米国関連

国防予算から見た米陸軍の方針、研究・開発や装備調達の削減に手を付けざるをえない台所事情

バイデン大統領は2022会計年度の予算教書(連邦政府予算案)を正式に発表、これを受けて国防総省は7,150億ドル/約78兆5,300億円で編成された国防予算案を議会に提出したのだが、今回は陸軍に関する内容を見ていくことにする。

参考:Defense Budget Materials – FY2022

陸軍と海空軍で明暗が分かれた予算配分、前年度割れは陸軍のみで台所事情は非常に厳しい

陸軍は2022会計年度に1,730億ドル/約19兆円の予算を要求しているのだが、この予算額は2021年度に獲得した予算(1,766億ドル)を下回るためバイデン政権の予算編成で最も割りを食った格好だ。さらに陸軍は国防予算とは異なる「海外緊急事態対応基金(OCO)」から2021年度に50億ドルもの資金を得ていたのだがバイデン政権がOCOを廃止する方針を掲げているため2022年度は国防予算で要求した1,730億ドルのみでやり繰りしなければならないため前年度と比較して実質100億ドル/約1兆円(インフレ率も加味)近いマイナス予算になってる。

具体的な陸軍の予算要求に関する主要ポイントは以下の通りだ。

出典:U.S. Army photo by Spc. Sidney Perry

陸軍は現役48万5,000人体制と高い即応性を維持すること最優先課題に掲げ資金を配分(インフレ率に対応して兵士の賃金や住宅手当をアップ)、その影響で研究・開発予算は前年度と比較して13億ドル少ない128億ドル/約1.4兆円しか確保できていないため優先度の低いプログラムにまで資金が行き渡るのか疑問視されており、装備調達予算は前年度と比較して28億ドル少ない213億ドル/約2.4兆円しか確保できていないため戦闘車輌や航空機の調達を削減することを予定している。

まだどこまで削減するかは確定していないが装輪装甲車「ストライカー」のアップグレードは254輌→187輌、主力戦車M1エイブラムスのアップグレード(M1A2C/SEPv3への改修)は102輌→70輌、他にもAH-64EやUH-60の調達数削減や昨年調達が始まった近距離防空システム「IM-SHORAD」も2022年度の発注は37輌(前年度は59輌)に留める予定で、幾つかの電子戦装備は調達自体を中止(取り組み自体は継続しておいて将来の予算で再調達する可能性を残している)する方針だ。

出典:US Army Photo by Mark Schauer ユマ性能試験場でテスト中のM1A2C

問題は研究・開発予算の削減なのだが、陸軍は2019年から国家の国防方針や近代化計画に一致しない分野の支出を優先順位の高いプログラムに予算を付け替える「ナイトコート」という手法で予算の効率化を推進してきたため削る部分が少ないが2022年度は7つのプログラムを中止(20年度は93プログラムを中止/21年度は41プログラムを中止)、これだけでは研究・開発予算の辻褄が合わないため37のプログラムに配分している資金を削ることで何とか予算の辻褄を合わせると陸軍関係者が述べている。

ただ陸軍は苦しい予算状況の中でも6つ最優先事項(長距離精密打撃、次世代戦闘車輌、統合多用途・将来型垂直離着陸機計画、戦場のネットワーク化、ミサイル防衛を含む防空システム、兵士の戦闘効率向上)に関しては適切な資金を確保する予定で、太平洋地域における作戦能力の強化には10億ドルの予算を要求しており同地域に配備予定のミサイル調達に2億3,960万ドル/約260億円を配分する。

出典:ロッキード・マーティン 陸軍が開発を進めている極超音速兵器LRHW

陸軍は装備品の数が多く細々した開発プログラムも沢山あるので海軍や空軍のように予算内容が分かりやすくないためざっくりした寸評だが、どんなに言い繕っても前年度レベルの予算を確保できていないので必ず何処かにしわ寄せが来るはずだ。

因みに研究・開発予算を削減するのは陸軍だけで海軍や空軍は逆に研究・開発予算を増やす予算編成を組んでいるため、この部分で陸軍と海空軍は明暗が分かれたと言える。

関連記事:国防予算から見た米海軍の方針、装備調達を削減して艦艇の整備に1.5兆円を投資
関連記事:バイデン政権が国防予算案を発表、レガシーウェポン大量処分やF/A-18E/F調達中止を予告
関連記事:国防予算から見た米空軍の方針、レガシーな航空戦力を切ってF-35Aや次世代戦闘機を優先

告知:軍事関係や安全保障に関するニュースが急増して記事化できないものはTwitterの方で情報を発信します。興味のある方は@grandfleet_infoをフォローしてチェックしてみてください。

 

※アイキャッチ画像の出典:U.S. Army photo by Spc. JD Sacharok, Operations Group, National Training Center

