米国関連

米メディア、ロシアはマイクロチップの備蓄を大量に持っている可能性

ニューヨーク・タイムズ紙は「今月15日の攻撃は『ロシア軍が保有する精密誘導兵器の備蓄量が急速に減少している』というウクライナや西側諸国の主張に疑問を投げかけている」と指摘しており、中々興味深い可能性に言及している。

参考:How Was Russia Able to Launch Its Biggest Aerial Attack on Ukraine?

ロシアはウクライナ侵攻に備え、数年前から「精密誘導兵器の製造に必要なマイクロチップやコンポーネントの備蓄」を行っていた可能性が非常に高い

ウクライナや米英はこれまで何度も「ロシア軍が保有する精密誘導兵器の備蓄量が急速に減少している」と主張、特にウクライナのレズニコフ国防相は先月15日「ロシア軍が保有するミサイル備蓄量(Iskander、Kalibr、Kh-101/Kh-555)が侵攻前と比較して1/3以下=1,844発→609発に減少した」と具体的な数値を明かしたが、ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙は「今月15日の攻撃はウクライナや西側諸国の主張に疑問を投げかけている」と興味深い指摘を行っている。

出典:Командування Повітряних Сил ЗСУ

ロシア軍が今月15日に実施したミサイル攻撃は100発以上という過去最大規模で、ウクライナ軍はKalibr、Kh-101、Kh-555、Kh-59を計77発、イラン製無人機のShahed-136を10機、ロシア製無人機のオリオンとオルラン-10を1機づつ撃墜したと発表したのだが、この攻撃の主体は安価なShahed-136ではなく「備蓄量が急速に減少している」と主張していた精密誘導兵器が大量に使用されているため「ウクライナや西側諸国の主張に疑問を投げかけている」とNYT紙は指摘しているのだ。

レズニコフ国防相が言及した精密誘導兵器の残数から見れば今月15日の攻撃は実施可能なレベルだが、他のリスクに備える必要があるロシア軍は精密誘導兵器の備蓄量を完全に使い果たすのは絶対に不可能であり、ロシア軍の内部文書によれば各ミサイル兵器の最低備蓄量は定数(これが幾つかのかは不明)の30%と規定しているため、ウクライナで消耗できる精密誘導兵器はほぼ限界に近い。

出典:Oleksii Reznikov

それにも関わらず77発ものKalibr、Kh-101、Kh-555、Kh-59を今月15日の攻撃に投入してきたためNYT紙は記事の中で4つの可能性に言及しているが、特に興味深い可能性は「ロシアがミサイルの生産量引き上げている可能性」と「ロシアはNATOとの戦争に極秘の備蓄分があったという可能性」の2点だ。

NYT紙はジェーンズの分析を引用して「ロシアはクリミア併合で西側諸国との関係悪化を経験したため、ウクライナ侵攻に備えて数年前から精密誘導兵器の製造に必要なマイクロチップやコンポーネントの備蓄を行っていた可能性が非常に高く、米国の制裁を招くリスクを厭わない国家や民間組織を通じて必要な部品を入手、侵攻前からIskander、Kalibr、Kh-101/Kh-555などの大量生産を開始していた。既にロシア経済は戦時体制に移行して3交代制のフル操業に入っているため我々の想像より多くの兵器が生産されている」と指摘している。

出典:Vitalykuzmin.net/CC BY SA 4.0

実際、ウクライナでは撃墜されたミサイルの残骸から「過去に製造された備蓄分ではなく新たに製造されたミサイルが使用されている」と結論づけ「精密誘導兵器の備蓄量が急速に減少している証拠だ」と主張していたが、マイクロチップやコンポーネントの備蓄があるという前提なら「新規生産が軌道に乗って前線に供給され始めた」とも解釈できるので非常に興味深い。

さらにロシアは現在も非正規ルートを通じてマイクロチップの海外調達を行っているという報告(正規ルートでないので不良品の数が多く非常に割高らしい)があり、9ヶ月間もロシア側が無策であるはずがないので「西側の制裁に対応した輸入ルート」の確立にある程度成功していても不思議ではないだろう。

出典:Ministry of Defense of Russia

もう一つの興味深い可能性についてNYT紙は「ロシア軍の武器備蓄量を完璧に把握している西側諸国はないが、NATOは『我々との戦争に備えてロシアは極秘の備蓄分を隠し持っている』と長らく信じてきたので、その備蓄の一部を解放しているのではないか」と述べており、ロシア軍の底がどこにあるのか誰にも分からない。

兎に角、西側の制裁の影響で「露防衛産業界は高度な精密誘導兵器を生産する余力はない」と判断するのは時期尚早で、自国軍の即応性に直結する武器・弾薬備蓄を空にしてまでウクライナを支援するつもりが無く、9ヶ月間に提供した武器・弾薬の埋戻しに何年もかかる西側諸国といい勝負なのかもしれない。

