軍事的雑学

トルコのNATO離脱は許容不可、S-400導入に対する米国制裁は見せかけ?

トルコの首都アンカラの近くにある空軍基地に、ロシアの輸送機によって防空ミサイル「S-400」を構成するコンポーネントが予定通り運び込まれている。

米国のトルコに対する制裁措置発動は回避不可

米国の再三の警告にも関わらずトルコは、ロシア製防空ミサイルの「S-400」導入を開始した。

ロシアからのトルコ向け「S-400」の出荷は、7月12日に第一陣がトルコに到着し「S-400」を構成するコンポーネントを運び込んでおり、あと5日ほどで「S-400」全てのコンポーネントがトルコに運び込まれる事になる。

トルコのエルドアン大統領は、S-400の導入は現代トルコの歴史上、もっとも重要で価値のある契約だ。S-400はNATOの未来にも強力な影響を与えることになり、NATOは批判するのでなく、喜ぶべきだと語り、米国が要求した譲歩(S-400導入撤回)を拒否してみせた。

そのため今週中にも、米国のワシントンではトルコに対する制裁措置が発表される可能性がある。

出典:public domain F-35A

現在、米国が検討している制裁措置は3つあると言われ、その3つの内1つは確実に「F-35プログラム」からの追放で、トルコはこれまで「F-35プログラム」に投資してきた14億ドル以上の資金と、F-35導入の機会を失い、トルコ企業8社によるF-35の部品製造の権利まで取り上げられる。

特にトルコ企業8社がF-35サプライチェーンから追放されることで、トルコ防衛産業界は100億ドル(約1兆円)以上の損失を被ることになると言われている。

米国はこの他にも、トルコ防衛産業界に対しNATO加盟国と共同で、トルコの国際的なプロジェクトへの参加や取引を制限する可能性が高い。

例えば、トルコがアグスタウェストランド社から、攻撃ヘリ「A129 マングスタ」のライセンス製造権を得て開発した攻撃ヘリ「T129 ATAK」の輸出を制限するため、このヘリに搭載されたエンジンに目を付けている。

補足:LHTECとは、ハネウェル社とロールスロイス社の合弁企業だ。その企業は、米陸軍が開発していたステルス攻撃ヘリ「RAH-66」コマンチのエンジンを開発するため設立された。しかし肝心のRAH-66開発は中止されてしまったが、開発したエンジン「LHTEC T800(軍事用)/CTS800(民生用)」は、各種ヘリに採用され現在でも生産が続いている。身近な所で言えば、日本が開発したUS-2救難飛行艇のエンジンにも採用されている。

攻撃ヘリ「T129 ATAK」に搭載されているエンジンは、米国のハネウェル社と、英国のロールスロイス社の合弁企業「LHTEC」が製造した「LHTEC T800」で、当然「T129 ATAK」の輸出には米国政府の許可が必要になり、パキスタン向けの輸出も、フィリピンと行われている輸出交渉も全てがご破産になる可能性がある。

出典:public domain 分裂状態のキプロス島、左下がキプロス共和国、右上が北キプロス・トルコ共和国

さらに米国は、キプロス問題にも目を向けている。

米民主党所属の上院議員、ロバート・メネンデス氏が、東地中海におけるトルコの侵略を、これ以上容認しないと発言した。

これは明らかに、東地中海に浮かぶキプロス島の分断問題を指した発言だ。

メネンデス氏は「米国は、NATOの下でギリシャが約束を果たす目的で支援を強化し、武力ではなく話し合いによる再統一を促進させるため、キプロス共和国に課していた武器禁輸装置の解除を検討する」と話したと言う。

トルコとギリシャは世界一仲が悪く、この両国が国交を結んでいるのが不思議だと言われるほどだ。

そのギリシャを支援(恐らく軍事的な意味)し、トルコが不当に侵略し建国した北キプロス・トルコ共和国と分裂状態にある、キプロス共和国への武器禁輸を解禁するというのは、トルコの安全保障を脅かすのに十分な措置だ。

キプロス問題:1960年に英国から独立し、英国連邦に加盟したキプロス共和国では、多数派のギリシャ系住民によるギリシャとの併合の声が高まっていた。一方で少数派のトルコ系住民は、キプロスをギリシャ系とトルコ系に分割し、それぞれがギリシャとトルコへ帰属するべきと主張。 1974年に、ギリシャが支援した併合強硬派がクーデターを起こし大統領を追放。これにトルコが反応し、トルコ系住民の保護を名目にキプロス共和国への侵攻を開始。首都のニコシアから北側を占領し、北キプロス・トルコ共和国を建国してしまう。それ以降、キプロス島では分断状態が続いている。

制裁を行っても、トルコのNATO離脱は許容不可

問題は、すでに「S-400」を導入したといってもいいトルコに「制裁措置」を行って、何を目指すのかだ。

上記のような制裁措置を実行し、すでに導入してしまった「S-400」を破棄するぐらいなら、ここまで自体が悪化する前に「S-400導入」を撤回していただろう。

もはやトルコが「S-400」を手放すことはないとすれば、今後行われるだろうと予想される「制裁措置」は何を意味しているのか?

