ロシアには西側が許容できないリスクとコストに耐える火の玉のような強い意思があったはずなのに、プーチンはロシア人を上回る強い意思をもったウクライナ人に出くわしてしまった。
参考:As Russia’s might sinks into the mire, could Putin actually lose?
プーチン大統領がスターリンになるのか、ヒトラーになるのかは歴史の教訓に立ち戻れるかどうかに懸かっている
プーチン大統領は48時間以内に首都を占拠してキエフ政権を転覆させ、親露政権を樹立して「解放者として迎えられるはずのロシア軍」がウクライナ全土を掌握するに14日間を見積もっていたが、すでに戦いは17日目に突入している。
これまでの戦いでプーチン大統領が手に入れたのはウクライナ南部のヘルソンやメリトポリといった都市のみで、作戦の主要目標を何一つ達成していないにも関わらずロシア軍は5,000人以上の戦死者、約2万人の負傷者、動員した5%~10%の装備品を失っていると推定(米国防総省が発表した数値)され、ソ連がアフガニスタン侵攻の当初3年間で被った損害と同じ量をプーチン大統領はたった17日間で失ってしまったのだ。
なぜプーチン大統領の目論見がここまで外れてしまったのか幾つもの説が飛び交っているが、英国のTimes紙は中々面白い説を唱えている。
戦争とは最終的に「相手の意思と能力を上回り、戦争継続力を低下させて抵抗する力をより多く奪った方が勝利する」と定義したTimes紙は「ロシアには西側が許容できないリスクとコストに耐える火の玉のような強い意思があったはずなのに、プーチンはロシア人を上回る強い意思をもったウクライナ人に出くわしてしまった」と主張、さらに規律正しい軍隊は特定条件下で恐ろしいほど早く崩壊し「正に現在のロシア軍がそれに該当し、このような戦場では兵士の数の差は特に意味を持たない」と述べているのが興味深い。
規律正しい軍隊を維持するのに必要不可欠なのは合理的な計画と準備で、単なる演習だと騙されて連れて来た兵士にはウクライナと戦う心の準備も覚悟も出来ておらず「民族主義者に虐げられた人々は我々を解放者として迎えてくれる」と言いくるめて行軍を開始したものの抵抗を止めようとしないウクライナ人を見て「話が違う」と直ぐに気づいたはずだ。
作戦立案者すら大規模な戦闘になると想定していなかったため兵站に対する準備不足は著しく、占拠した町や村で目撃されるロシア軍兵士の奪略行為は補給が行き渡っていないことを裏付けており、戦いの意義を見出だせず適切な支援を受けられない部隊では急速に部隊秩序(上官の命令に服従するという意思)が失われてしまい組織的な行動が出来なくなるらしい。
アフガニスタンから帰還したある兵士は「部隊の指揮官が偶然を装い車輌を衝突させて拠点の出入り口を封鎖したことがある」と明かし、秩序が失われた兵士を任務に送り出すと部隊単位で投降もしくは逃亡して二度と帰ってこないことを指揮官は熟知していたため「偶然を装い任務をキャンセルさせた」とTimes紙に述べており、ウクライナに侵攻したロシア軍兵士の数が多くても数字通りに機能していない可能性が高く、この状況が長く続けば部隊単位でバラバラになる可能性すら秘めている。
ただウクライナでの勝利は決してクレムリンの手の届かないところにある訳ではなく、3つの主要戦線を同時に動かすという複雑な作戦を中止、攻撃を1つの都市に集中させることで兵站にかかる負担を軽減、同時にウクライナ軍が使用する無人機掃討を優先させ、歩兵の支援なしに装甲車輌部隊を展開させない、適切な通信環境を維持するなど戦いの基本に立ち返ればロシア軍の兵士は自信を取り戻せるとTimes紙は述べているが、これにはプーチン大統領が歴史の教訓に立ち戻るかどうかに懸かっているらしい。
つまり自身の思い込みと偏見を信じ込みヒトラーの攻撃が迫っているという部下の進言を聞き入れなかったスターリンは罰を受けたが、直ぐに自分の過ちを修正して戦略的な目標を指示するだけで作戦の立案は現場を知る将軍に任せる方法を採用、一方のヒトラーは最後まで自身の政治的な要求や見解を軍事作戦に押し付け続けたため「スターリンは勝利を収めヒトラーは地下塹壕で死ぬことになった」とTimes紙は述べており、この教訓にプーチン大統領が気づくのか、それともスターリン以上に手詰まりな状況に追い込まれ自滅するのかのどちらかだと指摘している。
