中東アフリカ関連

イスラエルとイランが繰り広げる情報戦、両者のアプローチは対照的

イスラエルとイランは互いに「敵の攻撃は民間人を狙うテロ攻撃だ」「我々の攻撃は敵に大損害を与えている」と強調しているが、この情報戦において両者のアプローチは対照的で、イスラエルは「軍事目標を攻撃する様子」を、イランは「シオニストが大勢死傷している」と強調している。

参考:צפו בעדכון דובר צה”ל
参考:Tehran residents will pay price for Iranian attacks on civilians, Katz threatens
参考:5th day of Iran’s retaliatory strikes on Israel live updates

イスラエルの軍事作戦は「継続的で地道な監視や追跡による情報収集がなければ作戦効率が期待値に達しない」と強く示唆している

イランは3夜連続でイスラエルを弾道ミサイルで攻撃し、イスラエル国防軍は14日夜~15日未明にかけての攻撃規模について「イランが約60発の弾道ミサイルと数十機の無人機を発射した。我々の防空システムは発射された脅威を検出して迎撃したが、この作業は完全はいない。国の北部と中央の様々な場所で直撃弾が発生し、その殆どが民間人居住区域の中心部だった。これがテロ政権の常套手段だ。我々は軍事目標を攻撃するが、彼らはいつもように罪のない民間人を標的にする。この攻撃で民間人10名が死亡して多数の負傷者も発生した」と発表。

まだ15日夜の攻撃規模について公式発表はないものの、イスラエルメディアの報道を見る限り「以前の攻撃規模を超えるもの」という雰囲気ではなく、民間人の死傷者(死亡者5名と負傷者92人)も前回攻撃から少なっているが、これが攻撃規模の低下を示すのか、シェルターへの避難率が向上した結果なのかは不明で、カッツ国防相は16日朝「13日以降の攻撃で少なくとも民間人21名が死亡して数百人が負傷した」「住宅地を狙ったイスラム政権の攻撃に対する報復としてテヘランの住民が代償を支払うことになる」と述べた。

イラン国営メディアやメフル通信は「イスラエル軍による攻撃の殆どは防空軍によって撃退されたが、テヘランの幾つかの地区が攻撃を受けた。現時点で正確な死傷者数は不明なものの現場の写真には女性や子供も負傷者も映っている。イスラエルは民間住宅地を攻撃している」「15日の報復攻撃についてイスラエルメディアは少なくとも97人のシオニストが死傷した報じている」「イスラエル軍もイランの弾道ミサイル攻撃を阻止出来なかったと認めた」と報道している。

両国の情報戦は非常に対照的で、イスラエルは「自分たち軍事目標のみを狙い敵は民間人を狙う」と主張して「イラン軍の拠点、装備、人員を攻撃する様子」と「イランの弾道ミサイルが着弾した現場と人的被害」を積極的に公開して主張が正しいことを強調、イランも「敵は民間人を狙う」と主張しているが「報復攻撃の結果」についてはイスラエル側の人的被害を強調し、この部分のみはイスラエルメディアや国防軍の発表を引用し「民間人が死傷した」という部分を「シオニストが損害を被った」と言い換えることで体裁を保とうしており、両者が繰り広げる情報戦は中々興味深い。

乱暴な言い方をすれば戦争に民間人の犠牲はつきもので、ウクライナとロシアの戦争もイスラエルとイランの戦争も「敵の攻撃は民間人の被害とリンクさせてテロ攻撃」と、逆に「自軍の攻撃は民間人への被害を最小限に留めるよう配慮した軍事目標を狙う攻撃」と表現し、双方とも敵の信頼性を毀損させることに注力しているが、イランは「軍事的な戦果」を民間人の被害でしか示せないため「苦しい状況」と映ってしまう。

因みにNew York Timesは「イラン政府の高官同士がプライベートなテキストチャットで『我々の防空システムは何処に行った?』『どうしてイスラエルは望む場所を自由に攻撃できるんだ?』『我々はどうして最高指揮官への攻撃を阻止できないんだ?』と怒りを込めて自問している」と報じ、ネタニヤフ首相も15日「イスラム革命防衛隊のモハメド・カゼミ諜報部長官と幕僚を排除した」と発表したが、メフル通信も16日「イスラム革命防衛隊のカゼミ准将と幕僚数人がイスラエルの攻撃で殉職した」と報告。

イスラエルは空爆に関与した戦闘機を公開して「攻撃能力」を誇示しているが、本当に重要なのは標的に関する情報やターゲティング能力、静止目標ではなく移動する特定人物をピンポイントで狙えることで、奇襲的な13日以降も標的に関する情報やターゲティング能力が維持されているいう点で驚異的だ。

