産の問題を指摘してきたハドソン研究所も「陸上で起こったことは海底でも起こる」「約20年間の生産停止から学んだことがあるとすれば『二度と同じ過ちを繰り返してはならない』ということ」「我々は生産を継続しなけれならない」と述べ、歳出委員会のコール委員長も「もし紛争に巻き込まれても短期的なものになると神に誓える」「なぜなら長期戦に耐えられるだけの武器がないのだから」と警告した。

出典:Photo by Staff Sgt. Taylor Drzazgowski
英国とドイツが共同開発する新型長距離兵器の話題よりも「因みに~」の方が長くなってしまったが、こういった米軍や米防衛産業の問題はウクライナとロシアの戦争がきっかけで露呈したわけではなく、2022年2月以前から指摘されていた問題で、シンクタンクやディフェンスメディアが繰り返し警告し、本ブログでも頻繁に取り上げていたため大きな驚きはないものの、この戦争が「防衛産業に対する継続的な投資の重要性」を改めて浮き彫りにしたのは確かで、複雑化した現代兵器に対して技術力があって、民需向け製造能力が高く、豊富な資金さえあれば量産なんて簡単という過去の事例は通用しない。
中国が武器生産量で他を圧倒できるのは「継続的な生産能力への投資」が続いているためで、本格的な長期戦において勝敗を左右するのは「兵器のスペック」ではなく「兵站=補給能力」だ。
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※アイキャッチ画像の出典:MBDA/Né un 15 février
今みたいに国際的緊張が高く、国民に危機感がある間は継続的な生産に予算がつきやすいですが、いざ国際的緊張が下がったり国民が飽きたりすると備蓄を増やすための継続的生産に予算はなかなかつかないでしょうね。
戦争の時くらいしか使い道がない膨大な備蓄に予算を費やすより、社会保障とか減税を国民世論は求めますし、政治家もそちらに予算を振り向けたほうが票が取れる。
平時の国民世論をあまり気にせず継続的生産に力を入れられる体制の強さが今一番発揮されてますね。
果たして我々は追いつけるのか。
各国大軍拡開始でしょうからある程度は追い付くでしょうけども、戦時に最悪は総力戦を厭わない世論を形成することは開かれた民主主義だと難しい様な気はしますので、プロパガンダと同調圧力や反対派の弾圧等で世論を同じ方向に無理にでも向かせて戦時体制取るという形で対峙する形でしょうか。こうなると民主主義なのか大分怪しく、どこかで聞いた話でもありますけども。
どこかで聞いたのはイギリスの1914年本土防衛法と1939年国家緊急権法ですかね?
「我々の体制、思想は敵より特別、人道的に優れている」は大戦時にイギリスで繰り返し統制下にあったメディア、郵便物を通して宣伝されましたが事実だったか?と言われれば大抵NOでしたね
もっと最近だとユーゴ内戦のジェノサイドのネタバラシとか
>>「我々の体制、思想は敵より特別、人道的に優れている」
ナチスの絶滅思想に比べれば遥かにマシだったか…(震え声)
軍事費は基本的に死に金ですからね
儲かるもの(米国なら金融、IT)に金を通づるっこんで
金持ちになりたいと考えるのは仕方ないです
軍拡はやむをえないにしろ緊張緩和したときに予算減らされて軍需産業が地獄を見なきゃいいのですが
ウクライナの反攻作戦あたりでほぼ払底したとはいえ、ウクライナの猛烈な消耗戦をささえた米軍の200万発の備蓄砲弾を考えると、こんだけの遺産を残した冷戦期のアメリカ軍需産業ってほんと凄かったんだなって。あっというまに遺産食いつぶしちゃったけど。やべぇよやべぇよ…
未だに遺産でロシア支えてるソ連って…
冷戦時の勢いは今とは比べものにならない物があった。戦車も装甲車も何千両は当たり前、航空兵力も冷戦期の遺産が多い。その結果は湾岸戦争で遺憾なく発揮された。
ただロシアや中国の脅威がどれだけ喧伝されようが冷戦期のような勢いは無いよね。改善はしようとしているけど効率やら低価格やらに色糸と拘ってとにかく脅威に対抗する為に作ろうって感じはないのがね。それが真っ当な施策であるのは分かるんだけど。
冷戦に入る前、WW2の凄まじさが今とは桁違いに凄かったから東西共に備蓄出来ていた気がする。
週刊空母とか日刊駆逐艦など…
日本は炭素繊維技術や自動車やバイクで培ったレシプロエンジンがあるのだからプロペラ式の巡航ミサイル作ればいいのに
安価で長射程、ある程度のステルス性
数年後にはオンボードAIで無人kamikazeが可能になるだろうし
…書いてて思ったが絶対無理だな
現在自衛隊で開発中の射程距離2000km以上のミサイルだけでも、島嶼防衛用新対艦誘導弾、島嶼防衛用高速滑空弾とあるのでそれらの開発が済んでからコストとかを考えるのではないですかね?
