インド太平洋関連

タイの戦闘機入札でF-16Vが敗れた理由、グリペンのオフセットが強力すぎ

タイ空軍は正式にグリペンE/F調達を発表し、Defense NewsはF-16Vが敗れた理由について「SAAB提案のオフセットパッケージが強力過ぎた」「タイはデータリンク技術の無制限使用と拡張に関する知的財産権を獲得した」「この点においてF-16Vには競争力がなかった」と指摘した。

参考:Tech transfer pledge steers Thailand to pick Sweden’s Gripen warplane
参考:Royal Thai Air Force confirms selection of Saab’s Gripen E/F

如何に防衛装備品の海外輸出において「性能以外の要素」が重要かを浮き彫りにした結果だ

タイ空軍は第102戦闘飛行隊が運用中のF-16Block15 ADFの後継機としてF-35Aを希望したものの米国側に拒否され、後継機候補としてグリペンE/FとF-16Vが浮上したが、タイ政府はインド、マレーシア、サウジアラビアといった国々が採用したのと同じオフセットポリシー(法律による相殺契約の義務化)を政府調達に導入したため、防衛装備品を供給する国は二国間貿易の中で契約額と同等の経済的見返りを提供しなければならない。

出典:KAI 한국항공우주산업 FA-50GF

SAABは2024年3月「グリペン提供を正式に提案する」「これはタイ政府のオフセットポリシーを十分満たす内容だ」と発表、Bangkok Post紙も「韓国航空宇宙産業(KAI)が訪韓中だったスティン国防相にFA-50を提案した」「KAIのカン・グヨン社長はFA-50についてF-16に匹敵するマルチロール機でありながら取得コストはF-16の半分だと述べた」「FA-50の飛行コストは1時間あたり5,000ドルに過ぎない」と報じた。

さらにBangkok Post紙は2024年7月「タイ政府はスウェーデンからグリペンE/Fを、米国からF-16Vを購入するよう働きかけられている」「スティン国防相と空軍は来年度予算の審議過程で後継機選定プロセスの経過を報告した」「その中で両機の長所と短所、SAABとLockheed Martinから提案されているサポート内容を説明した」「この結果を首相に報告して決断を求める予定だ」「空軍はF-16VではなくグリペンE/Fの取得を推奨している」と報じたが、その後も米国はF-16Vを導入するようタイ側に働きかけていたと言われている。

出典:Alec Wilson/CC BY-SA 2.0

結局、タイ空軍のパンパクディー大将は4日「グリペンE/Fを12機取得するためSAABに最初の発注(E型×3機とF型1機)を行った」「グリペンE/F導入に合わせてミーティアを導入する」「既に空軍が運用しているSaab340 AEW&Cも追加発注する」と発表したため、タイへのF-16Vの売り込み失敗が確定し、Defense Newsは6日「SAABが提案したオフセットパッケージは航空宇宙産業と自給自足の推進に熱心な国にとって魅力的であることが証明された」「この提案の中で最も重要だったのはデータリンク技術の知的財産権譲渡だった」と報じているのが興味深い。

タイ軍は独自のデータリンク=Link-TをSaabに依頼して開発し、これを戦術ネットワークの中心にするため航空機や艦艇への搭載を進めている最中で、Defense Newsは「SAABの発表にはLink-Tの開発能力をタイ空軍とタイ企業に移管することが含まれ、これによりタイはLink-Tの無制限使用と拡張に関する知的財産権を獲得した。Link-Tはタイ独自のマルチドメイン作戦能力を強化する重要な要素で、米国はデータリンク技術を厳しく管理しているため、この点においてLockheed MartinのF-16Vには競争力がなかった」と指摘。

