ウクライナ戦況

英国、装甲車輌やマスティフなどの防護装甲車をウクライナに提供

英国のウォレス国防相は8日、ロシアと戦うウクライナを助けるため「装甲車輌やマスティフなどの防護装甲車を提供する」と発表した。

参考:UK will send armoured vehicles to Ukraine – defence secretary
参考:Британия отправит Украине бронемашину “Mastiff” – министр обороны

受け入れ側のウクライナが困らないようNATO内で供給する種類や量を調整している

英国政府の高官はTimes紙に対して「今後3週間の戦いが非常に重要でウクライナは部分的に勝利している。ロシア軍を疲弊させ侵略作戦を失敗に追いやりプーチンを永遠の孤独に追い落とそうとしている。ウクライナがロシア軍を押し戻せるだろうか?ロシア軍を撃破することができるだろうか?私たちの努力次第で十分可能性はある」と述べて装甲車輌の供給を検討していたが、ウォレス国防相は装甲車輌やマスティフなどの防護装甲車をウクライナに送ると発表した。

出典:Cpl Ian Houlding / OGL v1.0 高機動装甲車「ジャッカル」

ウォレス国防相が言及したマスティフは対戦車地雷やIED(即席爆発装置)に対する防御力を高めた装甲戦闘車両「クーガー」の英陸軍向けバージョンで、クーガーに独自の電子戦装置と装甲が追加されている。

英国当局は高機動装甲車「ジャッカル」の供給も検討していたのでウクライナに英国が引き渡す装甲車輌は複数あると考えるのが妥当だが、NATO加盟国のウクライナ支援は詳細を伏せているため素人の傍観者には内容が良くわからない。

ただ一つ言えるのは各国が提供できるものを無闇にウクライナに送りつけているのではなく、受け入れ側のウクライナが困らないようNATO内で供給する種類や量を調整しているという点だろう。

出典:Department of Defence

チェコが重装備を供給するのはウクライナ軍が取り扱いに慣れた旧ソ連製のT-72やBVP-1を保有しているためで、英国がオーストラリアなどが重装備に分類されないマスティフ、ジャッカル、ブッシュマスターを供給するのは訓練が簡単で扱いやすいからであり、重装備を提供しない英国が「支援をケチっている」という訳ではない。

ウクライナとNATOの直近の目標は「プーチン大統領が一方的に戦争を終結させてクリミア方式でドンバスを併合する政治的レトリックの破壊」であり、5月9日の戦勝記念日にプーチン大統領が「作戦の目的を達成した=ロシア軍がウクライナに勝利した」と発表するためにはドンバス解放(+マリウポリの完全制圧)という軍事的勝利が不可欠だ。

これを阻止すればプーチン大統領は手ぶらで戦勝記念日に臨むことになるのだが、問題は「プーチンの政治的レトリック」を破壊しても戦争が終結すると誰にも保証できない点だろう。

出典:Kremlin.ru / CC BY 4.0

つまり短期的な支援と別に「長期戦」を想定した支援=西側製の重装備供給についても当然NATO内で計画(ウクライナ人兵士の訓練計画やロジスティクスの構築など)が練られているはずで、ロシア軍と戦いながら「ウクライナ軍を旧ソ連製兵器体系から西側製兵器体系に変更する」というアプローチがどれだけ困難か、本ブログの読者なら十二分に理解しているはずだ。

米上院が可決したレンドリース法(武器貸与法)も議会全体が2週間の休暇に入ったため成立(下院の審議と採決+大統領の署名)しておらず、これが成立して米国製の戦車や戦闘機をウクライナに無限に供給しても受け入れ側の訓練とロジスティクスの構築が伴わなければ意味がなく、レンドリース法の成立=ロシア軍敗北が確定というほど簡単な話ではない。

長期戦が不利になると判断すればロシア軍のドンバス解放はさらに強化される可能性があり、英国が指摘するように「今後3週間の戦い」が非常に重要な意味をもつ。

追記:BBCは「クレムリンがウクライナ作戦の指揮官をシリアでの戦いで実績を挙げたアレクサンドル・ドヴォルニコフ大将に変更した」と報じており、作戦に参加するロシア軍全体の指揮統制を改善することが期待されているらしい。

関連記事:チェコがウクライナに戦車、歩兵戦闘車、榴弾砲、MLRS、対空兵器を供給か
関連記事:ショルツ独首相、ウクライナが要請したマルダー歩兵戦闘車の提供に難色
関連記事:今後3週間の戦いがウクライナの運命を左右、英国が装甲車輌の供給を検討

 

※アイキャッチ画像の出典:Andrew Linnett / OGL v1.0 マスティフ

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コメント

    • や、やめろー
    • 2022年 4月 09日

    チェコの支援をよく聞くな、と思っていたらこういうことでしたか。やはり、ウクライナ側からしても扱いが簡単な兵器の方がいいでしょうしね。その点、日本のやつは、厳しいですね。地雷探知機くらいならいけるかも?

