ドイツ軍再生のためショルツ首相が1,000億ユーロの特別基金を創設したにも関わらず「国防支出がGDP比2.0%に届かない可能性」が浮上、長年ドイツが軍事的義務を果たしていないと指摘してきたNATO加盟国を怒らせるかもしれない。
参考:Trotz des 100-Milliarden-Sondervermögens keine Zeitenwende bei der Bundeswehr
参考:Germany to Miss Military Spending Target Next Year, Study Says
予算執行の実行性や期限に問題のある基金を宛てにして設備投資に走るほど産業界は甘くない、国防予算を増額するというシグナルを与える必要がある
英国のTimes紙は今年6月「ドイツ軍の問題は資金不足ではなく行き過ぎた官僚主義が原因」と指摘していたが、ショルツ首相が1,000億ユーロの特別基金を創設したにも関わらずNATOのガイドライン(GDP比2.0%の国防支出)から遠ざかっており、現地メディアは「短期的に必要な装備や物資の調達さえ進んでいない」と報じて注目を集めている。
現在のドイツ軍は在庫からPzH2000やM270をウクライナに数輌提供するだけでNATO派遣部隊や自国の防衛に支障を来すほど脆く、これは冷戦終結後の国防予算削減とメルケル政権時代に採用したドクトリンが影響しており、メルケル・ドクトリンの下で高い準備率を維持する必要があるのは海外に派遣される部隊だけで、何時でも動かせる状態の装備を異なる部隊間で共有、メンテナンスも専門の企業に委託、スペアパーツや砲弾も必要なときに必要を量を発注する方式に切り替えたため装備品の半分近くが保管状態にある。
ランブレヒト国防相や軍上層部も現在のドイツ軍に東欧のNATO加盟国を保護する能力は勿論、効果的に自国を守るだけの装備がないことを認めており、ショルツ首相も1,000億ユーロ(年間国防予算の2年分)を支出してドイツ軍再生のための基金を創設、この資金を戦闘機、艦艇、武装可能な無人航空機、ミサイル防衛システム、弾薬調達などに投資する計画を進めているが、ドイツ軍の再生は資金を注ぎ込めば解消するという類ではないとTimes紙が指摘していた。
目玉装備の主砲弾を失った米海軍のズムウォルト級駆逐艦、乗組員の健康に害を及ぼす英陸軍のAjax歩兵戦闘車など現代の装備調達には少なからず「ミステリー」がつきものだが、欧州外交評議会のグレッセル氏は「無数の馬鹿げたルールが存在するドイツ軍だけは別格」と述べ、ドイツ連邦軍調達局(BAAINBw)の非効率的で矛盾に満ちた調達アプローチを批判している。
現行法では1,000ユーロ以上の費用がかかる調達はBAAINBwの精査が必要で、1,000ユーロ以上の費用がかかる調達が発生すると「300ページに及ぶ緻密な法的文章」を添付してEU全域を対象にした入札を実施しなければならず、さらにBAAINBwの至上命題は「必要な装備の迅速かつ安価な調達」ではなく「底的な法令遵守と入札後の訴訟阻止」のために働いているため馬鹿げたミステリーの逸話には事欠かない。
例えば空挺部隊向けのヘルメット調達は10年に及ぶ検証を経ても「平均的なドイツ人の頭部にフィットするかどうか?」という答えが出ておらず、プーマ歩兵戦闘車の開発は大気汚染の規則を満たすことばかりに気を取られて「30mm機関砲の命中精度」や「重量オーバー」の問題を見過ごし、これを修正するため再設計を強いられたプーマ歩兵戦闘車は4年半の開発遅延とプログラムコストの高騰を招くことになり、ドイツ国防省は「誰も責任を取りたがらない我々の文化に根ざした問題だ」と、長年ドイツの国防政策に携わってきた元議員も「これは政治や法律ではなく社会学的な問題だ」と呆れ顔だ。
つまりTimes紙は「1,000億ユーロの資金があっても調達プロセスが非効率的なので即効性の高いドイツ軍再生が実現するか怪しい」と見ていたのが、どうやらBAAINBwの行き過ぎた官僚主義が基金の資金支出を妨げており、ランブレヒト国防相はショルツ首相が約束した「毎年2.0%以上」から「今後5年間の平均で2.0%」に国防費の目標を引き下げたため他のNATO加盟国を怒らせる可能性があると報じられている。
ドイツのIW経済研究所は「1,000億ユーロの基金にも関わらず国防支出額は目標の2%から遠ざかっており、短期的に必要な装備や物資の調達さえ進んでいない」と指摘、ドイツが2.0%以上の国防支出を安定的に達成するためには基金ではなく「通常の国防予算は少なくとも毎年5%づつ引き上げる必要がある」と訴えているのが興味深い。
ショルツ首相が約束した毎年2.0%以上の国防支出は所詮「通常の国防予算(現行は1.4%)」と2028年までという期限が設定された「ドイツ軍特別基金」の合算に過ぎず、1,000億ユーロの入った財布を政治的に用意したものの支出を承認するBAAINBwの手続きに時間が掛かれば2.0%以上の支出に届かない恐れがあり、予算執行の実行性や期限に問題のある基金を宛てにして設備投資に走るほど産業界は甘くないので「通常の国防予算を増額する」というシグナルを与える必要があるという意味だ。
因みにドイツが2%台に引き上げると国防予算額が欧州内で突出するため「政治的な負担が大きい=約2.0%前後を国防予算に費やす英仏を超えたくない」という信念にも似た呪縛があり、ショルツ首相が国防予算の増額ではなく2028年までと期限を設定した特別基金を用意したものそのためで、もはやドイツ軍の問題は「二度と戦争は御免だ」という戦後の精神に起因していると言っていいだろう。
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※アイキャッチ画像の出典:Dirk Vorderstraße / CC BY 2.0
こうやって自国失態をの批判をできるだけ日本よりはるかにましだね。
何か言おうにも情報が何も無いし政治家もあまり詳しくありませんしね
うぅ〜ん(失神
「官僚栄えて国滅ぶ」ってやつかな。田中角栄の言葉だけど。
今、正に進行中。
1000億ユーロを毎年ウクライナとポーランドとバルト三国に送ってドイツ軍は解散したほうがドイツの国防に資するだろう
どうせドイツの現実的な敵はロシア軍だ。それ以外の対処は国境警備があれば十分だ。
それをやると、バルト三国を傭兵化することと同義、異民族に軍務をアウトソーシングしたかつてのローマ帝国(後期)と同じ。なるほど、これがドイツ第四帝国の姿ですね。
とはいえ、現状は安保タダ乗りのキセル野郎なわけで、幾分かの改善案だと思う
(バルト安保に)同乗するなら、金を出せ!
