豪国防省は原潜取得に関する合意と詳細に関する情報を公開、オーストラリアは大金を払って米英から原潜を購入するだけの顧客ではなく、米英は原潜の建造・維持に不可欠なサプライチェーンに豪産業界を参加させるつもりだ。
参考:The AUKUS Nuclear-Powered Submarine Pathway
参考:Everything We Know About The Future SSN-AUKUS Submarine’s Configuration
AUKUSの枠組み下で米英豪は原潜の建造・維持に関わるサプライチェーンの負担を分散化する
まずオーストラリアの原潜取得に向けたロードマップは大まかに3つのステップで構成され、2027年頃を目処に米英の原潜が西オーストラリアでローテーション(Submarine Rotational Forces West)を開始、この取り組みを通じて豪州は原潜運用に不可欠な産業基盤や能力を確立、2030年代に米国からバージニア級を3隻購入、2040年代に米戦闘システムを搭載する英国設計のAUKUS級原潜を取得する予定で、AUKUS級原潜の開発・取得に遅延が発生すればバージニア級を追加で2隻取得する可能性がある。
約30年間に渡るオーストラリアの原潜取得計画には最大2,450億ドル=約32兆円の費用がかかると見積もられているが、豪国防省は「米国から取得する原潜の詳細が確定していないため、2,450億ドルの見積もりにはバージニア級の取得費用は含まれていない。新たに英国と豪州が導入するAUKUS級はバージニア級と高度な共通性を備えている。これは米英豪のパートナー間で相互運用性を確保するのにも役立つが、バージニア級からAUKUS級への移行にも便利だ」と明かしているのが興味深い。
米国がAUKUS級に提供する具体的な技術は推進プラントに関連したシステムやコンポーネント(原子炉自体はロールス・ロイスが供給)、垂直発射システム(VLS)、魚雷やミサイルといった武器で、国防総省は「豪州に提供するバージニア級やAUKUS級にはバージニア・ペイロード・チューブ(VPT)やバージニア・ペイロード・モジュール(VPM)は提供しない」と述べているため、豪州が2030年代に取得するバージニア級BlockIII以前の中古艦になる可能性が高く、仮に新造艦を取得する場合にはBlockVからVPMを取り除いてVLSに変更する必要がある。
ロサンゼルス級やバージニア級BlockIIまでは水中発射型巡航ミサイル「トマホーク」を収納するVLSを採用していたが、BlockIIIからはトマホークを6発まとめて収納できる大口径のVPTを採用、さらにBlockVからはVPTの概念を更に発展させたVPMを採用しており、1基づつ独立したチューブで構成されるVLSを止めることでミサイル設計の制約が緩和され、トマホークならVPMに7発まとめて収納でき、必要に応じて水中無人機、水中発射式の無人機、SEALsが使用する機材、開発中の極超音速ミサイルもVPMに搭載する予定だ。
つまり英国と豪州には従来タイプのVLSしか提供しない=トマホークサイズの極超音速兵器が実用化されない限り運用できないという意味だが、豪国防省は「AUKUSのパートナー(米英豪のこと)は米豪の戦闘管理システムを拡張した共同戦闘システムを開発する」とも言及しており、これは米原潜とコリンズ級で使用されているAN/BYG-1のことで米海軍のコロンビア級、バージニア級、次期攻撃型原潜、英海軍と豪海軍のAUKUS級は同じ戦闘管理システムを使用するのだろう。
最も興味深いのは「オーストラリアは大金を払って米英から原潜を購入するだけの顧客ではない」という点で、AUKUSは原潜の建造・維持に不可欠な米英のサプライチェーンにかかる負担を軽減するため「豪産業界をサプライチェーンに参加させる」と言及しており、具体的には豪産業界が能力を実証済みの高張力鋼、バブル、ポンプ、バッテリー、配電装置、照明、添加物製造などの供給に参加させるらしい。
要するにAUKUSの枠組み下で米英豪は原潜の建造・維持に関わるサプライチェーンの負担を分散化するという意味で、原潜を導入するのに大金は必要なもののサプライチェーンへの参加は豪産業界にとって魅力的に映るはずだ。
因みに豪防衛産業は世界で20番目の海外輸出額(2019年に49億豪ドル=約4,300億円、2020年に53.5億豪ドル=約4,700億円、2021年に27.3億豪ドル=約2,400億円)を記録しており、政府は海外輸出額で10位以内に入ることを目標にしている。
関連記事:米英豪が豪州の原潜取得に関する合意を発表、米戦闘システムを採用するAUKUS級を導入
関連記事:豪州は2030年前半にバージニア級を最大5隻購入、後半に新型原潜を建造
※アイキャッチ画像の出典:Photo by Chad McNeeley
米英からしても自国だけで原子力潜水艦のサプライチェーンを維持するのはお金が掛かるから今回のAUKUSを通じて負担を抑えようと言うことかな?