    12
    • 五月
    • 2022年 4月 09日

    最後の、これ例の超有能な人だよね。
    その有能さを、停戦の早期化に使ってくれたらどれだけいいか… まぁ、そんな虫のいい話はないだろうけど…
    どちらのためにも、世界全部のためにも、早く集結するよう祈っている。
    供与される兵器が集結に役立つよう…

    12
      • aaaa
      • 2022年 4月 09日

      この方でしょうか
      リンク

      3
      • zerotester
      • 2022年 4月 09日

      一方、西部軍管区の人事部長のイワン・ベリャフスキー少将が採用が少ないという理由で更迭されるとか。
      いったん後方に戻ったロシア兵の80パーセントが前線に戻ることを拒否しているとウクライナ軍は報告しており、それが本当なら戦力の補充にはだいぶ苦労していそうです。戦争終結を早めることになるとよいですが。

      7
      • 2022年 4月 09日

      今まで作戦全てを統括する上級司令部がなかったというのも驚きなのですが、そこの手当てをはじめたのはようやくロシアも本気&学びだしたといえるでしょうね。作戦正面が狭くなることも考えるとあまりよくないシグナルかも

      1
    • Vahagn
    • 2022年 4月 09日

    戦いが北部から東部・南部へと集中するなかで、奇しくも開戦前に想定されていたシナリオに移りつつある。

    5月9日の戦勝記念日ですが、私はロシア軍がめぼしい成果を挙げられなかったとしてプーチンはなにひとつ困らないのではないかと思っています。
    「ドンバス解放の特殊作戦」から、「ナチに対する第2の大祖国戦争」だと言い換えれば良いだけですから。
    “ウクライナがゲオルギーリボンを汚した”と。そう唱えるたけで充分で、ロシア国民は狂喜乱舞して祖国のために殉ずるのでしょう。
    ヒトラーユーゲントよろしくユナルミヤ(少年少女兵)投入の噂もでていますね…。

    ロシア正教会が音頭をとってウクライナ民族主義の「悪魔化(デモニゼーション」をやっているのは危険なサインで、5月9日までに無理矢理にでも勝利を飾りたければ大量破壊兵器を用いても宗教的、神学的に許されるんでしょうし。

    22
    • 名無志野
    • 2022年 4月 09日

    >米上院が可決したレンドリース法(武器貸与法)も議会全体が2週間の休暇に入ったため成立(下院の審議と採決+大統領の署名)しておらず
    休んどる場合かー!

    53
    • 戦略眼
    • 2022年 4月 09日

    韓国のT-80とBMP-3も早く渡せ。

    4
      • あばばばば
      • 2022年 4月 09日

      韓国国内でM48が現役なのに、T-80の除隊が許されるわけないだろう

      冗談はさておき、長らく休戦状態とはいえ朝鮮戦争の最前線である。
      韓国国内でT-80は二番目に強い戦車であるし、前線部隊に配備されているものを引き抜けば、その分戦力に穴が開く事になる。
      それに航空輸送するにはC-17クラスの輸送機を長期間チャーターしなければならないし、海上輸送についても、ギリシャ陸揚げを想定してもウクライナ到着までに1か月以上かかるだろう
      韓国がIFVの類をウクライナへもっていくのはとても現実的な案とは言えない

      10
    • 折口
    • 2022年 4月 09日

    英国といえばウクライナにハープーンミサイルを供与していて、既に現地に到着しているらしいです。
    自走砲や装甲車と来ていきなりASMというのもそうですが、ハープーンミサイルだけもらってもウクライナで運用できるのかというあたりも含めて驚きです(英国はレーダーとセットの地上発射型を保有しておらず送ったのは艦載型か空中発射型と思われるが、ウクライナの海軍艦艇と空軍機には西側規格が適合しないので使えないはず)。

    可能性としてはこの前のロシア揚陸艦撃沈の時みたいに停泊中の艦艇を狙わせる(GPS/慣性航法なら中間誘導は無くてもなんとかなるが、移動目標を狙うのは難しい)か、NATOのレーダーやISR機で取得したロシア艦艇の位置情報を提供してもらって誘導する方式だと思います。後者の場合、法的な解釈に幅があるので即座に参戦とは見なされない可能性はありますが、ロシア側は間違いなく対抗措置を取ってくるので、果たしてそんな危ないことするかというとよく分かりません…。

