米国関連

ドローンが従来の戦闘概念を覆す、もう海兵隊は制空権の保証が得られない

米海兵隊の司令官はドローンがもたらす脅威や対処の難しさについて「海兵隊が伝統的な制空権下で戦うことは二度とないかもしれない」「兵士が敵航空機の接近阻止や救急ヘリの要請以外で頭上の心配をしなければならないのは第二次大戦以来かもしれない」と述べた。

参考:Handheld counter-drone devices headed to deploying Marine units

制空権や航空優勢の定義は「有人機が主戦場にする高空域からドローンが主戦場にする低空域までの全空域支配」に変更される可能性が高い

ウクライナ軍は侵攻当初から商用ドローンを活用していたものの、ロシア軍との地上戦は概ね「大砲の火力が戦場を支配する」という伝統的な戦い方で推移していたが、アウディーイウカを巡る戦いが本格化する頃には砲弾や対戦車兵器の不足が顕著になり、これを補う形でウクライナ軍のFPVドローン使用が本格化し、ロシア軍も効果を認めて直ぐに同じアプローチを採用してきたため、この戦争は「ドローン戦争」と呼ばれるほど戦い方が変質している。

出典:117 окрема механізована бригада

勿論、戦車や大砲といった伝統的な兵器システムも依然として脅威をもたらすが、ドローンによって認識力が拡張された戦場での生存性は著しく低下し、逆に生産が容易で調達コストも極めて安価なFPVドローンは「対戦車兵器の代替品」ではなく「近距離交戦のリスクを犯すことなく敵兵士と遠距離で交戦する手段」に変質し、戦場の優位性を左右する要素に「ドローンの運用範囲を左右するアンテナの高さ」「EWシステムの有無」「味方部隊とドローン部隊の協調性」が追加された格好だ。

この状況を予想できた軍事関係者は極めて少ないが、米中央軍のマッケンジー司令官は2021年「小型ドローンの脅威は効果的な対抗手段の欠如と相まってイラクやアフガニスタンで猛威を振るった即席爆発装置(IED)以来、最も懸念される戦術の一つになった」「我々は大型無人機に対抗するシステムを持っているものの、このシステムはモーターで静かに作動する小型ドローンを検出するようには出来ていない」「我々を最も安価に攻撃する兵器はコストコに売っており、この安価なドローンは数を揃えやすく改造も容易で投資に対するリターンが著しく高い」と警告していた。

出典:U.S. Army photo by Sgt. Ivan Botts

マッケンジー司令官はドローンの脅威について「海外拠点や海外派兵された部隊だけの問題ではない」「国内の軍事施設周辺でも正体不明のドローンが頻繁に目撃されている」「兵士からコックまで兵種に関係なく全員がカウンタードローンに関するスキルを身につける必要がある」と述べ、米陸軍は2024年までに対ドローン技術の開発・普及・訓練を主導するJUAS COE=Joint Counter UAS Center of Excellenceの創設を計画。

JUAS COEは2025年にクリーチ空軍基地で正式に発足し、1年以内にJUAS COEで対ドローン技術を学んだ兵士の供給が始まる予定で、さらに新兵訓練にも対ドローン訓練を取り入れており、米陸軍は対ドローン中隊を含む防空大隊を各師団に統合するだけでなく、分隊レベルにまで対ドローンシステムのDroneGunを支給し、兵士の対ドローン訓練を小銃の射撃訓練並みに日常的なものにするらしい。

出典:U.S. Army Photo by Sgt. Nicholas Goodman

米海兵隊もまもなく各部隊にDroneGunタイプの対ドローンシステムを配備予定で、海兵隊訓練・教育コマンドのワトソン司令官はSea Air Space2025で「冷戦時代の海兵隊では小規模部隊を空襲から保護する訓練を頻繁に実施していた」「完全な制空権を確保する時代になってその必要性が低下していた」「もう我々が伝統的に認識してきたような制空権下での戦いは二度とないかもしれない」「海兵隊の兵士が敵航空機の接近阻止や救急ヘリの要請以外に空で何かしなければならないのは第二次大戦以来かもしれない」と述べている。

