欧州関連

ドイツ軍に予算を与えても無駄にするだけ? 政府が軍の現状に関する報告書を発表

ドイツのバーテルス防衛委員会議長は28日、軍の状況に関する年次報告書を発表したが、その内容は軍の改革を進めるクランプカレンバウアー国防相にとって歓迎できる内容ではなかった。

参考:Wehrbeauftragter beklagt Zustand der Bundeswehr

年次報告書が指摘した組織改革と3つ問題

バーテルス議長は改革の進まないドイツ軍の現状について、同じ問題を毎年報告しているにも関わらず何の改善も行われていないと批判し、軍内部の組織改革なしには何も改善しないと警告した上で、3つの改善すべき問題点を挙げた。

出典:Public Domain ドイツ空軍のトーネード IDS

1つ目の問題点:人員不足の解消

ドイツは2011年に徴兵制から志願制へ移行したため、若い人材を民間企業と奪い合う格好になり毎年の人材確保は困難を極め、2018年に加わった新兵の数は約2万人で、これはドイツ連邦軍始まって以来、史上最低の数字だった。

政府は2025年までに軍の定員を181,000人から198,500人へと増やすと約束しているが、肝心の新兵は集まらず、苦肉の策として除隊予定の兵士を再雇用し不足分を補おうとしているが、このままでは約束した定員の引き上げを達成することも維持することも不可能に近い。

特に民間企業との待遇の差が激しい部門、すなわちIT部門、医療部門、人事部門、物流部門では熟練したスペシャリストの不足が著しく、このような人員不足が原因で軍の役職ポストは20,000近く空席のまま放置されている。

2つ目の問題点:スペアパーツ不足や必要物資不足の解消

海軍のブラウンシュヴァイク級コルベットの修理には予定の3倍以上(5ヶ月→18ヶ月)時間がかかり、陸軍のプーマ装甲歩兵戦闘車は複雑なメンテナンスとスペアパーツ不足の影響で280輛中53輛(約19%)しか動かすことが出来ず、空軍の老朽化した戦闘機「トーネード」はスペアパーツ不足のせいでオーバーホールには1年かかると言われており、不足するパーツの共食い整備はもはや日常的な後継だ。

結局、スペアパーツが不足するせいでメンテナンスに時間が掛かかり、装備品が動かないためドイツ軍はまともな訓練を満足に行うことが出来ず、演習への参加も制限を受けているとドイツ国防省が不満を漏らしている。

さらに兵士個人に支給される装備品も不足しており、陸軍の兵士達は保護ベスト、戦闘服、戦闘用ヘルメット、暗視装置、ブーツ、バックパックなどの個人用装備が不足しいるため自費で調達していると直接、国防相に訴えるまで問題が深刻化しているにも関わらず国防省は「時間が解決する」という立場を崩していない。

3つ目の問題点:兵士の待遇改善と軍内部で蔓延する極右思想

ドイツ軍の兵舎は依然として「衛生上の欠陥」が解消されておらず、質の低い飲料水とカビが発生したキッチンが兵士を苦しめており、ドイツでは兵士がみなロッカーとベットを持っていると言う話は信用できない(=待遇が悪いという皮肉)とまで言われている始末だ。

さらに、2017年に極右思想に共感する陸軍士官がシリア難民に成りすまして実行した襲撃事件以来、ドイツ軍内部では極右思想に共感している疑いで約500人近い兵士を調査したが、昨年だけで新たに330人が調査対象として追加され、ドイツ軍内部(特に陸軍のKSK:特殊戦団内部)で極右思想蔓延が進んでいることを示している。

この様な問題は、ドイツ軍拡大を嫌う勢力に政治利用され国防費引き上げの障害にも繋がっている。

組織改革はカレンバウアー国防相が退任するまでが勝負

結局、このような問題を解決するは資金をより多く与えても無駄になるだけで、権限と責任を明確にした新しい組織にドイツ軍を再編する必要があるとバーテルス議長は訴えており、メルケル首相の軍事政策顧問を務めたエーリッヒ E. ヴァッド准将もドイツ軍とイスラエル軍の国防費を比較し、この問題は資金不足ではなく「官僚主義」に染まった軍指導者が多すぎるのが原因だと指摘した。

出典:European People’s Party / CC BY 2.0 中央の女性がカレンバウアー国防相、その隣りがウルズラ・フォン・デア・ライエン前国防相(現欧州委員長)

カレンバウアー国防相もドイツには飛ぶことの出来る飛行機もなく、走行可能な車両もなく、海へ乗り出すための船もないと言われていることについて「うんざり」しており、ドイツ軍の装備や機器の調達を担当するドイツ連邦軍装備情報技術運用庁の改革に乗り出してはいるが、改革を円滑に行うには「大きな改革」ではなく「小さな改革」を多く行いたいと述べており、官僚主義が染み付いた組織を改革できるのか非常に怪しい。

ドイツメディアは欧州は東西冷戦終結後、軍を整理し縮小したがドイツほど軍の規模を縮小した国はなく、多くの兵舎が閉鎖し徴兵した兵士を服務期限前に大量解放したことで、軍を維持するために必要なノウハウが失われ施設や装備を適切に維持することが出来ず、現在に至ったと見ている。

果たして、カレンバウアー国防相はドイツ軍の改革に成功するだろうか?

