米国関連

米国、ロシア製防空システムを放棄しないトルコに制裁発動

米国のトランプ政権は14日、これまで発動を控えてきた「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」に基づく対トルコ制裁を発動した。

参考:U.S. sanctions Turkey over purchase of Russian S-400 missile system

今回発表された対トルコ制裁は非常に内容が乏しく実際にトルコへ与える効果は限定的

米国の忠告を無視してロシア製防空システム「S-400」を導入したトルコはF-35プログラムから追放されF-35A導入をブロックされ、国産攻撃ヘリや国産多用途ヘリに採用していたターボシャフトエンジン「CTS800」を輸入するために必要な議会承認を得ることができない(禁止ではなく承認プロセスを保留=手続きを意図的に進めないという措置)という痛手を被ったが、完全にF-35プログラムからトルコを追放することには失敗している。

出典:Public Domain 製造途中のF-35の胴体部分

トルコの防衛産業企業8社はF-35の部品製造のためロッキード・マーティンと約120億ドル(約1兆3300億円)に達する契約を結んでおり、特にコックピットに搭載されるパノラマ・コックピットディスプレイとミサイル・リモートインタフェースユニットはトルコ企業が独占的に製造しており、他の部品製造も全体の供給量から見ると比較的高い割合を占めているためトルコを排除して部品供給体制を再構築するのは口で言うほど簡単ではなく完全にトルコをF-35サプライチェーンから追い出すためには6億ドル以上の費用が必要らしい。

トルコ国防省調達部門のイスマイル・デミール氏は今年5月「新型コロナウイルスによる混乱が2020年3月以降トルコから何も購入しないと言っていた米国のアプローチを過去のもにした」と主張しているが、2020年1月の段階でF-35を製造するロッキード・マーティンや搭載エンジンを製造しているプラット・アンド・ホイットニーは国防総省に対して「トルコ企業との契約が切れるまで取引を継続させて欲しい」と要請して認められていたのでデミール氏の主張は的外れだ。

結局、今年9月までにトルコから最も防衛装備品を輸入したのは米国で5億3,110万ドル(約550億円)の売上を記録しており、最もトルコ防衛産業の売上に貢献しているという皮肉な結果となっている。

補足:同期間中にトルコから防衛装備品を輸入した上位5ヶ国は、米国5億3,110万ドル(約550億円)、アラブ首長国連邦1億2,790万ドル(約133億円)、ドイツ1億2,370万ドル(約128億円)、アゼルバイジャン1億2,320万ドル(約128億円)、インド1億1,490万ドル(約119億円)で上位5ヶ国への輸出総額は計10億2,080万ドル(約1,062億円)だ。

要するにトルコがS-400を放棄するように仕向けるにはトルコ防衛産業に決定的なダメージを与える必要があり、ロシアから武器購入を検討している国を思いとどまらせるためにも強力な制裁=見せしめをトランプ政権は議会から求められていたのが、遂にトランプ大統領は発動を控えてきた「敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」に基づく対トルコ制裁を発表した。

出典:ru:Участник:Goodvint / CC BY-SA 3.0 防空システムS-400「トリウームフ」

しかし発表された内容は「対トルコ制裁」という勇ましい名称とは裏腹に内容が乏しくトルコに与える効果は非常に限定的なものになるだろう。

米国が制裁対象に指定したのはトルコ国防省調達部門とイスマイル・デミール氏を含む4人で米国議会の輸出許可申請、米国金融機関からの借入、国際機関による融資、 合衆国輸出入銀行による融資を制限したため対外有償軍事援助(FMS)を利用した米国製の防衛装備品調達等に支障を来すことになるのだが、トルコはFMSを利用して新規に米国から防衛装備品を調達する計画がなく、過去FMSを通じて締結した契約(輸出やライセンス生産の許可を得ているもの)は今回発表された制裁を影響を受けないため当面導入済みの米国製兵器(F-16、S-70、AH-1W、CH-47F、ATACMS、M113、G級フリゲートなど)の維持には問題がないと見られている。

出典:Jerry Gunner / CC BY 2.0 トルコ空軍F-16C

さらにトルコはAIM-120やAIM-9Xなどの空対空ミサイルや対艦ミサイル、対地攻撃用の巡航ミサイルや各種精密誘導兵器については国産の代替品を開発済みなのでFMSを通じて新たに調達する必要性がない。

最終手段として取引額が2,500万ドル(約26億円)以下の場合、政府が窓口となる対外有償軍事援助(FMS)や政府を経由しない直接商業売却(DCS)は議会の輸出承認が必要ないため米国からスペアパーツや消耗品を入手しようと思えば出来てしまう上、米企業がトルコ防衛産業から防衛装備品を購入することを禁止していないなど本気でトルコにダメージを与えるつもりがあるのか怪しさ満載だ。

