トランプ大統領はNATO首脳会談で「パトリオット迎撃ミサイルを製造するライセンスをウクライナに供与する」と発言、RTXとロッキード・マーティンは協議に応じているものの、米アトランティックは「これに両社が難色を示す真の理由はウクライナ人が商業的機会を奪うことだ」と報じた。
参考:Ukraine May Be Just the Ally America Needs
米国政府にとって武器は同盟国やパートナー国の安全保障に影響力を行使するための政治的ツールなので安売りはしない
トランプ大統領は7月に開催されたNATO首脳会談で会談したゼレンスキー大統領に「パトリオットを製造するライセンスをあなた方に供与する。これは素晴らしいことだ。これで我々が十分な兵器を提供していないと不満を漏らすことはなくなるだろう。これは防衛兵器であり攻撃兵器よりも私好みだ。我々は企業に対して、つまりパトリオットを製造する企業に対して絶大な力を持っている。まだその企業には伝えていないが、すべて上手くいくはずだ。彼らも喜んでくれるに違いない」と言及。

出典:President of Ukraine
Defense Newsはトランプ大統領の発言について「ウクライナにPAC-2弾の製造を許可するのか、PAC-3弾の製造を許可するのか不明で、このウクライナへのライセンス供与はパトリオットミサイルを製造する企業と事前相談なく行われたが、この企業に圧力をかけることも可能であると示唆した」と報じ、Kyiv Independentも「トランプ大統領はウクライナにパトリオットを自分達で作ればいいと述べ、ウクライナがミサイルを迅速に生産できると自信を示したものの、発表前に製造企業と調整はしていなかったと付け加えた」と報じていた。
MIM-104E PAC-2 GEM-Tを生産するRTX、MIM-104F PAC-3 MSEを生産するロッキード・マーティンはトランプ大統領の意向を受けて「ウクライナでパトリオット迎撃ミサイルのライセンス生産するための話し合いを行っている」と言及しているものの、これを実行するには法的要件の審査や複雑な契約を締結しなければならず、仮にRTXやロッキード・マーティンがライセンス生産に同意してもPAC-2弾やPAC-3弾をウクライナ国内で製造するにはサプライチェーンを一から構築する必要があり、ウクライナ製のパトリオット迎撃ミサイルが完成するまで数年単位の時間がかかる。

出典:Lockheed Martin
さらに言えばウクライナでのライセンス生産が実現しても「精密誘導兵器の増産で直面している産業構造上のボトルネック」と「完全な技術移転を認めない方針」に直面するため、ウクライナはライセンス生産を許可されたらパトリオット迎撃ミサイルを必要な分だけ自由に作れるようになるという意味ではない。
日本でライセンス生産されているPAC-3 MSE(年30発程度)のシーカーはブラックボックスとしてボーイングから供給を受けており、2026年末にドイツで稼働を始めるPAC-2 GEM-T(年180発程度)のライセンス生産も「シーカーをドイツで生産する」という記述がないため、RTXがブラックボックスとしてMBDAとの合弁企業=COMLOGに供給する可能性が高く、オーストラリアでライセンス生産されているGMLRS(年300発程度で2029年頃には年4,000発に引き上げる)も誘導装置、推進薬、信管などの部品を輸入しているため「完全な現地生産」ではなく「現地での最終組立」でしかない。

出典:Photo by John Hamilton
オーストラリアでのライセンス生産に向けて動き出したPrSM、ドイツでのライセンス生産に向けて動き出したATACMSもシーカーなどのコア技術はブラックボックス化して供給される可能性が高く、米国はPAC-3MSE、THAAD、トマホーク、AMRAAM、SM-3Block IB、SM-3Block IIA、SM-6、PrSMの大増産に関する枠組みを締結したが、目標に掲げた生産能力(現行の3倍から4倍)を達成する上でボトルネックになっているのはシーカーや固体ロケットモーターの供給能力で、この部分から生産能力を引き上げなければならないため目標達成は7年後の見通しだ。
つまり「ウクライナがライセンス生産を認められたPAC-3 MSEを年600発生産したいと思っても、米企業が600発分のシーカーや固体ロケットモーターを供給できなければ絵に書いた餅で終わる」という意味で、特にボーイングが供給するPAC-3MSEのシーカー生産量は年650基~700基程度、2026年は850基程度まで増産され、最終的な目標はPAC-3MSEの増産目標=年2,000発分に必要なシーカーを供給することで、この数字は米国生産の需要をカバーするためのものなのでウクライナのライセンス生産は計算に含まれていない。

