中東アフリカ関連

イスラエル、アゼルバイジャンに対する武器供給停止を拒否

イスラエルメディアは12日、アゼルバイジャンに対する武器の禁輸措置を求めるイスラエル国内の訴えは「証拠不十分」として退けられたと報じている。

参考:High Court rejects ban on arms sales to Azerbaijan as lacking evidence

ゼルバイジャンに対する武器の禁輸措置を否定したイスラエルの裁判所

政治活動家エリー・ジョセフ氏によってイスラエルの裁判所に提出された証拠はアルツァフ共和国(事実上アルメニア支配下のナゴルノ・カラバフ地域)の首都ステパナケルトへの攻撃にイスラエル製クラスター爆弾(M095DPICM)が使用されたことを証明するものと、アゼルバイジャン軍への武器供給はイスラエル製が約6割を占めており、紛争が行われている最中もアゼルバイジャンへの武器供給が空輸を通じて行われていることを証明するもので、これを根拠にジョセフ氏は「道徳的な観点からアゼルバイジャンへの武器輸出を停止すること」を求めていた。

出典:Martin Thoeni、www.powerplanes.ch / CC BY-SA 4.0 イスラエル製無人航空機ヘルメス900

しかしイスラエルの裁判所は12日「提出された証拠だけではイスラエル製兵器がアルメニアに対する戦争犯罪に使用されたと証明するのに不十分だ」として、ジョセフ氏の訴えを受理しないと発表した。

これとは別にアルメニアのサルキシャン大統領が今月6日、イスラエルのリブリン大統領は対して「アゼルバイジャンに供給した武器は防衛目的だけに使用されるという説明とは異なり攻撃目的にも使用されている。これらの武器がナゴルノ・カラバフ地域で使用され多くの民間人犠牲者を生んでおり、イスラエルがアゼルバイジャンに武器を供給し続けることは容認できない」と語り、アゼルバイジャンへの武器供給を直ちに停止することを要求。

この要請に対してリブリン大統領は「イスラエル政府と共に検討する」と話すに留まったが、会談直後にアルメニア駐在のイスラエル大使がメディアに対して「今後数日中にアゼルバイジャンへの武器供給が停止される可能性がある」と語ったためアルメニア国内である種の期待感が広がっていたのだが、今回のイスラエル裁判所が下した決定を考慮するとアルメニア政府の要請にイスラエル政府が応じるのか非常に怪しい。

出典:public domain

前回の記事「ナゴルノ・カラバフ紛争、アゼルへの武器供給を遮断するのが難しい理由」でも述べたが、ナゴルノ・カラバフ地域の帰属問題について「ナゴルノ・カラバフ自治州の独立=アルツァフ共和国の成立」というアルメニアの主張を国際社会は認めておらず、基本的に「ナゴルノ・カラバフ地域はアゼルバイジャンに属する」と認識しており、現在のナゴルノ・カラバフ地域はアルメニアが支配している領域と呼んでいる。

特にイスラエルは石油輸入の約40%をアゼルバイジャンから輸入している以外にも、産業関係の規制緩和と経済自由化を進めたアゼルバイジャンに多額の投資を行いイスラエル企業が多数進出しているため両国間の取引総額は2億6,000万ドル(武器やエネルギー取引を除く)に達し、逆にアゼルバイジャンはイスラエルから多額の防衛装備品を購入するなど両国は経済と安保の結びつきが強い。

そのためイスラエルとしては、アルメニアのサルキシャン大統領が「イスラエル製兵器は防衛目的だけに使用されるという説明とは異なり攻撃目的にも使用されている」と訴えても、アゼルバイジャンに帰属するナゴルノ・カラバフ地域に居座っているアルメニア軍を追い出すためにイスラエル製兵器を使用しているなら「攻撃」ではなく「自国領の回復=自衛行為」と解釈することが出来るため禁輸措置を講じる根拠にならないと判断しても不思議ではない。

出典:kremlin.ru / CC BY 4.0 CSTO集団安全保障評議会

この事実はプーチン大統領も認めており、国営メディアの取材に対して「アルメニアは集団安全保障条約機構の加盟国でCSTOは条約の枠組み内で一定の義務を負っているが、今回の軍事作戦がアルメニア領土内で行われていないことを残念に思う」と語り、集団安全保障条約機構による集団的自衛権の発動=支援を否定している。

関連記事:ナゴルノ・カラバフ紛争はアルメニア領土外、プーチン大統領が支援を否定

要するにアルメニアの弱みはアゼルバイジャンの攻撃が「アルツァフ共和国自体への侵略」だと定義できないところにあり、だからこそナゴルノ・カラバフ紛争を根本的に解決するためには「国際社会がアルツァフ共和国を承認することが重要」だと必死に訴えているのだが、アルメニアの意見に同調する国は皆無だ。

そのためアルメニア側としては今回の人道的停戦を何としても成立させ、この期間を最大限活用して政治的決着に持ち込まなければならず、逆にアゼルバイジャン側としてアルメニア軍を挑発して戦闘を誘発させ、これを口実に「人道的停戦がアルメニアのせいで破られた」と主張して戦闘を再開させたいところだろう。

果たしてアルメニア軍の前線で戦う兵士たちはアゼルバイジャン軍の挑発にどこまで耐えられるだろうか?もし挑発に乗ればアゼルバイジャン側の思うツボだ。

 

※アイキャッチ画像の出典:Julian Herzog / CC BY 4.0 イスラエル製無人航空機ハーピー

果たして売れるのか? トルコ製UAV「バイラクタルTB2」が衛星通信による遠隔制御に対応前のページ

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コメント

    • 匿名
    • 2020年 10月 13日

    「ナゴルノ・カラバフ地域はアゼルバイジャンに属する」といっても、その地域の人口の9割はアルメニア人となるとアゼルバイジャンに属した場合、次に起こるのは民族浄化じゃないだろうか。

