欧州関連

英国がウクライナにチャレンジャー2提供を伝達、ドイツとの政治的な駆け引き

英国のBBCは14日「スナク首相がウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談で追加の装備や大砲を送ることを伝えた」と報じており、この支援には12輌のチャレンジャー2が含まれているらしい。

参考:UK to send Challenger 2 tanks to Ukraine, Rishi Sunak confirms

英国はラムシュタイン会議前にチャレンジャー2提供というカードを正式に切ってきたため、どちらに転がるか読めなくなってきた

この決定にゼレンスキー大統領は「戦場での我々を強化するだけでなく他のパートナーに正しいシグナルを送ることになる」と感謝したが、英国の動きは来週に開催されるラムシュタイン会議(ウクライナへの武器支援を協議する枠組み)への布石で、究極的にはポーランド軍が運用するレオパルト2A4×12輌~14輌、フィンランド軍が運用するStridsvagn122(A5相当)×数量不明、スペイン軍の倉庫に眠るレオパルト2A4×108輌のウクライナ移転をドイツに承認させるための政治的な駆け引きだ。

出典:Ministerstwo Obrony Narodowej レオパルト2A4

ドイツのショルツ首相はウクライナに対する西側製戦車=レオパルト2提供への圧力について「周囲の騒がしい雑音に振り回されることなくパートナーや同盟国と緊密に連携していく。慎重に物事を決定する政府の姿勢を多くの国民が支持(最新の世論調査ではドイツ人の半数がレオパルト2提供に否定的)している」と述べており、ドイツ政府は提供を表明したポーランドからレオパルト2の移転申請を今のところ受け取っていない。

米POLITICO紙も「ドイツとって英国の動きは頭痛の種になるが、米国主導による西側製戦車の提供が始まらない限りドイツは動かないだろう」と指摘、つまり英国の動きはラムシュタイン会議までに「ドイツの態度」を翻意させる決定的なものにはならず、米国がエイブラムス提供に踏み切らないかぎり「ドイツもレオパルト2提供を決断しない」という意味だが、英国がラムシュタイン会議前にチャレンジャー2提供という政治的カードを切ってきたため、どちらに転がるか読めなくなってきた。

出典:Anders Lagerås/CC BY 3.0 Stridsvagn122

ポーランドやフィンランドは英国の決定を理由に「西側製戦車を提供しないという壁は破られた」とショルツ首相に移転承認を迫るのは明白だが、ドイツは2024年中頃までロシア産天然ガスに依存するため「西側製戦車の提供」で自国の役割が突出することを嫌い、英国もチャレンジャー2削減(227輌中79輌削減)が決定しているが「貴重な部品取り」として活用予定で、現在進められている安全保障政策の見直しで「陸軍削減」が撤回される可能性もあるためウクライナに回せる戦車は非常に限られている。

英国に政治的建前を崩されたドイツからすれば「そんなに西側製戦車を提供したいならドイツが要求される移転承認と同数のチャレンジャー2を提供して政治的なバランスと取ってくれ」と言いたいところだろう。

出典:Rishi Sunak

もし少量のチャレンジャー2提供でレオパルト2の移転承認を引き出せれば、スナク首相をドイツを踏み台にする形で「西側製戦車にウクライナ提供を英国が主導した」という政治的成果が手に入るため、ショルツ首相から相当恨まれるかもしれない。

関連記事:ポーランドがウクライナへのレオパルト2提供を発表、但しドイツ承認がネック
関連記事:ドイツは米国主導の戦車提供でなければレオパルト2提供に応じない

 

※アイキャッチ画像の出典:英陸軍

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コメント

    • 鹿の角
    • 2023年 1月 15日

    主力戦車が政治的駆け引きの道具になってる。戦艦かよ。

    22
    • 無印
    • 2023年 1月 15日

    ライフル砲の砲弾は足りるんだろうか

    14
      • ボリス
      • 2023年 1月 15日

      大丈夫!それKubota…いや、滑空砲に切り替える為たんまり有るから〜廃止する前に撃ってしまいましょう!

