インド太平洋関連

インドが6.8兆円相当の緊急調達を承認、無人機とミサイルを優先調達

インド政府は防衛力を強化するため4兆ルピー=6.8兆円相当の緊急調達を承認、この緊急権限の下で優先調達されるのは偵察用ドローン、自爆型無人機、徘徊型弾薬、各種ミサイル、国産超音速巡航ミサイルのBrahMos、欧州製巡航ミサイルのSCALP、イスラエル製長距離ロケット弾のRampageらしい。

参考:China’s J-10C Fighter: Separating Myth From Reality
参考:What is emergency defence procurement power? India approves Rs 40,000 cr to fast-track military purchases amid Operation Sindoor
参考:Op Sindoor: India approves emergency procurement powers for defence forces to buy arms, ammo

インド軍は戦術弾道ミサイルの空中発射に手を出していないものの、BrahMos、SCALP、Rampageは目標に対する攻撃アプローチが異なる

トランプ大統領は10日「インドとパキスタンが完全な即時停戦で合意した」と発表、両国は当初「相手が停戦に違反して攻撃を続けている」と非難したものの国境や実効支配線付近の交戦は終息し、今のところ停戦は守られているが、両国とも「自国の軍事的勝利、自国の正当性と正義、これに対する国際的な支持は我々の側にある」と主張し「如何に相手が無能で国際的に孤立しているか」を叫び続けている。

パキスタンがインド空軍の戦闘機を5機撃墜した件、特にJ-10CとPL-15Eの組み合わせがラファールを撃墜したのかどうかについても両国の主張は鋭く対立し、War Zoneも15日「双方の主張は依然として矛盾に満ちている」「今回の戦いでJ-10Cが果たした役割を示す証拠は入手困難だ」「SNS上に投稿された画像や映像に基づくインド空軍機撃墜の主張は未検証のものと見なされるべきだ」と指摘し、中国製戦闘機の神話と現実を区別しなければならないと主張した。

“今回の戦いで「J-10が傑出した性能を発揮した」と称賛されているのは事実で、オリジナルのJ-10を多数運用している中国人民解放軍にとっても重要な意味をもつ。仮にJ-10の成功が事実だったとしても、これは非常に特殊な状況における交戦例の1つに過ぎず、今回の事例から導き出せる結論には限界がある。戦闘機の能力を構成するセンサー、ミサイル、ネットワークといった技術はアップグレードが続けられており、この能力が戦況を左右したかもしれないが、現代の空中戦は戦闘機同士の戦いと言うよりもネットワーク、訓練、兵器運用、電子戦、戦術、諸兵科連合と言った要素が複雑に絡み合った戦いだ”

“少なくとも2発のPL-15がインド領内で発見されているものの、これはPL-15によってラファールが撃墜されたと証明するものではない。ラファールのエンジンと尾翼が離れた位置で発見されたことはパンケーキクラッシュではなかったことを裏付けており、別の要因で墜落した可能性も十分ありえる。MiG-29やSu-30MKIの喪失を示唆する残骸も登場しているが、両機をPL-15で撃墜したのかどうかは確証がない。現時点で言えるのは今回の戦いにPL-15を搭載したJ-10が関与していたということだけだ。それでも今回の戦いは中国に自国製システムとインド軍が使用する西側システムに関する貴重なデータをもたらしただろう”

War Zoneは専門家の言及を引用して「J-10CとアップグレードされたF-16C/D Block50=APG-85換装機の性能はほぼ同等」「PL-15は西側戦闘機との交戦距離に均衡をもたらした」「米国製のAIM-120は最大射程でPL-15に抜かれた可能性が高いものの輸出バージョンにそこまでの射程距離は備わってない」「J-10CはF-16 Block70よりも調達・運用コストが安いかもしれない」「これにPL-15というオプションがつけば潜在的な顧客の決断を後押しするかもしれない」と指摘している。

出典:Pakistan Air Force

因みに今回の本題はここからで、インド政府は防衛力を強化するため4兆ルピー=6.8兆円相当の緊急調達を承認、この緊急権限の下で優先調達されるのは偵察用ドローン、自爆型無人機、徘徊型弾薬、各種ミサイル、国産超音速巡航ミサイルのBrahMos、欧州製巡航ミサイルのSCALP、イスラエル製長距離ロケット弾のRampageだと現地メディアが報じており、各戦術レベル分野の長距離攻撃能力を強化する意図が明白に読み取れるのが興味深い。

