欧州関連

フィンランドが破格の条件でF-35A採用を発表、米国はイスラエル並な独自運用体制を容認

フィンランド国防軍は10日、次期戦闘機(HX)プログラムの勝者にF-35Aを選択したと正式に発表した。

参考:The Lockheed Martin F-35A Lightning II is Finland’s next multi-role fighter

競合を抑えてF-35Aの勝利を決定づけたのは「イスラエル並」だと指摘されている独自運用体制の容認

フィンランド国防軍はF/A-18C/Dを更新するため次期戦闘機(HX)の調達を計画しており、プログラムコストが100億ユーロ(約1.3兆円)に達するにHXプログラムには米国からロッキード・マーティンとボーイング、フランスからダッソー、欧州(英国/ドイツ/イタリア/スペイン)を代表してエアバス、スウェーデンからサーブが参加の意思を表明、入札期限だった4月30日まで全てのメーカーが最終的な調達プランと見積もりを国防軍に提出してクリスマス前までに最終的な勝者が発表されると噂されていた。

しかし現地メディアのIltalehti(フィンランド最大のニュースサービス)は今月5日「フィンランド国防軍はF-35Aの採用を国防省に提案、同省と外交・安全保障政策局も国防軍の提案を支持しているため政治的介入が無い限りF-35A導入がクリスマス前に発表されるだろう」と報じていたが、予想通りフィンランド国防軍は次期戦闘機(HX)プログラムの勝者にF-35Aを選択したと正式に発表して注目を集めている。

フィンランド国防軍はHXプログラムについて“オープンで公正な競争”と主張していただけあってカイッコネン国防相は「なぜ他の提案を抑えてF-35Aが勝者に選ばれたのか?」を自ら国民に詳しく説明しており、簡単にF-35Aの勝因を説明すると戦闘・偵察能力と生存能力で他の戦闘機よりも優れた性能を示し、ハイウェイストリップによる分散運用などフィンランド国防軍特有の厳しい運用条件にも適合、契約額が上限113億ドルの予算を下回り年間運用コストも上限(国防予算の10%以下/2億8,600万ドル)で収まることが確認されためと言ったところだ。

但し、競合を抑えてF-35Aの勝利を決定づけたのは「イスラエル並」だと指摘されている独自運用体制の容認だという主張があり中々興味深い。

参考:Here’s How Finland Justified Its Decision To Buy 64 F-35 Joint Strike Fighters

出典:Lockheed Martin Photography by Todd R. McQueen

F-35導入国は従来機の運用体制とは大きく異なるグローバル・メンテナンス・システム(地域毎に設定されたMRO&Uやエンジンデポでのメンテナンスや地域毎で一括管理されるコンポーネントの供給体制など)に参加することを要求されるのだが、フィンランドに提案されたF-35Aのメンテナンスはグローバル・メンテナンス・システムに参加する必要がない=フィンランド自身が全てのメンテナンスを行えるらしい。

フィンランドはF-35Aの各コンポーネントを国内で修理し自ら管理することができ、機体やエンジンのメンテナンスも海外デポに持ち込まなくても国内で自己完結できる運用体制(MRO&Uやエンジンデポの設置)構築が容認されているため「フィンランドのF-35A運用体制は米国以外で最も充実したものになり、恐らくF-35の独自運用体制が整っているイスラエル並だ」と指摘されている。

出典:Lockheed Martin Aeronautics

さらにロッキード・マーティンが提示した94億ドルの契約(F-35A取得費用に53億ドル、AIM-120とAIM-9などの取得費用に8億5,200万ドル、保守機器や予備部品や訓練機器など関連費用に33億ドル、基地設備や管理システムなど運用体制のインフラ整備に8億7,800万ドル、予備費に9億3,000万ドル)にはフィンランド産業界のF-35サプライチェーンへの参加が約束されているのも見逃せないポイントだろう。

F-35の組み立てに必要な部品やコンポーネントの製造権利はF-35プログラム出資国に分配されており、非出資国がF-35を導入してもサプライチェーンへの参加は基本的にブロックされている。