国防予算から見た米海軍の方針、装備調達を削減して艦艇の整備に1.5兆円を投資前のページ

怪しいフランスの売り込み、クロアチアがラファールを導入すればオーストリアの二の舞か?次のページ

関連記事

  1. 米国関連

    トーネード後継機問題、米国務省が推定84億ドルでドイツへのF-35A売却を承認

    米国務省は「ドイツへのF-35A売却に関する推定84億ドルの対外有償軍…

  2. 米国関連

    F-35Block4の目玉機能、2024年にアップグレードされたAN/ASQ-239を実装

    BAEが「LOT17向けに新型電子戦システムの製造契約を受注した」と発…

  3. 米国関連

    米空軍が悲鳴! F-15C更新用の「F-15EX」導入が1年先送りになる可能性浮上

    米空軍のデービッド・ゴールドフェイン参謀総長は、このまま2020会計年…

  4. 米国関連

    標的はUAEとサウジ? バイデン政権が前政権承認の武器販売見直しに着手

    バイデン政権は海外への武器販売見直しに着手、トランプ政権によって承認さ…

  5. 米国関連

    アーレイ・バーク級の正統な後継艦、米海軍が次期駆逐艦DDG-Xを発表

    米海軍は12日、極超音速兵器やレーザー兵器を搭載可能なアーレイ・バーク…

  6. 米国関連

    米国の155mm砲弾増産、2025会計年度までに月10万発を達成する

    国防総省の調達担当者は「155mm砲弾の増産は予定よりも早く進んでいる…

コメント

    • 匿名
    • 2021年 5月 29日

    こんな状態で中国と戦えるのか?って心配になるよね
    まあ戦争になったら予算つき放題なんだろうけど

    15
      • 匿名
      • 2021年 5月 29日

      その内、予算配分に不満を持った米陸軍内部で「将軍達の反乱」が起こるかも知れないな
      朝鮮戦争開戦前夜に当たる1940年代後半、米海軍と空軍が大型空母ユナイテッド・ステーツと戦略爆撃機B-36のどっちに予算配分をすべきか揉めた結果、米海軍側の敗北と言う結末になった事から一部の海軍々人が政府の方針を公に批判した事件が起きた
      これを「提督達の反乱」と呼ぶが、今度は陸軍の現役軍人が同じ事をやるのかどうかに注目だな

      • 匿名
      • 2021年 5月 29日

      心配だけど、
      対中国なら陸軍の優先度が下がっても仕方ない気がする

      11
      •   
      • 2021年 5月 30日

      流石に中国本土に攻め込んだらアホだから、経 経済制裁と海上封鎖が基本路線になるでしょう

      2
    • 匿名
    • 2021年 5月 29日

    こういうダイナミックな軍改革を実行出来るんだからやっぱり米国は軍事強国
    未だに冷戦思考から抜け出せない日本とは大違いよ

    6
      • 匿名
      • 2021年 5月 29日

      どの辺が冷戦思考なん?

      11
        • 匿名
        • 2021年 5月 29日

        カタログスペックで武器調達やっちゃうあたりとかじゃね?

        2
        • 匿名
        • 2021年 5月 31日

        未だに平野で突撃やってるからさ

      • 匿名
      • 2021年 5月 29日

      陸自に関しては冷戦体制から戦略を大幅に方針転換してると思いますがねえ。
      編制も重視する装備も本土防衛から南西諸島の防衛・奪還戦能力の獲得にシフトしています。

      23
      • 匿名
      • 2021年 5月 29日

      東アジアは冷戦構造が未だに続いてるから冷戦思考でも問題ないでしょ

      12
    • 匿名
    • 2021年 5月 29日

    ARに2兆円つぎ込むなら無人化技術につぎ込んだ方が今後のためだと思う。OICWみたいに装備がと人的コストが高価になりすぎてぽしゃりそう。

    1
    • 匿名
    • 2021年 5月 29日

    笑われるかもしれないが、UAVが”空の戦車”となって、バッタの大群のように攻めてくる
    可能性の下では、陸軍は重厚長大装備を見直す転換点にあるということだろう。
    エイブラムスもブラッドレーもストライカーも捨てる覚悟とはそういうことだろう。

    2
      • 匿名
      • 2021年 5月 29日

      UAVがスウォームしてくる時には直接エネルギー兵器なりでお安く防空できてても不思議ではないと思うのだが
      それにAFVの類は縮小しただけで捨ててはないでしょ

      7
      • 匿名
      • 2021年 5月 30日

      現状の無人機ではエアカバーを付けるなりちゃんと対策した装甲部隊相手はきついと思うけどな

      大量投入できる小型機ではある程度前線近くまで運ばないといけないから、展開前に榴弾砲やエアカバーの航空機で叩いてしまえばいい
      バイラクタルやリーパーでもエアカバーがあれば侵入は難しい

