欧州関連

兵士の逃亡に悩むウクライナ軍、原因は約束した交代が守られていないため

米POLITICOは「急増する軍紀違反を罰則の強化で解決する取り組みはウクライナ軍兵士の恐怖と怒りに火をつけた」と報じており、ある将校は「大軍のロシア軍と戦う負担を兵士に押し付け、ローテーションを守っていないのが原因だ」と述べている。

参考:Ukraine army discipline crackdown sparks fear and fury on the front

戦場で戦うウクライナ人もロシア人も同じ人間なので約1年も続く戦いに疲れてきても不思議ではない

大義のない戦いに放り込まれたロシア軍兵士は士気が低く、祖国を守るという大義の下で団結するウクライナ軍兵士は士気が高いというのが定説だが、実際にはウクライナ軍側も動員した新兵の増加で命令不服従、戦場からの逃亡、上官への暴力などが横行しており、最高議会は軍人に対する刑事責任を大幅に強化する法案(法律8271号)を昨年末に採択、この法案が成立すると起訴された軍人は上訴権が剥奪されるため「基本的な人権が守られていない」という批判が集中。

出典:Zelenskiy Official

2万5,000人以上の国民が「あまりにも厳しい法律8271号に署名しないでほしい=大統領権限で法案成立を阻止して欲しい」と請願したが、ゼレンスキー大統領は「軍の戦闘能力を高めてロシア軍に勝利するためには規律を守ることが重要だ」と主張して1月に同法案に署名した。

ウクライナ軍上層部は法律8271号の成立を歓迎しているものの、末端の兵士、弁護士、人権団体は軍紀が乱れる根本的な原因について「適切な休息や交代を兵士に提供しない軍の作戦運用に問題があり、罰則を強化して兵士に全ての負担を押し付けてもやる気を奪うだけだ」と主張しているが、この問題は僅か7ヶ月間で75万人も動員(正確な数字は不明なものの何十万人もの兵役経験がない新兵が増加したと言われている)したことにあり、第47機械化旅団に所属するマーカス曹長は前線で多発する脱走について興味深い事実を明かしている。

出典:Генеральний штаб ЗСУ バフムートで戦う兵士の様子

マーカス曹長は「あのような状況でも我々は動員された兵士の適正を見極めようとしたが、現在我々の旅団には軍から抜けたいと考える人間が多く、特に金のためなど誤った動機で入ってきた人間は戦闘のプレッシャーに負けて逃げ出すか命令を無視するようになる。この問題の殆どは兵士が直面する問題に指揮官が無関心ために発生し、問題を抱えた兵士達は武器の不足や不適切な指揮官の命令を動画で訴え解決を試みるが、このような話を公に晒すことは軍の信用を傷つける」と指摘。

第47機械化旅団に所属する兵士のザクレフスカ氏(動員前は弁護士)も「法案を支持するザルジュニー総司令官は言っていることやっていることが一致していない。彼はエコノミスト誌の取材に『ウクライナ軍はロシア軍と異なって人命を最も重要だと考えている』と述べていたが、兵士の権利を奪う法案を支持しため現場からやる気をなくさせた」と失望の声を挙げており、最近までバフムートで戦っていた匿名の将校(勝手にメディアと話す権限がないため)もPOLITICOに「前線での逃亡は約束されたローテーションが守られていないためで罰則の強化は役に立たない」と主張。

この将校は「場合によっては指定された陣地を放棄することが無意味な死から兵士を救う唯一の方法になる。弾薬の補給や味方の救援が期待できない塹壕の中で数日も不眠不休で座っていれば戦闘力は0だ。戦闘の疲労とトラウマは精神障害を引き起こし兵士の規律に混乱、怠慢、堕落をもたらす。これが兵士の戦闘能力と命令服従に大きな影響を及ぼす。罰則を強化すれば指揮官の不味い命令から逃れる方法を兵士から奪うことになり、根本的には大軍のロシア軍と戦う負担を前線の兵士に押し付けて約束したローテーションを軍は守っていないのだ」と述べているのが印象的だ。

軍紀にまつわる問題はロシア軍を嘲笑する格好のネタになっているが、実際には同じ問題にウクライナ軍も直面しており、動員を逃れるため国境を無断で越えようとして拘束されというニュースはもはや日常的で、軍の採用官が無理やり家から該当人物を連れ去ろうとする様子なども流失(ロシア寄りのチャンネルなので信じるか信じないかは各人で判断)している。