例外的に日本は数千億円の費用を負担してMRO&Uやエンジンデポを設置した見返りに空自向けのF-35Aに使用される部品の一部を製造できる権利を確保しているが、日本で製造した部品を米テキサス州のフォートワースにある最終組立ラインに供給=国際需要向けの部品供給網に加わることは出来ない。

出典:Lockheed Martin Aeronautics

しかし非出資国のフィンランドは契約のオフセットとしてロッキード・マーティンからF-35フロントフレーム製造参加を提案されており、これは自国向けに限られた製造ではなく国際需要向けの部品供給網にフロントフレームを供給するための資格を与えると意味なので、フィンランド産業界は出資国と同じように部品製造で収益を上げられる=F-35A導入に投資する資金の一部を回収できるようになる。

つまりフィンランド国防軍に提案されたF-35Aは競合機に備わっていない「ステルス」という能力で高い評価を受け、課題だった年間運用コストも上限2億8,600万ドルを下回り、競合機に比べて最も不利だと思われていたフィンランド国防軍による独自運用体制についてもイスラエル並の条件を提示することで他を圧倒してしまったのだ。

一つだけ問題があるとすれば海外メディアや軍事アナリストが疑問視している「2億8,600万ドルを下回る年間運用コスト」で、単純に64機で2億8,600万ドルで割ると1機あたりの年間運用コスト440万ドルになるのだが、米空軍基準の年間運用コストは780万ドル(2020年度実績)で440万ドルという数字は米空軍がロッキード・マーティンに対して要求している適正な年間運用コスト「410万ドル」に近い数字と言える。

今のところ年間運用コストを410万ドルに引き下げられるのか不明で「フィンランドに提示したF-35Aの年間運用コストの見積もりはあまりに安価すぎる(同時期にスイスへ提示されたF-35Aの年間運用コストは推定1,000万ドル前後)」と指摘されていることは留意しておく必要があるだろう。

関連記事:フィンランドがF-35A採用をクリスマス前までに発表予定、F/A-18E/Fは今年だけで3連敗
関連記事:F-35の運用・維持を左右する4つの整備、国際的なサプライチェーンに依存したコンポーネント整備
関連記事:米軍、運用コスト削減に失敗するとF-35維持に年間1.7兆円もの負担が必要

 

※アイキャッチ画像の出典:Lockheed Martin

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コメント

    • 匿名
    • 2021年 12月 11日

    交渉力凄いな
    アメリカは何でこんな優遇条件を与えたのか?
    政治背景が気になる

    29
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      緩衝国だからさ
      いま取り込まないとロシアに呑み込まれかねない
      それだけアメリカが弱体化してるからフィンランドにも気を遣わないとならない現状でもあるだろう
      どうも日本はアメリカに対して忖度しすぎか(笑)

      26
        • 匿名
        • 2021年 12月 11日

        最前線だもんね
        有事にはパーツの供給が止まるかもしれない場所だし

        10
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      ロシアを直接叩ける位置にあるから、何かしらの秘密協定があるんじゃないの?

    • 匿名
    • 2021年 12月 11日

    > 日本で製造した部品を米テキサス州のフォートワースにある最終組立ラインに供給=国際需要向けの部品供給網に加わることは出来ない。
    ここだけ読むとその部品が将来的に下がらないような気するけど大丈夫なんだろうか?

    2
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      中立国だからか?

      1
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      すみません抜けがありました
      >値段が

      1
        • 匿名
        • 2021年 12月 11日

        まあ日本用って事になると数が限られてるから値段は下がらないだろうね
        でも作業員がそれでメシ食っていけるね

        1
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      日本は装備品を競争入札で調達しないし、形だけの競争入札をしても米国製か国産の勝利が決まってる出来レースだから参加者が本気で提案してこないんだよね。

      そのうえオフセットすら要求しないから米企業にとってはホント美味しい顧客だよ。

      34
    • 匿名
    • 2021年 12月 11日

    ロシアと国境を接してるからじゃないかな。

    8
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      それなら日本だって・・なわけだから米軍が出張ることがない地域(しかも前線)だからとかも基準としてあるのかな?

