米国関連

米メディア、ウクライナ侵攻を防ぐには非対称な軍事的オプション採用が効果的

米最大の政治専門紙The Hillは12日、ロシアとの正面対決を避けながら「プーチンに再計算を強制する非対称な軍事的オプション」を実行すべきだと興味深い提案を行っている。

参考:What are the best US military options for Ukraine?

トルコを動かしてNATO艦艇の無制限通行を引き出すという案は魅力的でも、エルドアン大統領をウクライナ問題の当事者としてゲームに参加させるのは欧米にとって「諸刃の剣」かもしれない

ウクライナへの侵攻がいつ始まるのかと予想する人々達はロシアの侵攻が既に始まった作戦の延長線上(2014年のクリミア併合や親ロシア勢力の独立工作など)でしかないという点を見逃しており、非軍事的なオプションで「ウクライナはNATOと緩衝地帯であり続けなければならない」という一貫したロシアの脅しを退けることができると考えている人々はプーチンの手札に軍事的オプションが含まれている点から目を逸しているとHill紙は指摘。

出典:DoD News photo by EJ Hersom

さらに「ロシアのウクライナ侵攻が発生しても米軍を派遣する選択はテーブルの上にない」と表明したバイデン大統領について「米国はロシアとの直接的な戦いに晒されるリスクを冒したくないと考えていると多くの人々が受け止めている」と語り、Hill紙は「米国がウクライナ侵攻を予防するため軍事的オプションを行使するならウクライナ問題とは非対称なオプションでなければならない」と興味深い提案を行っている。

この提案を要約するとウクライナにロシアとの正面衝突や核戦争を誘発する米軍派遣を行うのではなく、ウクライナにNATOとの緩衝地帯を作り出そうとするロシアの試み自体を無効化させる非対称な軍事的オプションを実施して「プーチンの計算を狂わせた方がウクライナ侵攻を効果的に予防できる」という内容だ。

出典:Andrei nacu / CC BY-SA 3.0 南オセチア紛争の様子

具体的に説明すると国際的にジョージア領と認められている南オセチアとアブハジア、モルドバ領と認められてるトランスニストリアに存在するロシア軍駐留の基地はロシアにとって非常に重要な意味を持っているにも関わらず戦力としては非常に微弱で、西側が支援さえすればジョージア軍やモルドバ軍の脅威に晒されるリスクを抱えている。

しかも南オセチア、アブハジア、トランスニストリアがクリミアと異なるのはロシアが領有権を主張していない点で、この地域のロシア軍を追い出すため西側がジョージア軍とモルドバ軍を強化に動いても政治的なアプローチで阻止する手段が限られており、同時にポーランドとバルト海に囲まれたカリーニングラード(ロシアの飛び地)の封鎖や隔離を実施するとロシアを脅せばプーチンの計算はさらに複雑になる=ウクライナにロシアの限られた軍事的資源を集中できなくなり膠着したウクライナの状況に変化が現れるかもしれない。

出典:public domain ボスポラス海峡

これに加えてロシアの拡大主義に安全保障環境が脅かされているトルコを説得できれば「予想を超える役割りを果たすかもしれない」とHill紙は指摘しており、黒海と地中海を結ぶボスポラス海峡やダーダネルス海峡を管理しているトルコは「差し迫った戦争のリスク」があると判断すればモントルー条約の第20条と第21条に基づき任意の船舶の航行を制限する権利を有しているため、ウクライナでの戦争がトルコの安全保障にリスクをもたらすと宣言してNATO加盟国の艦艇の無制限通行を許可してロシア海軍の艦艇だけ通行を制限すれば「黒海のパワーバランスは一気に西側に傾くことになる」という意味だ。

Hill紙は初めから武力行使というカードを抜いた手札でロシアと交渉しても対等なゲームにならないと主張しており、ロシアの武力行使というカードを封じたいなら米国も同じカードを手札に加える準備をするべき=兵力や装備を動かすことこそが明確なメッセージだと結論づけているのが興味深く、経済制裁頼みのウクライナ侵攻予防策とは完全に異なるアプローチだが兵力や装備をどれだけ動かしてみても米国もNATOも「ロシアとの直接的な戦いに晒されるリスクを冒したくない」と考えている以上どれだけの効果があるかよく分からない。

