軍事的雑学

追記:日本に病院船は必要か?米国、感染症に対して病院船「コンフォート」の効果は限定的

新型コロナウイルス「COVID-19」の感染拡大で医療崩壊が現実の問題として叫ばれる中、日本でも病院船に注目が集まっている。

では、特に日本のメディアが引き合いに出す米軍の病院船について米メディアがどのように考えているのかご紹介したい。

感染症に対して病院船の効果は限定的で「象徴性」の意味が強い

米軍が保有する病院船は設備の整った野戦病院として設計されており、大規模な戦争で傷ついた兵士を正規の病院へ後送するまでの期間治療を行うことを目的にしている。そのため今回の新型コロナウイルスのような目に見えない感染症患者を治療するようには出来ておらず、船で働くスタッフも感染症に対する知識を持っていないため根本的に使い方が間違っているという批判がある。

現在、ニューヨークに到着して治療を開始した病院船「コンフォート」は新型コロナウイルスの患者を治療するのではなく、ニューヨークの病院に入院している新型コロナウイルスに感染していない患者のみを引き受け治療を行っているため新型コロナウイルス対策としては間接的な支援に留まっており、さらに船舶という特性上、換気が地上の病院よりも良くなく船内も狭いため1人でも新型コロナウイルスに感染した疑いがある患者を乗船させてしまえば一気にウイルスが蔓延するかもしれない。

出典:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 2nd Class Sara Eshleman

そのため市内の病院から引き受ける入院患者の条件が非常に厳しく、当初は20人程度(最大1,000人収容可能)しか受け入れていなかったためメディアから批判を受けた。現在は若干受け入れ条件を緩和して対応しているため受け入れた患者の総数は増えているだろう。

補足:あまりに古すぎ病院船「コンフォート」の推進機関が「蒸気タービン」を採用しているため、これを扱える人材が高齢化しているため新型コロナウイルスに感染すれば重症化しやすいという点も新型コロナウイルス感染者を同艦に乗船させたくない理由の一つだと言われている。

結局、多くの米メディアは大地震やハリケーンなどによって外傷を受けた患者を治療するのとは異なり、病院船で未知の感染症を治療するのは不可能=事態を悪化させるだけという認識でほぼ一致している。

そのため日本が今回の新型コロナウイルスだけを見て病院船を整備すれば、いずれ「話が違う」と言い出すかもしれない。

米国でも単機能の病院船整備は費用対効果が悪すぎると考えられている

米国でも病院船の維持や関連費用については常に議論されている問題で、米海軍としては廃止したいと何度も議会に訴えているが許可が下りず、逆に議会は代わりの病院船を調達するまで現行の病院船を廃止することを禁じているため、米海軍は共通構造多目的任務適用プラットフォームを利用した病院船を2030年半ばまでに2隻調達することを計画していたが1隻の建造費だけで13億ドル(約1,420億円)以上になるという見積もりに青ざめてしまった。

そのため中古船を調達して改造する案など、もっと費用対効果の高い代替案を検討すべきだと指摘されている。

さらに戦争の形が様変わり=人的被害が出る地上戦力の派兵を嫌い航空兵力主体の戦争へ移行しているためベッドを1,000床も備えた病院船は過剰装備だと考えられており、実際、病院船「コンフォート」や病院船「マーシー」が派遣された任務では使用するベッドを250床か500床に制限することで余計な医療関係者の招集を防いでいることから、新しい病院船を建造するにしても今よりも小型な病院船が理想的だと言われている。

出典:U.S. Navy photo by MC2 Sara Eshleman/Released

最後に病院船の運用や維持に関わる問題だ。

米国でも病院船は常時運用されてはおらず必要な時に軍や民間の病院から医師や看護師を動員して運用されており、もしベッド1,000床をフル稼働させるためには膨大な医療関係者を招集しなければならない。米国でもこれだけの医療関係者を動員すると現場で人手不足に陥ると言われており、日本が病院船を保有すると同じ悩みを抱えることになる。

特に病院船は地上に建設される病院と異なり海上を航行して移動し、潮風が吹きつける港に接岸された状態で運用されるため同じ規模の病院よりも維持費が高価で米国でさえ別の解決方法を模索すべきだという指摘もあるほどだ。

