欧州関連

ウクライナ国防相、最終的に西側は射程300kmのATACMS提供に応じる

英メディアの取材に応じたウクライナのレズニコフ国防相は「西側のパートナーは300km先の目標を攻撃できるHIMARS用のミサイルシステムを最終的にウクライナへ提供するだろう」という見方を示した。

参考:Kyiv quells fears of weapons smuggling from Ukraine
参考:Резников ждет от Запада ракеты для HIMARS, бьющие на 300 км

ATACMSが提供されるかされないかでウクライナ軍の反攻作戦は大きく異なるだろう

ウクライナのゼレンスキー大統領は「ロシアの侵攻を阻止するためにHIMARSを提供して欲しい」と4月段階で要請していたが、西側諸国が最初に提供したのはNATO規格の155mm榴弾砲とM107弾で交戦範囲は25km以下に制限、ベースブリード弾が提供されるようになると交戦範囲は40kmまで改善されたもののロシア軍が使用する多連装ロケットシステムと比べると交戦範囲で劣り、東部戦線で連日く広げられていた砲撃戦で押されることになる。

出典:Сухопутні війська ЗС України

再三のHIMARS提供要請に米国が応じたのは6月2日で、6月下旬にウクライナへ到着した4輌(現在12輌まで増加)のHIMARSは最大80kmの交戦範囲を活かし「榴弾砲で手が届かなかった目標=前線後方の燃料・弾薬庫や司令部」への攻撃を開始、連日大きな損害を与えているもののHIMARSで使用可能なATACMS(射程300km)の提供には応じておらず、これがなければウクライナ軍が必ず破壊すると公言している「クリミア大橋」の攻撃は不可能だ。

バイデン政権はHIMARSがロシア領の目標を攻撃するのに使用され戦いがエスカレーションするのを恐れているため「ATACMS提供」に応じて来なかったが、米政府高官は今月9日の記者会見で「クリミア大橋への攻撃にHIMARSを使用することは可能で、ウクライナ人が自国の主権が及ぶ範囲でロシア軍と戦うことに何の制約もない」と明かしており、英メディアの取材に応じたウクライナのレズニコフ国防相も「300km先の目標を攻撃できるHIMARS用のミサイルシステム=ATACMSを最終的にウクライナへ提供するだろう」という見方を示した。

出典:Rosavtodor.ru / CC BY 4.0

レズニコフ国防相の主張を要約すると「ロシア領に届く兵器の提供は段階を踏んで行われており、これをウクライナ軍が主権の及ぶ範囲でのみ使用することを証明してきたので、最終的に米国はATACMSの供給に応じる」という意味で、さらに「年末までに戦況がウクライナに有利になるような重大な変化が起こるだろう。今年中に反攻作戦が行われ成功することを期待している」と付け加えているのが興味深い。

なぜATACMSの提供=クリミア大橋の破壊に拘るのかについてウクライナ軍は詳しく説明していないが、ロシア軍に奪われた土地の奪還は黒海に面した南部地域から行われる可能性が高く、恐らくウクライナ軍はクリミア大橋を破壊してロシア本土からクリミア経由でヘルソンとメリトポリに繋がる鉄道輸送を阻止、ザポリージャ~ドネツク間の戦線に穴を開けてアゾフ海に向けて突出部を作り出しウクライナ南部に展開するロシア軍を物理的に分断することを狙っているのだろう。

出典:GoogleMap ウクライナ軍の反撃予想/管理人制作

もしザポリージャ~ドネツク間の戦線から伸びた突出部がアゾフ海に到達すれば、ヘルソン州やザポリージャ州のロシア軍は陸続きの補給路が遮断されるため正面から攻めるよりも効率的で、輸送機や船で物資を補給するにもクリミア全域がATACMSの射程範囲なので空港や港湾施設も破壊されれば陸の孤島化するしかなく、東部戦線でロシア軍が実践している「突出部を作り出し敵を包囲する」と同じ方法だ。

勿論、クリミア大橋が破壊できなければ正面から少しずつロシア軍を押し返すしかないので、ATACMSが提供されるかされないかでウクライナ軍の反攻作戦は大きく異なるだろう。

追記:レズニコフ国防相は英BBCの取材に対して「ロシア領の施設に対してHIMARSを使用しない」と語った。さらにウクライナ軍の人的損失のピーク(1日あたり戦死者が100人で負傷者は300人~400人)は5月でHIMARS到着後に大きく改善したと述べており、HIMARSを使用しないロシア領にクリミアは含まれるのかというBBCの質問にも「私もその点を確認したがパートナー達は『ウクライナの置かれた立場を十分理解している』と答えた」と明かしている。

関連記事:米国、ウクライナ軍がクリミア大橋攻撃にHIMARSを使用してもOK
関連記事:ウクライナ、ロシア軍はクリミア大橋に非常識な量の防空システムを配備

 

※アイキャッチ画像の出典:Public Domain

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コメント

    • 黒丸
    • 2022年 7月 15日

    敵火力と同等かそれ以上の射程と精度を持つ火力は、石とこん棒の時代から戦術的に非常に重要ですね。
    ロシアとしてみれば戦略的に重要なクリミア大橋が、ウクライナの保有する兵器から
    攻撃を受けない一定の距離を確保することで、この戦争を終わらす可能性はあるのでしょうか?

