北米/南米関連

カナダは国防支出5%の約束を守れる、それに必要なのはトレードオフのみ

カナダのToronto Starは29日「我々は2035年までに5%の約束を果たせるが、新たな問題やコストを生み出すことなく5%問題を完璧に解決する方法はない」と述べ、トーマス・ソウェル氏の言葉を引用して「解決策はない」「ただトレードオフがあるだけだ」と指摘した。

参考: It won’t be easy but here is how Mark Carney can pay for his promise to hike defence spending

5%実現に解決策はない、ただトレードオフがあるだけだ

オランダで開催されたNATO首脳会談で32ヶ国の首脳らは「2035年までに毎年GDPの5%を防衛分野と防衛・安全保障関連に投資することを約束する」と正式に発表、この5%は「直接的な軍事力に結びつく防衛分野への投資=3.5%」と「重要インフラの保護、ネットワークの防衛、民間防衛や回復力の確保、イノベーションの促進、防衛産業基盤への投資=1.5%」で構成され、後者の投資については「支出を決定する同盟国の柔軟性」を容認。

出典:NATO

もっと詳しく言うと防衛・安全保障関連への投資=1.5%には軍事物資の輸送に活用できる港湾施設、道路、鉄道、戦時に負傷者を治療する病院、通信やネットワークの整備などへの投資を柔軟にカウントできるものの、これは「トランプ大統領の要求=5%に合わせるためのもの」に過ぎず、従来の国防支出に相当するのは「防衛分野への投資=3.5%」であり、ベルギーのデウェーフェル首相も「3.5%は能力要件に基づいてNATOの専門家が計算したもの」「これを2.1%で実現できるならスペインのサンチェス首相は天才だ」と述べたことがある。

この3.5%についてポーランドは達成済み、ラトビア、エストニア、ドイツ、ギリシャも達成が確実視されているが、これ以外の国は「どうやって3.5%を達成するか」を具体的に明かしておらず、このグループに属するカナダのToronto Starは29日「NATO首脳会談で合意された内容は歴史的に重要な取り組みであり、これは『安全保障上の脅威の高まり』と『米国を除く加盟国からの貢献を増やす必要性』という経緯から全加盟国の指導者によって正当化されている」と報じ、この合意を達成するための重要性を以下のように述べた。

出典:Mark Carney

“この合意については未解決の疑問が沢山ある。カナダを含むを同盟国は5%を達成する費用を負担できるだろうか? その資金を何処から調達するのだろうか? 政策上の影響はどのようなものになるだろうか? これをカナダ国民は支持するだろうか? カナダの経済規模は約3兆ドル、GDPの1%は300億ドルなので、もし2025年に国防支出を5%に引き上げれば約1,500億ドルになり、予算支出の総額は約5,500億ドルと予想されているため、5%の国防支出は予算支出の約30%に相当する。これを2035年までに達成するには予算の大幅な見直しと歳出規模の拡大が不可欠となる”

“果たしてカナダは2035年までに5%の約束を果たせるだろうか? 勿論できる。私が生まれた当時のカナダは5%以上の国防費を支出していた。新たな問題やコストを生み出すことなく「問題を魔法のように消し去る完璧な解決策」は殆ど存在せず、米国の経済学者=トーマス・ソウェル氏も「解決策はない、ただトレードオフがあるだけだ」と言っている”

出典:U.S. Navy Photo by Mass Communication Specialist 1st Class Ryan Seelbach

“では5%支出の財源をどうやって確保するのか? これはカーニー政権が2025年秋までに策定を約束した予算の中で中心的な課題になるだろう。つまり歳入増加=生産性向上には経済成長率を高める必要があり、政府期間の運営効率、補助金、助成金、税制優遇措置プログラムの見直しを行い、財政上の再配分余地を拡大させる必要がある。経済状況がより安定した段階では増税も必要になるだろう。短期的には財政赤字が拡大する見込みで、社会保障制度を維持するためには歳出規模を1980年代初頭レベルまで拡大する必要がある”