出典:public domain クルーズ船 ダイヤモンドプリンセス

そこで提案されているのはクルーズ船の活用で予め病院船として活用することを前提に設計しておき、病院船として使用する際も短期間で準備が整えられるよう医療危機をコンポーネント化しておくことが提案されているのだが、欧米ほどクルーズ船が普及していない日本で参考になるはわからない。

ただ米国でさえ病院船という単独機能の船を維持し運用するのが難しくなっているという事実を踏まえて日本も病院船整備を検討しないと、日本が病院船を整備した頃には米国は病院船を廃止してクルーズ船活用に移行しているかもしれない。

よく病院船の実情を知ってから議論をしたほうが良い

管理人も米国のやり方や考え方が全て正しいとも思わないし、日本の場合は自衛隊を国外へ大規模派遣することも考えにくいため病院船本来の目的「戦争で傷ついた兵士の治療」として使用されることは皆無だろう。

ただ一つ言えるのは、感染症の治療に対応できるよう病室を全て陰圧隔離した病院船を整備しようと考えれば規模によるが護衛艦「いずも」の建造費(約1,200億円)程度では全く足りない可能性がある。では、米国のように感染していない患者の治療を引き受けるという方法もあるが、船内に1人でも感染者を入れてしまえば船内感染を引き起こし事態を悪化させるだけなので無意味とまでは言わないが、感染症に対して病院船の出来ることは非常に限定的で派遣したという「象徴的」な意味合いだけになりそうだ。

出典:海上自衛隊 護衛艦「いずも」

もちろん東日本大震災にように外傷患者の受け入れには力を発揮するため病院船整備は全くの無意味ではない、しかし新型コロナウイルスのような感染症に対してまで病院船が有効だと考えるのは、米国での現状を知らないとしか言いようがない。

感染症の治療に対応できる病院船を幾ら掛かっても整備するのであれば、それも一つの選択肢だ。

真っ白に塗装され大きく赤い十字マークが描かれている病院船はソフト外交も利用できるという意見も十分に理解できるが、あくまで感染症に非対応の一般的な病院船を整備するなら単機能の病院船を整備するより、多任務に活用できる海自の艦船を増やすか病院船として活用可能なよう予め設計した長距離フェリーなどを整備したほうが費用対効果の面で優れているのは間違いない。

以上のように米国のメディアは病院船が新型コロナウイルスの感染拡大に効果的な活躍をしているとは必ずしも見ていないのが現状で、日本の病院船整備議論の助けになれば幸いだ。

4月10日0:25追記 病院船「マーシー」で新型コロナウイルス感染者が発生

ロサンゼルスで医療支援を行っている病院船「マーシー」の乗組員が新型コロナウイルス「COVID-19」に感染したと米メディアが報じている。

参考:Sailor on Mercy hospital ship tests positive for coronavirus

ニューヨークで活動している病院船「コンフォート」は当初、新型コロナウイルス感染者の受け入れを拒否していたため20人程度(最大1,000人収容可能)しか入院患者を扱っておらずメディアから批判を受けたが、現在は新型コロナウイルス感染者の受け入れを行っていると報じられている。

しかしロサンゼルスで活動している病院船「マーシー」は市内の新型コロナウイルスに感染していない患者しか受け入れておらず8日時点で12人(30人が治療を受け下船済み)の患者しか乗船していない。それにも関わらず病院船「マーシー」の乗組員が新型コロナウイルスに感染してしまった。

海軍によれば新型コロナウイルスに感染した中尉は受け入れた患者と全く接触しておらず、病院船「マーシー」の安全を確保するため軍の施設に移動させ隔離しているらしいが、今後艦内で勤務する乗組員から新たな感染者が発生すれば感染拡大の抑え込みに失敗したことになり病院船「マーシー」は暫く機能しなくなるかもしれない。

目に見えない感染症との戦いに病院船を投入したのは、やはり間違いだったのだろうか?