関連記事:米軍備蓄量が急速に減少、今後のウクライナ支援に支障が出る可能性も
関連記事:ウクライナ国防相、ロシア軍が保有する精密誘導ミサイルの残数は609発
関連記事:ロシア軍のミサイル兵器の備蓄量は侵攻前の45%以下、イスカンデルは20%以下

 

※アイキャッチ画像の出典:Ministry of Defense of Russia

不幸中の幸い、大半のロシア人はヘルソン市からの撤退を気にしてない前のページ

英国の国防費増額は白紙化、国防戦略の見直しでF-35Bが犠牲になる可能性が高い次のページ

関連記事

  1. 米国関連

    F-16の後継機計画が米空軍の公式資料に登場、新しい戦闘機「MR-X」の登場は2035年頃

    米空軍は2022年度の予算要求で維持コストが高騰しているレガシーな戦闘…

  2. 米国関連

    ボーイングは8,000万ドル以下でF-15EXを提供、空軍の144機調達に期待

    ボーイングは「F-15EXの価格はインフレの影響を受けても8,000万…

  3. 米国関連

    アフガニスタンで旅客機墜落は誤報? 米空軍の戦域通信中継機「E-11A」が墜落

    ポーランドのF-35導入契約に関する話題や、アフガニスタンで民間旅客機…

  4. 米国関連

    LOT18~19でF-35の調達価格が上昇する可能性、米軍の調達削減が原因

    国防総省は2025会計年度予算で調達するF-35を削減する可能性が高く…

  5. 米国関連

    米空母の飛行甲板に衝突したF-35Cは海に落下、現場は中国に近い南シナ海

    米海軍の第7艦隊は25日、F-35Cの事故について「空母カール・ヴィン…

  6. 米国関連

    米海軍が戦力分散化の概念「ゴースト・フリート」を実演、無人艦から艦対空ミサイルSM-6を試射

    国防総省はミサイルランチャーを搭載した無人艦「USVレンジャー」の様子…

コメント

    • tsr
    • 2022年 11月 19日

    重要コンポーネントの事前備蓄していた可能性には少々疑問があります。
    もし本当に戦争に備えて備蓄していたのなら、ロシアのあらゆる産業分野でも同様に備蓄が進められていたはずです。
    しかし現実はそうなっておらず、工作機械や航空機が稼働停止して慌てて打開策を考え始めている有様です。

    おそらく冬前に電力供給網に打撃を与えるために、なけなしの備蓄を使っているのではないでしょうか。

    54
      • けい2020
      • 2022年 11月 19日

      事前備蓄じゃなくて、戦前は生産遅延がひどくて在庫のコンポーネント・マイクロチップが
      多かった可能性は十分あるかと
      クリミア以降の制裁強化で、とにかくかき集めてたのは事実でしょうし
      かき集めてたなら生産速度に合わせてなんて出来ないので、結果的に在庫が積み上がるのは合理的に説明できそうです

      8
      • shkk
      • 2022年 11月 20日

      軍事に直結するものはともかく、民生用の機械や飛行機部品は戦争が三日で終わってれば
      多少の制裁は食らっても完全停止には至らないと思ってたんじゃないですかね
      なので備蓄は2014年後の規制よりも強化される軍事用品だけで他はノーガードだった感じだったのでは?

      中途半端とはいえ対応してたから全くノーダメとはいかないだろうけど
      西側の当初言っていたほど脆くはないんじゃないかな

      1
    • AH-X
    • 2022年 11月 19日

    マイクロチップは重要ですがそれだけあればいいというものではないかと。
    特に工作機械は海外製だと壊れるともうどうにもならないはずです。
    そう簡単に壊れるものでもないのでそれまでウクライナが持つかどうかですが。

    26
    • ななし
    • 2022年 11月 19日

    短距離弾道ミサイルは今回使っていないようなので、枯渇し始めているのは実際間違いないだろうね。
    隠し持っていた分がありミサイル備蓄量の推定が間違っていたか、なけなしの在庫から無理やり捻出した、もしくはその両方というところじゃないかと思ってる。
    前線部隊の消耗が激しすぎてロシア側にもうまともな対抗手段が残っていないんだろうね。
    こんな攻撃しても長期的なウクライナの国力に対してはともかく、短期的には前線の戦力に影響与えないからな。

    24
    • 無題
    • 2022年 11月 19日

    血液パックの備蓄増やしてたのすらバレてたのにマイクロチップの備蓄なんて余計目立ちそうな気がするけどな

    23
    • あばばばば
    • 2022年 11月 19日

    中国からロシアのルートは厳しく監視されていると思いますが、代わりにもっとガバガバなルートがあると思うんですよ。
    600万円以下の安い中古車は制裁の範囲外だそうで、富山県は忙しいらしいですね

