米国関連

低空から接近してくる極超音速巡航ミサイルの検出ギャップ、米議会が国防総省に対策を要求

下院軍事委員会は国防総省に対して極超音速巡航ミサイルの検出ギャップを埋めるための取り組みについて報告するよう要求しており非常に興味深い。

参考:Congress wants answers on how DoD is solving a hypersonic weapons detection gap

低空を飛行する極超音速巡航ミサイルは大気圏上層を飛行する極超音速滑空体とは別の理由で検出が難しい

従来の弾道ミサイルは弾道コースで目標に接近してくるため迎撃に欠かせない未来位置の予測が比較的容易(極超音速兵器と比較しての話)なのだが、中国やロシアが実用化に成功した極超音速滑空体(HGV)を搭載するミサイルは所定の高度と速度でHGVを切り離すと目標まで飛行コースを変更しながら極超音速(マッハ5以上)で接近してくるため未来位置の予測が難しく「既存の防空システムだけでは迎撃が難しい」と言われている。

出典:public domain 米国が研究していた極超音速試験飛翔体 Falcon HTV2

この問題を解消するには従来よりも遠方でHGVを検出・追尾するためのセンサーが重要な鍵を握っており、特にHGVは空気抵抗の少ない大気圏上層を飛行してくるため宇宙空間の低軌道上からIR(赤外線)センサーで監視するのが最も優れた方法で各国が宇宙センサー網の構築を急いでいるところだ。

しかし極超音速兵器には大気圏上層ではなく空気密度が高い低空(高度500フィート前後)を飛行してくる極超音速巡航ミサイル(HCM)もあり、下院軍事委員会は国防総省に対してHCMの検出ギャップを埋めるのための取り組みを報告するよう要求した。

HCMの検出ギャップとは極超音速巡航ミサイルが既存のレーダーでは検出するのが難しいことを指しており、DefenseNewsによれば空気密度が高い低空をマッハ5.0以上のスピードで飛んでくる極超音速巡航ミサイルは空気との摩擦によって周囲にプラズマシース(強い電場が生じている状態)が形成されるらしい。

出典:米政府説明責任局(GAO)

このプラズマシースがレーダーの照射する電波を吸収してしまうため既存のレーダーではHCMを上手く検出することが困難で、極超音速滑空体を検出するため宇宙の低軌道上に配備するIRセンサーを搭載した衛星でも「低空を飛行するHCMはぼんやりとした点としか認識できないためクラッターと分離して見分けるのが難しい」とDefenseNewsは述べている。

補足:ロシアが実用化した極超音速対艦ミサイル「3M22ジルコン」もプラズマを帯びたシースが発生してレーダーによる検出が難しいと実しやかに言われていたが、米下院がHCMの検出ギャップを認めているため低空を飛行する極超音速巡航ミサイルのプラズマシース発生は真実なのだろう。

つまり低空を飛行する極超音速巡航ミサイルを検出するためには地上ベースのレーダー出力を引き上げ、高い処理能力を備えたハードウェアやAIを分析・評価プロセスに導入することで検出能力を改善するしか手段がなく、下院軍事委員会はHCMの検出ギャップを埋めるのための取り組みやレーダーの能力改善にかかる費用の見積もりを11月末までに報告すること国防総省に求めている。

因みに専門家は北米大陸へのミサイル攻撃をいち早く検出するために構築された早期警戒システムをアップグレードするにかかる費用を約100億ドル/約1.1兆円と見積もっており、下院軍事委員会は商業ベースで入手可能な革新的で費用対効果が優れたソリューションの採用(コストダウン)を求めるが、果たして都合のよい解決方法が商業ベースに転がっているのかは謎だ。

 

※アイキャッチ画像の出典:public domain B-52の翼下に懸架されたX-51

オーストラリアがアタック級潜水艦調達を破棄、米英支援の下で原子力潜水艦導入前のページ

オーストラリアが原潜調達を正式発表、国内建造方式で少なくとも8隻調達予定次のページ

関連記事

  1. 米国関連

    フランスが裏切りだと叫んだ豪原潜導入の舞台裏、残酷な計算結果に基づきオーストラリア優先

    NYタイムズ紙は豪原潜導入の舞台裏について「ある同盟関係と他の同盟関係…

  2. 米国関連

    米海軍関係者が外国政府に売り渡そうしていた機密はバージニア級原潜の設計情報

    米海軍関係者が外国政府に原子力潜水艦の機密情報を売り渡そうとして起訴さ…

  3. 米国関連

    世界初となる衛星打ち上げ用の無人航空機「Ravn X」を米企業が発表

    米企業「Aevum」は3日、小型ペイロードを地球低軌道上に低コストで打…

  4. 米国関連

    月産1機VS11機、10倍の量産規模で中J-20を圧倒する米F-35

    中国は昨年、第3戦闘機師団第9航空連隊にステルス戦闘機「J-20」を正…

  5. 米国関連

    米空軍、2021年に予定していたステルス爆撃機「B-21」の初飛行を延期

    米空軍は2021年12月に予定されていたステルス爆撃機「B-21」の初…

  6. 米国関連

    日本のF-35整備拠点を利用するアジアの国は? シンガポールへF-35B販売を米国承認

    米国防総省の国防安全保障協力局(DSCA)は9日、シンガポールに対し最…

コメント

    • 匿名
    • 2021年 9月 16日

    平時に科学技術への投資を怠ると、こういう新規案件への対応が遅れるよ
    今すぐ役に立たなくとも、いつかそれが未来を救うって話
    次期政権にも願いたいとこ