    11
      • 匿名
      • 2020年 10月 13日

      それ、アゼルバイジャン人を十万単位で追放した結果でしょ

      8
        • 匿名
        • 2020年 10月 13日

        だからといってやっていいか?といったらそんな訳はなく、短絡的かなと。
        仮に領土取り戻したとしても二度と元の形には戻らない。
        なぜならそこには数世代にも渡って居住する住人がいるから。
        北方領土も取り返したところで住人の強制移住など不可能。
        せいぜいが自治領が関の山。
        領土紛争は二世三世が生まれてしまう前に決着をつけるべき、できなかったら敗北だよ。

        2
          • 匿名
          • 2020年 10月 13日

          なんで?強制追放し返して二世三世が生まれるまで引っ張ればいいんでしょ?
          金満なアゼル側はそれが出来る余力あるだろうし問題ないでしょう

          2
            • 匿名
            • 2020年 10月 13日

            それでうまくいってる前例あります?

            1
            • 匿名
            • 2020年 10月 13日

            ソ連のスターリン体制時代に
            見事にそれやりましたけどね‥

            強制移住と強制追放

            4
            • 匿名
            • 2020年 10月 14日

            まあ、アルメニアは失敗したよね

            1
          • 匿名
          • 2020年 10月 14日

          アルメニアを批判しながら、過去アルメニアがやったことを肯定しているに過ぎないのを全く自覚してないとは驚きかなあ・・・。
          流石にそれは日本に侵略されたから侵略し返して根絶やしにしたい!と叫んでるどこぞの半島の人々とレベルが変わらんですよ。

          4
      • 匿名
      • 2020年 10月 13日

      ホロコーストで被害者だったユダヤ人国家が、アゼルバイジャンによる民族浄化に間接にでも荷担するなんて、さぞ敵対イスラム勢力を喜ばせるだろうに

      5
        • l
        • 2020年 10月 14日

        イスラエルは多分そういう弱々しい気構えではないと思うよ
        弱いのが悪いのだ。イスラエルはそれを反省して軍事国家になった

        6
          • 匿名
          • 2020年 10月 14日

          それまんま今支那がやってることですよね。
          ということは弱い日本は悪いので()という論がまかり通ってしまいますよね。

          5
    • 匿名
    • 2020年 10月 13日

    >>果たしてアルメニア軍の前線で戦う兵士たちはアゼルバイジャン軍の挑発にどこまで耐えられるだろうか?
    挑発どころか南部バトルトではアゼルの大規模な攻勢が続いてるし、東部でもアゼルは攻勢に出てきている。

    2
    • 匿名
    • 2020年 10月 13日

    >ナゴルノ・カラバフ地域に居座っているアルメニア軍を追い出すためにイスラエル製兵器を
    >使用しているなら「攻撃」ではなく「自国領の回復=自衛行為」と解釈

    イスラエル自身もパレスチナに対して「自衛行為」をやってるしなぁ。

    6
    • 匿名
    • 2020年 10月 13日

    こういう血も涙もない話聞いてると反戦活動家の気持ちも分からんでもない
    分からんでもないが、逆に彼らの主張するような「戦力を持っていなければ地域の信頼を受けられるため戦争には絶対に巻き込まれない」っていう理論についても、こういう利益のことだけ考えて外交してくる魑魅魍魎が果たして従うのかっていう意味で、答えが見えてくるような気がする

    11
    • 匿名
    • 2020年 10月 13日

    イスラエルは中東諸国全部を敵にまわして全部跳ね除けてる国だからなぁ
    国際世論がどーたらで折れるような国ではない

    12
      • 匿名
      • 2020年 10月 13日

      それもあるがアルメニアにもロシアやイランの兵器が入ってる可能性があり、イランが代理戦争やらせる気なら引くに引けない。
      イスラエルとイランの代理戦争にロシア、トルコが加勢してる疑いがある。

      2
    • 匿名
    • 2020年 10月 13日

    始めから戦力的にも政治的にもアゼルバイジャンが有利な戦い
    おまけにの後ろにはトルコまでいるからなぁ…
    停戦直後の武力衝突も派遣したシリア人傭兵がマッチポンプしていた可能性が高い

    3
    • 匿名
    • 2020年 10月 13日

    ロシアの仲介で停戦交渉は行われたが、すでに破たん。
    ロシアのコーカサス地方での影響力が地盤沈下していることにこそ注目すべき。

    2
      • 匿名
      • 2020年 10月 13日

      このような事態はソ連崩壊が原因だと主張し、ロシアは両国をソ連復帰を要求する未来が見える。

      1
      • 匿名
      • 2020年 10月 13日

      ロシアの影響力が下がってるなら
      ジョージアは南オセチアとアブハジアの
      2地域失わなかったし

      ウクライナはクリミア半島と
      ウクライナ東部占領されてない

      少なくともプーチン権威体制のロシアは
      どう転んでも安泰だし

      北方領土問題も解決はしない

      2
    • 匿名
    • 2020年 10月 13日

    これでアゼルが勝っても、残留アルメニア人をどう扱うかで無限の報復連鎖に陥るぞ
    みんな自分のやったことは都合よく忘れるが、やられたことだけは延々と覚えてるからね
    人間は勝手だ

    1
    • 匿名
    • 2020年 10月 14日

    まあ、「コーカサスの韓国」と揶揄されるアルメニア人の気性から言って、いつまでも挑発に耐えられるとは思わないけどなー

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