制空権や航空優勢と言われると「戦闘機によって確保される空域支配」を思い浮かべるが、米シンクタンクのAtlantic Councilは「ハイエンドの有人機が制空権を確保できても有人機が飛行する高度と地上の間に広がる“air littoral”の戦いは別ものだ」と指摘、このair littoralとはドローンが主戦場とする低空域の戦いを指し、ドイツ連邦軍総監のカルステン・ブロイアー大将も「ウクライナとロシアの戦いは特にドローンの重要性が非常に高く、このレベルでの制空権が将来の戦場で重要になると学んだ」と言及。

出典:U.S. Air Force

米空軍のスライフ副参謀総長もミッチェル航空宇宙研究所のイベントで「小型で安価な無人機が航空優勢の定義をどのように変えるか再考する必要がある」と述べた。

“我々は1953年以来、米国人が空爆で殺されたことはないと主張してきたが、もうその主張を繰り返すことは出来ないだろう。制空権とは実際にどうようなものかという疑問が湧いてくる。1953年の鴨緑江上空3万フィートを飛行しているように見えるのか、それとも手榴弾をぶら下げたクアッドコプターが3,000フィート以下を飛行しているように見えるのか、答えはその両方だ。手榴弾を搭載したDJI製のドローンを見つけるためF-22を出撃させるわけにはいかない。実際の航空優勢がどの様なものなのか、それをどうやって達成するのか、より広範な定義について考えなければならない”

出典:U.S. Army photo by Spc. Jacob Nunnenkamp

“第二次世界大戦が本格的に勃発する前、戦いの輪郭が形作られ始めた(スペイン内戦など)のを見ることが出来た。第三次世界大戦が起きないことを願っているが、もし勃発するなら現在のイスラエルやウクライナなどで戦いの教訓が形になり始めているのではないだろうか。だからこそ我々はそこで何を学べるかに強い関心を持っている”

要するに「敵戦闘機や防空システムを圧倒すれば制空権や航空優勢が確保でき、友軍は頭上の心配をすることなく作戦を実施できる」というシンプルな時代は「ドローンによる低空域の活用」によって事実上崩壊し、対抗技術の開発も進められているものの現実的には対処が難しく、米軍さえ「頭上の安全が確保された制空権下での戦いは二度と期待できない」と言っているのだ。

出典:U.S. Navy Photo by Petty Officer 2nd Class Nicholas Russell

つまり制空権や航空優勢の定義もしくは概念は「有人機が主戦場にする高空域からドローンが主戦場にする低空域までの全空域支配」に変更される可能性が高く、ロシア軍も伝統的な航空戦力でウクライナ軍を圧倒できても低空域の支配はままならず、米軍も圧倒的な航空戦力でフーシ派を空爆しても粗末なミサイルや無人機の攻撃を止めることが出来ないため、もうハイエンドの有人機だけで全空域支配を確立するのは不可能だ。

そのため地上部隊は自らの頭上を「何から手段」で保護しなければならず、その取り組みの第一歩が対ドローン訓練の日常化なのだろう。

関連記事:適応が求められる低空の戦い、ドイツが近距離防空システムの開発を発表
関連記事:米空軍副参謀総長、小型ドローンの登場によって航空優勢の定義を見直す
関連記事:全軍を挙げてドローンの脅威に対抗、全兵士がカウンタードローン訓練
関連記事:米軍を最も安価に攻撃する方法を明かす米海兵隊大将、コストコで売っている

 

※アイキャッチ画像の出典:U.S. Army National Guard photo by Sgt. 1st Class Brandon Nelson

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コメント

  • コメント (19)

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    • たむごん
    • 2025年 4月 11日

    イラク戦争のような着上陸作戦が、今から行われれば兵力カツカツだったうえに、軽装甲車両が破壊されていたでしょうから厳しかったもしれないなと感じています。

    航空優勢がない中での抗戦は、ガザ戦争ハマスの抗戦のような形になるのかもしれませんが、どの程度補えるのかは少し気になりますね。

    10
      • 2025年 4月 11日

      大軍であればあるほど、コストから現行維持に努めがち
      現状の装備体系に優位に見える新兵器入れるのはハイリスクと考えている組織が多い
      過去に何度も革新と思った兵器を入れたがその度に兵器と運用のミスマッチから過去に戻った例も多い
      最近だと60mm口径の軽迫撃砲が再びブームが来ている