      2
    • あああ
    • 2023年 1月 15日

    英軍さんはお古のチャレ2を近代化とかする前に700両予定のエイジャックスシリーズを整備するのが先だろう。そのファミリーに120mm砲搭載車でも追加すればあえてチャレンジャーを維持する意味なんて一瞬で消える。
    今や戦車徹甲弾に抗堪する意味は希薄だ。むしろ無人機から逃げれる足が必要だ。あれは機動力で劣る以前に全て古すぎで今更に戦力維持するだけバカに近い。走行装置も火力装置も他国のそれに一切融通が無いもんは平時でしか使えない。
    それをエイジャックスファミリーの一角で代替するなら緊急展開能力も持つ上に補給面でも最適化される。機動力も将来性もある。それが急には無理ならつなぎは米軍M1リースが最善だろう。英軍伝統戦車なんぞウクライナに運用インフラごと全部供与するほうが英軍の為だろう。

    8
    • 折口
    • 2023年 1月 15日

    近頃の英国を見ると第二次世界大戦以前の英国の大陸外交を見ているような気持ちになります。かつてイギリス人は「大陸政治は混乱しているくらいが好ましい。英国はその時時で二番手か三番手と連合して力が均衡する状態を作る。西欧の大陸国が統一されてしまえば次に侵略されるのは英国」という方針で大陸諸国と接していました。

    これは植民地帝国時代の話であり現代でこれらを再現してもただの孤立ですが、Brexitで大陸の政治経済から切り離された英国は小さな先祖返りを起こしているように思えます。ともすればドイツへの孤立工作ともとれるような欧州域内の防衛政策への積極姿勢(英国はポーランドとウクライナと拘束力のない防衛同盟を結成している)や、香港返還以来一切の影響力を失っていた東アジアへの回帰などはそうでしょう。

    勘違いしてはいけないのは、これらの深謀遠慮の意図が実在していたとしてもそれはBrexitという大きすぎる喪失の尻拭いであって、何かポジティブな大きい事を始めようという意思ではないと思います。まぁ現にウクライナは一個中隊ぶん程度でも戦車を供与してもらえたので、悪いこととも思わないですが。日本も英国の謀略から受益できるといいですね。

    8
    • ど田舎のおっさん
    • 2023年 1月 15日

    ウクライナへの戦車提供を政治的に読み解くとこうなるのか

    大変勉強になりました

    4
    • 58式素人
    • 2023年 1月 15日

    記事の通りならば。
    英国は、攻め方が間違っているような気がします。
    結局のところ、ドイツに石油/天然ガスの資源がほぼ無いところが問題なような気がします。
    昔のことをいえば、ドイツはWW1で中東の利権を失い、そのために、WW2では、
    独ソ戦が始まる前まで、ドイツを支えていたのは、ソ連の石油でした。
    スターリンにしてみれば、ドイツの首根っこを捕まえていたつもりだったと思います。
    彼が、当初に、独ソ戦の開始を疑ったのも、ある意味そのせいかと思います。
    まあ、数ヶ月で独ソ戦が終わると思わせたのも失敗の原因とは思いますが。
    そして、WW2の後は、米国主導でエネルギーをコントロールされ、
    オイルショックでそれも覆され、チャンスであった北海油田の恩恵も受けられなかった。
    ドイツが再びロシアと結んだのも、理由の無いことでは無いと思います。
    であれば、ドイツに戦車を出させるならば、天然ガスを安価で安定供給することかと。
    記事では、天然ガスの供給元が切り替わるのは、2024年とか。
    これでは、ドイツに全面協力しろと言うのは少し無理があるのでは。

    6
    • 似非市民
    • 2023年 1月 15日

     援助したければ黙って自国の戦車を出すなり義勇兵として参戦すれば良いだけのことやのに、他所にお前んところは何故出さないって言う人がおるんは謎やね。

    6
      • 名無し
      • 2023年 1月 15日

      今更だけど、同調圧力って日本だけの問題ではないのだね。

      6
        • 戦略眼
        • 2023年 1月 16日

        世界を取り込めば、横から攻め込まれない。
        イギリスだけでは支え切れないし、独仏が寝返るかもしれない。
        全ての可能性に対処しないとね。
        日本はここが甘過ぎる。

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