出典:Lockheed Martin

さらに法律で定められた相殺契約の義務化は「契約額と同等の経済的見返り」を要求していたが、SAABが提案したオフセットパッケージはタイ企業が関与するSaab340 AEW&Cのアップグレード、タイ国内へのグリペン向けMRO拠点の設立、タイ企業がグリペンのサプライチェーンに参加して複数の機体部品を製造する権利などが含まれ、SAABは「このパッケージはタイの安全保障と戦略的独立に寄与し、タイ社会の様々な分野に新しい雇用と投資をもたらす」と説明し、Defense Newsも「このパッケージは契約額の155%相当の価値をもつ」と述べている。

防衛装備品の入札は「軍が要求する要件」を満たしていれば「性能以外の要素」が勝負を大きく左右し、グリペンE/FとF-16Vの性能自体はタイ空軍の要件を満たしていたものの「オフセットの価値やデータリンク技術の知的財産権譲渡でグリペンE/Fの競争力はF-16Vを上回った」という意味で、如何に防衛装備品の海外輸出において「性能以外の要素」が重要かを浮き彫りにした結果だ。

追記:軍が要求する要件を満たしていない防衛装備品が「性能以外の要素」で「要件を満たした防衛装備品」に勝利することも当然あり得ない。

関連記事:フィリピンはFA-50 Block20を12機、タイはグリペンE/Fを12機導入
関連記事:タイの戦闘機導入を巡るスウェーデンと米国の戦い、空軍はGripen取得を推奨
関連記事:タイ空軍のF-16後継機、韓国航空宇宙産業がFA-50Block20を提案
関連記事:タイ空軍はF-35Aの調達を米国に断られ、F-15EXとF-16Vを提示される
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関連記事:ロッキード・マーティン、タイ空軍のF-35A調達話は公式のものではない
関連記事:8,200万ドルなら手が届く、タイ空軍がF-5Eの後継機としてF-35A調達を検討中

 

※アイキャッチ画像の出典:SAAB

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コメント

  • コメント (29)

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    • 名無し
    • 2025年 6月 06日

    FA-50についてF-16に匹敵するマルチロール機てのはちょっとというかだいぶ言い過ぎじゃ無いですかね

    65
      • SB
      • 2025年 6月 06日

      FA-50は明確にF-16とは別ジャンルですね
      F-16が一般大衆車の最上位グレードだとしたら、FA-50は軽自動車の最上位グレードくらいの違いがあります

      まあ「タイで運用するなら」という枕詞をつけるならあながち間違っていなかもしれませんが

      32
      • 神田明(仮名)
      • 2025年 6月 06日

      同意します。
      エンジンパワーやペイロードサイズ、戦闘行動半径等において大きく差があります。

      10
    • 赤帽
    • 2025年 6月 06日

    東アジア圏にグリペン向けMRO拠点の設立という事ですので、アジア圏でグリペンE/Fの導入を検討した場合有利な状況になりそうですね。

    24
    • イーロンマスク
    • 2025年 6月 06日

    すごい買い手市場
    アメリカすら殿様商売できなくなってきている
    技術的優位性も案外少ないのかもしれない

    24
      • ななし
      • 2025年 6月 06日

      有事の際にアメリカの支援を受けられることを期待してバカ高いアメリカ製兵器を導入してましたから
      「そんなものはない」「むしろキルスイッチをつけてる」なんて言われたら誰も買いませんって

      53
      • 朴秀
      • 2025年 6月 06日

      高い上に米国の言いなりになりますからね
      実戦での証明がされていると言っても弱いもの虐めですし

      12
    • 寒い
    • 2025年 6月 06日

    競争して勝てなければ、別の手段で相手を落とすのが米国流。無事エンジンの輸出許可が下りる事を祈っております。

    18
      • 航空万能論GF管理人
      • 2025年 6月 06日

      米国製エンジンを採用しているので「米国が取引を妨害できる」という見方がちらほら登場しますが、FA-50にしてもグリペンにしても入札開始前に直接商業売却方式でエンジン供給を確保しているため、潜在的な顧客国の法律に従った入札結果が不満でエンジン供給を止めて取引を壊せば確実に訴訟問題になります。