バルト三国首脳より
Boots on the ground!
アメリカ合衆国より
と、金を出してもディスられそうですが…
>例えば空挺部隊向けのヘルメット調達は10年に及ぶ検証を経ても「平均的なドイツ人の頭部にフィットするかどうか?」という答えが出ておらず
なるほど、当初さんざん馬鹿にされあて擦られたウクライナへの5,000個のヘルメット提供も、連邦軍にとっては国内での侃侃諤諤の論争を乗り越えた大英断だった訳ですね。
冗談はさておき、国内向けの謎論理で防衛力の強化・国際的な安保協力が遅々として進まない迷走ぶりは日本も全く他人事の気がしませんが、ドイツのそれはもうひとつ筋金入りと言うか。
周辺国から「もっと役割果たせや!」と喝を入れられて尚マイペースなのは流石と言いますか…
つまり予算を確保してもそれが執行されないのが一番の問題だと。
元々それなりの予算を確保していたはずなのに、なんであそこまでボロボロなのかと思っていたけど、そういうことだったか・・・。
>「二度と戦争は御免だ」
だったらしっかり抑止力整えて準備しときなさいよ…
なんで軍の予算を上げる=開戦になるのか理解できん
この点については本邦もウクライナ戦争を受けて初めて予算増による防衛力強化に賛成する人の割合が50%超えたばかりなので人のことはあんま言えないなと…(;´Д`)
ついに立憲も反撃能力保有に合意しそうなんでこれまでと比べれば隔世の感はありますが
文中のプーマ歩兵戦闘車の件なんて、世界中に偉そうな注文を付けまくっているドイツらしい顛末だな。
ワールドカップでも対日本戦前日に「オピニオンリーダーたる自分たちが虹色腕章を付けて、世界に規範を示すべき」とか代表チーム内で討論していたそうだからね。
自国を有利にするためだけで無く、自分たちをも自縄自縛する体たらく。
>効果的に自国を守るだけの装備がない
軍事関係で得をしたのは、やっぱりロシアかな。
メルケルは良い仕事をしたよ(笑)。
結局軍事費って持ち出しだしな
ケチってその他に回した方が国民の生活は向上する
他の国にやらせて自分たちだけ豊かな生活してたらそら批判されるよね
でも国民は豊かに暮らしたいよねやっぱ
装備全部ウクライナに渡して
一から再構築した方が早いし安上がりなんじゃない?
無理じゃないかな、ドイツ連邦陸軍をかき集めても1個機甲師団すら構築できず
それ以外合わせても3個師団機能してるかどうかなうえに、
万単位で大量リストラした士官は回復してないから、魔法で装備を用意しても人員がいない
「誰も責任を取りたがらない我々の文化に根ざした問題だ」
これ、本当にそう思う。
第二次世界大戦も、自分たちで選んだのに全部ヒトラーただ一人のせいにしてるしね。
日本人が思っている程、ドイツ人は理性的ではないんだろうね。
とはいえ、欧州の大国なのだから、これを期に変革を期待する。
日独伊三国同盟に反対した米内光政首相は、ヒトラーの
「我が闘争」
をドイツ語の原著で読み、また帝政ドイツ時代の皇帝ヴィルヘルム二世の
「黄禍論」
などもあり、また日中戦争前期ではドイツは蒋介石を支援していたこともあり、ドイツは外交的に信用できないと主張していました。
日本海軍はハインケルHe112を輸入して主力戦闘機にするつもりでしたが、これもドイツの一方的な都合で急にキャンセルされたのです。ダイムラーベンツDB601のライセンス生産でもいろいろなゴタゴタがありました。
日清戦争の清国海軍の主力艦もドイツ製でした。無責任な大本営参謀というのもドイツ由来です。
何もいろいろあるのはドイツだけには限りませんが、過去の日本との関係だけみても、やっぱりいろいろなことがあり、特に日独伊三国同盟という集団安全保障条約は歴史的な大失敗に終わったのです。
日本こそ、ドイツに過剰に頼るのはやめとけ、と助言できる立場にいると言えます。
日本はなんだかんだで冷戦後も、自衛隊を対テロ戦に特化させる事無く
ちゃんと正規戦出来るだけの下地はずっと維持してきたんだよなぁ。
欧州の平和ボケは日本以上だなぁ