    17
      • 匿名
      • 2021年 9月 16日

      2位じゃ駄目なんですか?
      基礎技術への投資は、直ぐに目に見えた成果は見えづらいですからね、だからこそ重要なんですが。
      文系でも積み上げた文学史があるでしょうし。

      4
        • 匿名
        • 2021年 9月 16日

        2位でもいいだろとか思ってるからあのオバサンはいつまでも野党のまんま
        2位が政権とれるのは1位の仕掛けた策略だけ、
        自民党と組んだゆえに崩壊した旧社会党の愚かさよ

        3
      • 匿名
      • 2021年 9月 16日

      極超音速飛翔体についてはだいぶ前からJAXAが研究してたけどね。まあこの分野については中露に先見の明があった

      14
    • 匿名
    • 2021年 9月 16日

    金はかかるけど静止衛星で対象国と自国との間を常時上から監視するのが無難な気がする
    地上からだと水平線にさえぎられたり点としてしか認識できずクラッターとの見分けが難しいだろうし

      • 匿名
      • 2021年 9月 16日

      もうあるぞ。
      DSP衛星の原型は1960年から打ち上げてる。
      問題は高度判定ができない(難しい)ので、低軌道からの斜め観測が必要かな(もうあるかも)

      5
        • 匿名
        • 2021年 9月 16日

        調べたらありました。
        DSPからSBIRSに切り替わって、低軌道のSTSS衛星があるそうです。
        マレーシア航空とウクライナ航空撃墜の発射炎を捉えたそうです。

        5
          • 匿名
          • 2021年 9月 16日

          低空を飛ぶ巡航ミサイルはIRセンサーで検出するのが難しいと言ってのに、何で早期警戒衛星押しになるん?

            • 匿名
            • 2021年 9月 16日

            常時国家間中間空域を監視するのに友人無人問わず24時間体制で警戒巡回機飛ばし続けるのが難しいからでは

            • 匿名
            • 2021年 9月 16日

            枝主が衛星ではと振ったので。
            発射時を探知するには有効かと。

              • 匿名
              • 2021年 9月 16日

              発射を感知しても追跡できないと意味がないから、地上レーダーの改善に米軍が取り組んでいるという話じゃないの?

              1
                • 匿名
                • 2021年 9月 16日

                本枝に関してのみの話です。
                派生させるなら、発射時を探知できれば各方面への到達時間と経路を絞れるのでレーダーのスイープ幅を狭くできるから探知確率を上げられる、かなと

                1
      • 匿名
      • 2021年 9月 16日

      衛星の小型化が進んで、一度の打ち上げで多数の衛星をばらまける段階に来てるから、各種センサーを搭載した多数の衛星でミサイル防衛をやる実現性は高いよ
      次期のH3型なんか最適だろう
      しかし問題は、探知しても迎撃ができるかどうかで、下にある報復攻撃論に傾かざるを得ない印象はある

      2
    • 匿名
    • 2021年 9月 16日

    どんなミサイルでも撃たれたら100%の迎撃は不可能なんだから、日本も十分な敵地攻撃能力を保持すべき。
    それが最大の抑止力になる。

    8
    • 匿名
    • 2021年 9月 16日

    次から次へと・・・
    僕はもう疲れたよ

    4
      • 匿名
      • 2021年 9月 17日

      「航空」万能論なのに陸海(海中)空に宇宙を網羅し、技術、運用、政治、経済、地政学等々まで知見を求められる本ブログ

      航空ってなんだろう?

      3
        • 匿名
        • 2021年 9月 17日

        個々の兵器の良し悪しだけで話が終わらないのがココの良さだと思う。

        3
          • 匿名
          • 2021年 9月 17日

          全くですね。
          航空は全てを網羅する(任務広すぎや

          1
    • 匿名
    • 2021年 9月 16日

    日本の議院も大概やけどアメリカ議会も結構な無茶振りをするんだな

    1
    • 匿名
    • 2021年 9月 16日

    低空を極超音速で飛行するHCMを探知し破壊することはもはや技術的に不可能かもしれない。ならば敵にHCMの発射をためらわせる手段=HCMにはHCMで報復するという意思を明確に示すしかあるまい。
    すなわちアメリカも日本もHCMを開発し配備するのがよい。

    3
    • 匿名
    • 2021年 9月 16日

    じゃあプラズマシース検知装置で観測すれば?

      • 匿名
      • 2021年 9月 17日

      何も知らなそう(小並

      レーダーで捉えられなければ、プラズマシースを捉えればいいじゃない(誤用

      2
    • 匿名
    • 2021年 9月 17日

    日本が開発しているHCMは高度50キロ付近を飛ぶらしいけれど、プラズマシースは出るのかな?

    • 匿名
    • 2021年 9月 19日

    北朝鮮の巡航ミサイルが終末プルアップ機能をもってたとやってたけど、これは遅いから落とせるの?

  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 欧州関連

    アルメニア首相、ナゴルノ・カラバフはアゼル領と認識しながら口を噤んだ
  2. 北米/南米関連

    カナダ海軍は最大12隻の新型潜水艦を調達したい、乗組員はどうするの?
  3. 欧州関連

    オーストリア空軍、お荷物状態だったタイフーンへのアップグレードを検討
  4. 欧州関連

    トルコのBAYKAR、KızılelmaとAkinciによる編隊飛行を飛行を披露…
  5. 中国関連

    中国は3つの新型エンジン開発を完了、サプライチェーン問題を解決すれば量産開始
PAGE TOP