米国関連

米海軍は戦う前に破産する? 米国、バージニア級原潜「ブロックV」は高すぎると批判

米海軍が調達予定のバージニア級原子力潜水艦「ブロックV」は、これまでのブロックⅣに比べ大きな改良が加えられており、完全に新しい潜水艦として生まれ変わった。

バージニア級原子力潜水艦の大きな特徴は「任務の多様性(多任務作戦能力とも呼ばれている)」で、敵の水上艦や潜水艦との戦闘や情報収集だけでなく、巡航ミサイルによる地上目標への攻撃任務、特殊部隊「SEALs」の隠密輸送や回収任務などを行える設備や装備を備えている。

このような潜水艦による「任務の多様性」は、世界各国の海軍で採用されつつあり、日本の「そうりゅう型潜水艦」のように対潜水艦・対水上艦戦に特化した潜水艦は、もはや時代遅れかと言えばそうでもない。

参考:Here’s what you need to know about the US Navy’s new deadly (and expensive) attack subs

米国メディアは、ブロックVについて「高すぎる」と批判している。

バージニア・ペイロード・モジュールの採用は潜水艦の多様性を拡張する

まずは任務の多様性を強化するため、新たにブロックVが採用した「バージニア・ペイロード・モジュール(VPM)」についてだ。

ブロックⅠからⅡまでは船首に巡航ミサイル「トマホーク」を搭載・発射するための垂直発射管(VLS)を12基、船体後部に特殊部隊「SEALs」を海中から出撃・回収するためのエアロック・チャンバーを備えていたが、ブロックⅢから垂直発射管(VLS)を廃止し「バージニア・ペイロード・チューブ(VPT)」を採用した。

出典:public domain バージニア・ペイロード・チューブのハッチが開いた状態

VLSとVPTの違いは、前者は船体に直で小口径のチューブを搭載し1発づつトマホークが装填されているが、後者は大口径のチューブにトマホークを6発まとめて装填しているため、もしトマホーク以外のサイズの異なる兵器を搭載する場合でも、VPTを入れ替えることで対応できる。

要するにバージニア・ペイロード・チューブは垂直発射管に比べ、搭載兵器の変更に柔軟性が高いという意味で、ブロックⅢはこのチューブを船首に2基(トマホークを計12発)搭載している。

そしてブロックVは船体後部を約30m延長し、バージニア・ペイロード・チューブよりも大口径のチューブを採用した「バージニア・ペイロード・モジュール(VPM)」を4基搭載するよう設計が変更、このモジュールは1基あたりトマホークを7発装填できるため、ブロックVは最大でトマホークを40発(VPT2基+VPM4基)搭載することが可能になる。

より大きくなったVPMのチューブは、将来開発されるミサイルの設計に大きな自由を与え、サイズさえ許せば無人水中挺や無人偵察機、SEALsが使用する機材等、何でも収納可能で「任務の多様性」をさらに強化する装置だと言えるだろう。

バージニア級のステルス性は余り当てにならない

次はバージニア級原子力潜水艦のステルス性能(静粛性)強化についてだ。

バージニア級は、世界で最も静かだと言われる「シーウルフ級」と同等のステルス性能(静粛性)を実現しているが、これをさらに強化するため「音響優位プログラム」と呼ばれるパッケージをブロックVに適用している。

出典:public domain シーウルフ級原子力潜水艦

技術的な詳細は一切明らかにされておらず、使い古された言葉で言えば「先に敵を見つける」ため新型の大型垂直アレイを採用し聴音性能を高め、船内のノイズ発生源や機関室の静粛化を進め、新しく開発された無反響タイルや塗料を採用することで「敵に見つかりにくくする」という基本に忠実な対策がより厳重に施されていると言う。

ただバージニア級のステルス性については重大な告発があったので、本当にシーウルフ級並の性能を実現しているのか疑わしい。

ハンティントン・インガルス・インダストリーズ社のニューポート・ニューズ造船所で働く、シニアエンジニアのアリ・ローレンス氏は、同社が建造したバージニア級原子力潜水艦に施すステルスコーティング(無反響タイルの接着や防音処理のこと)は、特殊な接着コーティングを扱うため資格を持った技術者が処理する必要があるにも関わらず、無資格の技術者が不適切な方法で処理していると告発した。

実際、ロサンゼルス級原子力潜水艦でも、航行中にステルスコーティングが剥がれ落ちる事はあったが、その規模は数枚が剥がれ落ちる程度だったが、バージニア級は大きな塊でステルスコーティングが剥がれ落ち、酷い場合には船体の複数箇所でステルスコーティングが大規模に剥がれ落ち、海軍を悩ませてきた。

潜水艦の船体は水圧の変化によって膨張と縮小を繰り返すため、ステルスコーティングが剥がれ落ちるのは仕方の無い事かもしれないが、バージニア級のステルスコーティングは、ロサンゼルス級と比較しても「あまりにも脆すぎる」ため、潜水艦のステルス性能に大きな影響を及ぼすという意味で、ステルスコーティングが剥がれ落ちた船体は、不規則な段差を生み、不要なノイズを発生させる原因となり、潜水艦の存在を逆に目立たせてしまう。

もし告発内容が事実で、この問題がブロックVでも再現されるならステルス性能(静粛性)の強化については、あまり当てにならないと思ったほうがいい。

なぜ米海軍は、空母や水上艦ではなく潜水艦に頼るのか?

