米国は2025年7月「スイスが発注していたパトリオットシステムの納入を延期し、これをウクライナもしくはウクライナを支援している国に優先供給する」と発表したが、スイスは延期された納入について米国から何も情報が与えられておらず、SAMP/Tへの乗り換えが議論されている。
参考:Europa kann der Schweiz schon bis 2029 Ersatz für die verspäteten Patriots liefern
参考:Défense aérienne : Le consortium franco-italien Eurosam est prêt à proposer le SAMP/T NG à la Suisse
スイスは「米国が自国をどのように扱っているのか」を認識した格好で、議会は間もなく地政学的な意味を持つ決断を下さなければならない
スイスは2021年6月末「次期戦闘機にF-35A、防空システムにパトリオットシステムを選定した」と同時に発表し、この次期戦闘機調達と防空システム調達は別々の評価プロセスを経て選定されたものだが、防空近代化プログラム=Air2030の中では一つのパッケージとして扱われているため「F-35Aとパトリオットシステムの組み合わせが選定された」「この2つの選定は実質的にセットだ」と言われており、スイスはロッキード・マーティンと約63億ドル、レイセオンと約20億ドルの契約を締結し、両社は計43億ドル分のオフセットが義務付けられた。

出典:U.S. Air Force photo by Staff Sgt. Zachary Rufus
スイスはF-35Aを次期戦闘機に選定した理由について「技術的優位性が顕著な上、固定価格で調達するため取得費用はプログラムコストの上限(60億フラン)を超えることはない。さらに30年間の運用費用を含めた総コストで見てもF-35Aは他の提案よりも20億フランも安い」と説明していたが、会計検査院は当時から「固定価格という認識は契約条項4.4.1(実際の価格が本契約の記載された見積もり額を超える場合でも支払いに応じることに同意する)を軽視している」と警告。
フィスター国防相も昨年6月「米国が固定価格について誤解があると主張し、スイスに6.5億フラン~13億フランの追加費用を要求している」と明かし、スイス政府は会計検査院の警告にも関わらず「契約書に記載された見積もり価格」を固定価格と認識していたが、実際には「米国がロッキード・マーティンに支払う価格と『同じ価格』でF-35Aを取得できる」という意味で、スイスは米国と交渉したものの契約条項4.4.1に基づく追加費用の請求は覆らず、昨年12月「追加費用の発生でF-35Aを36機取得するのは困難だ」「この価格上昇分を吸収するため調達数を削減する」と発表した。

出典:Lockheed Martin
さらにスイスが発注したパトリオットシステムも問題を抱えており、バイデン政権はウクライナ向けの需要を優先するためパトリオットシステムと迎撃ミサイルの納品停止=納入順位変更を2024年6月に発表、トランプ政権も2025年7月「スイスが発注していたパトリオットシステムの納入を延期し、これをウクライナもしくはウクライナを支援している国に優先供給する」と発表し、スイスは米国にFMS契約の権利(自国の安全保障に影響を及ぼす事情があれば合意された武器取引の条件から逸脱することができる)を行使されたため、この決定を受け入れる以外に選択肢がなかった。
米国は未だに「スイスが発注していたパトリオットシステムの納入がいつになるのか」を通知しておらず、The Neue Zürcher Zeitungは14日「スイスの防空体制はパトリオットシステムの納入延期によって何年も空白が生じることになる。こうした中、Eurosamから“スイスが今直ぐ発注すればSAMP/Tを2029年までに納入できる”というオファーが届いた。スイスはSAMP/Tの旧バージョンを2019年にテストしているためシステムを熟知している」と報じて注目を集めている。

出典:PRESIDENT OF UKRAINE
“パトリオットシステムを運用するには兵士90人が必要だがSAMP/Tは20人で運用でき、その性能もウクライナで実証されている。この提案は議会で大きな関心を呼んでおり、安全保障政策委員会のジャクリーヌ・ド・クワトロ委員長も「我々は待機リストの最後尾にいる」「米国の遅延によりスイスに安全保障上の空白が生じている」「我々は代替案を検討すべきでありフランスの提案は興味深い」と述べた。大半の議員もパトリオットシステムの納入待ちに限界を感じ始めており、本音で言えばレイセオンとの契約解除を望んでいる。しかし、スイスは約7億フランの手付金を既に支払っているため契約解除は容易ではない”
“政府はレイセオンとの契約に「離脱条項」が含まれていると認めているものの、これを行使した場合「幾ら返金されるのか」という質問にはノーコメントを貫いている。さらにスイスがレイセオンと直接契約したのではなく、FMS経由で契約を結んでいる点も事態を複雑にしている。政府関係者によれば離脱条項を行使した場合「スイスはトランプ政権の善意に頼る以外、返金に関する法的な保証はない」という。それでもド・クワトロ委員長は「米国が適時に納入できないのであれば返金を求めるべきだ」「このお金は多額の税金であり国防のために必要だ」と言う”
“返金が難しい場合に備えて「返金されないのであれば、他の米国製装備品の購入費用に充当させるべきだ」「米国が納入できないなら、その資金をF-35の支払いに振り向けるべきだ」という独創的なアイデアも浮上している。議会は間もなく基本方針を決定しなければならず、これは地政学的な意味を持つ決断となるだろう。SAMP/Tに乗り換えれば欧州大陸の安全保障構造におけるスイスの立場を示す強いシグナルとなるだろう。逆に米国は契約破棄を非友好的と見なし、支払済みの7億フランを失うリスクに加えて関税問題での立場も悪化させるかもしれない”
フランスの軍事ブログ=Zone Militaireも「米国がウクライナ支援を優先しているため、スイスは発注したパトリオットシステムをいつ受け取れるのか分からない」「さらに世界的な需要でPAC-3 MSEやPAC-2 GEMTの価格も急騰しており、システムの最終価格がいくらになるのか何の保証も得られていない」「スイス連邦国防・国民保護・スポーツ省は『パトリオットシステムの納入延期を昨年の夏に知った』『米国は納入に関する追加情報を3週間後、12月、今年1月までには通知すると約束したが、現在まで何度も通知されていない』『このような状況で予測を口にするのは無責任だ』『我々はもう1年待つわけにはいかない』という」と指摘。