出典:U.S. Navy Photo by Petty Officer 2nd Class Nicholas Russell

米軍のフーシ派に対する空爆は敵の初歩的な防空能力によって制限を受け、F-16とF-35はフーシ派の防空システムに撃墜されそうになって注目を集めたが、米国とイスラエルの差は標的に関する情報やターゲティング能力の差であり、New York Timesも当時「空爆で破壊できたのは敵の攻撃能力の20%~30%ほど」「フーシ派の標的を見つけるのが予想以上に困難」「米国や西側諸国はフーシ派の防空拠点、司令部、弾薬庫、無人機やミサイルの製造拠点といった情報収集にリソースを費やして来なかった」と指摘していた。

米軍は多彩な攻撃手段を備えていても「どこを攻撃すればいいのか分からない」という意味で、どれだけ航空宇宙分野でISRリソースを持っていても、どれだけ防空網制圧任務に適した装備や能力を持っていたとしても、スイッチさえ入れれば「攻撃目標がレーダー画面に表示される」という現象はTVゲームの話でしかなく、イスラエルの軍事作戦は「継続的で地道な監視や追跡による情報収集がなければ作戦効率が期待値に達しない」と強く示唆しているものの、これはイスラエルの情報収集能力が異常すぎるだけなのかもしれない。

関連記事:従来とは異なる戦い、イスラエルがイラン上空の制空権を手に入れる可能性
関連記事:イランの報復攻撃は100発未満、大半の弾道ミサイルは目標に届かず
関連記事:イランが本格的な報復を開始、イスラエルに100発規模の弾道ミサイルを発射
関連記事:イスラエル、ヒズボラに10日間かかったことをイランでは10分で達成した
関連記事:イスラエル、敵領内に持ち込んだドローンやミサイルでイラン軍を無力化
関連記事:イスラエルがイランの核開発能力を空爆、イランもドローンで報復攻撃を開始
関連記事:フーシ派に対するトランプ大統領の勝利宣言、実際には軍事的勝利から程い

 

※アイキャッチ画像の出典:חיל האוויר

従来とは異なる戦い、イスラエルがイラン上空の制空権を手に入れる可能性前のページ

豪州の原潜取得に批判が高まる、日本に再び頭を下げるかもしれない次のページ

関連記事

  1. 中東アフリカ関連

    イスラエルのメルカバ売却先、ウクライナにT-72Bを提供したモロッコ

    イスラエルのメルカバ売却は欧州と南米で「欧州の売却先はキプロスだ」と報…

  2. 中東アフリカ関連

    エジプトと韓国がT-50/FA-50の現地製造で合意、アラブ工業化機構が協定に署名

    エジプト空軍が導入を進めていた高等練習機/軽攻撃機を巡り韓国とインドが…

  3. 中東アフリカ関連

    イスラエルのガラント国防相、ガザ地区への侵攻命令がまもなく下される

    イスラエルのガラント国防相は19日、最前線の部隊を訪問して「今はガザを…

  4. 中東アフリカ関連

    米国とサウジ当局、イランによるサウジアラビアへの攻撃が差し迫っている

    米国とサウジアラビアは1日、イランが抗議デモから国内の関心を反らすため…

  5. 中東アフリカ関連

    イスラエル、緩衝地帯を創設するため南レバノンに侵攻する可能性

    ヒズボラはイスラエル領攻撃に弾道ミサイルを初めて使用し、イスラエル国防…

  6. 中東アフリカ関連

    南アフリカ空軍のグリペン、飛行停止から1年ぶりに空へ戻ってくる

    南アフリカ空軍のグリペンは資金不足の影響で昨年9月に飛行を停止したが、…

コメント

  • コメント (25)

  • トラックバックは利用できません。

    • 黒丸
    • 2025年 6月 16日

    イランのような社会構造ですと、上が死んだほうが得をする人も多く
    それをイスラエルに付け込まれているような。
    イランもそれなりの警察・監視社会ですが、イスラエルが監視データをハッキングして
    目標の居場所や移動先をリアルタイムで割り出しているかも。

    30
    • 2025年 6月 16日

    どこへ向けてのアピールの違いなのかな?
    イスラエルは一応国際社会への体裁を保とうとしてるが、イランは国内への成果をアピールしてるイメージある
    イスラエルの攻撃も絶対民間人巻き込んでるし、やり方も正直テロと変わらんから、気を遣わないといけないんだろうな

    25
      • ふむ
      • 2025年 6月 16日

      >イスラエルの攻撃も絶対民間人巻き込んでる

      最初の奇襲攻撃からして、イスラムの祝日である金曜日に要人が自宅に帰ったタイミングを狙ったそうですからね…
      住宅地への攻撃であり、少なくとも家族は巻き添えでしょうね…