出典:President of Ukraine
米アトランティックは9日「米国がウクライナにパトリオット迎撃ミサイルのライセンス生産を許可すれば同国の安全保障を保証し、同国の生産能力から利益を得ることもできる。ウクライナは旧ソ連時代において産業的中心地だったこともあり、多額の資金を投じてでも米防衛産業の協力者になろうとするだろう。ウクライナは欧州においてその役割を望んでいる数少ない国の一つだ」と報じ、RTXやロッキード・マーティンがライセンス生産に難色を示す理由について以下のように指摘した。
“ウクライナはロシアとの戦争が終結すれば米国、同盟国、パートナー国に対してパトリオット迎撃ミサイルを供給できるようになるかもしれない。これまでの実績を考慮すれば戦争中でも自国向け以上の生産能力を構築できるかもしれない。そして実のところそれが問題なのかもしれない。ゼレンスキー大統領は8月8日のXに投稿した中で「トランプ政権との交渉における主な停滞の原因は官僚主義と事務手続きである」と示唆していた”

出典:RTX
“ウクライナでのライセンス生産に賛成しているある共和党関係者は、これまで報道されていないウクライナでのライセンス生産に関する障害について語ってくれた。パトリオット迎撃ミサイルを生産しているRTXやロッキード・マーティンは知的財産権の侵害と技術移転を懸念事項として公式に表明すると思うが、両者の真の懸念はウクライナ人がパトリオットを独自に改良する方法を見つけ出し、米国の生産ラインよりも速く、そしてはるかに安く大量に生産できるようになることだ=将来の防衛市場で強力な競合になり得るという意味”
要するに米政府は「軍事機密の保護」と「影響力の維持」を、RTXやロッキード・マーティンは「商業的機会の保護」を理由に完全なライセンス生産を認めることはなく、そもそも米国にとってライセンス生産とは同盟国やパートナー国に対するある種の恩恵であり、これは「産業構造上のボトルネックを同盟国やパートナー国と協力して解消し沢山作ろう」という発想に基づいていないため「シーカー生産を認めてくれれば、、、」という願望はナイーブすぎるのだ。

出典:Denys Shtilierman
多額の資金を投じてでも米防衛産業の協力者になろうとする国が稀なのは国際武器取引規則(ITAR)の問題も影響しており、ウクライナと欧州がFP-7.xと欧州製システムを組み合わせた防空システム「FREYJA(フレイヤ)」を1から構築するのも、米国の政治的意思やITAR規制で生産、改良、供給をコントロールできる独自のシステムをもつことが「米国に対する欧州全体のカウンターウェイト」として機能することを期待しているからで、欧州も善意のみでウクライナの計画に協力しているのではなく利害が合致したから手を組んだだけの話に過ぎない。
三菱重工業はパトリオットシステムで使用するPAC-3 MSEを自衛隊向けにライセンス生産しており、米国はウクライナに供給している迎撃弾の在庫を補填するため日本に輸出を打診、これを受けて日本政府は2023年12月「国内で生産したパトリオットミサイルの米国輸出を認めた」と発表したが、ロイターは2024年7月「迎撃弾に使用しているシーカー増産が遅れているため三菱重工業の迎撃弾増産は行き詰まっている」と報じたことがある。

