軍事的雑学

極超音速兵器に既存の迎撃システムが役に立たない理由

ロシアや中国が開発に成功した極超音速兵器は既存の防空システムで対応不可能と言われているが、なぜ迎撃することが難しいのだろうか?

極超音速兵器は本当に探知することも迎撃することも出来ないのか?

既存の弾道ミサイルは落下速度が極超音速域(マッハ5.0以上)に達するが発射から着弾までのコースが単純という欠点があり、巡航ミサイルは航空機のような機動性を備えているが速度が遅いという欠点のため両方とも撃ち落とすことが可能なのだが、弾道ミサイルの極超音と巡航ミサイルの機動性を兼ね揃えたのが極超音速兵器だ。

では、なぜこの極超音速兵器を迎撃するのは難しいのだろうか?

出典:ロッキード・マーティン 極超音速兵器開発プログラム AGM-183A Air Launched Rapid Response Weapon(空中発射高速応答兵器:ARRW)

これには2つ理由があって1つ目は極超音速兵器をどのように探知するかだ。

極超音速兵器には大きく分けて「HGV」と呼ばれる極超音速滑空体と「HCM」と呼ばれる極超音速巡航ミサイルの2種類があるのだが、どちらも高度100km以上に到達する弾道ミサイルよりも低高度を飛行するため弾道ミサイルよりも察知しにくく、弾道ミサイルの探知を地上ベースのセンサーに頼っている国では宇宙ベースのセンサーを持つ国よりも圧倒的に対応時間が短くなると言われている。

では、宇宙ベースのセンサーをもっている米国やロシアは極超音速兵器を探知できるのか?

現時点では限りなくNOに近い。

そもそも宇宙ベースのセンサーは弾道ミサイルに対応したシステムなので弾道ミサイルとは異なる動きをする極超音速兵器を検出できるように出来ていない。

ただ地上ベースよりも宇宙ベースのセンサーのほうが目標に近く障害物がないため対応したセンサーさえ開発できれば地上ベースのセンサーよりも早く極超音速兵器を察知することが出来るようになると言われているのだが、このセンサーの実用化にどれだけ時間と資金が必要になるのか謎だ。

そのため宇宙ベースのセンサーを開発したり保有できない国にとっては極超音速兵器を探知することさえ難しいという意味だ。

出典:Darkone / CC BY-SA 2.5 防空システム「パトリオット」

2つ目は理由は30km~100kmという高高度を飛んでくるHGVやHCMを撃ち落とす地対空ミサイルが無い点だ。

仮に上記の問題が解決しても西側標準の防空システム「パトリオット」で使用される迎撃弾の最高作動高度は24km程度なので高高度を飛行中の極超音速兵器を迎撃することは不可能だ。恐らく目標に着弾する際の落下タイミングでのみ交戦するチャンスがあるかもしれないが、恐らく一瞬のことなので対応できなだろう。

米軍が弾道ミサイル迎撃のために開発したサードやSM-3ならHGVやHCMが飛んでくる高度でも使用可能だが、極超音速で自由に機動する目標を迎撃するように作られていないため役に立たない可能性が高い。それを裏付けるように米軍のミサイル迎撃用システムは0ベースで開発し直すことになっている。

世界で唯一、極超音速兵器を撃ち落とせると言っているのはロシアの防空システム「S-500プロメテウス」だけで、S-500のレーダーやシステムは極超音速兵器を最大10発まで同時に捕捉追跡可能で破壊するための迎撃弾を備えているとロシアは言っているのだが本当に可能なのかは分からない。

やはり現状の装備で極超音速兵器を撃ち落とすのは困難だ

このように極超音速兵器を迎撃するためには遠方で捕捉できるセンサー(理想は宇宙配備)を開発して対応時間を稼ぎ、高度30km~100kmで作動する地対空ミサイルを開発しなければならないと言う意味で、これが完成するまでは極超音速兵器には極超音速兵器で対応(やったらやり返す)するしかない。

出典:防衛省 島嶼防衛用高速滑空弾の研究

さらに付け加えるなら、極超音速兵器は探知から着弾までプロセスが非常に短い(一瞬)ため従来の指揮管制システムで処理することは不可能と言われており、そのためセンサーの情報処理や情報共有などのスピードアップは勿論、もしかしたら迎撃シークエンスに人間が関与することを省く(最終判断をコンピューターやAIに任せて自動化)ことも要求されるかもしれない。

しかし1980年代に計画倒れに終わったスター・ウォーズ計画は形を変え現在「弾道ミサイル防衛(MD)」として実用化されつつあるため、いずれ技術が発展すれば極超音速兵器を撃ち落とすのも難しくない時代が来るだろうだろうが、現時点での技術で極超音速兵器を迎撃するのは中々厳しそうだ。

因みに、プラズマステルスなどの他の要素は説明が長くなるので今回省いている。

 