以上の理由から今回発表された対トルコ制裁は非常に内容が乏しく実際にトルコへ与える効果は限定的との見方が強い。

ただターボシャフトエンジン「CTS800」のトルコ輸出を遮断するため承認プロセスを保留(手続きを意図的に進めない)したように、発表された以上の何かを米国側が考えている可能性もあるので暫く様子を見てみないと正確な効果についてはハッキリしないが、どうも今回の対トルコ制裁発表は米国とトルコの関係を悪化させて次期大統領に就任する予定のバイデン氏に政治的なダメージを負わせることを狙っただけではないかと管理人は思っている。

 

※アイキャッチ画像の出典:Минобороны МО / CC BY 4.0

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コメント

    • 匿名
    • 2020年 12月 15日

    で、アメリカはトルコをどっちにやりたいの、
    レッドチームに送りたいのか現状維持のどっちなん?
    態度がはっきりしてない

    1
      • 匿名
      • 2020年 12月 15日

      後者だろうなぁ、バイデン政権に移行したら尚更。

      7
        • 匿名
        • 2020年 12月 15日

        米国の利益としてもそっちが本音だろうね、ならばトルコにS400を放棄させて代わりにパトリオットを供与するんかと、あと不満たらたらのギリシャをどう扱うのかと
        このやり取りはトルコ優位に展開しそう

        7
    • 匿名
    • 2020年 12月 15日

    何かしないと示しがつかないからってやった妥協の産物じゃないかなー。トルコは何処に行くんだろ。そりゃまぁ、自国の権益大事だけどキリスト教国とうまくやれるわけないんだし、あれでもイスラム同士のなかが悪かったりもするしなぁ。孤立するしかないのか……。

    6
    • 匿名
    • 2020年 12月 15日

    何かと思ったら内輪揉めかいwww

    • 匿名
    • 2020年 12月 15日

    トルコってうまく立ち回っているんだなぁ。意外だった。

    国際関係においていくつかの立ち位置があるけど、日本みたいに○○チームに入る、スイスみたいに対立も辞さないし基本的にすべて是々非々で対応するやり方、緩やかにはじき出されている国をまとめるやり方(一時期のインドネシアなんか)なんかが代表例で、トルコは全部に入ってどこも弾けないようにするやり方と。

    これ相当の外交センスと国内産業の実力が必要だと思うんだけど、さすがに長年大国として過ごしてきた実力と言うかなんというか。
    どこまでやっていけるか興味深いけど、米中、米ロの衝突が実際に発生したときに仲介できるのはこういう国しかないので頑張ってほしいところ。スイスがやるとは思えないからなぁ。

    2
      • 匿名
      • 2020年 12月 15日

      今のところは成功してるけど、どこか一カ所失敗すると一気に逆回転しかねないリスクもあると思う。

      11
        • 匿名
        • 2020年 12月 15日

        上手く行くとしても、せいぜいエルドアンの間だけだろうって感じ
        後継者がバランスを維持するとか、再構築するのはメチャ難しそう

        4
          • 匿名
          • 2020年 12月 15日

          エルドアン自身も結構方針変更が多くて現実主義だけれど、過去の政治家もイスラム主義と現実主義の間でバランスを取って来てる。
          国内政治がバランス感覚を必要とする国なので結構やれるのでは?

          「一本芯が通った」とか「信念の人」とかでは話にならない政治風土からすると国際政治に向いた人物が選ばれる傾向になると思うんだよね。

          3
    • 匿名
    • 2020年 12月 15日

    兵器自国生産の大切さよ

    10
    • 匿名
    • 2020年 12月 15日

    いざとなれば、しがらみの少ない中国からでも高性能ミサイルを買えるトルコ相手では、強気にでるほど裏目にでかねないアメリカの弱さよ
    アゼルに対するロシアの弱腰に、アメリカのこの体たらく
    冷戦構造は本当に過去に消えてしまったね

    3
      • 匿名
      • 2020年 12月 15日

      アメリカは石油を自国でまかなえるようになった結果、世界の警察とかする気がなくなったし、
      ロシアは経済維持するので精一杯なうえ、隣に中国という実は最大の脅威がいるもんだから、
      利益のない上に手間ばかりかかる民族問題とか宗教問題に介入したくなくなったんだよね。
       ※ロシアの安全保障に関わるウクライナとシリアは例外だけど
      EUは平和ボケなうえ、トルコに金玉握られてるから強気に出れないし。

      日本はそれに比べればまだまともな方なのかも。10年前に悪夢を見たが。

      1
        • 匿名
        • 2020年 12月 16日

        バイデンさんに代わるとシェールガス採掘やめるみたいよ、
        それで福祉、皆保険に予算を割くわけで軍事の方はさらに割を食ってしまう。
        トルコの未来は明るいね。

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