キエフ北約30kmの地点に1週間近く留まり続けたロシア軍部隊は幾つかの方向に分散するため移動を開始、米国の国防総省は「キエフが包囲される懸念が高まっている」と、英国の国防省は「ロシア軍が部隊の再編・再配置を進めているのはキエフに対する作戦に対応している可能性が高い」と警告しているが、今のところ両軍は小競り合いに終始して大規模な構成が始まる気配はない。
さらにハリコフ、スームィ、チェルニヒウ、ムィコラーイウを巡る攻防も続いているものの決定的な大攻勢は始まっておらず、民間人への大きな被害や人々の秩序が失われ始めたマリウポリもロシア軍の包囲に耐え続けており、地上軍の消極的運用をカバーするため増加しているロシア軍の航空作戦はウクライナ側にダメージを与えている反面、高価なSu-34、Su-30、Ka-52といった機材を毎日失い続けている。
なぜロシア軍は苦戦する地上部隊を支援するため大規模な航空作戦を実施しないか謎で様々な説が登場しているが、あるアナリストは「西側とロシアでは航空作戦に対する戦闘教義が根本的に異なり、ロシアは航空機を空飛ぶ大砲=地上部隊の付属物として見なしているため大規模で複雑な航空作戦より少数によるシンプルな航空作戦を好む」と主張しており、結局は伝統的な野砲やロケット砲による圧倒的な火力で敵を圧倒、損害を顧みない大軍で蹂躙する大衆軍だと言っているのが興味深い。
このままウクライナでの戦いは膠着状態に陥るのか?それともプーチン大統領は何処かで前進を命じるのだろうか?
もしかしたら明日キエフへの大攻勢が始まるかもしれないが、約300万人の都市でスターリングラードの戦いを再現するのは本当にやめてほしい。
関連記事:キエフ北のロシア軍部隊が再編・再配置、首都攻撃の可能性が高まる
関連記事:米国防当局、ウクライナの戦い方は創造的で未だに56機の戦闘機を保持
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※アイキャッチ画像の出典:Генеральний штаб ЗСУ
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今回の戦争で兵士個々人の戦争に対する士気や大義が如何に大事かってことが改めて確認された感じだなあ。
ここまで何ヶ月も安い給料でクリスマスも故郷に帰れず演習させられ、そして直前まで行くと知らされぬまま突然戦地に送り込まれたらいくら経験豊富な兵士でもそりゃ士気を保つのは難しいわ。
ましてや相手は兄弟国のウクライナ、なまじ言葉が大体通じちゃうから全然文化が異なるシリアとか攻めるのとは毛色が違う辛さがあるだろうし。
上が言う「お前たちは解放者として歓迎される」もすぐに嘘だとばれるし、大義も揺らげばそりゃ逃げ出したくもなるわ。
>3つの主要戦線を同時に動かすという複雑な作戦を中止、攻撃を1つの都市に集中させる
小泉先生が普通に考えれば戦力を集中させてキエフを落とすはずなのに落とせてないのは見通しが甘すぎた、って言ってましたけどそんな感じですね。
ロシア軍は基本的に陸戦中心で、海軍と空軍はその補完的な機能なんだと話は聞いてたが、そんな前世紀の軍事理論がまだ生きていたとは
陸続きのウクライナにはゴリ押し出来ても、世界的な軍事戦略など語るレベルに無い国
結局あらゆるレベル・規模で「サボタージュ」が起きてるんだろうな。
上は以前に報じられた将校協会のプーチン辞任要求から、下はこの記事にもある様に兵士の逃亡や投降を目論み、それを察した上官は部隊の戦場投入を止める。
それ以外にも整備をサボったりなんなら積極的に小細工をして車両の不良を起こしたり、車両用の燃料をこっそりストーブで燃やして暖を取りつつガス欠起こす…みたいな細かいサボタージュは数限りなく起きてるんじゃなかろうか。
車両用燃料 燃やすのはしてるだろうなぁ、、
あんな野ざらしのとこで鉄の棺桶で寒すぎて寝れないだろうし、進んだらいきなりミサイルやドローンが飛んできて死ぬ。
そら、燃料抜いて暖とった方がええわな。
プーチンは状況を正確に報告されているのか?