※アイキャッチ画像の出典:public domain B-52の翼下に懸架されたX-51

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コメント

    • 匿名
    • 2020年 5月 15日

    と言う事は、将来的に極超音速兵器を迎撃するには光の速さで発射出来るレーザーやビーム兵器が必須と言う事になると思うが、もしもこれらの迎撃兵器が出現する前に極超音速兵器が使われそうだと言う軍事的緊張状態になった場合、使われそうになった国が「殺られる前に殺る!」と決断して、例えばいきなり核戦争へ踏み出したとしたらどうなるか?
    更に、日本の場合は先制攻撃を禁じている憲法上の解釈が国民の安全保障を直接損ねる事態になりかねない状況が到来しつつある事も含めて、これらの問題を深刻に考えるべきだと思う。

      • 匿名
      • 2020年 5月 16日

      なんでミリタリーブログへ来てるような人間がそこまでバカなのよ?
      どんだけ速くても通常弾頭ミサイルで核戦争への仮定とかアホかと
      既にICBM突きつけ合ってるのが現状だろうに核戦争起こってるか?

      4
        • 匿名
        • 2020年 5月 16日

        極超音速兵器だろうとなんだろうと、通常弾頭ごときの損害で戦略核で反撃とか、北朝鮮ですらやらないことを思いついちゃうってね。
        冷戦期みたいに核弾頭ロケットで戦略爆撃機の編隊を撃滅するような戦術が復活して、極超音速ミサイルごと戦術核で叩き落とす・・・なら理解できる。
        でもそれでも戦略核で反撃して全面戦争なんてないからね。
        ちょっとズレた人なんだと思う。

        3
    • 匿名
    • 2020年 5月 15日

    ミサイルの性質からシースキミングではなく急降下タイプだろう、目標を移動する艦船とすれば終末誘導には可視光や赤外線はセンサー(窓)が高熱になり使えないからレーダーに使うことになる、艦に超高出力のAESAを装備してセンサーの妨害を行い直撃させないという手もあるのでは。
    自艦を目標に突っ込んでくるのだから、相手がマッハ10でもマッハ3の迎撃ミサイルを直撃コースを逆方向に精密に誘導すれば迎撃は可能な気がずる。

      • 匿名
      • 2020年 5月 15日

      減速してから突っ込んで来るとの話しも。
      誘導の都合で。

      • 匿名
      • 2020年 5月 15日

      現状この高度を主に迎撃するミサイルがないのが問題。
      ついでに弾道ミサイルより回避機動にたけているようでより困難な条件になる。
      レーダー画像誘導ならジャミングにも強いだろうから厄介極まりない。

    • 匿名
    • 2020年 5月 15日

    いつも疑問なんだがシーカーや誘導はどうなってるの?

      • 匿名
      • 2020年 5月 15日

      それらの問題が解消出来ない場合は、終末誘導時は減速。

        • 匿名
        • 2020年 5月 15日

        センサー機は別にあるんじゃない
        ミサイルは盲目で通信だけ行い突入する。
        それかアクティブレーダー画像で突入

          • oominoomi
          • 2020年 5月 16日

          そうすると、プラズマステルス状態でどうやってセンサー機と通信するか、という疑問がまた出てくる訳です。

            • 匿名
            • 2020年 5月 16日

            X51は通信可能だったしまして新型なら出来るだろう

            • 匿名
            • 2020年 5月 16日

            衛星からのレーザー通信では無理ですか?

      • 匿名
      • 2020年 5月 16日

      センサやレーダーは必ずしも先端についていなくてもいいんだよね。
      多分探知距離は落ちるんだとは思うけど、頑丈で分厚い耐熱ノーズのはるか後方にセンサがついていても問題ないように思う。

    • 匿名
    • 2020年 5月 15日

    プラズマが電波を吸収するのは、プラズマ振動周波数と電波の周波数が等しい時のピンポイントの様です。
    それ以外は、﹙電波の周波数が低い場合﹚金属の様に単純に反射するか、﹙電波の周波数が高い場合﹚透過するかの何れかとか。
    広帯域のレーダー相手だと、金属的な振舞いをしてRCSを増やすか、電波を透過して無いのと大差無い状態になるか、
    大半の帯域はそのどちらかになるだろうから、ステルス用途では実質使えないと思います。

    プラズマをステルス関連で使用するなら、﹙日本も研究中の﹚プラズマ・アンテナかな。
    アンテナも結構な電波反射源になるので、スイッチを切ると消えてしまうプラズマ・アンテナは、RCSを減らす用途ではある意味理想的かと。

    • 匿名
    • 2020年 5月 15日

    ある意味相互確証破壊の時代に回帰しつつあるんかな
    アメリカが極超音速兵器に核のせて実戦配備始めたらだけど

    1
    • 匿名
    • 2020年 5月 15日

    こんなの持ってても使えば報復されないはずがない
    先制攻撃で相手を打倒しない限り防衛技術で劣るロシアに勝ち目はない
    作れることと、作ったからどうだという事の間には深い溝がある