出典:外務省
ロイターは「三菱重工業はパトリオットシステムで使用するPAC-3弾を年30発生産している」「この生産量は年60発まで増える可能性がある」「この計画に詳しい関係者はボーイングが生産しているシーカーの供給量が増えなければ日本での生産拡大は不可能だ」「三菱重工業がPAC-3弾の生産量を増やせるようになるまで数年かかるかもしれない」「仮に追加のシーカーが手に入っても三菱重工業側も生産能力を増強しなければならない」と報じ、国内で実しやかに語られる「日本がパトリオット迎撃ミサイルのウクライナ供給で間接的に貢献している」という話は非常に怪しい。
日本にPAC-3 MSEに使用するシーカーを作らせてくれたらという発想も、米海軍向けの戦闘艦艇建造と根本的には同じで三菱重工業が米国国内に投資し、米国国内で工場を建設し、米国人を雇用し、ボーイングの下請けとしてシーカー増産に協力すれば実現の可能性が出てくるだろう。

出典:BAE Systems
もし三菱重工業が米国でシーカーを単独生産するなら、BAEシステムズのように米国と特別安全保障協定を締結し「米国国内での事業を請け負うBAEシステムズの米国法人は米国の法律に従い、米国人を経営のトップに起用し、英国の本社からの完全な独立性=完璧な機密保持を確保するぐらいのことが必要で、BAEシステムズの米国法人は国防総省の機密にアクセスすることが可能でも、それをロンドンの関係者に漏らすことは禁止されており、仮にBAEシステムズの最高経営責任者からの指示でも「機密保持に違反する」と米国法人が判断すれば拒否できる強力な権限を持っている。
少なくとも米国政府やボーイングは「日本企業が、日本国内で、日本人を雇用し、PAC-3 MSEのシーカーを生産して輸出してくればWIN-WINの関係になれる」とは思っていないはずで、どれだけ日米協力や防衛産業協力を叫んでも、米国政府にとって武器は同盟国やパートナー国の安全保障に影響力を行使するための政治的ツールなので安売りはしないし、米国の国益を最大化するアプローチとしては非常に理にかなっているが、米国の立場から見るか、同盟国やパートナー国の立場から見るかで印象は大きく異なってくるだろう。
関連記事:ラインメタルのATACMS生産、米軍備蓄の補充に役立つまで2年以上かかる
関連記事:米陸軍、地上発射型弾道ミサイルのほぼ全てを対イラン戦で使い果たす
関連記事:米国が欧州の同盟国に弾薬供給を再開、ATACMSだけは現在も保留中
関連記事:米ロッキードと独ラインメタルがATACMS共同生産に関する覚書に署名
関連記事:米陸軍、30年ぶりにパトリオット迎撃ミサイルのPAC-2弾を新規調達
関連記事:ウクライナと欧州が開発する弾道弾迎撃ミサイル、当初はPAC-2の類似品
関連記事:ウクライナでのパトリオットミサイル生産、実現には数年単位の時間が必要
関連記事:トランプ政権、中東諸国にパトリオット迎撃ミサイルを推定4,250発分も緊急売却
関連記事:ドイツがウクライナにパトリオット迎撃ミサイルを600発以上供給、ドローン共同生産も
関連記事:米国がパトリオットシステムの迎撃弾を大増産、年600発から年2,000発へ
関連記事:スイスはパトリオットシステム取得の支払いを停止、米国の態度によっては取得中止
関連記事:NATO、欧州のパトリオット運用国向けに1,000発の迎撃弾を一括発注
関連記事:日本のパトリオットミサイル輸出、シーカー不足で増産に数年かかる見込み
関連記事:海外進出のススメ、世界中の防衛産業企業が進出する年間予算80兆円台の米国市場
※アイキャッチ画像の出典:Lockheed Martin





















