欧州関連

英国、第6世代戦闘機「テンペスト」開発費用の捻出のためF-35B調達数を削減?

英国は調達中の第5世代戦闘機「F-35B」の一部を、開発中の第6世代戦闘機「テンペスト」で置き換える可能性があると報じられるが、問題は開発費用をどこから持ってくるのかだ。

参考:Britain’s New Tempest Fighter Is Going To Give The F-35 A Run For Its Money

現在の国防予算からテンペスト開発費用を捻出するのは難しい?

英国は第6世代戦闘機「テンペスト」の初期開発費用として約26億ドル(約2,850億円)を投資し、2020年初頭までに設計を、2025年まで試作機を完成させ、2035年頃にテンペストの量産機が運用に入る予定だが、問題はテンペストの開発費用をどのように捻出するかだ。

引用:BAE Systems 第6世代戦闘機「テンペスト」

英国防省は、テンペストの開発や調達はF-35Bの調達に影響を及ぼさないと説明しているが、F-35Bの調達時期とテンペストの開発時期が重なっているため、この2つのプロジェクトを同時に進めるための予算を、特にテンペストの開発予算をどうやって捻出するのか具体的な財源が見えてこない。

英国は常備兵力14万人を維持するために475億ドル(約5兆2,000億円)もの国防予算を支出しているが、核戦力の維持費が通常戦力の維持費を圧迫しており、英国の核抑止を支える「トライデントミサイル(核弾頭付)」を搭載したヴァンガード級ミサイル原子力潜水艦の更新用として開発中の「ドレッドノート級ミサイル原子力潜水艦」は、開発費や建造費(4隻)、ライフサイクルコストまで含めた総費用として、約310億ポンド(約4兆5,200億円)を要求されている。

出典:Royal Navy ドレッドノート級ミサイル原子力潜水艦

同じ規模の国防予算を支出している日本と比べると、核戦力の維持費が通常戦力をどれだけ圧迫しているのかが良くわかる。

現在、英空軍が保有する戦闘機の数は120機程度しかなく、英陸軍の主力戦車「チャレンジャー2」は227輌から148輌へ削減することを検討しており、英海軍が保有する水上戦闘艦(空母2隻、駆逐艦6隻、フリゲート艦13隻、揚陸艦2隻)は23隻のみで、英国は原潜を保有しているが攻撃型原潜は6隻しかいない。

因みに、日本は常備兵力を約24万人、戦闘機を約300機、戦車を約600輛、護衛艦を48隻、潜水艦を19隻を保有しており、通常戦力のみで比較するなら自衛隊は英国軍よりも倍の通常戦力を保有していることになる。

F-35Bの調達数を削減して、テンペスト開発費用を捻出するのが最も現実的手段?

英国では昨年、常備兵力の約10%強、1万5,000人以上の兵士が軍から去ったと問題になっており、元英国軍の将校によれば、兵士の待遇が酷すぎるのが原因だと指摘した。

出典:kaninstudio / stock.adobe.com

元英国軍の将校によれば、兵士に提供される食事は酷く不味く、体を休めるための宿舎は簡素で、これまで何度も不満を軍上層部は訴え、改善の約束を取り付けてみても、実際にその約束が実行されることはなく、軍に失望したためだと話している。

要するに、予算が足りないのだ。

メイ前首相は当時、陸軍8万人体制維持を約束していたが、現在の予算では6万人規模まで削減する必要があると陸軍は警告し、予算不足を解消するためには海軍の空母クイーン・エリザベスか、空母プリンス・オブ・ウェールズのどちらかを米海軍にリースし、国防予算を節約する必要があるとまで言い出した。

出典:U.S. Navy photo courtesy of the Royal Navy by LPhot Kyle Heller

当然、海軍は猛反対で、ジョンソン首相も英国軍の規模をこれ以上、小さくすることはしないと言っており、実際、NATOの要求(GDP比2.0%以上)を満たすため英国の国防予算は増額基調だが、現状足りていない不足分を満たすには全く足りていない。

このような状況下で、英国が第6世代戦闘機「テンペスト」開発費用を捻出するには、F-35Bの調達数削減が最も現実的な手段かもしれない。

出典:public domain F-35B

現在、英空軍は米国から第5世代戦闘機「F-35B」を導入中で、英海軍「クイーン・エリザベス級空母」へ派遣するために48機、空軍が使用するために90機、計138機の調達を予定しているが、英空軍の元パイロット、デビッド・シンプソン氏によれば英空軍は過去、F-35Bを60機調達して新たに5個飛行隊を編成(12機×5個(内1個は訓練部隊)する計画を立案したことがあり、F-35を138機も導入する必要ないと述べている。

彼は整備や訓練の関係上、2隻のクイーン・エリザベス級空母が同時に任務につくことは無く、最大でも3個飛行隊(36機)が空母に派遣されることになると言っているが、現在、米海兵隊のF-35B分遣隊をクイーン・エリザベス級空母に受け入れ運用する「クロスデッキ」が進行中で、これが実現すれば、英空軍がクイーン・エリザベス級空母へ派遣するF-35Bの数は36機以下になるはずだ。

