インド太平洋関連

インドとパキスタンの防空戦から得られる教訓、情報の統合とAIの活用

インドとパキスタンの軍事衝突は「戦闘機による視界外戦闘」に注目が集まりがちだが、Breaking Defenseの取材に応じた専門家は「両軍がドローンを使用してかつてない規模で相手の領空に侵入した」「これにインドの防空システムがよく持ちこたえた」と評価している。

参考:What air defense lessons can be learned from the India-Pakistan conflict?

本物の戦いで「ドローンの波状攻撃」を迎撃したインド軍は発表に誇張があったとしても「貴重な経験」を得ているだろう

パキスタンは「インド空軍の戦闘機を5機撃墜した」と主張し、SNS上にはラファールのものと思われる残骸も登場したため、一般的には「中国製戦闘機=J-10がフランス製戦闘機=ラファールに空中戦で勝利した」と報じられているものの、J-10CとPL-15Eの組み合わせがラファールを撃墜したのかどうかは謎に包まれており、War Zoneも15日「双方の主張は依然として矛盾に満ちている」「J-10Cが果たした役割を示す証拠は入手困難だ」「SNS上に投稿された画像や映像に基づくインド空軍機撃墜の主張は未検証のものと見なされるべきだ」と指摘し、中国製戦闘機の神話と現実を区別しなければならないと主張。

出典:U.S. Air Force photo by Airman 1st Class Samantha White

ミッチェル航空宇宙研究所のアナリストも「この一連の攻撃は地上配備型防空システムのレーダーが目標を検出したことから始まり、指示を受けたJ-10Cが目標方向にミサイルを発射し、最終的に早期警戒管制機がデータリンク経由でミサイルをインド空軍の戦闘機に誘導したのだろう。もっと交戦の詳細が明らかになればパキスタンがどれだけシステム統合を上手くやったのか分かるはずだ。これはJ-10Cとラファールの相対的な能力というより、システム・オブ・システムズ、訓練、戦術といった数値化の難しい事柄について多くのことを物語っている」と述べたが、国際戦略研究所も同様の見解を提示した。

Breaking Defenseの取材に応じた国際戦略研究所のアナリスト=航空戦に精通しているバリー氏も「J-10CとPL-15の組み合わせが実戦投入されたのは初めてで、オープンソースに基づくと全ての交戦は視界外戦闘だった。この傾向はウクライナにおける有人戦闘機の交戦と同じだ」「但し、インド側とパキスタン側からの情報が断片的、もしくは偽情報のため短期間の軍事衝突における評価は部分的なものに留まる」と述べたが、別のアナリストはあまり注目を集めてこなかったインドの防空シールドについて興味深い見解を披露している。

メルボルン大学インド研究所の研究員=ダラー氏は「私の知る限り両軍はかつてない規模で相手の領空に侵入した」「これは比較的安価で、数を揃えやすく、パイロットを失うリスクもないドローンが可能にした」「しかし、大量のドローンは事態の進行スピードと現場の混乱を加速させ誤算の可能性を高めたように見える」と、同じ研究所のパント氏は「インドの防空システムは驚くほど優れたパフォーマンスを発揮したようだ」「インドに向けて発射された様々なドローンやミサイルに比べて報告されている被害は少ない」「これはインドの防空システムがよく持ちこたえたと言える」と指摘。

パント氏が評価したのはインド企業=Bharat Electronicsが開発した統合航空指揮管制システム(IACCS)のことで、種類が異なる地上配備型レーダー、早期警戒管制機、戦闘機、民間レーダーが取得したデータをリアルタイムで統合し、AIが瞬時に脅威を分析して評価を下し、検出から反応までの時間を最小限に短縮して効果的な手段で目標を迎撃するというものだ。

IACCSは「あらゆるセンサーを射手に接続する米統合ミサイル防衛の基盤技術=統合空戦管理システム(IBCS)」と同じ類のシステムで、2024年に導入した戦術指揮システム=Akashteerが国産の様々なレーダー、ロシア製、イスラエル製、国産防空システムを構成するレーダー、民間レーダーが取得したデータをIACCSと共有し、ここで空軍の早期警戒管制機や戦闘機が取得したデータと統合され、多層式防空システムによるシームレスが迎撃を可能にしたという意味になる。

要するに戦闘機による空中戦が「戦闘機単体の性能」ではなく「戦闘機、ミサイル、レーダー、早期警戒管制機などの要素で構成されるキルチェーンの有効性」に左右されるように、防空システムの迎撃も「あらゆるセンサーからの情報を統合し、素早く脅威を評価して最適な迎撃手段を決定し、当該射手に目標を指示するキルチェーンの有効性」が優位性の獲得に繋がり、インド軍も停戦成立後に「パキスタン軍のドローンによる波状攻撃を阻止する上でIACCSの果たした役割が大きい」と強調している。

但し「両軍がかつてない規模で相手の領空に侵入した」「報告されている被害が少ない」という情報も断片的なものなので鵜呑みできないところもあるが、現代戦に激しく求められるのは「収集した情報を素早く統合する能力」「膨大な情報の中から本当に必要なものだけを抽出する能力」「そして必要な情報を最適な射手に届ける能力」で、射手が一定水準の能力さえクリアしていれば「戦いの大部分は情報処理の能力に左右される」と言って良いのかもしれない。

因みにインド軍の発表やインドメディアの報道を見る限り、パキスタン軍は一度の攻撃で数百機規模のドローンを投入しているため、これを本物の戦いで迎撃したインド軍は発表に誇張があったとしても「貴重な経験」を得ているだろう。

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※アイキャッチ画像の出典:Government of India/CC BY-SA 4.0

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コメント

  • コメント (17)

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    • イーロンマスク
    • 2025年 5月 22日

    要はイージスシステムを地上の防空システム全体で運用してるようなもんか?