    トランクルームに置くような事はしないと思うが、車載工具やスペアホイールのスペースや、内装の隙間にリールを仕込んでいてもバレないのではないか
    そうでなくても今の自動車は電子部品の塊だし

    35
    • 何じゃこりゃぁぁぁあ!
    • 2022年 11月 19日

     そもそも、開戦初期に話題になった無人機に使われた日本製のエンジンが正規に輸出された物ではないし、裏ルートからの調達はお得意ってワケか。
     ましてや、もっと小さなマイクロチップなんて、さもありなんって所で抜け穴はあって当然とみるべきか。
     限界はあるだろうし、このまま締め付けを続けるしかないね。
     

    20
    • 2022年 11月 19日

    >ロシア軍の底がどこにあるのか誰にも分からない。

    そう西側に思わせるのがロシアの作戦。ロシアと西側の心理バトルみたいなもの。

    まあ、ロシアの地方ニュース読めばかるけど、ロシアは毎日十前後の都市で計画停電(日本では計画停電なんてほとんどない)、脱線事故は数日に一回、下水道爆発で下水洪水は当たり前、という低レベルなところがある国。
    そういう国が一部の親露派が期待するような無限の生産力を持っているとは考えにくい。

    28
    • 暇人28万号
    • 2022年 11月 19日

    隠し備蓄を増やしていたはずが、横領されちゃっているため本当に隠し備蓄になってるまでがロシアンセットじゃないのかい?
    アメリカの備蓄が減ってきたことを発表したあとだから、つまりは他国もっとひねり出せとかアメリカ渋りますかねを匂わせたいのかなと邪推してしまう

    9
    • mun
    • 2022年 11月 19日

    ロシアに余裕があるとは思いませんが
    生き残りを懸けてあらゆる手段を用いて来るでしょう
    ここまでの賭けに出た以上、これはロシアの存亡に関わる戦争です

    そして、ウクライナ及び西側陣営にも余裕があるとは思いません
    ロシアが怒り過ぎないよう顔色を伺いながら
    手加減して支援をしている場合では無いと思います
    ロシアが引く事はありません、それについてロシアの態度は一貫しています
    NATOは何を期待して手加減しているのでしょうか、何を待っているのでしょうか
    期待しているような事が起こる日が本当に来るのでしょうか

    むしろ、自分達のリミットがどんどん近づいて来ているのだと思います
    勝てるうちに勝たないと、本当に負けてしまいます
    損切りができないならば、それはより大きなダメージとなって返って来ます

    核攻撃、第三次世界大戦の可能性がありますが
    それを避けるために、自由民主主義陣営そのものが滅びては本末転倒です
    最終的には、そのような決断をする事は避けられない気がします

    16
    • nimo
    • 2022年 11月 19日

    少人数で戦争を決定して食料も服も不足してるのにマイクロチップだけ備えてたのか

    21
    • ブルーピーコック
    • 2022年 11月 19日

    長期戦の備えや押し返される可能性を考えてたら、あんな徴兵とすら言えないような行為はしないでしょ。
    時間をかけて見ないと真偽はつかないが、本来は首都陥落で手早く終わらせて先制攻撃で使った分を補充するための備蓄だったんじゃないかな。経済制裁を受けることは流石に分かってただろうし。

    13
    • ざんねん
    • 2022年 11月 19日

    そもそもニューヨークタイムズってそんなに軍事面での情報信頼度高かったか?
    備蓄を隠し持ってるって情報の出どころ次第だけど、正直飛ばし記事の域を出ていないような…

    18
      • 通りすがり
      • 2022年 11月 19日

      軍事アナリストはロシアは兵士不足に陥る、武器不足に陥るって半年以上言ってきたけど、経済アナリストは制裁でロシア経済は崩壊するって言ってきたけど、どれも実現してない。

      ロシアが精密誘導兵器を製造できる体制を整えていても不思議じゃないよ。

      7
        • Q
        • 2022年 11月 19日

        親露派の知識人()も、
        セベロドネツク陥落当たりではウクライナ軍は壊滅寸前っていったり(その後、ハルキウ東方で大反撃を食らった)、
        欧州の政権交代でウクライナ支持が途切れるといったり(実際はスナク氏やペローニ氏もウクライナ支援を継続)、
        アメリカの中間選挙で民主党が上下院を喪いウクライナ支援が途切れるといったり(実際は上院は民主党が維持)
        楽観的な予測ばかりしてきたけど、どれもこれも実現していない。