“この方針を維持しつつ、国債のAAA格付けを維持できるだろうか? これは挑戦してみなければならない。今後の政府予算は過去とは異なる形になり、最も優先されるのは国防費だ。新たな脅威と約束されたリソースに基づく新しい国防戦略が必要で、これは経済戦略と国防戦略が統合されたものではなければならない。そして2028年~2029年に運営収支の均衡を達成するという自由党の財政目標も再確認する必要がある”

出典:Canadian Army

“過半数を確保していない自由党政権と議会の関係、やや不安定な連邦政府と州の関係の中で、こうした難しい決断を下すことができるだろう? これは挑戦してみなければならない。トランプ大統領がカナダを51番目の州にすると脅したことで多くの国民は団結している。我々の意気も高まっている”

冷戦終結による平和の配当はロシアのウクライナ侵攻で終焉を迎え、誰もが「将来の安全保障環境に問題が生じている」「もう安全保障分野への負担からは逃げられないだろう」「その財源は社会保障の削減と増税しかない」と知っているので、もう西側諸国の選択肢は「将来のリスクを問題と認識して行動するか」「将来のリスクから目を反らし様子を見続けるか」のどちらかしかない。

出典:EU

経済的繁栄の土台と言える国の安全は無料ではないし、そこにかかるコストも脅威の度合いによって増減し、その負担は世代間によって信じられないほどの不公平感を生み出すだろうとも認識しているが、もう割り切るしかないのだろう。

関連記事:ギリシャの国防費3.5%達成に大きな問題なし、債務に及ぼす影響も軽微
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※アイキャッチ画像の出典:Anita Anand

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コメント

  • コメント (17)

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    • たむごん
    • 2025年 6月 30日

    インフレ傾向が、防衛費増核による政府支出拡大により、各国続くかもしれませんね。

    インフレは、政権交代・与党退潮に繋がりやすいですから、どこまで続けられるのか注目したいと思います。

    10
    • kitty
    • 2025年 6月 30日

    借金もみんなですれば怖くない

    赤字国債を全世界で発行すれば相対的格付けは変わんなかったりして。

    6
      • 齧った程度
      • 2025年 6月 30日

      現代貨幣のシステムを知らない、又は知ら無いものとして格付けしている機関の評価を気にする必要性を感じません。最低でも財務省が出した「外国格付け会社宛意見書要旨」に答える力量がないと。
      尚、支出の増大はインフレを招くので、借金も皆んなすれば怖くないとはならず、各国の経済状況にいぞんします。我が国はGDPギャプがある感じなので2.3%は問題ないばかりか良いことしかないと思われます。

      2
        • a
        • 2025年 6月 30日

        格付け会社はともかく、金融理論的にどうであっても投資家を説得できなければ意味がない。

        2
          • のー
          • 2025年 7月 01日

          全くです。
          財務省の主張は多分にポジショントークが混じってますし。
          世界中の投資家が、あえて金利の低い日本国債を買う動機が必要ですよね。
          格付け機関が信用ならんと言っても、実際に世界中の投資家は参考にします。
          論理的に反論しても、投資家が納得できなければそれまでです。
          少し前に、英国がトラスショックで大変な状況になってる状況を見るに、日本も楽観できないです。

          1
    • 2025年 6月 30日

    カナダのような資源国から日本のような無資源国が大量に買うことで経済を回し、その為の調整として、購入側の防衛費増は抑えるとか出来ないかなぁ
    皆が皆一律で上げちゃったら、各々の国で政権への不信感が強まり、旧ソ連みたいな事になっては意味が無い
    今回NATO会議に日本画でなかったのは痛い気がするな
    賛成不賛成を問わず、NATO首脳陣の空気感を感じておくべきだった