      もちろん、対策が不十分な部隊相手なら有効だと思うよ

      装甲だけはデジタル化が難しい

      4
        • 匿名
        • 2021年 5月 30日

        そもそもその場にとどまって土地を維持できない航空機はAFVの代わりになりえないしね。
        RCVが次世代のAFVの中核になって無人車両だらけになる未来はありそうだけれども。

        2
    • 匿名
    • 2021年 5月 29日

    キンペー「んほおぉぉぉおおおお!!♡座してるだけで覇権手に入っちゃうぅぅぅううう!!♡」

    7
    • 匿名
    • 2021年 5月 29日

    アフガンとイラクで余計に戦争してなければ改革はもっと進んだのかな?
    得られた戦訓もあるだろうけど代償がデカすぎたような

    7
      • 匿名
      • 2021年 5月 29日

      どっちかだけだったら遥かにマシだったろうな

      13
      • 匿名
      • 2021年 5月 29日

      アフガンとイラクが無かったら「future combat system」にいつまでもお金使って、間違った方向に改革が進んだかもしれない
      装甲をAPSに丸投げした車両が続々と配備された可能性が…

      4
    • 匿名
    • 2021年 5月 29日

    AMPVは手堅く良さそう(安価なら欲しい)
    MHSは革新的で軽歩兵の救世主かも。てか、MHS取り上げて欲しいっす
    陸軍おもしろい

    4
    • 匿名
    • 2021年 5月 29日

    この予算状況だとM1の後継車両の開発は難しそうな予感が。
    陳腐化しても困るので多分SEP v5, v6とメンテナンス費用の削減も含めて改良が続きそう。

    2
    • 匿名
    • 2021年 5月 29日

    日本に長距離AGMの輸出や開発を許可しだしたり、韓国の射程制限緩めたりと
    敵対国の隣国自体を軍備増強させれば金は掛からんし、中国も対応に追われる
    これを機に中距離弾道ミサイルも開発しちゃえと

    2
    • 匿名
    • 2021年 5月 30日

    長遠距離打撃体系の構築で金食われてM1とM2/M3の後継やる金が捻出できる状況って永遠に来なそう。
    リビルトされる魔改造ストライカーもそもそもシャーシが世代遅れで既にバヤ。
    しかもH60系より絶対金かかるFVLが控えてるけどありゃお流れかな?そういえば新軽偵察ヘリはどうした?対UAVで戦術防空部隊復活だ?
    陸自よりかかなりヤバいんじゃね米陸さん。

    • 匿名
    • 2021年 5月 30日

    国防長官はレイセオンの重役だから。

    • 匿名
    • 2021年 5月 30日

    州兵へらしいたら?
    あと予備役

    • 匿名
    • 2021年 5月 30日

    減らした分のお金が他に使えるようになる、なんて現象は起きないのがこの話の味噌。
    なぜなら減らした分お金の発行も減るだけだから…ってね。
    てまあ、経済学の転換自体は止まってない様なので、中長期でみたらあまり酷い事にはならなそうな気がする、かな?

    • 匿名
    • 2021年 5月 31日

    個人的にはスティンガー後継の計画は昨今のUAV地位向上考えると前倒しすべきじゃないかな。歩兵携行に特化した安価なショートレンジ画像誘導とか、より射高が高く射程が長い高精度のシーカー搭載したプラットフォーム搭載型とか必要だと思う。

    対中だけ考えると戦車にお金を掛けるよりは、軽量/ミディアム旅団にUAV+榴弾砲+スパイクミサイルファミリーで遠距離打撃と、対空目的で短期的には調整破片弾を撃つ機関砲で将来的にレーザーとかに力を入れる方向がまだ潰しがききそうに思える。

    後UAV用に30mm×117にもエアバースト弾作ればAH-64EでもSHORADでももう少し効果的な攻撃が出来るような気がするけどどうだろう。30mm×173にはあるから出来ない事はないと思うが。

      • 匿名
      • 2021年 6月 01日

      時限信管月のハイドラのフレシェットをレーザー誘導で飛ばすと良い

  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 北米/南米関連

    カナダ海軍は最大12隻の新型潜水艦を調達したい、乗組員はどうするの?
  2. 軍事的雑学

    4/28更新|西側諸国がウクライナに提供を約束した重装備のリスト
  3. 中国関連

    中国、量産中の052DL型駆逐艦が進水間近、055型駆逐艦7番艦が初期作戦能力を…
  4. 欧州関連

    オーストリア空軍、お荷物状態だったタイフーンへのアップグレードを検討
  5. 米国関連

    米陸軍の2023年調達コスト、AMPVは1,080万ドル、MPFは1,250万ド…
PAGE TOP