      さらに米国製システムのサプライチェーンも国内完結していないので、そんなことをすれば同じことをやり返されるので「安全保障上の問題」でもなければ取引の妨害は行わないと思いますよ。

      但し、水面下での政治的圧力は存在すると思います。

      72
        • 名無し
        • 2025年 6月 06日

        これ見ると日本政府が今まで積極的に兵器を売りに出さないのも分かるなぁ
        開発側の権利振りかざせば何でもできると日本では思われてるけとそうじゃないんですね

        9
        • 神田明(仮名)
        • 2025年 6月 06日

        とはいえ、米国製エンジンの供給契約を結んだ時点で「米国の輸出管理法による輸出禁止国へは再輸出しない」という契約は結んでいるはずですよ。
        禁止対象国のリストはあらかじめ受け取っている筈です。

        3
          • 航空万能論GF管理人
          • 2025年 6月 06日

          仮にFA-50を売り込むと仮定した場合、韓国航空宇宙産業は潜在的な顧客の入札に参加する前、潜在的な顧客への輸出許可としてDSP-5、潜在的な顧客に対して正確な性能を開示するためのTAAを取得するため、入札で勝利した後に直接商業売却でのエンジン供給を法的根拠に基づかない理由で差し止めれば訴訟問題になるという意味です。

          禁止対象国リストに乗っている国への輸出目的ならDSP-5やTAAは取得できないと思いますし、常識的に考えてDSP-5が発行されていない提案など潜在的な顧客も受け付けないと思います。

          14
      • ネコ歩き
      • 2025年 6月 06日

      グリペンのエンジンはC/DのF404(RM12)E/FのF414-GE-39E 共々スウェーデンが独自の改良を加えたもので、単なるライセンス生産品ではありません。
      コロンビアへのグリペンE輸出案件に際し、F-16を売り込みたい米国の妨害が入るだろうという現地メディアの記事にSaabが反論し、「我々はコロンビアにグリペンEを提案するのに必要なライセンスを全て取得済みだ」と述べた旨がここの過去記事にあります。
      F414-GE-39Eについては、グリペン搭載に限るとかの条件があるかもですが、第三国輸出に関するGEとの契約上の裁量権を取得しているのでは。

      37
      • 寒い
      • 2025年 6月 06日

      そうなんですね。お二人ともありがとうございました、参考になりました。

      16
    • あうあうあー
    • 2025年 6月 06日

    我が国もつい同じ機数のグリペンを注文したくなるレベルの太っ腹な対応ですね。
    「ウチもタイと同じ条件でよろ」って。

    それにしても、日本は他国の入札競争を黙ってみていることしかできないのは寂しい限りです。
    世界の第4世代戦闘機の更新需要をとりにいけないなんて…。

    15
      • バーナーキング
      • 2025年 6月 06日

      日本は独自データリンクも持ってるし新しく必要なものがあれば自力で開発できるし(「戦闘機用統合火器管制技術の研究」とかもやってましたし)それ以上に日米でのデータリンクの方が大事なので「スウェーデンに日本独自のデータリンクを開発してもらって知財を供与してもらう」メリットは何にもないかと…

      27
        • 山田さん
        • 2025年 6月 06日

        空自のデータリンクって今結構複雑で、JDCSとLink-16が混在してるんですよ。
        そして、次期戦闘機のデータリンクは、イギリス系システムが入るとも噂されてます。
        ちなみにLinj-16の中核であるMIDS-LVT端末および、MIDS-JTRS端末はFMS品なので
        納期はアメリカンスケジュールです。
        ここらで一発、他国の力も借りてデータリンクを一本化(もちろん米との互換性は保ちつつ)
        というのはありかもしれないですよ。

        13
          • 匿名希望係
          • 2025年 6月 06日

          多分めんどくせーので片方積んで後ろですりあわせたデータを送るわーになってると思う。
          あるいはE-767とE-2Dに専用機器を搭載してのすりあわせシステムを搭載してそこから情報入手か

