米国関連

バイデン政権がレンドリース法でウクライナ支援を行わない理由

バイデン大統領は今年5月、第二次大戦時のレンドリース法を彷彿とさせる「ウクライナ・レンドリース法案」に署名したが、現在までレンドリース法を使用したウクライナ支援は1度も行われていない。

参考:США “очень скоро” объявят о новом пакете военной помощи Украине
参考:At first, free help. The White House commented on the status of Lend-Lease

本音で言えばウクライナもレンドリース法よりPDAやUSAI経由で行われる無償支援の方が有り難い

バイデン政権は2021年8月~2022年7月までに16回のウクライナへの武器支援パッケージを発表、大統領権限(PDA)とウクライナ安全保障支援イニシアチブ(USAI)による武器支援は累計82億ドルに達したが、16番目の支援パッケージ発表から1週間後の29日に国防総省は「まもなく17番目の支援パッケージが発表される」と明かして注目を集めている。

出典:U.S. Marine Corps photo by Lance Cpl. William Chockey

まだ支援パッケージの規模や内容は明かされていないが追加支援の間隔は早まっており、ウクライナ軍のNATO規格への移行=西側製装備や弾薬を受け入れる体制が順調に整いつつあることを示しているのだろう。

因みに今年5月に成立したウクライナ・レンドリース法案(正式名称はウクライナ民主主義防衛レンドリース法案/S.3522)を使用したウクライナ支援は一度も実行されておらず、米ディフェンスメディアが指摘していた通り「第二次大戦で連合軍の勝利に貢献したレンドリース法を多くの人々に思い出させる効果=歴史的なLend-Leaseの名前に刻まれた法の精神による西側諸国の士気向上」が目的だった可能性が高い。

出典:Public Domain レンドリース法に署名するルーズベルト大統領

第二次大戦当時の米国は中立法の影響で交戦国に資金を貸し付けることも、現金決済以外の方法で交戦国に武器や物資を提供することも禁じられており、この状況を打開するためルーズベルト大統領が成立させたのが旧レンドリース法だが、現在の米国は中立法のような制限を受けておらずバイデン大統領は「国の安全保障にとって緊急事態が存在すると大統領が判断すれば議会の承認手続きなしに国防総省が手に入れられるものは何でも自由に当該国に送ることが出来る大統領権限(PDA)」を有している。

PDAの欠点は1年間に行使できる支援の量を1億ドルに限定している点だが、これについては議会がウクライナ危機やロシア軍による侵攻を受けてPDAの上限引き上げ(1億ドル→30億ドル→50億ドル→400億ドル)を承認しているためバイデン政権は米軍備蓄からの支援をPDAで、米軍備蓄以外からの支援を国防総省が管轄するUSAIで実行しており、今のところウクライナ・レンドリース法を使用する必要が全くない。

出典:Angela Perez ウクライナ・レンドリース法案に署名するバイデン大統領

PDAやUSAI経由で行われる支援は無償=受け取った装備や武器の代金をウクライナが負担する必要がないが、ウクライナ・レンドリース法経由で行われる支援は最終的にウクライナの債務となるため、本音で言えばウクライナもPDAやUSAI経由で行われる支援継続を希望しているはずだ。

さらに付け加えれば議会が承認したPDAの上限引き上げ=残り318億ドルの枠は2022会計年度が終了(9月30日)すれば本来の1億ドルに戻るので、再び議会がPDAの上限引き上げを認めるのか、2023会計年度からウクライナ・レンドリース法経由で支援を行うのかは今のところ分かっておらず、仮にレンドリース法経由で支援を行っても米防衛産業の製造能力や政治的な問題から「第二次大戦のような無制限の支援」がウクライナに届くわけではない。

出典:U.S. Air Force photo by Mauricio Campino

それでも82億ドル(約1.1兆円)分の装備や物資を「無償」でウクライナに支援できる米国の国力は群を抜いており、9月以降の支援がどの様な形で行われるのか注目される。