引くことこそ難しいとは、この事では?
キエフを諦めて、新ロシア派の多い地域を硬めてしまえば一応の成功で、作戦の大義も成り立つはずなのに。
>ただウクライナでの勝利は決してクレムリンの手の届かないところにある訳ではなく
本件での勝利って何でしょうなぁ…
クリミア切り取りを今度はウクライナ全土で…という当初の目論見が達成されなかった時点でロシアに勝ちは無い。
莫大な損害を出しながら国際社会からのどぎつい制裁を受けつつ、廃墟と化したキーウを占領したところで、一体それは“勝利”と言えるのか?
件のFSB書簡にあった通り、「ウクライナを支配するには人数が足らない。傀儡政権なんか露軍撤収後10分で倒される。」ですよ。
本件の落とし所というか、ロシア側がどう勝利条件を変更するつもりなのかは気になる。
まぁ何をどうしようが、ロシアの長期的な凋落は決定したと思うけど。イギリスなんか早くも「ロシアを常任理事国から解任しよう」とか言い始めてるし。
戦術的な勝利はあり得るということでしょうね。ロシアは主要都市をどこも落とせていないのですが、キエフに集中すればキエフを陥落させることはおそらく可能。
占領維持は困難でしょうが、民間人に意図的に被害を出すことで「これ以上被害を出してはいけない」という方向でロシア有利に講和をまとめることは可能かもしれません。
でも戦略的にどうかといえば、その結末ではロシアに対する制裁は収束しないでしょうし、周囲の国はロシアを信用しなくなるので、収支としてはロシアにとって大きなマイナスでになりそうです。こうなることは前からロシア退役将校協会も警告していました。
軍事戦略的にも勝利は困難極まりない(勝利条件すらガバガバな気配がしますが
国家戦略では滅亡レベルの敗北がすでに決まってしまってる
今後30年はロシアを外交・経済・国際法治で信用する国・人は皆無になるのは避けられない
避けるにはロシアが無条件降伏して国家解体レベルでやり直さないとだめでしょうけど
それをやるならプーチンは全面核戦争するでしょうし
現状からロシア選べる選択肢の全てが詰んでるとしか
我々ミリオタは何かと兵器のスペックやらといった具体的数値に基づいた議論を行う事が多いが、実際の戦場で戦況を大きく左右するのが士気という数値化できない要素とはねえ。
所詮は理論上の話でしかないということを今回思い知らされたよ
地上戦のように、個人の能力と意思が介在する余地が大きい戦闘ほど、未だにその辺は大事なんだろうね。
逆に航空戦や海上戦闘、サイバー戦などはハード面の要素が比較的大きなウェイトを占めるから、士気の要素は相対的に低くなると思う。
士気の高さがポジティブに作用する事は大幅に減るかもしれないけど、士気の低さがネガティブに作用する事はあんまり減らないんじゃないかな。
戦場における創意工夫やリスクテイク傾向は士気にもろに比例するでしょう
航空戦や海上戦闘でも顕著だと思う
二つ目の動画で2台が被弾しているけれどその後も動いているね。
歩兵もパラパラ逃げ出しているから装甲を貫通出来ていないようだね。
それにしてもあんな至近距離からとは攻撃側も恐いだろうなぁ。
3両目の戦車は装甲を貫徹して反対車線まで着弾しているね。
その後方のBMR-1?は機関砲の掃射を受けているみたい。
最初の数発は外しているから、あれだけ肉薄しても無誘導弾で移動目標を狙うのは難しいんだな。
それにしてもこんなに彼我の戦闘状況が俯瞰的に見られる動画は初めて見たかも。
戦車に当てた兵士は目標まで100mもないような。
あんな至近距離から攻撃したら、離脱できないと思うが、あの兵士はその後どうなったんだろう。
反撃から逃れることができたのかな。
この動画には続きがあって後方のT-72?だかが反撃しており、ウクライナの対戦車チームは助からなかったんじゃないかって言われてます