      40
      • k.ziro
      • 2025年 6月 17日

      負けてます、やられてますと認めると国の威信と体面が悪い。
      ましてや周りに友好国が少ない状態ではまずいのですよ、
      なので元気いっぱいに大本営発表するしかないのです。

      1
    • たむごん
    • 2025年 6月 16日

    イスラエルのターゲッティング能力、インテリジェンス能力が世界トップクラスなのでしょうね。

    イスラエルの防諜能力が高いため、イランがあまりターゲッティングできていない可能性も少し気になっています。

    イランの防諜能力は、初動で高官・指揮官級これだけターゲッティング無力化されたわけですから、自分が思っていたよりも低かったなと。

    31
      • たむごん
      • 2025年 6月 16日

      追記です。

      空母ニミッツ、緊急の動きがあったようで、マリン・トラフィックでも観測されたようです。

      今週中に、アラビア海に到達するかもしれませんね。

      (2025年6月16日 米空母、南シナ海から西進 中東情勢緊迫化 ロイター)

      7
    • hoge
    • 2025年 6月 16日

    米国務省は「イスラエルの先制攻撃に協力していなかった」と改めてアピールしてますな
    もともと自衛権が先制攻撃において認められるのは稀なことです
    イスラエルは小手先の技巧に走り過ぎて自滅しつつあるように見える

    26
    • nk
    • 2025年 6月 16日

    イラン現体制はこのままでは終われないので何かしらイスラエルに痛撃与えに行くだろうけど現状ミサイルや無人機での遠距離飽和攻撃は成果に乏しいので最近流行りの近距離ドローン攻撃やコンンドで襲撃を企てるにしてもイスラエルの防諜を破れるのか怪しいので、イスラエル船舶やイスラエル企業狙っての攻撃も十分に考えられるがそれやるとアメリカが待ってましたとイランを攻撃しそうなのでなかなかイラン追い詰められた状況ですね。

    14
    • ラファール
    • 2025年 6月 16日

    流石はイスラエル・・・
    やはり長年の実戦経験に裏付けされた軍事力は勿論の事、情報分野に関しては文句無しの世界最強レベルは伊達じゃないって事ですか・・・

    24
    • 病まんと
    • 2025年 6月 16日

    イランは初手で上層部軒並みヤられたのがかなり混乱に拍車を掛けていそうですね……
    将官級は無論、佐官クラスも結構ヤられていそう、業務の引き継ぎや任命した途端に更にキルされて有効な軍事的反撃が出来ない状態になってるのでは
    これが地続きなら最悪頭失っても兵士の平押しで行けるんでしょうけど、高度な連携・情報共有が必須な空軍とミサイル主体の戦いとなるとやはり如実に影響していそうです

    20
      • 朴秀
      • 2025年 6月 16日

      将軍を自宅で女子供ごと殺害
      生き残りが召集されたらまとめて爆殺

      これに比べるとプーチンは甘々でしたね…

      27
        • 病まんと
        • 2025年 6月 16日

        甘々というか……インテリジェンスが欠如していたというべきなのでは
        主力SAM・航空部隊も主だった将軍も全部無事だったのは流石に怠慢では……

        12
    • かませ
    • 2025年 6月 16日

    イスラエルの諜報部門は評判通りのポテンシャルですね
    ほななんでハマスに奇襲喰らったや?

    48
      • 青空と小麦畑
      • 2025年 6月 16日

      汚名返上のために全諜報員が死ぬ気で働いた説。
      何人か過労死してそう

      21
      • もへもへ
      • 2025年 6月 16日

      イスラエルの諜報機関、自分から攻撃するときは凄まじく優秀だけど、第4次中東戦争の時もそうでしたけど防御に回るとあまりパットしない説はあると思う。

      45
        • kitty
        • 2025年 6月 17日

        防諜は敵地工作よりはるかに難しいということですよ。
        我が国はせめて防諜くらいはまともになって欲しい。

        3
    • p-tra
    • 2025年 6月 16日

    イスラエルのやっていることは国際法違反だ、とする主張がXの日本人
    にはそこそこ多い気がする…がイラン擁護も論外とする雰囲気があるの
    は指摘のようにイランが民間人攻撃を”戦果”だとしちゃってる所だろうな。
    こんなに民間人を殺してやったぜ、と自慢するのはどう言い繕っても正規
    国家のやることには見えない。
    実際はイスラエルも喜んでやるし規模もはるかに上を行く…が開き直るのも
    それはそれで醜悪、まあ目クソ鼻クソだけど。