    6
      • ああああ
      • 2022年 4月 09日

      ロシア艦艇は目視距離に出没して砲撃しているようなので、
      発射諸元は適当に入れておけばいきなりミサイルのシーカーで捉えられるのではないでしょうか。

      6
    • ああああ
    • 2022年 4月 09日

    オーストラリアのC-17役に立ってますね

    7
      • A
      • 2022年 4月 09日

      C-2にも出番ないかなぁ。

        • 2022年 4月 09日

        防弾チョッキを運んだときに使ってましたね

        5
    • zerotester
    • 2022年 4月 09日

    ここまで来たら次の段階は「西側兵器を軍事顧問団付きで送る」ではないですか。使い方教えてるだけですという名目で。他の戦場でアメリカもロシアもやってきたことです。パトリオットや対艦ミサイルを送れるといいですよね。
    マリウポリなどでは空爆や艦砲射撃で民間人が今も死んでいるのですから、人道的にもやるべきのはずです。

    16
      • A
      • 2022年 4月 09日

      すでにアメリカやイギリスの特殊部隊は入っているのでは?

        • zerotester
        • 2022年 4月 09日

        特殊部隊はスパイ扱いも覚悟の上で認識票を外してこっそり入ってると思うのですが、もっと広く送り込むには正式に軍事顧問としてじゃないと難しいのではないかなぁと。

    • 無無
    • 2022年 4月 09日

    ウクライナがドンバスを解放しちゃうと、プーチンは勝利宣言できなくなるから、あとは責任とって辞任するか、なにがしかの戦果をあげるまで延々と戦うことになる、たぶん後者
    ウクライナもロシアを打倒はできまいし、果たしてクリミア半島まで奪回できるのかは疑問
    双方引くも進むも地獄しかない袋小路の恐れあり、これでロシアが弱体化するのを西側が計算の上で動いてるとしたら、
    それもまた恐い話だ、何人の人命が消えるのか

    5
      • けい2020
      • 2022年 4月 09日

      ロシアを徹底的に叩いて、滅ぼさない限りは
      また核で恫喝して侵略するを確実に繰り返すでしょうし、

      長期戦になっても人類の敵になったロシアを滅ぼす必要が出てきて、各国も覚悟が決まりつつある感じがします

      2
        • 無無
        • 2022年 4月 10日

        その、西側によるロシアの滅亡という願望こそ、今までのプーチンの蛮行に論理的な根拠を与えてるんだが。
        まさにプーチン自身が、ファシストを倒すためと言いつつウクライナに絶滅戦争を仕掛けてる事実と何が違うの?
        気をつけないと、勢いに乗って敵方と同じ事をやり始めたらこちらの敗けだから
        正義無き戦いは自己を滅ぼす

    • マル
    • 2022年 4月 09日

    長期化するなら、日本も法改正して中SAM送れれば良いのにな。
    巡航ミサイルからウクライナ国民を守れるので、防衛用装備ということでハードル下げて。

    4
      • AH-X
      • 2022年 4月 09日

      軽装甲機動車や高機動車あたりなら扱いそんなに難しくなさそうだし送ってもいいかもしれんです。
      あと、扱えかるどうかはともかくMLRS退役みたいなんで供与していいかも。

      6
    • 匿名
    • 2022年 4月 09日

    西部の隊や国家親衛隊や予備役旅団が西側MRAP装備して元あったBMPとBTRを前線送ればよく西側どんどん送りつければいいしMRAPとかどうせ使い捨てだし長いこと運用する場合の整備体制とかそんなに重要でもないだろう
    そうするうちにT72とBMPとBTRを東欧連中が工面し米国が前方配備車両をそれら供与国に供与し玉突き式にウ軍は旧ソ装備を使い切り東欧全体で西側装備化が促進されるの超合理的で米軍の余剰装備供与で西側化早めると同時に
    米陸軍自体もこれまで在庫抱えてるせいで新装備導入停滞してたの終わるし特に新IFV導入は東欧とウ軍にM2供与しまくれば早まる可能性高くBAEは自社APSをセット販売し実戦評価得るとトロフィーに対抗できるようなるね

    2
    • zerotester
    • 2022年 4月 10日

    ジョンソン英首相がキエフを電撃訪問しましたね。戦時における政府の動きの速さは大英帝国の伝統でしょうか。我が国はどうあるべきなのか。英国は本気でウクライナをサポートするというこの上ないメッセージになりました。

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