ウクライナ戦況

ゼレンスキー大統領、刑務所から囚人動員を可能にする法案に署名

ウクライナのマリウスカ司法相は3月「囚人や受刑者を動員する法案を提出する」と言及、最高議会は有罪判決者の自発的な動員に関する法案を8日に可決、ゼレンスキー大統領も17日に署名したため、ロシアと同じように刑務所からの動員が開始される。

参考:Зеленський підписав закон про добровільну мобілізацію засуджених
参考:Nearly 5 thousand prisoners agree to go to war in exchange for release – Ukraine’s Ministry of Justice
参考:Zelensky signs law allowing some convicts to serve in military

批判してきた刑務所からの囚人動員に手を付ける姿はウクライナのイメージ戦略や政治的に大きなマイナス点となるだろう

ウクライナの旧動員法は囚人や受刑者の動員を許可しておらず「ロシアは刑務所から受刑者を動員している」と批判してきたが、マリウスカ司法相は3月9日「来週中に囚人や受刑者を動員する法案が最高議会に提出されるだろう。参謀本部は軍紀に違反した者や軍務遂行中に犯罪を犯した者を動員対象が除外するよう求めており、同様に国家への犯罪を犯した裏切り者も見たくないため、この種の囚人や受刑者は動員対象から除外される」と言及。

出典:Denis Malyuska

さらに「全ての軍司令官が囚人や受刑者を受け入れる準備が出来ている訳では無い。我々も囚人や受刑者を誰かに押し付ける気はないし、恐らく彼らは(法案が可決されて動員された囚人や受刑者のこと)別部隊になるだろう」「何千人もの囚人や受刑者は軍人になって軍の正式な一員に加わる準備が出来ている」と述べていたが、最高議会は提出されていた有罪判決者の自発的な動員に関する法案(国の防衛、独立と領土保全の保護に直接参加した者の刑期を条件付きで釈放する制度の導入に関する法律改正)を8日に可決、ゼレンスキー大統領も17日に署名したため30日後に正式発効する。

この法案は兵役に参加する囚人(故意の殺人、性犯罪、麻薬密売、反逆罪で有罪判決を受けた者や汚職で投獄された議員や政府関係者などは対象外)に仮釈放を与えることを認めているものの、囚人に仮釈放を与えるかどうかは裁判所が判断し、仮釈放を認められて軍に参加しても一般部隊ではなく「囚人で構成された特別部隊」に配属され、年次基本休暇(30日の有給)や家庭的理由による休暇は認められず、基本的に戦争の終結か復員に関する決定でのみ除隊が認められ、負傷した場合のみ治療目的の長期休暇が与えられるらしい。

出典:Сухопутні війська ЗС України

海外メディアは囚人動員について「兵士不足を補うための取り組みだ」「この法案の導入は兵役回避や人手不足の深刻さを物語っている」と指摘しているが、法案成立前に実施された調査で「軍に参加したい」と答えた囚人は約4,500人に過ぎず、この中には健康的な問題で兵役に適さない者も含まれており、自発的な囚人動員で刑務所から供給できる人的資源は1個旅団分ぐらいだろう。

因みに経済的な観点から言えば「囚人の動員」は「納税者の動員」よりも理にかなっているが、これを「愛国的」と表現したところで「囚人部隊」や「犯罪者部隊」と陰口を叩かれるのは目に見えており、ロシアも「ウクライナが囚人を動員するのは兵士が不足しているためだ」と攻撃してくるはずだ。

出典:PRESIDENT OF UKRAINE

ゼレンスキー大統領はロシアが部分的動員を決定した際、ロシア人に「生きたいなら逃げろ、生きたいなら降伏しろ、生きたいなら自由のため祖国で戦え、全てを奪われ貴方に残るのは借金と食事と動員だけだ。どうせなら自分達の大切なものを守るために戦え。私達の土地、私達の魂、私達の文化に手を出すな」と呼びかけたが、現在は動員対象のウクライナ人男性が不正出国する問題に悩まされており、批判してきた刑務所からの囚人動員に手を付ける姿はウクライナのイメージ戦略に大きなマイナス点となるだろう。

15日時点での受刑者数は2万7,471人(内1,538人が動員対象外の女性)で、マリウスカ司法相は「囚人の潜在的な動員対象は1万人~2万人になる」と予測している。