    4
    •  
    • 2025年 5月 22日

    今回の話題に直接関係ないけどキルチェーンって用語がだいぶ誤解されてる気がする
    キルチェーンってそもそもアサルトブレイカープログラムなんかで目標にされた結節点を破壊して敵の組織的行動を阻害するっていう概念で、言葉としては(敵の)チェーンをキルするって意味だよね
    それがなんか持てる能力を統合して敵を効率的に撃破して回る能力、つまり(敵を)キルする(味方の)チェーンみたいな感じで記事の引用中だと使われてる
    管理人氏が悪いわけじゃなくて引用元が誤解してるだけなんだけど、そういう使い方されるとなんというか言葉の響きも相まってすごく陳腐に感じてしまう

    10
      • ネコ歩き
      • 2025年 5月 22日

      wikipediaにも解説されてますが「キルチェーン」は元々が軍事用語ですよ。
      >攻撃の構造について、「目標の識別」「目標への武力の指向」「目標を攻撃するかどうかの決心と命令」「目標の破壊」に分類したもの。
      と説明されています。

      16
        •  
        • 2025年 5月 22日

        軍事史的な背景を知らずそういう表面的な説明で理解するからこの言葉が漠然とした陳腐な概念に感じるようになるって話をしてるんだけどね
        軍事用語だからこそ専門家すらただ色々統合して上手く敵を倒すみたいな意味で使ってるのが気になる
        この言葉は元々量的優位にあるソ連軍の縦深作戦に対向するため、「敵の」攻撃の構造をそのように階層化して分類し、そしてその連鎖(チェーン)を破壊することで効率的に防御するため処置として行われる、限定的で精密な先制攻撃を指して生まれた軍事用語なんだがね
        なんで攻撃の構造を階層化して分類するのかとか皆考えないんだろうか

        5
          • kitty
          • 2025年 5月 23日

          “Kill Chain Approach”. Chief of Naval Operations. April 23, 2013.

          がwikipediaに引用元として挙げられていたのですが、それ以前に、DARPA Assault breakerの文献で用いられているのを提示すれば良いだけなのでは?

          2
      • NHG
      • 2025年 5月 22日

      Xで流れてるのを読んで知ったかしてるだけだけど、最近の定義は後者が主流っぽいよ

      8
        •  
        • 2025年 5月 22日

        そうなんだよね
        いつ頃からかそうなってしまった、日本語圏だけでなく英語圏でも

        3
      • paxai
      • 2025年 5月 22日

      やっと理解した。
      そもそも軍隊は目標をキルする為にあるのだからそのシステムを指す時は(チェーン)の1単語だけで十分・・・ってのがって事か。

      2
    • ラテ
    • 2025年 5月 22日

    早い話、情報を制する者が戦いを制すると言う事ですか。
    AIやドローン、etc、あらゆる兵器や技術、戦術が変わり続けても「情報こそが至高にして最強の武器である」という論理は今も昔もこれからも変わる事は無いんでしょうね。

    9
    • 折口
    • 2025年 5月 22日

    結局はミグ回廊における戦訓と同じ結論ですね。後方で戦闘を把握して分析して管理する人間(現代だと電子システムも)の優劣が、現場で向き合っている兵器のスペックや数の優劣を超越してしまうことは起こり得ると。

    13
      • ドゥ素人
      • 2025年 5月 22日

      このあたり、自衛隊ってどうなんでしょうか?
      米系装備で統一されていて、インドみたいにごちゃごちゃしてませんし、皆さん真面目にしっかり訓練してると思うんですが、日本の「後方のシステム」は大丈夫なんでしょうか…

      日本は現場で向き合っている兵器のスペックや兵員の練度が良くても、このシステム部分が駄目っぽいのでは?と思っています。

      的外れな外の野次馬の感想ですけど…

      8
        • マサキ
        • 2025年 5月 24日

        全く同じ事を思った。
        自分自身も、中SAMとかパトリオットとかあるけど、そのミサイル自体の性能ばかりに注目していて、システム統合とかにはあまり注目していなかった。

        でも、昨今の防衛を見ると、イージスシステムがやっている事を(各地のレーダー情報統合、危険の選別、発射するミサイルの決定)を、もっと拡張してやる必要があるという事か。

        1
          • ドゥ素人
          • 2025年 5月 24日

          早くたくさん情報を得る、その中から必要な情報を取捨選択する、その情報をみんなで共有する、その情報をもとに判断を下す…
          言うは簡単ですけど、それぞれ難しいですよね。

          AIの発達が左右しそうですけど、この辺は日本より中国の方が進んでそうな気がする…

    • 58式素人
    • 2025年 5月 22日

    写真の車両はレーダーのアンテナ車なのでしょうけど。
    運転台直後の黒い丸は機器の冷却用なのかな。
    あまり見ない形をしていますが。
    ものすごく発熱するのかな。

    1
    • ih33
    • 2025年 5月 23日

    AIがさらに発達すると他国から買ってきた機種選定の基準も少し緩くなるんでしょうか

    • ルイ16世
    • 2025年 5月 23日

    スポーツでは純粋な肉体のスペックより相手の位置、フォーム、目線、癖を把握して行動を先読みし先回りして待ち伏せ出来る目と頭の方が大事なのと似てますね
    大抵のスポーツでは相手が動いてから動くのでは神経伝達のスピード上絶対間に合いませんからこれが出来ないと勝てない

    1
    • 名無し
    • 2025年 5月 24日

    インドは伝統的にソフトウェア産業が強いのでこのIADS構築でもその恩恵を受けているかも?

    1

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