EUが進めている欧州再軍備計画には数千億ユーロもの資金が投資される予定で、安全保障・防衛協定を締結している日本と韓国、まもなく協定を締結する英国、交渉を行っているカナダの企業には共同調達参加への道が開かれる可能性があり、さらにオーストラリアもこれに加わるかもしれない。
参考:Europe seeks defence pact with Australia as tanks head to Ukraine
参考:Why so much is riding on Poland’s presidential elections
このまま行けば西側諸国の中で米企業のみ欧州再軍備計画から除外されるだろう
ウクライナで勃発した本格的な戦争、ロシアの軍事的脅威、トランプ政権の不確実性など欧州を取り巻く安全保障環境は急激に悪化し、EUのフォンデアライエン欧州委員長は3月「現在の欧州は極めて危険な時代に生きている。我々が直面する脅威の深刻さ、その脅威が現実のものになった場合、我々が耐えなければならないであろう壊滅的な結果を改めて説明する必要はないだろう」と主張し、欧州再軍備計画=ReArm Europe Planの概要を加盟国に提示した。

出典:European Defence Agency
この計画は「加盟国の再軍備に必要な資金をどうやって調達するか」が焦点で、フォンデアライエン欧州委員長は再軍備のため「国防予算増額に対する財政健全化規則の例外規定適用」「加盟国への国防投資に対するEU融資」「EU通常予算の活用」「規制緩和による欧州投資銀行や民間資本の動員」を提案し、例外規定適用で各加盟国が国防予算をGDP1.5%増額すれば4年間で約6,500億ユーロ、EU融資のため欧州安全保障行動(SAFE)が借り入れる1,500億ユーロを合わせて「最大8,000億ユーロ=130兆円の国防投資が可能になる」というものだが、問題は欧州の投資で誰が利益を得るかだ。
EUは今回の投資が欧州防衛産業の発展・拡張に繋がることを望んでいるものの、加盟国の間では投資先について意見が別れており、フランスは厳格なバイ・ヨーロピアン政策=調達先を域内に限定することを、ドイツやオランダなどはもっとオープンなアプローチを主張し、融資を活用した共同調達の条件案は「最低でも加盟国2ヶ国の関与」「加盟国1ヶ国とウクライナの関与」「EEAもしくはEFTA加盟国の関与」「SAFEを活用する加盟国と提携した国」で、加盟国と提携した国の定義は「加盟プログラム中の国」「加盟候補国」「潜在的な加盟候補国」「EUと安全保障・防衛協定を締結している国」になる。
まだ条件は最終的なものではないため今後変更されれる可能性があり、細かい様々な制限まで突き詰めいくと非常に話がややこしくなるが、日本と韓国はEUと安全保障・防衛協定を締結済み、英国も19日のEU首脳会議で安全保障・防衛協定を締結すると報じられているため、日本企業、韓国企業、英国企業は1,500億ユーロの融資を原資にした共同調達プログラムに参加でき、カナダも併合発言や関税問題で米国に安全保障を依存できなくなりEUとの安全保障・防衛協定=共同調達への参加を交渉中で、ここにオーストラリアも加わる可能性が出てきた。
フォンデアライエン欧州委員長はバチカンで行われたレオ14世の法皇就任ミサ後、アルバニージー首相と会談し「欧州とオーストラリアは信頼できるパートナーで、両国関係は予測可能で同じ価値観を共有している」「これがオーストラリアを単なる貿易相手ではなく戦略的パートナーとして見ている理由だ」「欧州はオーストラリアとの戦略的パートナーシップを拡大させていきたいと考えている」「我々は韓国と日本、まもなく英国とも安全保障・防衛協定を締結する予定だ」と述べ、アルバニージー首相は即応を避けつつもEUとの関係強化に前向きだと表明している。
Great to see you in Rome, @AlboMP and congratulations on your re-election!
In uncertain times, your renewed mandate brings both continuity and fresh momentum to the EU–Australia strategic partnership.
So let’s deepen ties in trade, defence, and security. pic.twitter.com/6mmIfLfyS8
— Ursula von der Leyen (@vonderleyen) May 18, 2025
オーストラリアでもトランプ政権の不確実性について批判の声が目立つものの、フォンデアライエン欧州委員長の発言は「信頼できず、予測不可能で、価値観を共有できない相手が誰なのか」を露骨に示唆しているため、アルバニージー首相はワシントン訪問を控える立場として即答を避けた可能性が高いが、オーストラリアの安全保障にとっても産業界にとってもEUの共同調達参加は魅力的に映るだろう。
米国のウィテカーNATO大使は最近「米欧州軍削減」に言及しながら「欧州が防衛装備品の共同購入先から非EU企業を除外すればNATOの相互運用性が失われ、欧州の再軍備が遅れ、コストが上昇し、技術革新が阻害される」とも警告し「米国企業を共同調達から排除するな」「欧州諸国が安全保障に投資する資金で米国製武器システムを買え」と露骨に要求したが、これは1期目のトランプ政権とEUの間で既に問題化していた。