2021年までの任期を残す現首相のメルケル氏は、すでに政界を引退する意向を示し後任にカレンバウアー国防相(ドイツキリスト教民主同盟党首)を指名しているため、ドイツ軍内の改革推進派がカレンバウアー国防相の後ろ盾を得て改革を進められるのは、あと1年ほどしかなく効果の程はしれているという見方が強い。

裏を返せば、官僚主義に染まったドイツ軍上層にとっては「1年」やり過ごせば勝ちだといえるため、カレンバウアー国防相とっては改革を進めて結果を出し、新しい国防相のもとでも改革が継続できるような流れを、この1年で作り出せるかが勝負となるだろう。

 

※アイキャッチ画像の出典:MoiraM / stock.adobe.com

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コメント

    • 匿名
    • 2020年 1月 29日

    何処でも同じ様なものだ。
    自衛隊は、アメリカ軍の管理下にあるから、表面化しないだけ。
    実行力の無い適切な判断能力がない者が、幹部を占めることになる。
    組織内の過去からの基準に反しない事が評価基準てある限り、その組織は腐る。

      • 匿名
      • 2020年 1月 29日

      自衛隊は日本の防衛省が管轄する組織ですよ!

      • 匿名
      • 2020年 1月 29日

      また根拠のないニホンハーニホンモーですか。

        • 匿名
        • 2020年 1月 29日

        なんか色んな記事に日本ディスを絡める人が住みついちゃいましたねぇ ここ

      • 匿名
      • 2020年 1月 29日

      何が同じなんだ? どういう問題点か具体的情報でお願いします

      • 匿名
      • 2020年 1月 29日

      人員不足と待遇改善については日本も似たようなものかもしれないけど周辺情勢考慮してもドイツ軍の稼働率の低さは少々異常では…?

      • 匿名
      • 2020年 1月 29日

      なるほど、政治経済軍事のすべてを韓国人が仕切っている韓国の組織がことごとく腐敗する道理だw

    • 匿名
    • 2020年 1月 29日

    メルケルと言い、文と言い、極左派に近いリベラルが政権獲ったら碌な事にならないという証明だな。
    日本も民主党政権では酷い事になっていたが、何とか乗り越えられてよかった。

    1
    • 匿名
    • 2020年 1月 29日

    軍の問題というか、ドイツの業病って感じがしてならない
    次期フリゲート、戦闘機、戦車とまあ全部政治や企業や軍が共同で引っ掻き回して台無しにしようとしてる感すごいもの

    • 匿名
    • 2020年 1月 29日

    現代のビスマルクは、いずこに

    • 匿名
    • 2020年 1月 29日

    結局どうしてこうなったのやら・・・・いつの間にか堅実イメージのドイツがダメ国家になってた

      • 匿名
      • 2020年 1月 29日

      ナチスを生んだ国というイメージを払拭するために格好つけている気がする

      • 匿名
      • 2020年 1月 29日

      かつて佐藤御大の小説で実力を疑う事すら罪と言われたドイツ軍はもう永遠に歴史用語に成り果てたんだ…

    • 匿名
    • 2020年 1月 29日

    ドイツの混乱は全て政治のせい(偏見)

    •  
    • 2020年 1月 29日

    冷戦末期(1985年)からの陸軍兵力の推移

    ドイツ 33.6万人 → 6.7万人 (前者は西独のみ)

    日本  15.6万人 → 14.0万人

    日本の防衛費が妥当な額に足りてない事は、全く問題だが、
    さすがに自衛隊の状況を「ドイツと同じ様なもの」と言うのは無理

    2
      • 匿名
      • 2020年 1月 29日

      それでやっていけるドイツを羨ましいと見るべきか
      ドイツの真似をしよう物なら、周辺国に即行レーイプされる日本の状況を呪うべきか
      結果の良し悪しは別として、そうしても国としてはやっていけてるのが裏山鹿としか

      1
    • 匿名
    • 2020年 1月 29日

    国家人民軍地上軍は最盛期11.6万人ですから、独45.2→6.7万人(14.8%)ですね。
    7人に1人しか生き残れないってスゴいですね! 戦時損耗なら部隊解散・個人レベルで他部隊に編入、会社だったら課が課長だけになって「勝手にやってろ」って感じ?

    1
    • 匿名
    • 2020年 1月 29日

    しかしなんだね…兵士が極右思想で何が悪いんだろうか?
    自国を愛して命をかけて守ろうって思えなきゃ精強な兵士たり得ないだろう
    上司や仲間が竹中やホリエモンみたいなのばっかりで一緒に戦えとか言われたら俺は速攻逃げるわ
    結局ドイツ軍に残ってるのは金目当てかゴロツキかリベラル崩ればっかって事なんだろうか…?
    だとしたら強い軍隊の復活とか永久に無理だわな

    1
      • 匿名
      • 2020年 1月 30日

      思想の右左と愛国的かどうかは全く別の問題だぞ
      ベネズエラなんか(に限らずあの辺はアメリカの工作の反動で)左に傾いてるけど国民が愛国的かと言われたら相当なもんだし

      そして極右がというより、これまた左右の区別無しに「極」は好ましくないわな
      515,226事件のような文民統制を危うくする事件が起きないとも限らないわけで

      1
        • 匿名
        • 2020年 1月 30日

        軍を取り巻く極左達から極右と称されいるだけかも。

    • 匿名
    • 2020年 1月 30日

    なんでまた管理能力がなどと騒いでいるのかと思えば米軍から叱られていたのね
    わかりやすい……
    米軍が撤退したら北への援助が解放される、のではなく南も一緒に封鎖されるってまだ理解せんのか
    いや、判らないふりをしているうちに本当に判らなくなったのだろう(最大限擁護)

    2
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