新地対艦・地対地精密誘導弾、極超音速誘導弾もありますね。
なので日本の場合は共有化ファミリー化でブースターの量産効果高めるのが1番トータルでのコスパ向上に効きそう。
皆さんご存知でしょうか?
本邦において、すべての兵器に必要といっても過言ではないTNT火薬を製造できる工場は広島県に一カ所しかなく、生産能力も限定的でいつ廃業してもおかしくないことを⋯⋯。
TNTなんて作ろうと思えば簡単に作れるよ
ただ採算が合わないし、規制的にも厳しいし、やりたい人もおらんだろう
だから金払えばすぐ解決する
生産規模を増やす途中で事故が起きそうだけど…
いや〜お金だけがあっても簡単には作れないと思いますよ。
弊社は原料混ぜ合わせて製品作ってますが、混ぜ合わせもノウハウいりますし、その教育でめちゃくちゃ時間取られます。設備も新しく作っても動かしながらのバグ取りしていかないといけないんで、量産安定まで数年単位です。
政治が出来るのは、単年度予算をやめて継続的にお金を出し続けることと、軍事関係の規制を緩めること、国民への安全保障教育をする事ですけど、無理でしょうね…
国営工場欲しいですね…
2023年に制定された「防衛省が調達する装備品等の開発及び生産のための基盤の強化に関する法律施行令」で国営の防衛装備品生産工場取得が可能になりました。
企業の防衛事業撤退が進む中で国内生産基盤維持が必須と考えられる事業が対象で、国が工場施設を新設するか撤退する民間工場を買い取り、運営業務を所要の技術を有する民間企業に委託する事実上の国営工場です。
政府は固定費を一般会計で負担しますが運営資金は委託企業が負担し、製品は政府が全量買い取るシステムで事業の安定・維持を図ります。
国営地に国費で工場建屋を建設し民間に事業委託する方針が発表されましたが、その後どうなってるのか気になりますね。
(訂正)
正)国有地に国費で火薬製造工場建屋を建設し民間に事業委託する方針
そんな事言ったら来年、約40年ぶりにTNTを製造するアメリカの立場は・・・
なお製造するのはトルコ企業・レプコンのアメリカ支社であるレプコンUSA。
大戦時、日本は原材料のトルエン確保がボトルネックになり、TNT生産に難を抱えていた様ですが、
(縄張り争いもあり、海軍はTNTではなく、やや難のあるTNAに走ったとか)
原因は異なるけど、今日の日本もTNT生産に問題を抱えているのですか。
サプライチェーン・リスクマネジメントをどうするのかということでしょうね。
自動車産業で言えば、東日本大震災ルネサスなどの工場被災・新潟沖地震のリケン被災などで製造ストップしたため注目されました。
米軍で言えば、兵器なわけですから厳しい環境を想定していると思っていましたが、ロケットモーターの解説を拝見するとかなり難しい現実を感じますね。
トランプ大統領でなければ同盟国との間で生産分担をして、
「構成部品の大半は再入手不可能なため1990年代の設計を3年かけて変更して生産を再開したが望んでいたほどの生産ペースには到達しておらず」
の部分も何とかなりそうか気がしますが、
日本で言えばバイデンさんの頃締結された、PAC-3の日本でのミサイル生産も上記の状態で部品が届かないような状態でしたね・・・