      11
        • 匿名
        • 2021年 12月 11日

        日本は、中露と接してる訳ですよね。
        過去には太平洋を挟んで米帝と対峙。
        今更だけど、とんでもない所にあるのだと思いました。

        6
          • 匿名
          • 2021年 12月 11日

          だからどうしも、そのうちの最低でも一国と同盟結ぶ必要がある。
          思想や政治体制を抜きにしても、アメリカなら他の二国と対峙できる能力がある。

          12
    • 匿名
    • 2021年 12月 11日

    商談内容自体はLMとフィンランドの示談の結果なので米国もNATOも関係ないとはいえ、今のタイミングでロシアと国境を接しているかつてロシア領だった国に再新鋭兵器を高待遇で供与するのはロシアに難癖をつけさせる口実を与えそうな気がするな(もちろん徹頭徹尾突っぱねればいいだけなのだけど)。
    フィンランド、ロシア人の世界観的にはウクライナ、バルト、バルカン、東欧の次くらいに「取り戻す土地リスト」に突っ込まれてると思うんですよ

    12
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      ソ連時代もフィンランド化だの傀儡だのと言われてはいたが、なんだかんだでフィンランドには甘かったからなぁ。WW2時代のトラウマがあるんだろう

      1
    • L
    • 2021年 12月 11日

    フィンランドのどこにそんな国力があるんだ
    はあ羨ましい
    ヨーロッパにF-35を売り込む橋頭堡だから?

    2
    • 匿名
    • 2021年 12月 11日

    やっぱり交渉力って大事だな

    7
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      小さくとも自立した独立国と、米国に媚びることで政権与党の保障をしてもらって安泰にしてる隷属国の差ですよ
      そもそも日本国が本気で交渉してるのかすら怪しい

      18
        • 匿名
        • 2021年 12月 11日

        SDD未参加の国でFACOとか好条件引き出したんだからまぁある程度交渉はしたんじゃないの?>日本

        40
          • 匿名
          • 2021年 12月 11日

          たしか、順番飛ばして早く納品してもらってるんだよね
          どっちかっていうと、札ビラで無理を通した方じゃね?

          28
            • 匿名
            • 2021年 12月 11日

            そうそう、納入順に関してもそうだしびっくりする位好待遇だったと思う
            まぁ札束も交渉のための手段のうちという事でそこはね;

            しかしまぁ、2011年時点でのF-35プログラムは本当にやばい状況だったから、あの時採用するわって日本が言ったのは割と大きい要因だったと今でも思うわ
            どこのメディアも掲示板もこの飛行機マジでどうなるんだろうってみんな言ってたし

            27
              • 匿名
              • 2021年 12月 12日

              2010年代前半くらいだと
              「良くてF-111くらいの着地かな…」とか思ってた人が多そう

              2
            • 匿名
            • 2021年 12月 12日

            トルコが放逐された空いてた、っちゅー側面もあったと思う。
            大口が一件抜けた訳で。

            韓国は急いでアメリカとLMに交渉しないとな。

        • 匿名
        • 2021年 12月 11日

        片方を持ち上げる場合に片方を過剰に下げるのは気持ちが良いけどあんまやらん方が良いよ。
        そもそも先に言われている方が居るけど、日本が貴方の言う様に『米国に媚びることで政権与党の保障をしてもらって安泰にしてる隷属国』だとして、最終組み立てライン(FACO)が設置されている国はアメリカ、イタリア、日本だけなんですけど、その隷属国ですら許可が降りるFACOが無い国は隷属国未満の塵国家とでも言うんですかね?
        フィンランドが類まれなる交渉力を発揮してイスラエルレベルの独自運用権を獲得したのは素晴らしい事だと思いますがね。

        38
          • 匿名
          • 2021年 12月 11日

          いやマジで「隷属国未満の塵国家」になっている国は本気で怒ったほうがいい
          既にイギリスは怒っていてテンペスト計画始動の一因となった

          6
            • 匿名
            • 2021年 12月 11日

            テンペスト計画が持ち上がったのはF35の開発遅延に起因する導入時期のずれ込みのせいですけどね

              • 匿名
              • 2021年 12月 11日

              それだけではない
              イギリスはレベル1パートナーなのにF-35のソースコードにほとんどアクセスできなかった これに不満を感じている
              F-35にアプリケーションをインストールできたのはパートナーに入ってすらいないイスラエルだけ