ロシアとの合弁事業として開発されたブラモス、ラファールと共に取得したSCALPは今回の戦いに投入され、パキスタン国内の目標を攻撃するのに成功(パキスタン側は否定)したと言われており、Rampageは多連装ロケットシステム=PULS向けに開発されたEXTRAの空中発射バージョンで、インドはRampageをSu-30MKI、MiG-29、MiG-29Kに統合しているものの実戦投入されたかまでは分かっておらず、それでもイスラエルはRampageをヒズボラやフーシ派との戦いに投入したことを示唆し、F-16Iに搭載されたRampageの写真も公開している。

多連装ロケットシステム向けに開発されたロケット弾を空中発射すれば最大到達距離(EXTRAは150km→Rampageは250km)を拡張でき、空中プラットホームは地上プラットホームよりも展開速度が早く、緊急を要する地上目標への攻撃に適したアプローチで、トルコもBaykar製の大型UCAV=Akinciに多連装ロケットシステム向けに開発したTRG-230の統合を進めているが、このアプローチの最終形態は戦術弾道ミサイルの空中発射だ。

ロシアはMiG-31Kで運用するKinzhalについて「世界初の空中発射型極超音速ミサイル」と主張しているものの、この正体は地上発射型の戦術弾道ミサイル=Iskanderで、Israel Aerospace Industriesも2024年のベルリン国際航空宇宙ショーで地上発射型の戦術弾道ミサイル=LORAを空中発射に対応させたAIR LORAを発表し、War Zoneも「このアプローチは厳重に守られた地域にアクセスしなければならない航空機の生存性を劇的に向上させる」「米空軍もPrSMの空中発射バージョンを検討すべきだ」と提案したことがある。

今のところインド軍は戦術弾道ミサイルの空中発射に手を出していないものの、BrahMos、SCALP、Rampageは目標に対する攻撃アプローチが異なり、ここに自爆型無人機の攻撃を組み合わせると対応する側は「水平線の下に隠れながら異なる速度で接近してくる脅威」と「弾道コースで落下してくる脅威」の両方にリソースを割かなければならず、これは現在のロシアがウクライナに実行している戦術と同じで、この組み合わせの目的は対応能力の分散と防空網突破の確率を高めることだ。

この話は全ての攻撃アプローチに共通するもので、優れた単一の能力だけに依存すると対処が必要な脅威も1つになるため、攻撃アプローチを多重化しておく方が有利な立場を得やすく、FPVドローンの登場で対戦車ミサイルが、UCAVの登場で有人機が、無人戦闘機の登場で戦闘機が「費用対効果の悪いアプローチ」に成り下がるのではなく、両者の各関係性は競合ではなく補完だと解釈すべきだろう。

出典:U.S. Marine Corps photo by Cpl. Jennessa Davey

これはミリオタとして「AよりBのほうが強い」と類の話を否定しているのではなく、武器システムが効果を発揮できるかどうかは戦場環境や戦い方に左右されるため、特定の一方向に能力を尖らせるのはリスクが高いという意味だ。

関連記事:移動目標を弾道ミサイルで攻撃可能、PrSMが海上を移動する目標に命中
関連記事:イスラエル、ベルリン航空宇宙ショーで空中発射式の戦術弾道ミサイルを公開
関連記事:米ミサイル防衛局、現在の弾道ミサイルは速球ではなくスライダーやカーブだ
関連記事:珠海航空ショー、対艦弾道ミサイル「CM-401」の空中発射バージョンが登場

 

※アイキャッチ画像の出典:Israeli Air Force

メキシコ海軍の士官候補生を乗せた訓練帆船、NY市のブルックリン橋に衝突前のページ

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コメント

  • コメント (12)

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    • nk
    • 2025年 5月 18日

    特に両国の懸案事項が解消されたわけでも無いので近い将来に紛争再発免れないでしょうけど、平和とは次の戦争までの準備期間とは良く言ったもので印は6.8兆円の緊急軍事予算ということで次回に早速備え始めましたね。
    記事にもあるけど、特定の一方向に能力を尖らせるのはリスクが高いというのはより諸々複雑化するけど非常に重要な視点ですね。