出典:public domain アーレイ・バーク級駆逐艦 デルバートD.ブラック

ただトルコを動かして「NATO加盟国の艦艇の無制限通行」を引き出せればロシアが容認できないリスク(モスクワを直接狙えるトマホーク搭載の艦艇が何隻も常駐するという状況)をプーチン大統領に突き付けることができるため、ウクライナという緩衝地帯の確保を無意味にする上では最も効果的な手札の一つだろう。

まぁ米国や欧州がトルコを動かすため懐柔を開始すればロシアも同じようにトルコ懐柔を試みるのは明らかで、トルコもウクライナはNATO加盟国ではないため今回の件で欧米に同調する義務はないという立場を最大限活かすことが予想されるため、エルドアン大統領をウクライナ問題の当事者としてゲームに参加させるのは欧米にとって「諸刃の剣」といったとかもしれない。

関連記事:米メディア、無益なロシアとの戦争リスクを回避するためNATO拡大問題を解決すべき

 

※アイキャッチ画像の出典:public domain アーレイ・バーク級駆逐艦 バリー

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コメント

    • 匿名
    • 2021年 12月 13日

    不謹慎だけど、関係する国の外交関係者は仕事楽しいだろうなぁ

    2
      • 匿名
      • 2021年 12月 13日

      過労でしんどいのでは?

      38
        • 匿名
        • 2021年 12月 13日

        楽しんでいるときは、疲れを感じないものさ

        1
          • 匿名
          • 2021年 12月 13日

          楽しめてるかな?
          今の状況は単純化できないしごちゃごちゃしすぎてただしんどいだけでは…

          7
      • HY
      • 2021年 12月 14日

      その「楽しい」は安全圏から高みの見物を決め込んでいる人間の感情では?

      4
    • 匿名
    • 2021年 12月 13日

    シェールオイルをバンバン掘って、原油や天然ガスの価格を下げて干乾しにする手もあるが。
    サウジアラビアとかが、嫌がるなあ。

    18
      • 匿名
      • 2021年 12月 13日

      そこはカーボンフリーとか言って自分で自分の首を絞めた結果ですので、まず身内の説得から始めないとね。

      5
        • 匿名
        • 2021年 12月 13日

        西側の民主主義を自称するマフィア国家はいつも社会主義国家だけを差別しようとする。西側は散々に世界中を侵略して植民地を得ておきながら、社会主義国家が正当な領土拡大をしようとすると、やれ国際法を云々と主張する。このようなダブルスタンダードを押し付けられるのは我慢ならない、そう社会主義国家が感じるのは自然ではないのかね?

        5
    • 匿名
    • 2021年 12月 13日

    非対称の戦い方は、もともとは強大な米軍等に対する小国のゲリラ戦法が由来なのに
    とうとう米国本人が非対称という発想をもとめられるなんて情けない
    しかしトルコを巻き込むと、結果的に失うほうがずっと多いと予測されるから、これは安直すぎる提案だよ

    2
      • 匿名
      • 2021年 12月 13日

      記事に出てくる非対称の軍事オプションとは「非対称戦」という意味じゃないよ。

      27
        • 匿名
        • 2021年 12月 13日

        うん、でも発想が同じだから
        ロシアと正面からぶつかれないから搦め手を選ぶって話だろ
        強いアメリカの時代には考えられない方策だよ

        3
          • 匿名
          • 2021年 12月 13日

          冷戦中を含めて米国とソ連が直接、防衛義務のない国のため向き合ったことなんてあったけ?

          6
            • 匿名
            • 2021年 12月 13日

            少し話がずれてるよ

            2
              • 匿名
              • 2021年 12月 13日

              強いアメリカの時代にも正面から直接やり合ってないのに、考えられないっていう方がおかしくない?

              意見や感じ方の差なのかもしけないけど

              5
                • 匿名
                • 2021年 12月 13日

                だって冷戦下のソ連は、実のところアメリカとの対決を恐れて自分から引いてたもん
                その辺りはソ連の内情をアメリカも知ってたから強気だったんだよ
                今は逆転しつつあるだろ?

                1
                  • 匿名
                  • 2021年 12月 13日

                  ハンガリー動乱もプラハの春もソ連は引いていないよ。
                  ソ連が自制したのはキューバ危機位じゃないの?
                  プーチンの主張はウクライナは米国にとってのキューバと同じと言っているのに近いと思うよ。

                  10
    • 匿名
    • 2021年 12月 13日

    沿ドニエストルに攻撃を加えたらウクライナ打通の必要性が増すだけで予防にはならない。

    7
      • 匿名
      • 2021年 12月 13日

      ですよね、普通はそう考える。

      4
    • L
    • 2021年 12月 13日

    アメリカにとって都合が良い予想すぎるだろ…
    NATOじゃないトルコを巻き込んだらそれこそ戦争だよ

    1
      • 匿名
      • 2021年 12月 13日

      トルコはNATO加盟国で加盟国じゃないのはウクライナの方、、、

      43
    • 匿名
    • 2021年 12月 13日

    もしトルコがNATOやアメリカに協力する代わりにF35の導入を認めるよう要求してきたらアメリカは了承するのかな?