出典:The White House
トランプ大統領は今月6日に発表した「米国第一主義の武器移転戦略」の中で「今後は国防支出額、米国製装備の購入量、米国の戦略において重要な役割や地理的条件を加味して同盟国やパートナーへの武器供給に優劣をつける」と宣言しており、台湾の国営メディアも「これは台湾にとって有利だ」「台湾は米戦略計画における地理的重要性、国防支出の5.0%達成を約束しているためワシントンの優先パートナーだ」「複数の同盟国が納入待ちの長い列を作っている需要の高い米国製装備で納入順位が優遇される」と報じている。
スイスは今回の件で「米国が自国をどのように扱っているのか」を認識した格好だが、このまま波風を立てないよう同調し、妥協し、従順になることで安全を買えると期待するのか、それともSAMP/Tに乗り換えて米国への依存度を引き下げてくるのか注目される。
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※アイキャッチ画像の出典:Eurosam





















ウクライナ向けに優先したということを、どのように評価しているのかという一面でしょうね。
欧州が一致団結しているというのは幻想で、ウクライナを優先すれば喜ぶというわけではないというのが、現実問題として現れたということでしょう。
スイスの地政学的に見て、対ロシア最前線から程遠い位置にあるわけで、スイス国民として考えれば『納期がいつになるのか分からない』となれば代替案を考えるのも自然な流れだなと。
今はどこも色々とカツカツだから、スイスも一部か全部を自国生産させてくれるメーカー呼んだらいいんじゃないか。少なくともフランスと韓国はシュバッてくるでしょ。
それはそれで生産開始がいつになるかは分からんが、いつ届くかよりはほぼ確実に受け取れるし。
トランプ大統領の米国第一主義の武器移転戦略、同盟国やパートナーへの武器供給に優劣をつけるって、言ってる事は勇ましいですが、裏を返せばそうしないと約束した数の武器を供給出来ないぐらいアメリカの武器製造能力が先細ってる事ですよね。
スイスの選択は当然ですしこの流れは世界的にさらに広がっていくと思います。
この辺が韓国製武器輸出の躍進の理由でしょうし、必要な物を必要な数だけ必要な時期に届けるという事がいまいち存在感のない日本製武器輸出の一つの鍵になるかもしれません。
NATO加盟国ではないスイスへも国防費5%の対象なのでしょうか気になるとこですが、
F-35への追加購入資金へいつ納入されるのかわからないパトリオットをキャンセルし、その資金をF-35へ回すアイデアは良いのですがFMS契約の落とし穴でトランプ政権との交渉は今の米国国内情勢を見ると今は危険な気はします
AI様に調べてもらった所、
アメリカとスイスは相互関税を上限39から15%へ引き下げた替わりに、対米投資として5年間で2000億ドル(約30兆円)を確約との事。
ひょっとして、日本向けパトリオットミサイルも納品が延期されているんじゃないだろうか。
防衛省は、こういうことは言わないからね。
むしろPAC-2/3共に三菱重工名古屋誘導推進システム製作所で絶賛生産中ですよ。ネックになるのは現状だと去年だったかに問題になったPAC-3のKaバンドアクティブレーダーシーカー部分だけでそれ以外は作っているんじゃないの?
下手すれば米国で既に生産終了したPAC-2のシーカージャイロすら輸出している訳で完璧では無いにしろ国内企業だけでかなりの部分を作っている感じはする。
>国内企業だけでかなりの部分を作っている感じはする。
ということは、外国製部品も使っているんだよね。仮にそれがアメリカ企業からしか納品されないのであれば、延期により製造が止まるわけで。いくら国内で組み立てていても、部品が無ければ国内製造だから大丈夫とはならないでしょう。
あれもダメ、これもダメ
なら何なら満足に作れるんだよお前はぁ~!?
流石に記事を一度よく読まれたらいかがでしょうか
スイスの怒りはもっともですよね、ヨーロッパ諸国どころか日本もそんな感じなのでしょう。
自国生産より海外から買った方が価格も安全保障も有利というのは幻想だったのでしょうね。欲しい時に手に入らないのですから。度々話題になりますが100%高性能な装備に拘らなくても良いのでは。そもそもが防衛、他国から攻められにくくする事が目的なのなら尚更。選択肢が少ない製品はどうしても高価格で入手性が悪くなる傾向があるのでカタログスペックは劣ろうが似たようなもの造るか買うので良いと思います。