    4
      • 他人事では無い
      • 2025年 5月 18日

      地上部隊の投入で本格的な戦争にならないように、祈ります。

      3
      • M774A6
      • 2025年 5月 18日

      多様な手段を用意する複雑さはあれど、それぞれの手段については目的が明確化されるのでかえって問題解決しやすい側面もあるかと思います。
      そして多様な手段があればどれかの調達に失敗した際にも効率は低下すれど他の手段で組み合わせを考え直せば、目的である目標の撃破は何とか達成できる可能性が高いかと。

      ただ、ここ数十年においてはコアコンピタンスに集中投資して効率経営みたいな発想にどっぷり浸かっているので、多様な手段の確保という無駄が大きく見える発想を受け入れられるのか。
      ドローンから弾道弾まで多数発射された攻撃手段の中から最終的に目標に命中して撃破したのがどれかと結果だけ見て、命中率が低いものは無駄として切り捨てないか。
      サッカーでいうと得点ランキング上位選手だけ集めて攻撃力最強チームを編成するような。

      3
    • たむごん
    • 2025年 5月 18日

    あれだけの紛争が発生すれば、全面紛争に備えて武器弾薬を調達する必要がありますよね。

    偵察用ドローン・自爆型無人機・徘徊型弾薬が、優先調達の項目に入っているところに、ウクライナ戦争の戦訓を取り入れていることを感じています。

    砲弾はどうするのかな?と思いましたが、インドはとんでもなく安価(300~400ドル)に155mm砲を製造できる製造ラインを残していることを思い出しました。

    (2025.4.16 India offers cheap loans for arms, targeting Russia’s traditional customers ロイター)

    6
    • PPK
    • 2025年 5月 18日

    緊急調達なだけに海外の兵器メーカーは特需景気になるのかも
    普段は高額な完成品の輸入規制が厳しいお国なだけに

    2
    • 2025年 5月 18日

    最近の実例を見ると
    ロシアや中華の対空ミサイルは高空を飛ぶ有人機には当たるけど
    低空を飛ぶ巡航ミサイルには当たらないのでは?
    と推察される事例が続いておりますね
    これは台湾有事対策のヒントになるのではなかろうか

    4
      • 名無し
      • 2025年 5月 18日

      東側ミサイルが低空苦手なのは昔からよく言われてたことで最近出て来たことでは無いですね

      2
    • イーロンマスク
    • 2025年 5月 18日

    この長距離に偏った調達はやはりPL-15が堪えたんじゃなかろうか
    個人的には焦りのようなものを感じる

    12
    • 朴秀
    • 2025年 5月 18日

    インドの反応を見るにパキ相手に航空優勢を取れずにかなりの損害を受けたのはマジでしょうね

    まあカードゲームじゃないんだから
    J-10>ラファールではありませんが

    7
    • gepard
    • 2025年 5月 19日

    例えば攻撃ヘリはUCAVやFPVドローンの登場で陳腐化したかと言うと、ウクライナでは両陣営で長距離巡航ドローンの迎撃に引っ張りだこだったり、海上無人艇の駆逐に使われたりじゃんけんのように使用されています。
    フーシ派が時代遅れのADでステルス機に接近拒否を維持できたからと言って、F35が役立たずではないようにすべてのシステムは使いようでなんとでもなります。
    我が国は人口がこれから急減するのが確実である以上人的リソースが仮想敵に比べ劣勢になるのが確実。無人システム等の戦訓分析・研究開発・量産化とノウハウ獲得には予算を惜しみなく投じて欲しいものです。

    1
    • kitty
    • 2025年 5月 19日

    この記事でよく理解できない記述は、戦闘機のパンケーキクラッシュってどういうの?ってのと、外れたPLー15Eがあんなにも原型を保っていた点。
    弾道ミサイルの残骸はもっと散り散りですよね。
    撃墜or着弾起発後、地上に激突した時の運動エネルギーの差とか残った推進剤の違いとか条件はかなり違うのでしょうが。
    AAMの信管って地面に落ちた場合の事はプログラミングされていないのかな?

    2
      • NIVEA万能論
      • 2025年 5月 19日

      PL-15についてはバーンアウトした状態(=推進力なし)でそのまま落下しただけならあまり壊れなくても不思議はないと思いますよ。

      ちなみに昔岩国の米海兵隊のF-4がAIM-7を飛行中に落とした事例がありましたが、弾体はほぼ壊れていない状態で発見されてました。

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