        今回の親露派の弾切れ期待も同じぬか喜びに終わりそうですね。

        6
    • ななし
    • 2022年 11月 19日

    ミサイル用のチップ単体なら生産コスト的にはごくわずかなので100や200のストックはあってもおかしくないけれど、それを各種センサやら制御装置やらと組み合わせて誘導装置として完成させないと実際には使えないです。
    ミサイル用のエンジンもいいお値段して製造工程も複雑なので、製造ライン的にもコスト的にもミサイルは簡単に増産できず、今のロシアでミサイルを大きく増産しているというのは懐疑的ですね。戦況を考えると作れる分は限界まで作ってるでしょうが。
    アメリカですら、巡航ミサイルよりはるかに安いジャベリンやHIMARS用のM26ロケット弾の生産量倍にしろといきなり言われても無理なわけで。

    14
    • 魚虎
    • 2022年 11月 19日

    ロシアお得意のハッタリで、実際以上に自分の姿を大きく見せてるだけのような気がするけどね。
    「このまま甘い見込みでウクライナ支援を続けると、アメリカはロシアに一杯食わされて手痛いしっぺ返しを受けるかもしれないよ?」
    という感じでウクライナ侵攻へ高いトーンで介入することへの疑義を呈したいんでしょうね。NYTの該当記事は。

    で、本命は「バイデンとFTXが裏で結託してウクライナ支援で使われたアメリカの税金をマネロンして吸い上げているぞ!」とやるわけだ。
    どこまでもアメリカの政治問題ですね。まぁ各国から支援を募って防衛戦争しているウクライナは支援国の政治(特にアメリカ)に防衛状況を左右されてしまうのは当然で仕方がないこととはいえ、なんともやりきれない気持ちになるね。

    3
    • タイヤキ
    • 2022年 11月 19日

    ミサイルのマイクロチップの備蓄は大量にあった可能性はありますけどね。
    本来はウクライナに即刻で勝ち、ウクライナの大量の近接武器や戦車でバルト三国ポーランドまで占領下に納めて、西側と対決した場合は、西側のマイクロチップの備蓄でミサイル維持しているうちにバルト三国ポーランドの技術でマイクロチップ量産して、初期のロシアから出て来た楽観的な西側と旧ソ連の領域で対抗するの考えていた場合は、ミサイルの量産体制だけは整えていないと詰みますからね。
    戦車はウクライナの大量の旧式戦車と榴弾砲を使い、西側と対抗しようとしていたみたいですからミサイルだけ準備はしていた可能性はある。

    • 通りすがりの動物号
    • 2022年 11月 19日

    テレ朝の古いニュース動画を見たら、ロシアは、カザフスタンなど周辺国から中古冷蔵庫などの白物家電の輸入を急増させたそうだ。つまり、EU→ロシア周辺国→ロシア という経路で民生品(白物家電)がロシアに渡り、ロシアはそこから半導体を取り外しているらしい。半導体備蓄量の推定は、かなりむずかしいでしょうねぇ。

    • ななし
    • 2022年 11月 19日

    OSINT勢が11/15にキーウで撃墜されたKh-101のシリアル番号を確認し、そのミサイルが今年夏に製造されたばかりの可能性があるという話が出ています。
    これが正しければ、ウクライナ方面まで持ってこれない極東の在庫を除いて西部で使えるストックは既に使い尽くして、出来立てのミサイルまで使うようになっていることになります。
    ロシア軍が同規模のミサイル攻撃を年内に再び出来るかどうかでストックが底をついているかどうかは判断出来そうです。
    攻撃できないようなら枯渇したと判断していいでしょう。

    4
    • 匿名希望
    • 2022年 11月 19日

    ジャンク解体して仕えるパーツを引っこ抜いている説

    • 成層圏
    • 2022年 11月 19日

    8月頃、東部で砲弾の雨を降らしたロシアに対して、西側はこのペースでロシアは兵器を供給できる、と報道していた。
    しかし、しばらくしたら、ウクライナのペースで反撃された。
    今回も同じじゃないのかな?
    もうしばらくすると、ミサイルすらロシアは打てなくなると思う。

    2
    • Natto
    • 2022年 11月 20日

    そもそも、家電から剥いだような半導体が使えるの?

    3
  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 欧州関連

    トルコのBAYKAR、KızılelmaとAkinciによる編隊飛行を飛行を披露…
  2. 欧州関連

    オーストリア空軍、お荷物状態だったタイフーンへのアップグレードを検討
  3. 米国関連

    F-35の設計は根本的に冷却要件を見誤り、エンジン寿命に問題を抱えている
  4. 中国関連

    中国は3つの新型エンジン開発を完了、サプライチェーン問題を解決すれば量産開始
  5. 米国関連

    米海軍の2023年調達コスト、MQ-25Aは1.7億ドル、アーレイ・バーク級は1…
PAGE TOP