PAC-3ってそんなことになってたんだ。パトリオット導入してる割に03式中距離地対空誘導弾の改良に力入ってるなあって思ってたけど納得。消耗品の弾体は全部自前で作りたいよね。
インドのテジャスに至っては、2年間エンジンが届かず、開発が終わっているのに配備できない始末。
日本向けのPAC-3に関しては、ロケットモーターはライセンス生産により日本で生産しているが、アメリカから完成品を輸入しているシーカーの納品が遅れているので生産が滞っているという内容の報道がありましたよ。
兵站もそうだが、工場の工員と兵士の確保もな。工員はともかく、兵士に関しては中国も苦労してるし。
そう言うと「中国には兵役登録あるだろ!」とツッコまれそうだけど、実質は志願制のようなものな上、受験競争や何やらで体力テストに不合格なのが4割だとか。まあ出てくるニュースソースが8年前のものばかりだから、何かしら対策はしてるんだろうけど。ゲーム規制法とかで。
おいおいサム叔父さん、「たまに撃つ弾が無いのが玉に瑕」ってそりゃ自衛隊の持ちネタだぜ!
それともジョークまで日本から輸入することにしたのかい?HAHAHA!HAHaha…
>複雑化した現代兵器に対して技術力があって、民需向け製造能力が高く、豊富な資金さえあれば量産なんて簡単という過去の事例は通用しない
技術力があって民需向けの製造能力が高く豊富な資金さえあれば兵器の量産なんて簡単とは思わない
でも技術力がなく民需向けの製造能力がきわめて低い国が資金だけで供給力を立て直せるとも思わないな
アメリカにしろイギリスにしろ半世紀掛けて工業生産力を低下させてきたわけだから数年のスパンで何かをやろうとするんじゃなく
今は20年後に中国に負けないために地道に人材育成や失った製造業の基盤の回復に努めたほうがいいと思うけどね
もちろん防衛産業の生産性を高めるために設備投資とかはするべきだとは思うけど本質的な生産力は買って持ってこれるものじゃないからね
究極的には技術は人に体化されてるわけだから
ウクライナ戦役の様子を見る限り。
長射程(作戦半径3,000km程度?)で500lb爆弾の破壊力のある
兵器は持つ必要があるのでしょうか。特に、大陸国家が相手の場合は。
弾道弾でも、巡航ミサイルでも、ドローン(ミサイルドローン含み)でも。
安価なドローンから始めるのが良いのでしょうか。きっと。
戦車不要論への反論と同様で、保有していれば相手に対策を強要できます。
これほどの射程となると補給用集積地や飛行場を射程外に移すのは現実的ではなくなるので、対空防御の負担がぐっと増えることになります。
まあ基本的に射程は正義です。ウクライナでもATACMSが解禁されたら速攻で今まで届かなかった弾薬庫に撃ち込んでますし。
自国開発の長距離弾までの時間を買うといってトマホークを注文したが
どっちが早いか分からんのかもしれんのか
米国の軍備供与能力がここまで疑問視される時代が来るとは思わなんだ
ほんと、金融とITに全振りして、ものの見事にものづくりが崩壊してますよね。
検討に次ぐ検討で動きが遅くて周回遅れだった日本が、幸か不幸かアメリカよりまだマシと言う…
海洋国家なのに艦艇の新造どころか修繕も怪しいアメリカは、ほんとにマズイですよね…
日本製鉄に協力仰がないと行けない立場なのが、選挙対策で反対のことしてますし。
韓国の造船協力は良くて、鉄はだめな理由は何なんだ…