    11
      • 匿名
      • 2021年 12月 13日

      トルコって地政学的には良い位置占めてるよね、海峡を押さえているのも強いな
      あれやこれやの政治交渉の材料に使えるし、完全に敵に回す事も出来ないから
      あまり強くも出られない

      7
    • 匿名
    • 2021年 12月 13日

    本気でこの戦争を止めるにはトルコを呼ばなきゃいけないがここでやりたい放題のトルコを頼るとNATOが危うくなる
    民主主義が後退しつつあるトルコへの制裁解除は西側価値観の否定にも繋がるしエーゲ海やキプロスの問題で譲歩すれば構成国の結束が崩れる

    6
    • 匿名
    • 2021年 12月 13日

    経済や外交上のリスクを加味したうえで、本気で軍事侵攻を意図している相手の場合、それを阻止する方法は、侵攻を阻止しえるまたは許容し難い損害を与え得る戦力を展開すること。
    記事の非対称的手段も、結局は経済制裁と同レベルの長期戦略的な対応で、嫌がらせにはなっても即効性はなく、目前に迫った侵攻を阻止するには不十分。

    16
    • 匿名
    • 2021年 12月 13日

    トルコの件は言わずもがなとして、カリーニングラードに対する圧力や包囲形成についても厳しいのではと思う。同地に駐留するロシア軍は(ロシアの対NATO戦の要なので)膨大で、軍事的緊張に際して国境を接している国に何を仕掛けてくるか予想できない(グレーゾーンの事態の後に一気に軍事力を展開させて侵攻を既成事実化する手口はウクライナで実証済み)。ロシアは本土への軍事的侵攻と見なせる行為への対抗には先制核使用で応じることを示唆していて、これにはカリーニングラードも含むので、包囲形成のための政治的ハードルは低くはないんじゃないかな。

    ただ、ジョージアとモルドバ方面から圧力をかけるのは良いと思う。最悪の場合ウクライナが2つ増える訳だけど、本文中にあるようにNATOが本当に東方拡大に取り組んだらウクライナ問題の価値は相対的に漸減する。加えてロシアの国力の面から言っても黒海の東西で2つ戦線が増えるのは完全にキャパオーバーだ。にもかかわらず、プーチン氏は政権の伝統的支持層の手前ロシアの庭へのNATOの侵略(今度は言いがかりではなく本当の軍事介入)には正攻法で対処せねばならず、今まで状況をリードしてきた氏が一転して守勢に回ることになる。存在しない侵略の危機を煽って他国に侵攻しているのだから、実際に侵略されるくらいの天罰があってもいいのでは

    7
      • 匿名
      • 2021年 12月 13日

      アイデアそのものはアリだが実現にはジョージア他の国がよほど乗り気にならないと難しいかと
      ジョージアもウクライナ同様NATO加盟を希望してるわけでつまり現状はNATOの外
      南オセチア紛争でロシアにボロ負けしたわけで確かに軍備の増強は願うだろうけど
      ロシア刺激しすぎると第2のウクライナになりかねないわけで・・・
      NATO加盟とかエサにしない限りは原資NATO持ちでほどほどの軍備増強位しかつきあわないんじゃないかな
      トルコにしてもNATO側にたって海峡のコントロールを行使とか対ロ的に極めて重大な立ち位置の変化になるのでどんだけの取引材料を求められるかわかったものじゃないぞ
      S-400維持したままでF-35の供給とサプライチェーンへの復帰とかですめばいいね!

      9
    • 匿名
    • 2021年 12月 14日

    鬼の居ぬ間にアゼルバイジャンがアルメニアに侵攻する可能性

    • 匿名
    • 2021年 12月 16日

    今回のウクライナ問題は、アメリカやNATOに軍隊動かす可能性がない以上、どうやっても主導権はロシアにある。

    タイミングも、オーストラリアの原潜問題やメルケル退任で、NATOがまとまらない隙を付いてる。

    米メディアも空想してないで、さっさと負けを認めればいいのに。

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