 

※アイキャッチ画像の出典:U.S. Navy photo by Chief Mass Communication Specialist Mike DiMestico/Released

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コメント

    • 匿名
    • 2020年 4月 09日

    飛沫感染に病院船は脆弱なので、野戦病院や災害派遣以外の感染症対策には向かないということですね。

    専用の病院船はアメリカと中国くらいしか運用してないですし、日本はいずも型やひゅうが型、おおすみ型に手術室などの治療設備を備えているので、災害派遣ならこれらの大型DDH、輸送艦を派遣することで事足ります。

    感染症には隔離や設備レイアウトが重要なので、従来の病院船とも異なる仕様の数万トン超級の大型船を必要とするでしょうから、民間の旅客船として運用しつつ非常時に借り上げするような仕組みでないと難しいでしょうね。

      • 匿名
      • 2020年 4月 09日

      ロシア 旧ソ連太平洋艦隊の病院船オビ級のイルティシュを忘れないでください
      ロシア海軍太平洋艦隊オビ級病院船「イルティシュ」の動向は平常通り
      リンク
      まさに今現役で活動中なんですから

      • 匿名
      • 2020年 4月 10日

      民間船の借り上げって簡単に言うけど
      わざわざ新造船作って感染症患者の隔離施設と共有なんて絶対嫌でしょ
      何のメリットがあるんだろう

    • 匿名
    • 2020年 4月 09日

    どんな災害でも落ちない滑走路やヘリポート付きの施設を
    陸上に作ったほうが対処可能な状況範囲が広くで費用対効果がある

    • Ribbon
    • 2020年 4月 09日

    はじめて書き込みさせていただきます。
    自衛隊が運用している「はくおう」や「なっちゃんワールド」のような民間旅客船の借り上げ運用のようなことを
    もう少し増やせばよいのではないかと思いましたが、詳しい方 ご意見願います。

    • 匿名
    • 2020年 4月 09日

    船上にこだわる必要はない。

    プレハブみたいなもので、感染症用の野戦病院モジュールを運んだ方が、効率的なはず。

    アメリカ軍の遠征フィールドキッチンなんて、そのまま使えそう。

    心躍るギミックのカタマリ。

    •  
    • 2020年 4月 09日

    感染症の時に主に必要となるのは隔離
    病院船は根本として、戦傷者にたいする応急処置が主なので、
    この二つの需要・供給は全く重なり合っていないでしょう
    アホな政治家の思い付きとしか思えない

    震災時に多数の重傷者が出る時には役に立つでしょうが、感染症には全く役に立たない
    自衛隊に潤沢に予算や人員があるなら、あっても良いものだとは思いますが、
    どうせ他の予算・人員を削ってだろうから、むしろ無い方が良い物と思われる

    • 匿名
    • 2020年 4月 09日

    このコロナ動乱に動じてただ病院船を建造したいがために騒いでいる奴が許せない
    考えなくても費用対効果で採算が全く合わないのは明白
    新たな利権にしたいのだろうがそういう輩は相当腐っている、そんな奴がコロナの世話になればいい

    • 匿名
    • 2020年 4月 09日

    建造費用、先進医療設備の維持費、数百人単位の乗員が必要であると考えると専任の病院船を海自の枠内に作る必要性が感じられないな
    そんなカネと人員が本当に有るなら護衛艦定数更に増やしてDD作った方が海自の戦力整備としてはいいし
    おおすみ型後継艦の建造を前倒しして負傷者、被災者の収容を最初から見越した大規模収容能力を備えさせ必要に応じて医療モジュールを設置できるようにし手術室や医療空間を従来のいずも型やひゅうが型より拡張する等すれば充分日本の国情に合った病院船兼輸送艦になるでしょう

    • 匿名
    • 2020年 4月 09日

    そういう予算がつけるなら中核病院の感染対策の投資に助成金つけるとか感染対策や準医療設備に投資した宿泊施設に助成金つけるとかの方が良いような

    • 匿名
    • 2020年 4月 09日

    そもそも軍の病院船は戦闘により傷ついた兵士や市民を治療するのが目的であって、本格的な感染症に対応するようには出来ていないので、安易に日本にも病院船を!などという議論をすべきではないと思います。
    医療の肝は、あくまでも医療従事者です。だから、どんなに立派な設備を備えた船を建造しようと、よく訓練されたスタッフがいなければ人を救うことが出来ないことは自明です。
    だからといって、一朝一夕に船上で活動できる専門スタッフを育成することは出来ないですし、ましてや陸上の拠点病院で働く医療従事者が大量に引き抜かれるのでは困ります。
    何事も全体のバランスを見て考えないといけません。