最後の問題は、素晴らしい性能を実現するかもしれないブロックVの調達コストだ。

多くの要求に応えるため追加された機能や技術は、当然コストを上昇させる原因になり、ブロックVを1隻調達するのに掛かる費用は約35億ドル(約3,800億円)も必要で、米国メディアに「高すぎる」と批判している。

米海軍はなぜそこまでして、陸上目標に対する攻撃任務を空母や水上艦ではなく「潜水艦」に頼ろうとしているのか?

その答えは非常に簡単だ。

出典:pixabay

中国やロシアがミサイルの長射程化+極超音速化や高度な防空システムの整備を進めているため、高価な空母(艦載機を含む)やイージス艦を安易に敵勢力地域に接近させることができず、敵からの攻撃を受けにくい潜水艦に頼るしか無いのだ。

米空軍が開発中のステルス爆撃機「B-21」のような航空機に、長射程の巡航ミサイルや極超音速ミサイルを搭載して運用すれば、潜水艦でやろうとしている大部分を代行できるだろうが、海軍としては、どうしても海からのアプローチで問題解決を行わなければ存在意義を失ってしまう。

米国メディアは、米海軍が中国やロシアと戦うのに必要なバージニア級を揃える前に「破産」するだろうと指摘している。

核兵器の運搬手段として原子力潜水艦は非常に有用だったが、通常兵器の運搬手段としては恐ろしくコストが高すぎ、このまま投資を続ければ本当に「破産」してしまうかもしれない。

 

※アイキャッチ画像の出典:public domain バージニア級原子力潜水艦

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コメント

    • 匿名
    • 2019年 12月 08日

    アメリカ軍の兵器の多機能・多用途化を見てると日本の家電の進化の過程を彷彿とさせる気がする
    その行き着く先は「機能の割には安いけど大半使わない(から結果的に高い)」なんだけども、アメリカ軍は大丈夫なんかね

    2
    • 匿名
    • 2019年 12月 08日

    VPTって大きく左右非対称に開くのか…

    • 匿名
    • 2019年 12月 08日

    大艦巨砲主義だなこれは
    やっぱ時代は小型かつ安価な無人機かなぁ

    • 匿名
    • 2019年 12月 08日

    そりゃ至れり尽せりの装備積んだら高額になるのも当然。潜水艦の役割は万能である必要はないでしょう。
    空母じゃないんだから重装備にしたら機動性が無くなる。海の忍者が基本ですよ。
    米軍潜水艦なら空母護衛と核攻撃への反撃が出来れば充分だと思う。
    その他の用途にはドローンみたいな無人潜水艦にすれば空気の取込みや生活空間も要らない。
    どんな兵器も時代に応じて変わるべきじゃないのかな。

    • 匿名
    • 2019年 12月 08日

    ヴァージニア級ブロック5は、オハイオ級SSGN(巡航ミサイル原子力潜水艦)の能力を代替すべく大型化した以上、高価になるのは当然ではと
    同様に大型化したシーウルフ級3番艦は大幅に速力低下したようですが、ブロック5はどうなるのか?(出力増大してるなら、更にお高く・・・・・・)
    比較的小さめでお安い英仏の攻撃型原潜(アスチュート級はヴァージニア級ブロック5以前とほぼ同等ですが)より大型で、VLSもたっぷりですからね

    • 匿名
    • 2019年 12月 08日

    SSの任務は多様化しているかもしれませんが、まず潜水艦部隊を効果的に運用できている国がどれだけあるのかと
    どこでも最先端に飛びついてみせるし、それをして出羽守が日本を守旧的と腐したりするのですが
    海軍戦力そのものを効果的に運用できていないところが多用途潜水艦を持つなど笑止な話で
    どう好意的に見ても近隣対抗勢力への威嚇、いや見栄でしかないでしょうよ

    (先進国レベルを含む)金欠海軍がマルチパーパス物件を手にして万能化を図る、その意図はわかりますが
    結局は虻蜂取らずでドックの肥しになるだけです

    • 深山憂国の士
    • 2019年 12月 09日

    なんだ、たった3800億円か、オーストラリアのディーゼル潜水艦は1隻1兆3千億円だぞ。
    アメリカも貧乏になった?
    日本の川重や三菱重工は本当に立派。人材さえ居れば、新型3000トン級をプラス60隻位持てば、誰も日本のEEZに
    入れなくなる。

    • MMTを勉強して
    • 2020年 8月 10日

    貨幣の定義を理解していればアメリカが財政赤字で破綻するなどあり得ないことは自明である。
    日本も同様。
    財政を言い訳にして軍拡できないなどという嘘を並べ立てるエセ軍オタ、軍事評論家は万死に値する。
    軍オタは経済を学べ。

    1
      • 勉強したところによると
      • 2022年 3月 23日

      MMTによればデフレ期にはゆるやかなインフレ率に達するまで財政支出増大、減税せよ
      インフレ率が高い時には財政削減と増税をせよと説いてるので
      インフレが過熱気味の米国は、理論道理なら今まで以上に軍事予算を削減しないといけないわけだが

      3
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