見つけました。
使用したのはNLAWのようですね。
詳しい考察もあったので貼っておきます。
リンク
自己レスですが、ここらへんの話題がtogetterにまとめられていました
リンク
雨さん、くうらんさん、ありがとうございます。
NLAWでしたか。
兵士の勇敢さに頭が下がります。
くらうん様、大変失礼しました。お名前間違えてました。
戦車は貫通して砲塔上部から爆炎吹き上げてますね
今のロシア軍のを表してるのが、戦車が攻撃受けて撃破されて
後続が大慌てで周囲警戒ガバガバになったり
撃破された戦車の前の戦車などは全く気がついてないで所ですかね
攻撃受けても後続が無線連絡することすら思いつかないのか、
まともに機能する無線機の台数が少ないのか
(この車列でも指揮車のみとか)
民衆の上に立つのはヒトラーかスターリンという地獄の二択という皮肉
最高にブリカス仕草
善戦するウクライナを応援しているがこのまま西側諸国が腰砕けの対応に終始するなら
ウクライナの分割か降伏は避けられそうにないのが辛い
WWIIのフィンランドやベルギーを連想する
先程アメリカが更なる追加支援を決定して予算案通したのでまだまだこれからでしょう
>なぜロシア軍は苦戦する地上部隊を支援するため大規模な航空作戦を実施しないか謎で
したくても作戦用航空機がそもそも不足、長引くと稼働機も減少するし、地上支援用の
武器弾薬(特に精密誘導兵器など)も枯渇して来るので、短期決戦の目論みが外れた今
ロシア空軍のドクトリン以前に、もはや大規模空爆支援はやりたくても出来なくなって
来ているのが実際のところではないでしょうか。
高射戦力は陸で最も単価が高く航空戦力は無いと本国守れず一度喪失すると再戦力化が飛行隊単位なら10年だし輸入部品多めの機材はできる限り温存しよう考え出したの要は予定外の長期戦に成りうるからでしょう
露製といえどハイテク軍備も所詮は西側部品で構成されてるの認めざるを得ないし内製化の度合いは言われてるほどではないのバレてしまった
ロシア人が西側化拒否るの軍事政治的にだけで文化経済的に西側化するの仕方ないと高齢者だって知ってるしウクライナが軍事政治的に西側行くの留めるべく戦争するにも相手が同胞ならよっぽど大義名分の説明が必要なのであえて周知はせず投入したのそもそも2日でキエフ陥落し2周間で全土掌握する予定だったら兵自身が今何起きてるか無理解でいいかも知らんし演習装っての奇襲なら情報漏洩の面で都合も良いから実は整合性あるし悪意はないかなと
ヒトラーになるかスターリンになるかというのは面白い比較です。第二次大戦のおそらく最大の分水嶺はスターリングラード攻防戦で、あそこでソ連が負けたらどうなってたか分からないし実際負けそうだったのですが、ゲオルギー・ジューコフやアレクサンドル・ヴァシレフスキーなどによる天才的で大規模な作戦によって大勝利を納めました。もしスターリンがヒトラーみたいに作戦に介入する主義だったらあれは出来ず、地下で死ぬのはスターリンのほうだったかもというのはありえます。歴史にIFは無いけれど。
もしプーチンが謙虚に軍部の意見を聞いていれば、こういう作戦にはなって無かったのでしょう。軍事的には非合理的だと軍事専門家はみんな言ってますし。
> さらに規律正しい軍隊は特定条件下で恐ろしいほど早く崩壊し
これはどういう意味でしょうか。
自衛隊は大丈夫でしょうか?
軍的に良く訓練された整然たる組織ほど、指揮命令系統が破壊されると停止してしまう、指揮官を失う、通信が途絶えるだけで戦闘能力を維持したまま敗北する恐れがある
自主性、自己判断という柔軟性を否定することが正規軍の根幹、それが強さと弱さを併せ持つ
パルチザン、ゲリラ組織はその逆の性質を帯びることで成立するから、正規軍とゲリラ組織は噛み合わないわけで