>カタログスペックは劣ろうが似たようなもの造るか買うので良いと思います。
韓国の天弓IIなんていかがでしょう。韓国は売る気満々なので、少々無理を言っても聞き入れてくれますよ。
さらに、次期型となる天弓IIIの開発も始まったと報じられているので、将来も継続してサポートが受けられるでしょうし。
韓国の陸戦兵器は、世界各地で色々と売れているので、これも良いと思いますよ。
スイスのようなお金持ちの国には合わないかと
お金持ちだからこそ爆買いして短期間で数を揃えられて良いんじゃないですか。w
> カタログスペックは劣ろうが似たようなもの造る
まさしく中SAM改の能力向上はそのための事業でして(元がAD用でサイドスラスタやTVCは備えてないのでBMD能力はMSE抜きのPAC-3にも及ばないだろうが変則軌道で速度の落ちた新型SRBMの対処とかには十分)。
スイス、法外な関税回避のディールで、GDP比だと日本より重たい米国投資を約束したのにこの仕打ち。
アメリカにとって金融面で目障りな存在だからトランプの標的になってる感がある。
スイスとオーストリアは事あるごとに欧州安全保障ただ乗り扱いで圧力をかけられる面もあるので近場への依存を増やし過ぎるのもそれはそれで。
スイス在住ですが…スイスは米国に酷い不信感を持っていると思います
第二次トランプ政権は関税が話題ですが、2025年4月にトランプ政権はスイスへの関税を31%と発表(日本は24%)、その後スイスも日本など多くの国と同様に関税交渉に乗り出し、ある程度の低減で妥結する寸前まで行ったそうですが、10月に米国政府がスイス政府への事前連絡もなく唐突に39%の関税を正式発表しました。後に時計産業を中心に交渉を行い、12月に15%への引き下げで合意しました。
この例を含め「米国がスイスをどう扱っているか」という懸念が前提としてあります。
思うに、スイス政府としてもウクライナ優先は仕方がないと考えるでしょう。スイスは6.9〜7万人のウクライナ難民を受け容れており、公用語(ドイツ語/フランス語/イタリア語)の習得などのサポートもしていますから。ここで問題なのは「事前通知が無かった=スイスは米国からぞんざいに扱われている」という点です。
そもそもの話としてスイス人は他人にコントロールされることを酷く嫌う民族性で、カントンごとの独立性が非常に高くベルンの統治すら嫌悪されているほどです(だからEUに加盟する=ブリュッセルに統治される、など考えられない)。そんな人々が、米国大統領の気まぐれに振り回されることを良しとするとは思えません。
7億ドルというのは大金ですが、上述のスイス人の気質から考えて、7億ドルを損切りしてでも米国に振り回される可能性を金輪際排除する方針になったとしても驚きません。
大体スイスにパトリオットとか大層なミサイル必要か?
必要だとしても使う相手ロシアしか居ないし
そのロシアだって遥か向こうの話だぞ
それを言ったらステルスのF-35もレオ2も必要か?みたいな周りに脅威が無いなら軍備最低限で十分な話にしかならないので噛みつく所が違うのでは?
NATO/EUとの協力強化して自国防衛能力上げるって流れなんだから、地理的な要因があったとしても安全のただ乗りみたいな態度を露骨にしたら外交面にも影響が出そうなもんだが。
日本のJSIの納期遅れと価格高騰もどうにかならんもんですかね。
せめて「お詫びとして◯◯を超セール価格で購入できる権利をおつけします!」みたいなのはあってもいいように思えるのですが。
台湾のF-16 Block70の件も酷いですが。
アメリカの現状を鑑みるに、「お詫びとして◯◯を超セール価格で購入できる権利をおつけします!(ただし納期は保証しないけどな!)」となりそうな…。
ワイはアメリカのブランドに忌避感出てきてるから欧州の人も似たような感じなんだろうな
スイスに弾道ミサイル撃つ国なんてそうそうないというか、それまでに弾道ミサイルがどこの上空を通るんだという問題があり、また隣国が弾道ミサイル撃ってくるような事態は色々前提がおかしいですからね……、日本と違って性能を最優先する必要はないでしょう。とはいえ隣国の頭がおかしくなったときに無抵抗で蹂躙されない必要はあるのですが。
ウクライナ優先そのものに苛立つよりも、常識的に考えると米国の説明の不十分さやそもそもの生産の遅さに苛立ってるんじゃないかと。