関連記事:ウクライナ司法相は囚人や受刑者の動員、ローマ教皇は白旗を揚げる勇気に言及
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※アイキャッチ画像の出典:PRESIDENT OF UKRAINE

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コメント

    • nnm
    • 2024年 5月 18日

    ウクライナ版「ストームZ」を設立せざるを得なくなりましたか…。

    23
      •  
      • 2024年 5月 18日

      ストームZは懲罰部隊とはいえ軍規違反者と契約囚人兵の部隊ですよね?
      囚人動員とは別のような

      6
    • J
    • 2024年 5月 18日

    老人兵に犯罪者
    末期の武装親衛隊になってきましたね
    戦闘より、略奪や暴行に勤しむ部隊が増える

    40
      • 通りがかりさん
      • 2024年 5月 18日

      囚人からとなっていますが、昨今大量にいる非愛国者を理由にした逮捕者とか国境で捕まえた人の有効活用なんじゃないですかね。
      自発的とは言うが何処までやら

      9
        • 2024年 5月 18日

        ロシア軍のヒャッハーバギー部隊と正反対に士気は最底でしょうね。

        3
    •  
    • 2024年 5月 18日

    ロシアの囚人兵は契約兵だしウクライナも元から同じことをやっていたと思いますが
    囚人動員なんてロシアやってましたっけ?

    3
    • 理想はこの翼では届かない
    • 2024年 5月 18日

    大丈夫、ウクライナの囚人兵はキレイな囚人兵だから(混乱)

    45
      • 朴秀
      • 2024年 5月 18日

      我々西側のマスコミとしては
      報道しない自由を行使すれば大丈夫です(白目)

      12
    • たむごん
    • 2024年 5月 18日

    ウクライナのストームZですか。
    いつの時代も・どの国も、戦況が厳しくなると考える事は似たようなものですね。

    囚人兵を固めるのか、分散配置するのか分かりませんが、最前線に配置する気がします。
    反乱リスクを考えれば、最前線の塹壕に、軽装備・少量の弾薬で送られそうですがどうなりますかね。

    降伏防止のために、督戦隊をつけるのか、少し気になります。

    28
      • a
      • 2024年 5月 18日

      ロクな支援もない囚人兵に数字通りの戦闘力があるとは思えませんけどね。
      政治、というものは常に半年先の事態に備えなければクビがまわらなくなるため、囚人兵を活用するにしても予備が尽きる前に行う必要があったように思えます。
      ウクライナ政府は今ある物資や資金を管理活用するキャパシティもないのに、彼らを制御できるんですかね。

      27
        • たむごん
        • 2024年 5月 18日

        仰る通りです。
        批判覚悟で、先手先手でいかないと難しいですよね。

        ウクライナ軍全般の部隊移動は、権限の重複が問題になっているようですし、どうやって制御するのか気になりますね。

        6
    • Easy
    • 2024年 5月 18日

    道義的な問題はさておいて。
    この制度設計だと、囚人兵に真面目に戦うインセンティブが何一つありません。
    ロシアの場合は刑期短縮というエサが与えられており。報酬もワグネル相場で払われたので、若い囚人にとっては刑務所を短縮して出れる上にカネも手に入る、という人生やり直し大チャンスではあったのです。
    が、ウクライナのこのシステムだと、刑期短縮どころか軍に行ったら事実上の無期懲役か砲弾の餌にされて死刑の二者択一じゃないですか。
    間違いなく囚人兵たちは脱走を企てるでしょうし、それを防ぐために督戦隊を用意せねばなりませんから,かえって貴重な兵士を割り当てねばなりません。
    もうちょっとマシなシステムに出来なかったのか,と。

    76
      • 理想はこの翼では届かない
      • 2024年 5月 18日

      囚人兵を集めた部隊にすると記事にはありますが、下手すると武器や移動手段を手にした途端に集団で脱走・国外脱出をやってもおかしくないんですよね
      1ヶ月前線で戦う毎に1年恩赦+給料も充分に払うぐらいの約束をしないと暴走するだけに思えます