因みにザクレフスカ氏は「絶望して完全に疲弊した状況では誰も刑事罰を恐れないので今回の法案は効果がない」と述べており、戦場で戦うウクライナ人もロシア人も同じ人間なので約1年も続く戦いに疲れてきても不思議ではなく、すり潰される前に予備戦力との交代(それが困難なので問題になっているのだが・・・)を実施していかないと先に潰れるのはウクライナ人の方かもしれない。

関連記事:エストニアがロシアを嘲笑する西側メディアに警告、動員は戦線を安定させた
関連記事:ドンバスで戦うウクライナ軍兵士、我々は大砲の餌で政府に見捨てられた

 

※アイキャッチ画像の出典:Генеральний штаб ЗСУ バフムートで戦う兵士の様子

英国がNATO標準戦闘機を操縦するための訓練をウクライナに提供、但し戦闘機提供は未定前のページ

砲弾需要の恩恵を受ける南アフリカ企業、米企業とも共同で新型155mm砲弾を開発中次のページ

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コメント

    • 幽霊
    • 2023年 2月 09日

    まあウクライナの軍人だって超人では無くただの人ですからね、いくら国を守る為の戦いと言っても不満が出るのは仕方ない事でしょう。

    45
    • ふぇふぇふぇ
    • 2023年 2月 09日

    命がけの短期バイトみたいなもんだからな。戦争になったから仕方なく兵士やってるワケで、職業軍人(正社員)と同じ気概と責任感で仕事にあたれ!といわれも気乗りはせんわな。むしろやる気失くしそう。だって、たぶん死ぬし。 んで、正社員は後ろの安全なとこ居て、偉そうに命令するだけで、キツい仕事は全部バイトに押し付ける、ブラックバイトみたいなもんだろ。

    愛国心に駆られたり英雄ごっこがやりたくて自分から志願してきたならまだしも、召集や戦争で仕事がなくなって仕方なく渋々やってきた、数ヶ月前まで一般人やってた人間に、(汚職まみれのウクライナ軍のために)勇猛果敢に戦え、俺ら言うこと聞けっていうのも無理があるわな。 自国民だからといって、自国の軍隊に好意的に思ってるかどうかは別の問題。 日本軍時代もそうでしょ。

    ウクライナでコレなんだから、ロシアの約15万人の訓練された徴収兵で実践でどの程度役に立つが疑問。新人研修終えた新入社員みたいなもんだろ。使いモンにならんでしょ。

    59
      • ido
      • 2023年 2月 09日

      新人研修すら受けられてない可能性も大

      17
      • REX
      • 2023年 2月 09日

      短期バイトvs3日研修の新入社員

      いやこれさ、、続けるの無理でしょ(遠い目

      5
    • たら
    • 2023年 2月 09日

    こういう話はあり得る話で、実際いるんでしょうけど、難しいのはその割合です。超例外なのか、秩序が崩壊するほど存在するのか。それが確かめられないから、プロパガンダ争いみたいになってしまう。

    7
      • 田所
      • 2023年 2月 09日

      割合が少ない無いなら法律を改正して罰則をきつくしなくていいんじゃ無いの?

      45
    • 横田
    • 2023年 2月 09日

    ウクライナは戦力が足りているので追加動員は必要ないと声明出してましたけど
    前線部隊のローテーションが機能してない現実があるなら考え直したほうがいいのでは

    29
    • 名無しさん
    • 2023年 2月 09日

    「ウクライナ軍は士気が高く、ロシア軍は士気が低い」と言う一方的な見方は、支援する側にも「士気の低いロシア軍相手なら、この程度の支援でいいだろう」と甘く見させてしまう弊害があります。
    ロシア軍は仮に兵士の士気が低くても、攻撃の駒として機能させる運用方法をとっております。
    ゼレンスキー大統領が支援を求めるたびに「ウクライナにこれ以上の支援は必要ない」との声が上がりますが、
    ウクライナ含め西側陣営は、楽観論は控えて、実際に戦場で起きていることを直視して、一刻も早い支援を行ってほしいですね。

    31
      • 2023年 2月 09日

      いつもウクライナが勝ちすぎてロシアに行き過ぎた攻撃を仕掛け、エスカレーションが起こるとか心配して支援をセーブする話が出てくる。
      ウクライナを買いかぶり過ぎですよね。
      一気に片が付くとロシアを削りきれないという黒い理由があるのかもしれないですけど。

      7
    • もへもへ
    • 2023年 2月 09日

    最近ウクライナ内部の不都合な情報がよく出てますね。
    これは今までの情報統制が緩んできたからでしょうね。

    戦車の供与も決まり、求めれば長距離兵器以外は金も兵器もある程度時間かかるが幾らでも手に入るとわかり、戦争に対する楽観論が増えてきたゆえの緩みなのでしょう。

    金=西側がいくらでも出す
    兵器=時間が掛かるが今のところ長距離兵器以外は大体供与される
    人間=まだまだ動員できる人間いる
    訓練=西側がやってくれる

    これだけ好条件揃えば気も緩むのでしょう。

    9
      • Gsjxy
      • 2023年 2月 09日

      不都合な情報は隠せみたいな言い方だね。

      もしそうならロシアと変わらんじゃん?