オーストラリアとしても自国で原子力潜水艦を建造できるし米英のサプライチェーンに参加出来るから良い話だと思います。
オーストラリアは製造業が弱いので公的資金を投入しやすい防衛産業をとっかかりにしたいのでしょうね。
にしても先の長い話ですねえ。早くても次のイベントは10年後ですか。アメリカは原潜3隻も追加で作れるんでしょうか。
政権交代しても継続ですから当面は続けそうですが、5年後位にもうひと悶着ありそうですねえ。経過が楽しみです。
当然ながら原潜造修能力整備を含めた米英豪間の長期計画でしょう。
5年後ぐらいまでに米国の造修能力が現状からさして改善されてないなら米国自身の大問題です。
>5年後ぐらいまでに米国の造修能力が現状からさして改善されてないなら米国自身の大問題です。
おっしゃる通りだと思うのですが、アメリカが圧倒的に強い第三次産業に比べ、第二次産業に人が集まらないというのが問題の根本ですから、おそらくアメリカ国民以外を雇えない原子力潜水艦事業が5年10年で果たして改善できるのか、ですよね。
AUKUS発表前後の海軍関係者の発言を聞いていると、普通に米海軍分の更新分をオーストラリアに回すようにしか思えないんですよね。海軍全体の更新計画見てても、バイデン大統領には今すぐその分を何とかする銀の弾丸はないようで。
原子炉はやはりRRでしたか。
米国で建造する豪州用のヴァージニア級の原子炉はどうするのだろう。
英国の原子炉は、米国のものより少し古い型と聞いています。
やっぱり、RRから米国へ実物を渡すのかな。
そうでないと、先のことはさておき、型式の異なる原子炉が併存してしまうし。
あと、英米の燃料ウランは高濃縮なので取扱はどうするのだろう。
オーストラリアでは扱えないと思うのだけど。法的(IAEA)にも能力的にも。
もし、低濃縮のものを専用で開発するならば、日本も参画したいものです。
米英にとって原潜のサプライチェーンは負担である、豪にとってサプライチェーンへの参加は魅力的である、この違いはどこから来るんだろう?人件費の差かしら。
現役運用数に対する整備可能ドッグ数や保守部品製造メーカー数などではないでしょうか
オーストラリアでの運用予定数は米軍運用数よりはるかに少ないため1ドッグ、1メーカー当たりの負担はアメリカほど大きくはないでしょう
それでもしオーストラリアが原潜運用・整備体制をうまく構築することができて米原潜をも整備できるようになれば、米豪の1ドッグ当たりの原潜担当数は平均化されキャパオーバーしているアメリカにとって助けとなりえると思います
>因みに豪防衛産業は世界で20番目の海外輸出額(2019年に49億豪ドル=約4,300億円
何気に日本は防衛費世界9番目くらい(5兆円くらい)だから、輸出こそしてないが、国内需要だけでも世界的に見ればまあまあな金額なんだな、と思った。