      34
        • Easy
        • 2024年 5月 18日

        戦う動機のない犯罪者の群れに武器を与える、っていう最悪の選択ですからね。
        本来は刑期短縮や恩赦と組み合わせてインセンティブを設計するんですが、今のウクライナ軍は「無期限動員、除隊も復員も無し」ですので囚人兵にだけ戦場からの解放特権を与えるわけにもいかず。
        こうせざるを得なかったことはわかりますが、もう少しどうにかならなかったものかと・・

        13
      • jimama
      • 2024年 5月 18日

      ロシアがインセンティブ与えそうですね
      「ウクライナの”特別”部隊諸君、今降伏したら一時金と休暇、職業訓練付きだ」
      「なお監視の将校及び、督戦隊の身柄を提供したものには特例で一時金上積み、クラーケン部隊員に関しては位置情報でも構わない、さらに上位の報酬を約束しよう!!」

      54
      • F-117A
      • 2024年 5月 18日

      すでに更生しているけど刑期が残っている人を出すぐらいで、数はあんまり期待してないと思う。
      それより囚人を使わないといけないぐらい軍は人員不足だから、追加動員が必要だ、というポーズの方が重要なんじゃないかな。

      4
    • 名無し
    • 2024年 5月 18日

    確か初期のキエフ攻防戦の時も軍事経験のある受刑者を釈放して前線配備すると発表していましたが、それを全ての囚人に今回拡大したという感じでしょうかね

    ただ最大2万人動員できたとしても無いよりマシとはいえ5~6個旅団にしかならない上に、事実上戦争が終わるか奇跡が起こるか戦死するかでもしない限り除隊できないとなるとそりゃ志願者も少ないですよなあと

    正直な話まずクリンキーで水遊びを続けている4個海兵旅団や、首都防衛の必要性はあるでしょうが現状では攻められる可能性の低いキエフ周辺にいる機械化旅団と歩兵旅団の幾つかを北部戦線か東部戦線に回した方が良いのではないかと思うのですがな

    20
    • 2024年 5月 18日

    ロシアの後追いかあ。
    欧米諸国もだけどロシアからも色々言われるし、第三国も「追い込まれてる」って思われそうな気がしますね。

    まあ、囚人も死にたくはないだろうし、前線とかの話とか聞いてるなら行きたくはないってのも多そうな。

    19
      •  
      • 2024年 5月 18日

      ストームZは減刑と引き換えにした契約兵ですよ
      同じことはウクライナでも元からやっています
      今回の話は囚人の動員ですから、強制力をもって囚人を兵士にするという話です
      ロシアの後追いどころかより先に行ってますよ

      7
    • ひまじん
    • 2024年 5月 18日

    前線の塹壕よりは刑務所のがどう考えても安全だし、「半年生き残ったら釈放」もないなら参加するインセンティブがない

    33
      •  
      • 2024年 5月 18日

      でも今回のは動員であって契約じゃないからインセンティブがなかろうが戦場に送られるんだ

      • F-117A
      • 2024年 5月 18日

      「半年生き残ったら釈放」

      即時動員

      前線の塹壕

      6
    • 匿名さん
    • 2024年 5月 18日

    >軍に参加したい」と答えた囚人は約4,500人

    ロシアの時に、事前の説明と全然違うと参加者から不満を言われてたと記憶してるけど、
    この参加したいと答える人たちは、現在のウクライナ軍の状況を知り得ているのだろうか。

    反攻作戦に参加できると聞かされて、クリンキーへ即日派遣されやしないか、不安に感じます。
    まあ、動員だから、それも仕方ないけど。南無。

    10
    • 名無し
    • 2024年 5月 18日

    結局同じ穴の狢じゃないか

    6
    • 58式素人
    • 2024年 5月 18日

    「囚人で構成された特別部隊」
    昔あったと聞く、執行猶予部隊みたいな物でしょうか。
    ドイツの部隊番号999みたいな。
    記事を読む限り、重罪犯は含まれないみたいですね。

    3
    • 2024年 5月 18日

    ウクライナも死刑廃止で凶悪犯の備蓄があるからなあ。
    ドニプロペトロウシクの狂人たちとかが野に放たれるのかな。

      •  
      • 2024年 5月 18日

      ウクライナ21ですね
      元々ウクライナと言えばこの言葉が思い浮かんだ

      4
    • イーロンマスク
    • 2024年 5月 18日

    この囚人兵達ほど雪の進軍の歌詞が似合う人達もいないなあ

    1
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