    • 航空マンガ好き
    • 2020年 5月 15日

    「夜光雲のサリッサ」の世界ですね。というか、かのコミックの作者はこの空域と速度を意識しているのかも。

      • 匿名
      • 2020年 5月 24日

      異能力少女が改造戦闘機に乗って怪獣と闘う航空漫画

    • 匿名
    • 2020年 5月 15日

    別に極超音速兵器は迎撃不可能という訳では無い。
    確かにグランド(滑空)フェイズは迎撃困難であろうが、現在の所ダイブ・フェイズでは多くの物理的条件の厳しさのために、極超音速で着弾させる訳ではなく既存の弾道ミサイル防衛システムでも対応可能だ。
    そして低空飛行すると言っても弾道ミサイルよりは低空を飛行するという意味で
    45〜96km上空を飛行すると想定される、そのため地上配備のレーダーでも
    ある程度のリアクションタイムを持って対応出来る。

    このサイトが良くまとまっていると思うので興味のある人は読んでみてほしい。
    リンク

    2
      • oominoomi
      • 2020年 5月 16日

      良記事の紹介、有り難うございます。
      「極超音速で機動すれば耐熱材がもたないんじゃないか」とかの疑問にも答えが得られました。

      1
    • 匿名
    • 2020年 5月 15日

    マッハ5でも温度は2000~3000℃との実験結果があるため、極超音速を保って目標を狙うとなると赤外線誘導のハードルは高いでしょう。
    終末段階で速度を落とすのであれば、そこで赤外線誘導に切り替える、
    速度を下げないのであれば、アクティブレーダーホーミングで目標を追尾、となると推測します。

    光学機器による画像誘導は高速ミサイルには向かないとされています。CCDが使われていた頃がありましたが。
    どれにせよ極超音速の高温に耐え、内蔵電子機器を保護しつつパフォーマンスを引き出すためにはノーズ・コーンの開発がポイントになると見ています。

    1
    • 匿名
    • 2020年 5月 16日

    どんなに早くても命中しなかったら意味なくね

    • 匿名
    • 2020年 5月 16日

    レールガンが実用化したら迎撃できないかな?

    • 匿名
    • 2020年 5月 16日

    どんなに速くても標的に当たらなかったら意味ないからな

    •  
    • 2020年 5月 16日

    >世界で唯一、極超音速兵器を撃ち落とせると言っているのはロシアの防空システム「S-500プロメテウス」だけで、S-500のレーダーやシステムは極超音速兵器を最大10発まで同時に捕捉追跡可能で破壊するための迎撃弾を備えているとロシアは言っているのだが本当に可能なのかは分からない。

    絶対にフカシだと思いますね。ロシアは近年、明らかにアメリカに国力を離され、フカシ癖は昔からあったけど、焦りなのか、度合が酷くなっている。
    S-500どころか、S-400もかなりの過大評価だと思う。

    1
    • 匿名
    • 2020年 5月 16日

    >なんでミリタリーブログへ来てるような人間がそこまでバカなのよ?
    どんだけ速くても通常弾頭ミサイルで核戦争への仮定とかアホかと
    確かに論理が飛躍し過ぎたのは謝罪するが、極超音速兵器を持たない側が持っている側より軍事的威嚇を受けた場合、過激な対応策を取る事によって「核兵器使用の敷居」が低くなってしまう危険性は(例えそれが微粒子レベルの可能性でも)想定した方が良いと思うけどな。
    世の中には、北朝鮮の様な常識が通じない国もある事だし。
    あと「核戦争への仮定」は「核戦争の想定」とした方が意味が通り易いと思うけれど、どうかな?

    >既にICBM突きつけ合ってるのが現状だろうに核戦争起こってるか?
    過去にはキューバ危機の米ソや第四次中東戦争時に窮地に陥ったイスラエルが割とマジで核戦争を検討していた史実を考えると「現状から見て核戦争は起こり得ない」とは言い切れないと思う。

    1
    • 匿名
    • 2020年 5月 16日

    米中ロシアが戦略核以下の小型核の開発進めてるのはみんな知ってるでしょ
    それは核使用のハードル下げる以外に何の理由があるとでも?
    お互いに滅亡戦争は避けたいが、別に核五大国の裏ルールは作るだろ
    核を持たざる国は更なる不利は間違いない

    1
    • 匿名
    • 2020年 5月 16日

    >誘導方式
    慣性誘導かな

    • 匿名
    • 2020年 5月 16日

    ハイパーソニックミサイルに興味あるなら中国軍ミサイルを纏めた電気なんかきらいだあたり見てから喋ると捗る。
    開発の際に色々と面白いことがわかってきた

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