トルコには、米国やNATOが無視できないほどの地政学的条件を備えている国なため、西側陣営から切り離す=ロシア陣営入りは容認出来ないだろうし、トルコもそれを知っているからこその強気な行動に出ている可能が高い。

出典:public domain ボスポラス海峡

トルコは地中海と黒海を繋ぐ「ボスポラス海峡」を領有し、地中海へのロシア海軍進出を防ぐための決定的な役割を果たしていると共に、ロシアの喉仏とも言える黒海へのNATO進出を地理的条件から支えており、米国やNATOにとってトルコを切り離すことは難しい。

さらに、NATO加盟国のなかでもドイツ、ベルギー、イタリア、オランダに次いで、トルコににはNATO共有の核兵器(ニュークリア・シェアリング)を備蓄している。

大きな枠組みを変える勇気がなければ、トルコをNATOから切り離し、ロシアに売り渡すという決断は不可能だ。

しかし、米国としては「S-400」を導入したトルコを、上記のような理由で例外的に許容すれば「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」は骨抜きになり、西側が持つ防空システムより優秀で価格も安いロシア製「S-400」導入に走る国を止められなくなり、特に米国製兵器のドル箱地域である中東諸国が「S-400」導入に走るような事があれば、米国の防衛産業は大きなダメージを受けるだろう。

非常に都合の良い事を言えば、米国はトルコをロシアに売り渡す気は更更なく、制裁を行ってもトルコをNATO離脱追い込む気はなく、最低限の秩序を守る程度が現実的な落とし所かもしれない。

Attribution: Пресс-служба Президента Российской Федерации / CC BY 4.0 エルドアン大統領

トルコのエルドアン大統領としても、2016年のクーデター未遂事件以来、国内の支持は確実に低下し、つい最近も、トルコ最大の都市イスタンブールでの市長選挙で野党候補が勝利したのを、無理矢理「再選挙」に持ち込んで再起を図ったが、再選挙でも野党に敗れるなど、その求心力低下は目を覆うばかりだ。

ここまで拗れたS-400問題で米国に譲歩するよりも、トルコの主権や独立性を訴え「F-35プログラム」から追放されたほうが、決的的な敵=米国として映り、国民批判が内から外に向かうため政治的には都合がいい。

もはや、対立しているようで、実は「予定調和」に近いのかもしれない。

但し、トランプ政権の超タカ派として有名なボルトン大統領補佐官や、イスラエルのネタニヤフ首相、サウジアラビアのムハンマド皇太子による「通称:Bチーム」の動きによっては、トルコの切り捨ても現実的な選択肢に入ってくる可能性がある。

果たして、米国のトルコ制裁は「F-35プログラム」程度に留まるのか、それとも「Bチーム」が地中海と中東のバランスを書き換えるのか、非常に興味深い。

 

※アイキャッチ画像の出典:Attribution: Vitaly V. Kuzmin / CC BY-SA 4.0 ロシア製防空ミサイル S-400

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コメント

    • シリウス
    • 2019年 7月 16日

    クーデター未遂が警告であったのなら、次は確実なクーデターを起こし政権交代させるだろうね
    正直エルドアン大統領の独裁ぶりはフセインを越えているし、武器密輸もある
    状況待った無しだが、案外平和主義者のトランプ大統領が決断するかが注目だ

    • 匿名
    • 2019年 7月 18日

    米国のクーデター計画なんて耳にしたらプーチンさんの笑いが止まらないだろう。情報(虚偽でも結構)と特殊部隊を提供して未然に防いでエルドランの信頼と歓心を得る。そのまま脱NATO⁄露土同盟なんて夢の展開。念願の黒海の制海権を確立してウクライナ問題も一気に片を付けられる。
    トルコにしても悪くはない。ヘリでも戦車でも露製エンジンで解決。反米的イスラム国家に販売すればF35の損失くらい稼げるだろう。更に懸案のクルド問題もキプロス問題も力技で押し切り支持率向上。隣国イランとも関係改善。更に中央アジアテュルク系国家とも連帯して露経済圏を確立。パレスチナ問題でアラブを揺さぶり、水問題でイスラエルを揺さぶり、何時の間にやらムスリムの盟主に返り咲き! …米国に大人しくしてるよりも夢があるかもw

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