          1
          • バーナーキング
          • 2025年 6月 07日

          >ここらで一発、他国の力も借りてデータリンクを一本化(もちろん米との互換性は保ちつつ)

          仮にそれが日本の企業にはできず、米もやってくれなくて第三国の企業に頼るとしてもBAeかレオナルドでいいでしょう。
          いずれにしてもSaabの助力を求めてタイを羨む様な状況ではないかと。

          4
        • あ。
        • 2025年 6月 07日

        グリペン、いい機体ではあるんですが、縦に長い日本の国土だと航続距離や作戦行動半径が一寸どころじゃないくらいに足りない…。

        8
      • 匿名希望係
      • 2025年 6月 06日

      あれいれるんならLMとアメリカ政府に交渉して国内でF-2全部作れるようにした方が多分楽かと

      13
      • hiroさん
      • 2025年 6月 08日

      何よりも売り込める機体が日本には無いのだから仕方が無いですね。
      まさかF-2の生産を再開する訳にもいかないし。

      1
    • 理想はこの翼では届かない
    • 2025年 6月 06日

    かつてここまでグリペン(とミーティア)が高評価された事があっただろうか?
    時代は変わったもんじゃのぅ

    23
    • 他人事では無い
    • 2025年 6月 06日

    日本もタイ米をどっさり買うから、バーターで何か買ってもらうか。

    5
      • 匿名希望係
      • 2025年 6月 06日

      タイ米を買う場合多分現地で加熱加工してチャーハンやピラフや缶詰やパウチに入ったやつになる予感
      あるいは食品加工会社オンリーの販売になるか

      4
    • コウフル
    • 2025年 6月 06日

    まあ当初は安価で小型軽量な軽戦闘機だったはずが機体規模拡大と高性能高価格化で形骸化していったのはF-16もグリペンも同じなんだけど
    グリペンEはまともなレーダーとエンジンに換えた代償で大幅に高額化した割に性能考えるとコスパ良くないし、機体規模拡大でF-16と需要食い合うようになったし、F-35の登場もあって今更単発エンジンの4.5世代戦闘機じゃなぁって感じだったしで
    正直ここ含めてグリペンE/Fの評価は低かったし輸出が振るわずSAABのCEOが極度のフラストレーション抱えてるって記事もこのブログに書かれるくらいだったけど最近は少し持ち直しつつあるな

    15
      • バーナーキング
      • 2025年 6月 07日

      グリペンは飛び抜けて短かった全長が少し伸びただけでそれ以外はサイズは変わってないし重量増も燃料搭載量とステーションが増え/強化されたのが主な原因で自重は0.5tも増えてないんですよね。
      対してF-16は(寸法上のサイズは変わらんものの)フルオプションだと見る影もなくおデブさんになりますので
      実は「小型『軽量』」という点ではグリペンが圧倒的に強くなってます。
      まあ問題は「小型軽量機が欲しい」という需要が(艦載機は除いて)おそらくほとんど存在しないことですが…

      4
    • コウフル
    • 2025年 6月 06日

    まあ当初は安価で小型軽量な軽戦闘機だったはずが機体規模拡大と高性能高価格化で形骸化していったのはF-16もグリペンも同じなんだけど
    グリペンEはまともなレーダーとエンジンに換えた代償で大幅に高額化した割に性能考えるとコスパ良くないし
    機体規模拡大でF-16と需要食い合うようになったし
    F-35の登場もあって今更単発エンジンの4.5世代戦闘機じゃなぁって感じだったしで
    正直ここ含めてグリペンE/Fの評価は低かったし輸出が振るわずSAABのCEOが極度のフラストレーション抱えてるって記事もこのブログに書かれるくらいだったけど最近は少し持ち直しつつあるな

    2
    • DEEPBLUE
    • 2025年 6月 06日

    あの大統領見たらそりゃあアメリカから物を買うの慎重になるよね・・・。

    23
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