    4
    • チェブラーシカ
    • 2022年 7月 15日

    射程が300キロしかないATACMSがあれば逆転できるというのは少し疑問
    でないとP-800対艦ミサイルやカリブル巡航ミサイルでウクライナ西部の拠点を破壊しているロシアは
    とっくに勝利していることにならないの

    4
      • 通りすがり
      • 2022年 7月 15日

      兵器のスペックを比較するんじゃなくて、射程300kmのATACMSがあればロシア軍の脆弱な部分を破壊する事ができて、南部での反攻作戦でより有利に戦えるという意味ね。

      相手よりも優れた兵器を持ってるだけで戦争の勝敗が決まるならロシア軍がもうウクライナを占領してることになる。

      54
    • あばばばば
    • 2022年 7月 15日

    この間、ベルジャンシクを奪還しても対岸から届かないと書いた手前、恥ずかしいが
    ATACMSだとドネツク周辺にいるHIMARS部隊が撃てば、割と余裕でクリミア大橋にアタックできる臭い。
    さらに、現在ウクライナ軍が維持してる戦線からクリミア半島全体を射程に収められるのでは?
    さらにさらに、ドニプロ周辺からクリミア半島を除いたウクライナ国内東戦線にあるロシアの拠点を大体叩けるようになるはず。
    (ただし稜線を無視した考え)

    たくさん弾ほしいよね~

    7
    • 名無し2
    • 2022年 7月 15日

    宇「この、チョークポイントってレベルじゃない橋を…爆破(自国領)!」
    露「な…!一瞬で補給が…!これはロシアへの侵略!侵略ですよ皆さん!」

    6
    • tsr
    • 2022年 7月 15日

    射程300Kmはネプチューンやハープーンよりだいぶ長いし、GPS誘導のATACMSなら荷降ろし中の輸送船にも精密射撃可能なので敵の補給を邪魔するのにうってつけかもしれないですね。

    7
    • くらうん
    • 2022年 7月 15日

    >レズニコフ国防相「年末までに戦況がウクライナに有利になるような重大な変化が起こるだろう」

    これは単に供給武器を含めた戦力の向上を指すのか、それとももっと戦略的、国家的なレベルを指すのか。
    以前から言ってますが、ロシア国内は文字通り火の車で、制裁によって産業機械のメンテナンスができず、テレグラムでも悲痛な声が出ては消えてます。
    エネルギー関連はパイプラインが積んでいる。
    食料も7月15日現在、蝗害が発生中。13日までに1500haの農地が消滅とのこと。
    これは単にロシアざまあで片付くものじゃなく、世界の不安定要素になるものなんだけれども。

    13
      • NATTO
      • 2022年 7月 16日

      蝗害は怖いなあ。
      農薬や男が確保出来ないだろうし。

      1
        • くらうん
        • 2022年 7月 16日

        ロシアの農用地は約22000haで耕地は12000ha(2016年 農水省)。
        その中の1500haって、仮に数字がデマでその半分以下だとしてもシャレにならない面積ですよ。ちなみに蝗は秋までは自然死せず、対策も人力で殺虫剤撒くくらいしかありません。
        おまけに未だ収まらない泥炭火災にサハ共和国の洪水。
        ちなみにロシアの小麦の主要輸出先はアフリカや中東。
        これらの国の大半はロシアとの関係を重視してバランスとっているが、期待していた食べ物が無いとわかったときにどう反応するんでしょうかね。イランはすでにドローン否定を含めて色々と予防線を張りつつあるように見えます。

        4
    • ido
    • 2022年 7月 15日

    ロシア領には攻撃しないということならば提供ももしかしたらあるのかな?最悪監視する人を配置すれば良いわけだし。早めに供給して世界の物価高騰を止めないとアフリカの国当たりがきつそう。

    5
    • ネコ歩き
    • 2022年 7月 16日

    ウクライナもロシアが戦術核を使用する状況をつくらないことでNATO陣営と合意してるはずです。ロシア領内への越境攻撃がその引き金になりかねないことは共通認識でしょう。
    ATACMS等長距離精密攻撃兵器の提供は、攻撃対象を国際的にウクライナ領と認識されている範囲に限定することが条件で、それはウクライナも約束し守るかと。

    管理人さんが指摘する通り、ゼレンスキーが指示した南部反抗奪回を成功させるには、東部南部戦線間の陸路補給線とクリミア大橋補給線の分断が必須と思われます。その点は米国防総省も同じ見解でしょう。

    6
    • 2022年 7月 16日

    ”と言ってるような気がする。”というオチだったりしてな。
    ATACMSてなんか無敵のミサイルみたいな印象を持っているが、弾頭そのものが600kr行かないはずで子弾頭になると1発当たりの弾頭重量が減っている。
    部隊に対しては有効だが橋とかでは脆弱な部分にドンピシャで当てないと落ちないし、落ちなければ補修すればすぐに使える。
    作戦そのものもゲームの大戦略ならありがちな話だが、アゾフ海までぶち抜いても東備戦線での補給は遮断してないから早々に包囲されて部隊を失いことになるだろうな。

    3
    • ゆう
    • 2022年 7月 16日

    ウクライナの我慢が実を結んだ、のか。
    ウクライナは、非戦闘員の自国民が虐殺されても、ロシアの非戦闘地域への攻撃はしなかった。
    ロシアに同じことをやり返せ、と意見をたくさん見てきた。
    それでも、やらなかった(たとえやれなかったとしても)。
    この、信用は大きいと思う。
    今後の戦後処理を見据えても。

    6
    • ナイトアウル
    • 2022年 7月 18日

     最終的には提供するかもしれないが、その前にギリシア辺りが保有しているかもしれない射程が短いブロック1提供されて終わりって可能性もあると思う。
     射程300kmはロシア領内攻撃はせずともウクライナ領内に限ってもかなりの範囲を射程に収める事が出来るから欲しい兵器だろう。

     発射機の数と供給される量、弾頭の種類で出来る事は変わってくるので供給されるとしてもウクナイナの思っているような事になるかは分からないな。

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