              11
                • 匿名
                • 2021年 12月 11日

                そういえばイスラエルは独自のソフトウェア入れて電子戦装置とか増槽とか色々作って運用してたな

                5
            • 匿名
            • 2021年 12月 11日

            私は全く彼の国らを塵国家なんて思ってないですけどね
            大した交渉も出来ない国にFACOや機体の早期導入を手配してくれる良い同盟国だねアメリカって
            本当にまともな交渉がなされていないなんて私は思いませんけどね

            1
              • 匿名
              • 2021年 12月 11日

              ここでいう塵国家はF-35のパートナー国家のこと
              国の税金から少なくない額を投資したのにフィンランドがオフセット程度で参加できてしまうなら投資した意味がない

              9
          • 匿名
          • 2021年 12月 13日

          俺は独立国なんだって強弁したがるのが、本当は日米関係になにか問題を感じてるって判るよ
          君は、フィリピンが中国軍の駐留を認めたらフィリピンを中華の隷属国と思うだろ、誰でもそう思うわ。
          では、在日米軍は何なんだ(笑)ロシアや中国は日本をそう見てるんだよ、隷属国

          勘違いするなよ、安保条約反対という話とは別だからな

          1
        • 匿名
        • 2021年 12月 11日

        本気の交渉すら出来ない隷属国にFACOや他国への導入を遅らせてまで機体を融通してくれるアメリカっていい国なんだな!!

        2
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      最寄りMOU&Uでのメンテは嫌だと言っているF-35A持ち某国
      まさか得意の強請力で工場も引っ張ってくる気でしょうか

        • 匿名
        • 2021年 12月 11日

        日本以外の選択肢が1つ増えたのは喜ばしいですね!

        1
        • 匿名
        • 2021年 12月 11日

        日本での整備イヤイヤ言ってオーストラリアがする様になったんじゃないっけ?

        1
        • 匿名
        • 2021年 12月 11日

        MRO&U(Maintenance Repair Overhaul and Upgrade)でした
        うろ覚えの略語とか使うものじゃありませんね

    • 匿名
    • 2021年 12月 11日

    アメリカやロッキードマーティンも必死ですね
    しかしフィンランドにF-35を完全に整備する下地があるとは知らなかった
    外国に頼ることなく整備できるのはかなりの強みになりますね
    日本もそうならないかしら?

    11
    • 匿名
    • 2021年 12月 11日

    いいもん造ったよなぁ
    始めはブタとか言われててF22にしか興味なかったけど、今では・・
    Z32が出た頃を思い出す

    5
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      最初出た時所詮F-22のローエンドでしょ?程度にしか思ってなかったわ
      蓋開けてみたらアビオの性能ぶっ飛んでてびっくりした

      15
    • 匿名
    • 2021年 12月 11日

    一時はナチスと組んでた国なんだがな

      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      だから何?

      11
      • 匿名
      • 2021年 12月 11日

      そんな事言ったらF35導入でFACO設置や順番すっ飛ばしの機体導入等など優遇されている日本は、第二次大戦時ドイツの同盟国なんですけどね・・・

      11
      • 匿名
      • 2021年 12月 12日

      ソ連に侵略されてやむを得ずですよ、だから大戦末期は単独講和して国内のドイツ軍を苦労して追い出した
      軍トップの英雄マンネルハイム将軍のヒトラー嫌いは有名
      みないきさつを知ってるから、戦後も西側はフィンランドをとがめなかった(西側が見棄てたのがドイツと組んだ原因だから何にも言えない)

      6
    • 匿名
    • 2021年 12月 11日

    スイスの記事かと思ったらフィンランド
    どんな機体になるんだろうね

    • 匿名
    • 2021年 12月 12日

    > フィンランドは契約のオフセットとしてロッキード・マーティンからF-35フロントフレーム製造参加を提案されており、

    一方、日本はF-15改修の見積もりとしてライン増設費用を請求されており・・

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