米国関連

ゼレンスキー大統領のジレンマ、ロシア領の獲得か自国領の防衛強化か

ウクライナ人はクルスク侵攻作戦の熱狂から冷めつつあり、Washington Postは22日「ドネツク州ポクロウシク方面で領土を毎日失う中、これほど多くの部隊や武器を自国領の防衛ではなくロシア領奪取に費やすのはなぜなのかという声が登場した」と報じている。

参考:Ukrainians cheer push into Russia but fear it comes at the cost of the east

全てが流動的としか言いようがない

“3週間目に突入したクルスク侵攻作戦は長期化の様相を呈しており、ウクライナ人は侵攻作戦の代償の大きさに葛藤している。ゼレンスキー大統領や軍は本作戦に精鋭旅団の一部と西側製装備を含む貴重なリソースを投入しているが、期待されたポクロウシク方面からの戦力移動は発生してない。ロシア軍はドネツク州東部の戦略的都市=ポクロウシクに向けて前進を続けており「これほど多くの部隊や武器を自国領防衛ではなくロシア領奪取に投入しているのは何故なのか」という声もある”

出典:PRESIDENT OF UKRAINE

“これはゼレンスキー大統領が直面しているジレンマで、ロシアがポクロウシク方面からの戦力移動を拒否する中「将来の和平交渉で切り札となるロシア領奪取計画を堅持するか」「国内の主要都市を守るためクルスクから撤退するか」の選択を迫られている。ポクロウシクに住む77歳の元警官は「私たちは(敵の攻撃から)守られていないと感じている」「ここを守るはずだったウクライナ軍は別の所に行ってしまった」「彼らが街を守ってくれると思っていたが、私たちはここで死ぬしかないのだろう」と述べた”

“政権が大いに喧伝した昨年夏の反撃はほぼ失敗に終わり、戦場の主導権を取り戻したロシア軍はドネツク州で前進を続け、兵士不足をカバーするための新たな動員計画は戦いを恐れる人々を巻き込んで社会に緊張をもたらし、エネルギーインフラの破壊は経済だけでなく日常生活にも影響を及ぼしている。Ukrainska Pravdaの編集長は「前線からもたらされるニュースについてある種の疲労感があった」「人々はクルスク侵攻に希望を見出し、これがターニングポイントになるかもしれないと考えている」「3年近くロシアとの戦争を戦っている国とっては重要なことで士気に大きく影響する」と述べた”

出典:Сухопутні війська ЗС України

“ウクライナ人は空襲警報の度にシェルターへの避難を余儀なくされるため「ロシア人も自分たちが始めた戦争の影響を感じるべきだ」と考える人々もおり、66歳のウクライナ人は「戦時下での暮らしをロシア人にも体験させるべきだ」「そうなればロシア人も少しは考え直すかもしれない」「この戦争について彼らも何かを考えて決断する必要がある」「もしかしたら国民が立ち上がるかもしれない」と述べた”

“ウクライナ当局はクルスクで獲得した占領地について「将来の和平交渉で取引材料と利用できる可能性がある」と述べているが、プーチン大統領は現時点で停戦協議は検討しないと表明しており、占領地を活用できるのは当分先のことになるだろう。ゼレンスキー大統領は本作戦の目的の1つに「国境地域からロシア軍を遠ざけて緩衝地帯を作ること」と述べ、国境地域に住む人々は以前よりも安全になった感じている。一方でスームィで暮らす人々は街に兵士が増えたため「空爆やミサイル攻撃が増加するのではないか」と不安を感じている人もいる”

出典:Оперативные сводки

“どちらにしてもクルスクに対する政府の最終方針(いつまで侵攻作戦を続くのか撤退と引き換えに何を要求するのかなど)が不明瞭な中、ロシア軍がウクライナ東部の領土を奪い続けているため社会的な不安に拍車をかけている。ドネツク州の最前線で戦う兵士らも「多くの弾薬がクルスク侵攻に費やされた」と述べて弾薬不足を心配しており、ロシア軍がポクロウシクに迫る中「自国領の防衛ではなくロシア領の奪取を選択することが正しい選択なのか」と疑問を呈する者もいた”

“首都に住む34歳のウクライナ人は「クルスク侵攻は良いアイデアで国民を精神を復活させるようなものだと思うが、その一方でドネツクやハルキウでは激しい戦闘が続いている。そのためクルスクではなくそこに援軍を送った方が良いのかもしれない」と述べた”

出典:管理人作成(クリックで拡大可能)

結局のところ得られるリターンが支払うリスクを上回れば「社会的な不安」を払拭することが出来るのだが、恐らく得られるリターンは占領地の広さと奪取する都市の価値に左右され、まだ作戦が進行中なので何も判断出来ず、支払うリスクもロシア軍の前進を止められるかどうかにかかっているため「全てが流動的」としか言いようがない。

因みにEconomistの取材に応じたポクロウシク方面で戦う兵士は「ロシア人は状況を理解しているため餌に食いつてこない=同方面の戦力をクルスクに移動させようとしない」と述べており、このまま行けば「東部戦線におけるウクライナ軍側の戦力密度が一方的に低下しただけ」という結果に終わるだろう。

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※アイキャッチ画像の出典:Генеральний штаб ЗСУ

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