      31
    • 2023年 2月 09日

    キーウ在住の高垣氏が言ってたけどウクライナ軍は任期がなく動員されたら終戦まで帰れないらしい
    ロシア兵は最契約しなければ任期満了で復員できるのに。ワグネルでさえ半年契約だし。
    この差は何かと考えると人的資源の差というより訓練リソースの違いかなと
    外国に新兵訓練を投げてるウクライナは兵員損耗に補充が追い付いてないのではないかな

    24
      •  
      • 2023年 2月 09日

      末端の兵士でこれですからね。
      教育に年単位の時間がかかる士官以上、いわんや将校などもう減っていくだけなんでしょうね。

      5
      • 名無しさん
      • 2023年 2月 09日

      そもそも人口で3倍以上の差があるのだから、一人当たりの兵士・国民にかかる負担もそれ以上に大きいものです。
      ましてや一方的に侵攻され、多くのインフラが破壊され続けているウクライナは、精神論だけで支えるのは元々無理だと言えます。
      量の差は質である程度は補えますが、兵器の質でもウクライナは必ずしもロシアを上回っているわけではないのです。

      7
    • 月虹
    • 2023年 2月 09日

    そういえば最近、ウクライナ義勇兵の活躍をあまり聞きませんね。義勇兵はウクライナ兵より過酷な前線に優先的に派遣されている様ですが、こちらも損失が進んでいるのでしょうか?

    12
      • あばばばば
      • 2023年 2月 09日

      1月にある人がツイッターのアカを爆破(アカ自体はまだ残っているが動いていない)して以来、戦闘の情報が出てこなくなっただけ。その時にトラブルが起きたのか、部隊アカウントも閉鎖?
      ただし、昨日の日系カナダ人とみられる義勇兵のツイッターにその人は写っていたので、生きてはいると思う。
      部隊の事務の人が金銭と在留資格と扱いの問題で、部隊を去るらしいけど

      6
    • 霞ヶ浦
    • 2023年 2月 09日

    まぁ現場じゃ色々大変だろうが戦争は結果だけ見て正解かどうか判断するのは難しい面がある

    4
    • Hydra
    • 2023年 2月 09日

    数的劣勢をテクノロジーで補っている状態ですが、機械と違って人間には心理的要因ってモノがありますからね。
    ロシア側の大規模動員によって、兵士の数に関しては覆せる要因がないだけに、人員不足による諸問題を解決するのは今後も困難なのではないかと。

    3
    • 2023年 2月 09日

    ローテーションをしないのではなく、兵員不足でできないのかもしれないですね。

    8
    • づm
    • 2023年 2月 09日

    SIerみたい。

    •  
    • 2023年 2月 09日

    開戦当初から総動員体制に移行しているウクライナと、未だ部分動員に留まるロシア。
    ウクライナが数的優勢でロシアがテクノロジー優勢で今の五分状態です。
    西側の支援で一部ではウクライナがテクノロジーで圧倒出来る部分もありますが、戦場全体からすると微々たる数でしかありません。

    3
      • 2023年 2月 09日

      その説明腑に落ちないんですね。
      セベロドネツク・リヒチャンスクでのウクライナ敗退では今よりウクライナの兵員数が充実していたはず。
      その後のウクライナの反転攻勢はハイマースなど西側兵器しか理由になりそうもない。

      ハイマースでロシアの多数の弾薬庫を燃やし、圧倒的であった弾薬量が無かったことなりました。
      少数のハィマースでも、それができました。
      単に数だけでは計れません。

      ウクライナの兵数は初期の動員から変わってないし、ロシアのテクノロジーは初期より活用できなくなっているはずなので、劣勢と優勢のシーソーが説明できない。

      個人的にはウクライナの数的優勢が今崩れ出しているのではと思います。
      プーチン体制なので動員数も発表通りでない可能性があります。
      報道では60万という話しもあります。

      ロシアに数的優勢があり
      随伴歩兵を伴った戦車隊でハルキウを再侵攻されたら
      困ったことになるかもしれません。
      ジャベリンがタンクキラーになる前に随伴歩兵に露払いされると厳しそうです。
      幸いテレビに出ている軍事専門家はロシアに戦車隊を用意できる体力がもう無いとの話しなので
      そうであることを願うのみです。

      3
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