      12
        • たむごん
        • 2025年 4月 12日

        イノベーションのジレンマという言葉がありますが、本当に難しいですよね…

        『実戦に勝るものはない』というのも古くから言われていますが、仰る点は、この言葉を改めて感じます。

        8
    • 名無し
    • 2025年 4月 11日

    こういうのってドローンを使用した戦い方が当たり前っていうレベルにまでならないと、そのカウンターとしての対ドローン戦術を編み出して行き渡らせるってのは無理だよな
    日本はただでさえ後発組だけど大丈夫なのか

    11
      • イーロンマスク
      • 2025年 4月 11日

      陸自は制空権が得られない前提の訓練してそうだから一周回って最先端だったりせんのかな

      8
        • マトウ
        • 2025年 4月 11日

        それにしたって日本海を超えて飛んで来れるような規模の航空機を前提としてそうなので、やっぱり米軍とおんなじな気がします。

        10
        • 名無し
        • 2025年 4月 11日

        陸自の野戦防空能力は西側先進国の中ではぼちぼち高い方だとは思うけど、対ドローンとなると全く別問題だからね
        短SAMも近SAMもいちいちドローンになんか撃っちゃいらんないしそんな弾数もないよ

        14
        • nachteule
        • 2025年 4月 12日

         隠蔽・掩蔽・偽装(詳細は調べて)の概念はあるけど、昔ながらの回転翼機や固定翼機に対する対策しか出来ていない感じはする。最近のFPVドローンは射線とか監視の自由度が高すぎて対応には苦労しそうだ。

         個人的に知っているのは古い話だけど戦車の偽装の話で、偽装した戦車を上から回転翼機で乗員に見せるとかしてたし機器を導入しているなら探知と探知されるテストぐらいして展開はしている筈なんだよな。結局出来ているのはそこまでで、そこから先の探知されないようなブランケットの導入とか体や車体を守る鎧みたいなのとか迎撃手段とか攻守の具体的な動きってのは無いように思える。

        3
          • nachteule
          • 2025年 4月 12日

           ↑諸外国のようにすぐに反映されているようなモノって話で将来的にそうなりますって装備の話じゃ無い。

          1
    • Kitty
    • 2025年 4月 11日

    Drone busterは色々情報ありますが1枚目のはなんと言う製品なのでしょう?

    2
    • nk
    • 2025年 4月 11日

    コストコが強すぎる。

    7
    • 理想はこの翼では届かない
    • 2025年 4月 11日

    「兵士からコックまで兵種に関係なく全員がカウンタードローンに関するスキルを身につける必要がある」と

    何故か、マッチョでクソ強いコックが1人でドローンを片っ端から撃墜する姿が脳裏に浮かんだ

    25
      • daishi
      • 2025年 4月 11日

      現代のドリス・ミラーはカウンタードローンスキルから兵器の扱いのほかに近接格闘技まで覚えなければならない、となると関西弁を喋るあのコックさんになりますよねぇ

      4
      • たむごん
      • 2025年 4月 12日

      ライバックが乗っていれば、指揮官は何もかも任せてしまいそうですね…

    • DEEPBLUE
    • 2025年 4月 11日

    新しく対処する予算も海兵隊には無さそうだよなあ・・・。船が12年整備続きってどこの途上国かと

    2
    • ととめす
    • 2025年 4月 11日

    オペレーターがいそうなエリアを片っ端から空爆するとかじゃ対処できないんかな

    2
    • 追剥強盗武士の手習い
    • 2025年 4月 12日

    ドローンスキルかあ。何だか、眼鏡かけた陰険そうなチビが、マッチョ軍団を見て、「なんて弱そう連中なんだろう」と言ってる漫画を思い出した。

    2
    •  
    • 2025年 4月 12日

    ドローンによって歩兵一人排除するコストが格段に低下してしまった。そうなると比較的排除されづらいドローンや装甲車両の価値は相対多岐にあなるわけで、極端に進めば歩兵フリーな戦場もそう遠くないうちに現れるかもしれない。なんにせよ、今後も歩兵の柔軟性を保ちつつ排除にコストをかけさせるためには、歩兵の重装甲化は避けられない。それが歩兵そのものなのかその装備なのかは分からないが前線の人間の数はへるだろう。

    3
    • ばつまる
    • 2025年 4月 13日

    ドローンによる超低空域の領域は開拓段階なんですよね。
    現在はFPVドローンが非常に有効な兵器ですけど今後は自律飛行型のスウォーム戦術やメッシュネットワーク等の先進技術がオンステージしてくるはずなんでどんどん複雑に。。

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