出典:Donald J. Trump
当時のトランプ政権もNATO加盟国に「国防予算を増やせ」と要求し「その資金が米防衛産業に回ってくる」と期待するも、欧州のNATO加盟国は増額した資金をEU防衛基金に入れて「域内企業に参加が限定された共同調達や共同開発」に資金用途を限定したため激怒したが、欧州は「NATOと無関係のEUの資金に口出しされたくない」という立場をとり、2020年の大統領選挙でトランプ大統領が敗北したため有耶無耶になっていた部分だ。
今回も欧州は「域外企業がEU、EEA、EFTA加盟国とウクライナに設立した子会社を通じて共同調達に参加できる」「EUの審査をパスすれば域外企業の共同調達を認める」という例外を設けているが、前者には米防衛市場参入条件と同じ「設立した子会社が本社を置く国の支配を受けていないこと」を、後者には「EUの安全保障上の利益に反しないと保証できる場合に限る」をいう条件を課している。

出典:Public Domain M109A7
BAEは元請企業に立場で国防総省から契約を獲得するため特別安全保障協定を結び「米国国内での事業を請け負うBAEの現地法人は米国の法律に従い米国人を経営のトップに起用すること」「本社からの完全な独立性=完璧な機密保持を確保すること」を約束しているため、BAEの現地法人は国防総省の機密にアクセスすることが出来ても、それをロンドンの関係者と共有することは禁止されており、仮に最高経営責任者からの指示でも「機密保持に違反する」と判断されれば「これを拒否できる強力な権限」を持っている。
つまり「設立した子会社が本社を置く国の支配を受けていない」というのは「米国からの指示を拒否できる強力な権限=独立性を持っているかどうか」に類似したものになり、トランプ政権の政策も「EUの安全保障上の利益に反しない」と保証できるか怪しく、このまま行けば西側諸国の中で米企業のみ欧州再軍備計画から除外されるだろう。

出典:U.S. Ambassador to NATO
米国のBreaking Defenseは「トランプ政権が自立した欧防衛産業の発展を容認すれば収益悪化を懸念する米防衛産業界、この種の企業を選挙区にもつ議員の反発に直面するかもしれないが、米国の戦略的利点がそれを上回るため邪魔するな」と訴えているものの、ウィテカーNATO大使の発言は「欧州市場へのアクセスを諦めない」という意思表示だ。
因みに日本が1,500億ユーロのEU融資にアクセスできるようになるとイタリアが共同開発に関与するGCAPも融資対象に、欧州の共同調達や共同開発のサプライヤーとして日本企業が関与しても融資対象になる。

