米国関連

米国防総省、HIMARSやGMLRS弾の生産加速に必要な投資を発表

米国は米軍備蓄からHIMARSやGMLRS弾をウクライナに提供したことで生じたギャップを埋戻し、これを製造するロッキード・マーティンの生産能力を拡張するため計6億ドル=約820億円の投資を発表した。

参考:Acquisition Leaders Visit HIMARS, GMLRS Facilities

6億ドル=約820億円程度の追加投資でロッキード・マーティンの生産能力がどこまで拡張されるのかは謎だ

米国製の多連装ロケットシステム「HIMARS」はロシア軍との戦いで重要な役割を果たしているが、HIMARSが使用するGMLRS弾の米軍備蓄には限りがあり、これを製造するロッキード・マーティンもウクライナ軍の消費を上回るGMLRS弾の供給能力を持ち合わせていない。

米軍備蓄にGMLRS弾が幾らあるのか不明だが、2021年度以前に米軍が計5万発GMLRS弾を購入していることだけは確認されており、2022年度以降は年間3,000発~5,000発の調達しか予定(2027年度までに約2万発)されておらず、仮にウクライナ軍が16輌のHIMARSで1日2回攻撃を実施すれば1ヶ月で5,760発(1輌6発×2回=12発×16輌=192発×30日=5,760発)のGMLRS弾を消費する計算で、この量は今後5年間に米軍が調達するGMLRS弾の約29%に相当する。

さらに2021年度以前に受け取った計5万発のGMLRS弾のうち約2万発をイラクとアフガニスタンで消費したという指摘もあるので、毎月5,760発づつウクライナ軍が消費すれば米軍備蓄は年内に枯渇するため、米ディフェンスメディアは「GMLRS弾の消費量を1日平均48発(1輌のHIMARSが3発×16輌)に抑えれば年内はもつ」と試算していた。

勿論、この試算は米軍備蓄をウクライナに全て回す前提の話なので非現実的だ。

ロッキード・マーティンが1年に生産できるGMLRS弾の数は最大1万発で「要請さえあれば増産に対応する」と述べているが、生産ラインの増設やサプライチェーンが製造する各部品の供給量を増やすには「安定的な資金の流入」が不可欠で、米軍がHIMARSやGMLRS弾の製造するエコシステム自体に安定的な投資を約束しない限り、ロッキード・マーティンが増産に動くことはない。

そのため国防総省のラプラント国防次官とブッシュ陸軍次官補は26日、HIMARSやGMLRS弾を製造するロッキード・マーティンの施設を訪れ「新たに装備を購入し、生産ラインを拡大するため必要な新規雇用と労働力開発をサポートするための資金を提供する」と発表、具体的には米軍在庫を埋め戻すためウクライナ支援パッケージ(29.8億ドル)から4億ドルをHIMARSやGMLRS弾の調達に投資、さらに生産ラインを拡張して製造を加速するための費用として2億ドルの投資を今秋と来年初めに分けて実行する計画だ。

出典:Photo By: Lucas Shaw, Lockheed Martin ロッキード・マーティンの施設を訪れたラプラント国防次官とブッシュ陸軍次官補

これで殺到するHIMARSへの新規受注に対応し、ウクライナで消費されるGMLRS弾の供給体制を拡充するという意味だが、正直6億ドル=約820億円程度の投資でロッキード・マーティンの生産能力がどこまで拡張されるのかは謎で、精密誘導に対応したGMLRS弾はロシア軍が使用する無誘導のロケット弾より複雑な上、大量の弾薬を一度に調達すると正常作動を保証した期間切れも同じタイミングでやってくるため、弾薬の備蓄は無計画に積み上げれば積み上げるほどコストが掛かってしまう。

果たしてロッキード・マーティンの製造能力はどこまで拡張されるのだろうか?

ウクライナでの戦いを目の当たりにした国では「高度な防空システムによる接近拒否は敵の航空作戦を効果的に制限でき、精密攻撃が可能な多連装ロケットシステムが地上戦で重要な役割を果たす」と認識、米国製のHIMARSに関心を寄せているが、同時にHIMARSやGMLRS弾を供給するロッキード・マーティンの製造能力にも限界があると見ているのでトルコのTRG-300、ブラジルのAstrosII、韓国の天武などにも注目が集まっており、独自に多連装ロケットシステムを開発する動きも観測されている。

出典:ROKETSAN TRG-300

因みに本来の多連装ロケットシステムは特定の戦場を圧倒的な瞬発火力で制圧することが目的だったが、GPS誘導の長射程ロケット弾が登場したことで目標を精密攻撃することができるようになり、さらに無人機の登場で戦場認識力の拡張された結果、米軍はウクライナで使用されるHIMARSについて「擬似的な空爆だ」と呼んでいる。

関連記事:155日を迎えたウクライナでの戦い、HIMARS用弾薬の供給問題が浮上
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※アイキャッチ画像の出典:U.S. Marine Corps photo by Lance Cpl. William Chockey

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コメント

    • 幽霊
    • 2022年 8月 29日

    HIMARSの弾薬って確かアメリカと一部ドイツでしか作ってないんだっけ?
    ライセンス生産とかはしないのかな?

    3
      • ミリ飯食べたい
      • 2022年 8月 29日

      昔は日産でM270ライセンス生産してましたけどね。
      エンジンの固体燃料の生産は我が国でもできそうですけど、誘導部は無理でしょうね。(海外へ供給への壁は考えないものとして。
      砲弾関連はダイキンが製造してるみたいですけど、誘導弾本体は自国製以外は輸入が多い印象です。

      6
    • 大海原
    • 2022年 8月 29日

    短距離ミサイル投射能力として日本だとHIMARSではなく安価なミサイルUUVとか作って行くべきではと妄想。
    まぁ南西諸島に出しゃばるには母艦必要だし小型艇にVLSとか無理か。

    1
      • きっど
      • 2022年 8月 29日

      既に高速滑空弾を開発し、それを早期装備化(=開発しながら生産配備)する計画ですよ

      7
    • バクー油田
    • 2022年 8月 29日

    韓国はポーランドから各種兵器を大量受注してるという事は平時にも関わらずそれだけの生産ラインを抱えてる事になりますが
    どうやってるんでしょうね。ポーランドから受注が取れなかったら遊んでる生産ラインがあるはずです。
    政府が補助金で遊んでいても維持させてるのか、生産ライン自体は国営工場みたいなもので整えてるのか、上手く工夫してあって受注が無ければ民生品を作れるような生産ラインなのか。
    日本も有事になったらダイキンとかが砲弾やミサイルを量産しなければならないのですが、そんな事出来る体制になってないのであればこれから増やす防衛費をこれらの生産力増強の方にも回すべきでしょうね。

    5
    • ブルーピーコック
    • 2022年 8月 29日

    PSPの某戦略ゲームではMLRSやスメルチの有無が攻略難度に直結してたから、こんな形とはいえ多連装ロケット砲が再評価されたのは嬉しいな。

    しかしロケット兵器といえばロシアのイメージがあったが、原発を盾にして撃ったり、市街地に撃ったりしているだけで戦局を優位に進める使い方ができてないように見える。対するウクライナの戦果が大きいだけで、実際は活躍しているのかな。

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