関連記事:ウクライナ・レンドリース法案は旧レンドリース法案ほど劇的ではない
関連記事:バイデン大統領、ウクライナを支援するためレンドリース法案に署名

 

アイキャッチ画像の出典:Photo by Staff Sgt. Helen Miller

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コメント

    • ウツボ
    • 2022年 7月 30日

    たしかイギリスって、2000年代に入ってもレンドリースの返済を続けていたんだよね。

    3
      • 戦略眼
      • 2022年 7月 30日

      ソ連も冷戦真最中でも、返済してたよな。
      中国の債務の罠程酷くはないが、借金なんだよな。

      15
      • ミリオタの猫(やっぱり、アンツィオ…いや、ロシア軍は強い!)
      • 2022年 7月 30日

      Wikiで調べた結果ですが、英国は2006年12月29日(この年最後の銀行の営業日)に完済したそうです。
      因みに、ソ連は値切り交渉を続けた結果ですが、最終的に半額近い金額(6億ドル余り)を踏み倒しています。
      ソ連時代に7億ドル余りの金額は穀物支援の代金と言う形で返していますが、残りは最終的にプーチンが踏み倒したと言われているので、彼はその報いを今受けていると言う形になっていますね。

      33
      • ほい
      • 2022年 7月 31日

      調べてみるとイギリスへの武器貸与援助は基本的に無償だよ。
      終戦とともにレンドリースが終わっても援助物資が運ばれて格安で買った分はある。
      だけどイギリスの主な借金はアメリカが復興支援のために用意した信用枠のドルだよ。

        • ほい
        • 2022年 7月 31日

        返済に2000年までかかったというより最初から50年ローンで借りた。

        1
    • 無無
    • 2022年 7月 30日

    どちらにせよ、国土再建のためにウクライナは債務大国を選ばざるを得ないし、その融資は西側からなされるわけで
    この世に無料の物はない

    8
      • ミリオタの猫(やっぱり、アンツィオ…いや、ロシア軍は強い!)
      • 2022年 7月 30日

      それでも、国土再建の為の借り入れが見込めるだけウクライナはマシな訳でして…ロシアの場合、戦後はどうやって経済を回して行くんですかね?
      下手に中国を頼れば、ケツの穴の毛までむしり取られるかも知れない訳で。

      23
        • ボーン
        • 2022年 7月 30日

        でも・・・中国を頼る、というより中国に依存しないとやっていけなくなるんじゃない・・・?勝つにしても負けるにしても。

        ・・・これ、割とマジで中国独り勝ちなのでは・・・?(今更か?)

        8
          • 無無
          • 2022年 7月 30日

          中国がひそかにロシアを支えてるのはウクライナも知ってるし、さんざん武器支援してる西側が中国の横入りを許すはずない
          金融ビジネスについては西側のほうが上手だよ

          8
          • paxai
          • 2022年 7月 30日

          欧米が正義を語りながら身を削ってる一方で中国は利益と勢力の拡大に全力を注いでますから。
          努力する国が勝つのは当然の事だと思いますよ。

          5
    • 匿名
    • 2022年 7月 30日

    ウクライナが国民にモロトフカクテルを作ろうって呼び掛けたのと同じだな
    歴史に準えた象徴的な意味のほうが大きい
    人は未来を予測するとき必ず歴史を見るって言うからね

    • ぱんぱーす
    • 2022年 7月 31日

    確か世界各国からウクライナへの総支援額の半分以上が米国だったと思いますが、それが全て無償だったのは驚きです
    大統領令での武器支援が可能なのは知っていましたが、議会が予算枠を全額ぶん承認してたんですね
    中間選挙は共和党有利だそうなのでウクライナ支援がどうなるのか気になっていましたが、議会にやる気があるなら民主党が負けても支援の姿勢は変わらなさそうです

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