仮にF-35Bの調達数を78機減らした場合、調達予算が78億ドル(1機1億ドルで計算)削減でき、ライフサイクルコスト(機体価格の2.5倍で計算)まで含めれば約273億ドル(約3兆円)の国防予算を捻出することができるため、テンペストの開発費用(約26億ドルは初期開発費用で総額は不明)を賄うには十分だ。

出典:public domain ユーロファイター・タイフーン

ただし、もしこの案を実行に移せば、2030年頃までに戦闘機戦力を260機程度に回復させるというシナリオを放棄することになり、NATO内での英国軍の存在感や影響力は確実に低下する。

本当なら、このような複雑な解決手段ではなく、シンプルに国防予算を増額すれば良いだけの話なのだが、昨日の総選挙でジョンソン首相率いる保守党が勝利し、議席数でも過半数を占める結果となったため、英国のEU離脱(来年1月末)は確定したと言っても良く、EU離脱に伴う英国経済の先行きが不透明な中で国防費を増額するのは難しい選択だ。

もし、EU離脱のショック(英国はEU離脱でGDPが3~11%低下すると予測されている)で経済が長期間低迷するようなことになれば、テンペスト開発自体が危なくなる可能性も否定できない。

 

※アイキャッチ画像の出典:public domain F-35B

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コメント

    • 匿名
    • 2019年 12月 14日

    そもそも英陸軍は言うほど重要ってわけでもないような大陸が仮想敵国ってわけでもないし

    • 匿名
    • 2019年 12月 14日

    諦めて核戦力を削減したらいいのに
    どうせ出番は無い(あったらハルマゲドン)な訳で、最低限のサイロなり移動式IRBMとかで良くね?
    核抑止力が大事という理屈は分からんではないけど、それで通常兵力が減ったら紛争リスクが上がるっていう本末転倒になってしまうわけで

    特にイギリスは、フォークランドの火種が完全に消えたわけでもなく、昨今は北アイルランドの動向も怪しいし、まず足元固めないとどうしようもないだろうに

    • 匿名
    • 2019年 12月 14日

    以前、別の記事で「英国はテンペストを日本に売り込む暇があるなら、日本の将来戦闘機(F-3)の導入を真面目に検討した方が良い」と書いた者だけど「それ見た事か」と思ったよ。
    2030年頃までに戦闘機保有数を現状の120機から260機へ倍増しようだなんて、今の英国の財政とEU離脱の影響を考慮すると不可能で、それこそ核戦力を放棄するしか解決する方策は無い(F-35の削減程度ではテンペストの開発費用が足りない可能性が有り得る為)。
    まあ、英国はその前にスコットランドの分離独立によって崩壊するかも知れないから、本件を解決する余裕は無いかもね(皮肉)。

    • 名無し
    • 2019年 12月 14日

    最適解はテンペストを中止して日本のF-3を買うかライセンス生産すること。
    そしてEUとアメリカもそれに続くこと。

    • 匿名
    • 2019年 12月 14日

    日本にQEクラスを是非売って下さい

      • 匿名
      • 2019年 12月 15日

      流石にQEクラスだと、大物過ぎて日本ももて余すのでは?
      人手不足は今後とも悪化するだろうし。

    • 匿名
    • 2019年 12月 14日

    もういっそ戦略原潜⁄核武装を諦めて、日本と同様に米軍に依存してみたら?

    …なんて言ったら怒り出すかな?w

    • 匿名
    • 2019年 12月 14日

    新たな戦闘機の開発費用を捻出するために現在の導入費用を削減って、なんだか本末転倒のような気がしなくもないですが、F-35Bの導入予定数が過大に見えるのも確かですね。
    しかし、こんな調子でテンペスト開発しても揃える金が無いとかになりそうな……

    • 匿名
    • 2019年 12月 14日

    ブレクジットが合意無しの離脱になる事になったので
    テンペストをイギリス主導で行うのは無理でしょ

    経済大国のポチにならなきゃ国民生活がもたないのに
    たかが戦闘機でさらに孤立を選べる余裕はない
    ああ、中国に技術を売り渡すという手もありますねえ

    • 匿名
    • 2019年 12月 14日

    F-35もB買うと言ったりC買うと言ったり買わないと言ったりフラフラしてるなぁ…
    空母も売ると言ったりレンタルすると言ったりやっぱ自分で使うわと言ったりで安定しないし
    やっぱ国防を政権の人気取りに使っちゃいかんわな
    中長期的な展望で戦力整えられないんだもの

    • 匿名
    • 2019年 12月 14日

    EUの基準に合わせて財政を組んでいた分、軍事費についてはブレグジットによって柔軟性は回復できそうじゃないですかね。

    • 匿名
    • 2019年 12月 15日

    これぞ他山の石ですな、
    うかつに核保有構想を語ると脳足りんとバレる
    どう考えても通常兵器優先だろ

    • 匿名
    • 2019年 12月 16日

    イギリスのタイフーンは160機導入、トランシェ1の複座型16機を早期退役、大きな事故は1回と英wpにあるんで保有数だと140機以上あるはずだけど戦闘任務の機体のみなら約120機という話なんだろうか

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