PAC3 MSEのシーカー製造ボトルネックを解消するには日本で生産ラインの立ち上げと買取保証だけではアメリカ側がNoで、
・アメリカでの法人立ち上げ
・アメリカ法人でアメリカ人を雇用して生産
・日本の親会社といえどもアメリカ法人への情報アクセスを制限する
といったITAR順守の仕組みを作らないと無理、ということですね。
この仕組みだと既存サプライヤーに増産の依頼をして、製造ライン増設費用込みのシーカーを買うのも選択肢になるかもしれません。
PAC-3MSEの問題を完全解決するには米国が関わらない同等かそれ以上の制限無しミサイルシステムを欧州か韓国等の国と協力してで作るしかない。ミサイルだけ作ったとして既存パトリオットのインフラをそのまま利用出来るのかは米国次第な面があるとしか思えないし。
それにボーイングの増産は時間は掛かるが既定路線で、そこに投資してのシーカー確保に意味は有りません。重要部分を米国に握られている以上は他国に対しての確定の在庫は無いと考えるべきです。増産分に投資した分もその国が危機的状況に無いなら米国に優先的に回される可能性が排除出来ない。
ウクライナのことだけなら余裕の商売になるでしょうけど
アメリカ自身の国防でそんな余裕あるんですかね
次の戦争の分が足りてないだろ
安全保障に関わるものは、国産のメリットが大きいことを改めて感じますね。
キーデバイスが、外国に抑えられていれば、外国の意向に大きく左右されることになりますし。
マブラブという作品では宇宙生物と人類が戦っているのだが、
人類は最後までちゃんと協力しないので、とっくに勝てるラインを
超えて地球に攻め込まれているという設定があったと記憶してます。
パトリオットの迎撃弾に関しても、お互い政治はやめて生産を
最大化することだけを考えれば、間違いなくより安全保障に貢献する
でしょうが、そんなことは実現しないでしょうね。
前の記事のコメントで、シーカー作らせてくれないなら03式地対空誘導弾をベースにPAC-3MSE相当のミサイル開発すればと書いたんですがそれだと虎の尾を踏む形になるんですね。
日本はアメリカと共同開発でミサイル作ってますしライセンス生産もしてますから、アメリカの商圏に迂闊に踏み込むわけにいかないですよね。
開発中の03式中距離地対空誘導弾(改善型)能力向上版は短距離弾道ミサイル (SRBM) や極超音速滑空体 (HGV)への対処能力を向上させた物ですが、こうなるとPAC3MSEに近い物になりそうですが、おそらく射程、迎撃高度は被らないんでしょうね。
問題のシーカーに関わる技術は、特許登録/公開されているのかしら?。
それとも、内緒のままでブラックボックスにしているのかしら?。
ボーイングとロックマートの既得領域に踏み込むにしても、
それによって対応は変わりそうな気がします。
特許技術であれば、交渉の余地がありそうな気もします。
いずれ、何らかの形で、大量のキネティック弾頭は必要でしょうし。
需要が伸びてる中で、いつまで殿様商売が出来るのか?
競合が新規で立ち上げてもペイすると考えるようになれば、結果的に米国のシェアが落ちていく。
生産能力と政治的な取り扱いで米国の軍事的影響力が揺らいでるのに。
各国が背に腹は代えられないと独自製造に走り出す機運が高まっている。
機能落とした弾体は同盟国にも作れるかもしれんが
衛星監視警戒からの防空キルチェーンはむしろアメリカ依存が進む気がする
わかってたことではあるんだけど、年30発とか60発とか…
その気になれば月産でその数量確保できるくらいにはなってほしい
雇用を気にする政府は兎も角、メーカーは海外の下請け工場で作って自分達で売った方が儲かると思ってるんじゃ無いかな。
普通にOEM生産すれば良いと思うのは不自然なんでしょうか?。
ウクライナがお前ら以上の大量生産能力開発したら教えてもらえ!!!!
それが最大の利益だ!!!!!
西側は今までアメリカに頼り切ってたのが裏目に出たな
これが東側だったらロシアと中国がちょうどいいバランス取ってただろうに
コピーしたっていいものは作れないと思っていたら余裕があるはずで、メーカーが政治に口を挟むということは技術的には大したことない証拠(かもしれない)。