    • 匿名
    • 2020年 4月 10日

    一口に病院船と言ったってこういうのは中身の設計次第でまるで別物になるんだから
    海軍の艦艇なんてその最たるものなんだし分かってるはずでしょう
    最初から感染症対応をメインに考慮して作るなら役立たないわけがないよ
    何のために生まれてきたのって話になっちゃう

    • 匿名
    • 2020年 4月 10日

    いずもやおおすみなどはあくまでも海軍の艦船で攻撃対象になってしまう
    いくら非戦闘活動をしていても変わらない
    「動かせる病院である」ということが大切なのであって

    平常時には離島の巡回診断など利用法は多いはず
    災害で陸路が寸断された場合など
    利用価値は現状の医療キットや医療コンテナを搭載する
    方法より迅速に展開できると思う

      • 匿名
      • 2020年 4月 11日

      「平常時には離島の巡回診断」
      そんなの沖縄限定だとしても月に一回も無理ですよね?
      出来るのはせいぜい年数回、健康診断に毛が生えた程度でしょう。
      有事の際に派遣される事を考慮すると入院治療に使うのも困難。
      そもそも日常的な診療の為に「船に乗り込む」というのは結構な負荷だと思いますし。
      なら医師側が下船すれば…ってそれなら各島の診療所を整備・拡張・新設して、
      医師・医療設備輸送用に輸送機を改修して定期的に派遣する方がはるかに効率的でしょう。
      なんならUS-2をベースにすれば病院船成分もほんのり残りますし海外に医療支援で派遣したりすればインパクトもあって今後のUS-2(またはその後継機)の営業にも貢献するかも。

    • 匿名
    • 2020年 4月 10日

    経済オンチの考えが広く普及している最中に新たに病院船をとなると必ず誰かの所得を奪って予算に当てる話になる
    東日本大震災の時も復興には増税だとすぐさま消費税増税の話が持ち上がって実現したし
    病床の数を減らしたらお小遣いをあげる案が予算に組み込まれようとしている様な残念な現状だしな

    • 匿名
    • 2020年 4月 10日

    感染症には不要なものという以前に、そもそも病院船専門の艦艇が日本にはオーバースペックでいらないよね
    ましゅう、いずも、ひゅうが、おおすみには医療機能もあるし、いずもとおおすみに関しては野外手術システム積みまくれば病院船並の能力を発揮出来る。それでも足りなければ民間フェリーを徴用して簡易的な病院船にする事も出来なくはない
    これだけ選択肢がある上にさらに病院船もっていうのは予算の無駄だから、おおすみ後継を2〜3万トン級の大型船にして医療機能さらに拡充すれば十分だと思う。海自は強襲揚陸船欲しがってるみたいだから普通にそうなりそう

    • 匿名
    • 2020年 4月 10日

    小笠原諸島行きの船ならいざというときに病院船になる機能を搭載しても問題ないかも
    どこかの国の漁船が遭難して乗組員が島に上陸して、島に伝染病が流行るようなことがあるかもしれない
    でも父時は診療所しかないのでそのような事態に対応できない。US-2で本土にピストン輸送するのも厳しい
    そういう時に病院船に改装できる貨客船は必要になるとは思う。
    後は沖縄離島航路か鹿児島南西諸島航路が候補になるかと。

    • 匿名
    • 2020年 4月 11日

    現状でも多くの国内航路が国の補助金で建造されてるからには、非常時の借り上げと病院船への転用を踏まえての設計を企業に求めて差し支えないでしょう
    持って無いのと、あっても使わないのとは全く異なる次元ですから

    • 匿名
    • 2020年 4月 11日

    普通の病院に空き病室空きベットを普段から確保しておけばよい
    今般の無駄を削ぎ落とすこと良しとする風潮が有事への対応能力の欠如を招いた
    船など必要ない

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