    23
    • イーロンマスク
    • 2025年 6月 16日

    お互い情報隠してる感じがするなぁ
    イスラエル軍の空港は結構やられてる気がするんだが一切情報ない
    一方イラン軍の弾道ミサイル部隊もやられてるはずだがペースが変わらん
    やっぱある程度時間経たないとよくわかんねえ

    22
      • 山田
      • 2025年 6月 16日

      イランってお友達少ないんですね。中東の他の国々が対イスラエル包囲網を作ろうとしない。イラン崩壊まで行きかねないと思った。

      9
        • nednir
        • 2025年 6月 16日

        イラン以上に友達いなくて石油も出なくて焼け野原にされた国がどこかに
        まあ外部の影響がある分イランのほうがむしろ体制が崩壊しやすいのかもしれないですが、いずれにせよ親イスラエルにはなりそうもないという

        19
      • 朴秀
      • 2025年 6月 16日

      イスラエルの戦果は衛星なり偵察機なりで確認できますけど
      イランの方は戦果確認ができないんですよね
      全弾迎撃ができていない以上イスラエルの基地にも損害は出ていると思いますけどイスラエルは国内の統制がしっかりしているから写真撮って上げる奴もいないですし

      14
      • 航空太郎
      • 2025年 6月 16日

      弾道ミサイルのCEP(半数が命中する有効半径)からすると、空港の敷地全体のどこかには着弾するでしょうけど、航空機運用に関係のない地面を掘り返しているだけという可能性がかなり高いですからね。それに連日、猛爆撃をイランに実施できてる時点で、イスラエル側の空港運用能力は健在なのは間違いないでしょう。

      11
    • ななし
    • 2025年 6月 16日

    イスラエルのインテリジェンスと緊密に連携した
    攻撃は「見事」としか言いようがなくイランがヌケサク
    だったのも否定しませんが、そもそも他国の首脳陣を
    奇襲攻撃で軒並み爆殺するというのは、アメリカですら
    想定外なのではないでしょうか?

    そんな事をすれば、後戻りできない破滅の可能性が上がる
    アメリカもロシアも中国も北朝鮮すらしないのでは

    後先考えない理性のタガが外れているイスラエルだからこそ
    できたわけで、、、軍事的に参考になるんでしょうかね

    18
    • gepard
    • 2025年 6月 16日

    イスラエルは初日ほどの火力を継続して投射できておらず、イランに再編成と戦略的抑止の再建の時間を与えた。電撃的な斬首作戦の段階は頓挫した。
    現状は、アロー・ダビデスリング・THAAD等のイスラエルの対BMシステムの打ち止めとイランのBMの打ち止めがどちらが先かの根比べとなっている。
    イランがイスラエルの民間人的被害を強調するのは当てつけである。ガザ化した『侵略者』の無様な姿を見せて、国内及びイスラム諸国への『抵抗』の大義名分をアピールする狙いがある。戦争を始めたネタニヤフ政権への批判を国内から引き起こす狙いもあるだろう。
    一方で人的資源や世論から長期戦が難しいイスラエルは、次善としてシリアやリビアのシナリオを再現したい。イスラム革命体制の要人や軍事アセットを狙い撃ちすることで、イラン内部の不満を爆発させ早期の内部崩壊を煽る戦略だ。
    全てはトランプの判断にかかっていると思われる。空軍の弾薬やBM防空の枯渇が進めばイスラエルの被害は指数関数的に増える。米国の出方を注目したい。

    1
    • 暇な人
    • 2025年 6月 16日

    フーシ派すらろくに狙えないのにイランの目標を的確に狙えるかと言われたらそりゃ無理だろとしか
    無差別攻撃して市民を大勢殺傷しているだけよ

    イラク戦争でピンポイント攻撃とはいいつつも60万人(実際は倍)は死んでるわけでガザでも無差別爆撃
    イランだけ軍事目標を狙って攻撃してますとか誰が信じるのやら

    12
  1. 中東アフリカ関連

    アラブ首長国連邦のEDGE、IDEX2023で無人戦闘機「Jeniah」を披露
  2. 欧州関連

    トルコのBAYKAR、KızılelmaとAkinciによる編隊飛行を飛行を披露…
  3. 北米/南米関連

    カナダ海軍は最大12隻の新型潜水艦を調達したい、乗組員はどうするの?
  4. 日本関連

    防衛装備庁、日英が共同で進めていた新型空対空ミサイルの研究終了を発表
  5. 欧州関連

    BAYKAR、TB2に搭載可能なジェットエンジン駆動の徘徊型弾薬を発表
PAGE TOP