出典:U.S. Army photo by Sgt. Jacob Nunnenkamp
追記:Economistはポーランド大統領選挙に関連した記事の中で「ポーランドはEU諸国の中で最も熱烈な親米国の1つだったが、最新の世論調査で対米関係に満足していると回答した割合は31%しかなく、2023年の調査と比較すると49ポイントも減少し、米国に肯定的な見方をもつポーランド人の割合は過去最低を記録した」「もうポーランドは親米国ではないかもしれない」と報じている。
ここまで急激に対米感情が悪化した理由は不明だが、ポーランド人はドゥダ大統領とトランプ大統領の会見が10分で終わったことを屈辱と感じ、駐留米軍を撤退させないという約束を軽視して「削減を検討している」と言い出したため怒っているのかもしれない。
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※アイキャッチ画像の出典:Anthony Albanese
実際にアジアに声がかかるかは別として、協力関係やサプライチェーンの拡大は実現するのであれば魅力的ですね。
とはいえ、現在の世界秩序が完全に崩壊しない限り安全な国々のパワーゲームという側面が強すぎる場合、必要以上に踏み込んで欲しくないというのが本音ですが。
EVの件といい先日の炭素繊維の件といい、アメリカとは違った形でワガママで押し付けがましいEUが、すんなり日本企業を輪に入れるとは思えないんだが。先入観から来る偏見なら、俺がバカだったで済むんだが。
豪は白人国家なので行けるかもですが、日本はどうなんでしょ?
製品やサービスだけでなく、スキージャンプなどのスポーツでも露骨なヨーロッパ優遇の国々が、アジアを参入させるとは思えないんですよね…。クリーンディーゼルで日本を締め出そうとして失敗、電気自動車で失敗…ルール変更しまくる懲りない国々ですから。
いや、でも韓国はすごく頑張っていて食い込んでるから大丈夫なのかも。
…いや、やっぱり日本だけは無理っぽい気がします。私の被害妄想かもしれませんが
スポーツに置ける日本差別を知っていると、どうせ欧州は二枚舌で締め出すとか後出し規制するだろうなあと。
参入にEUの審査ってのがな
苦労して参入した所で儲けが出始めたら審査の基準変更してEUで利益を独占しそう
それも域外企業から技術やノウハウ吸い出した後で
しかもEUの企業は結構な割合で中国資本入ってるし、思わぬところで地雷踏みそう
アメリカ除外の流れに日本・韓国は、米側から案電保障面での見直しをちらつかせて米国製兵器を買えという圧力にさらされそうな予感がしますが、その辺りが杞憂で済めばよいのですが。
心配しなくても日韓の場合はむしろ「金出すからさっさと売れ」って立場ですな
案電保障面→安全保障面でした
老眼はつらい
ヨーロッパの人(特にフランス)は、アジア人を差別するから、関わらないのが得策だと思いますね。
日本からしたら、ヨーロッパよりアメリカのほうが友好的だと思いますよ。
私が海外でアメリカ人とエレベーターで一緒になったとき、日本人かと聞かれて、はいそうです。と答えたら、拳を合わせて友よって言ってくれたりした。
日露戦争の停戦交渉でも仲介してくれたのはアメリカ。日本がヨーロッパになびけば、本当に大事なものを失ってしまうと思います。
今回の戦争では『戦時にパーツや弾薬を供給してくれない』という事でスイス兵器の人気が下がった。
そりゃトランプ政権下の米国兵器の人気は下がる訳で…。
経済同盟、地域同盟のはずのEUが軍事同盟まがいのことやるからロシアが怒るんだよ。
ほぼ全身を米製兵器&システムで固めてるから今更欧州兵器入れるのはなあ。
しかも脱米が鮮明なら尚更「相互運用性」で問題抱えそうだし。インドみたいなごった煮は戦闘効率悪そうで。
EUの審査は、過去の経緯から見て、かなり怪しいですよ。
ハイブリッド自動車、温室効果ガス名目で狙い撃ちにした製品が他にもあったり、日本酒なんかも最近嫌がらせのようにあったわけで。
EUは日本の重化学工業、鉄鋼・造船・電力会社などに足かせをかけ続けてきたわけで、日本フレンドリーではないですよ。
孤立主義者のトランプとしては良かったんじゃないですかね
米製兵器は中東や極東ではバカ売れするでしょうし
オーストラリアやカナダは意外な選挙結果でしたっけ、ルーマニアもちょっとね。
超大国からただの大国になる契機かね
BEVでのヨーロッパのジャパンナッシング知ってると、社交辞令以上は深入りしない方がいいとしか。