    2
      • 2025年 6月 30日

      その提案は購入側(資源輸入側)へのメリットしかなく誰も賛同しません
      例えば、日本が5割増しの価格で強制的に一定量をカナダから購入する(他の安い国から買わない)くらいしないと納得されないでしょうね
      防衛負担と国際競争力とのトレードオフです

      NATO参加は難しい所ですね
      私は参加しなくてよかったと思います
      あの場では不賛成の立場を表明することはできず、無理な言質をとられていたかもしれません

      5
    • イーロンマスク
    • 2025年 6月 30日

    カナダはデジタル課税でトランプと揉めてる
    防衛予算増には増税が不可避だろうし創造的な増税が必要になる
    5%達成のためにデジタル課税、iphone税、GAFAM税などをぶち上げてもGDP比5%を要求するんだろうか

    3
      • たむごん
      • 2025年 6月 30日

      仰る点、自分も注目していたのですが、2日で収束のようですね。

      日本メディアも、デジタル課税を盛り上げてきましたが、鎮火していくのか注目しています。

      (2025年6月30日 カナダ、対米貿易交渉再開へ デジタルサービス税撤回 ロイター)

      1
    • マンボウ
    • 2025年 6月 30日

    どこの国がカナダに攻めてくるんだという話で、それをやる可能性が一番高いのはアメリカやろなあ

    6
      • a
      • 2025年 6月 30日

      カナダは北極を挟んでロシアの隣だぞ

      1
    • ポンタ
    • 2025年 6月 30日

    米軍のNATOへの関与の縮小、ロシアの脅威を旗印に、NATOが加盟国の軍事費をGDP比5%に引き上げる方針で合意したと伝えられています。

    高福祉社会を標榜する北欧諸国を含め、ヨーロッパ全体も日本と同様、少子高齢化による社会保障費の増大という共通課題を抱えています。さらに難民・移民問題が最大の社会課題と伝えられています。

    そうした中で、軍事費の増大・軍拡が本当に国民の支持を得ているのか疑問に感じざるを得ません。日本における報道はヨーロッパの政府関係者やNATO高官の発言を伝えるばかりで、一般市民の声・世論といったものはほとんど取り上げられていないと思います。

    スペインの首相の5%は現実的ではないという反論は当然の主張です。ロシアとウクライナの戦争は、ソ連崩壊後の分離・独立をめぐる問題であり、欧州全域の軍拡を正当化する論拠には慎重さが求められると思います。

    メディアは政府・軍の発表だけでなく、各国民の多様な声も伝えるよう努力するべきと考えます。

    8
      • 名無し
      • 2025年 6月 30日

      防衛費増とかGDPの何%っていうが、要は数兆円を他の公共支出を削減か、増税か、借金かだからな
      生活が苦しい程度でデモするようなのにそんなのできるの?って話で

      4
        • のー
        • 2025年 6月 30日

        生活が苦しいからデモは普通だと思います。
        欧州のデモはもっと過激ですよ。道路封鎖したり放火したり。
        日本も昔はもっと暴動がおこったり、大学占拠したり過激派がビルを爆破したりと、
        なかなか大変でしたが、今のデモなんて平和なものですよ。

        • kitty
        • 2025年 6月 30日

        どの政党だろうと、今の日本の政治家に、軍事費GDP5%の流れに逆らう気概のある人間がいない以上、これを覆すには安保闘争並みの民衆蜂起が必要になるでしょう。

        で、そんなの起きるかねえ。

        4
    • a
    • 2025年 6月 30日

    目標を掲げるのはいいとして増税や社会保障の削減、歳出拡大がもたらす金利上昇やインフレといった痛みに各国の世論がついていけるのかかなり疑問。東欧でもハンガリーやルーマニアあたりはそこまで反露でもないからウクライナ支援ですら世論の支持が危うい感じだし、スペインのようにロシアから遠ければ脅威も薄れる。

    2
      • 名無し
      • 2025年 7月 01日

      民衆蜂起とかの前に国民負担増をこれからやるか、やったあとかに選挙に勝たないとならんので

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