欧州関連

スイスはパトリオットシステム取得の支払いを停止、米国の態度によっては取得中止

米国は対外有償軍事援助の権利を行使して「スイス向けパトリオット納入が最大5年遅れる」と通告、スイスは支払い停止で対抗したが、米国はスイスのF-35A取得資金をパトリオット取得に無断流用し、スイスは1日「パトリオット取得計画の中止も含めた選択肢を議会に通知した」と発表した。

参考:Switzerland considers ‘complete termination’ of US Patriot order, vows to extend payment freeze

スイスは米国との協議で納得できる答えが得られない場合、パトリオットシステム取得計画の中止を決断する可能性が高い

スイスは2021年6月末「次期戦闘機にF-35A、防空システムにパトリオットシステムを選定した」と同時に発表し、この次期戦闘機調達と防空システム調達は別々の評価プロセスを経て選定されたものだが、防空近代化プログラム=Air2030の中では一つのパッケージとして扱われているため「F-35Aとパトリオットシステムの組み合わせが選定された」「この2つの選定は実質的にセットだ」と言われており、スイスはロッキード・マーティンと約63億ドル、レイセオンと約20億ドルの契約を締結し、両社は計43億ドル分のオフセットが義務付けられた。

出典:U.S. Air Force photo by Staff Sgt. Zachary Rufus

スイスはF-35Aを次期戦闘機に選定した理由について「技術的優位性が顕著な上、固定価格で調達するため取得費用はプログラムコストの上限(60億フラン)を超えることはない。さらに30年間の運用費用を含めた総コストで見てもF-35Aは他の提案よりも20億フランも安い」と説明していたが、会計検査院は当時から「固定価格という認識は契約条項4.4.1(実際の価格が本契約の記載された見積もり額を超える場合でも支払いに応じることに同意する)を軽視している」と警告。

マルティン・フィスター国防相も昨年6月「米国が固定価格について誤解があると主張し、スイスに6.5億フラン~13億フランの追加費用を要求している」と明かし、スイス政府は会計検査院の警告にも関わらず「契約書に記載された見積もり価格」を固定価格と認識していたが、実際には「米国がロッキード・マーティンに支払う価格と『同じ価格』でF-35Aを取得できる」という意味で、スイスは米国と交渉したものの契約条項4.4.1に基づく追加費用の請求は覆らず、昨年12月「追加費用の発生でF-35Aを36機取得するのは困難だ」「この価格上昇分を吸収するため調達数を削減する」と発表。

出典:Lockheed Martin

さらにスイスが発注したパトリオットシステムも問題を抱えており、バイデン政権はウクライナ向けの需要を優先するためパトリオットシステムと迎撃ミサイルの納品停止=納入順位変更を2024年6月に発表、トランプ政権も2025年7月「スイスが発注していたパトリオットシステムの納入を延期し、これをウクライナもしくはウクライナを支援している国に優先供給する」と発表し、スイスは米国に対外有償軍事援助=FMS契約の権利(自国の安全保障に影響を及ぼす事情があれば合意された武器取引の条件から逸脱することができる)を行使されたため、この決定を受け入れる以外に選択肢がなかった。

ただし、米国は権利の行使とセットになっている「FMS契約で合意した武器取引の条件変更に関する通知や条件変更に関する説明」を怠っており、スイス連邦国防・国民保護・スポーツ省(DDPS)も「パトリオットシステムの納入延期を昨年の夏に知った」「米国は納入に関する追加情報を3週間後、12月、今年1月までには通知すると約束したが何も通知してこなかった」「このような状況で予測を口にするのは無責任だ」「我々はもう1年待つわけにはいかない」と激怒し、スイスは今回の件で「米国が自国をどのように扱っているのか」を認識した格好だ。

出典:News Service Bund Das Portal der Schweizer Regierung

スイスはF-35A取得計画について3月6日「F-35Aを36機取得する計画を断念する」「財政上の理由で当初予定の36機取得に必要な追加予算措置(11億フラン)は見送ることにした」「代わりにインフレや原材料価格の変動に対応するため約3.94億フランの追加資金を要求した」「当初予算内で可能な限り調達する(スイス国防省は30機の取得を想定)」と発表。

パトリオットシステム取得計画についても「2月25日にパトリオットシステムの納入遅延について米国側から通知があった」「納入遅延は4年~5年になる」「この納入遅延によって取得コストが大幅に上昇する可能性がある」「政府は納入が遅延してもパトリオットシステム取得を支持する」「同時に納入遅延の影響を軽減し、より広範囲な地域を保護できるようにするため国防省に追加システムの調達検討を指示した」「この第2のシステムは欧州で生産されたものであることが望ましい」と発表したが、どんどんスイスと米国の関係は悪化している。

出典:News Service Bund Das Portal der Schweizer Regierung

スイスはパトリオットシステムの納入が遅延しているので取得費用の支払いも先送りする=事実上の支払い停止措置を講じたが、スイス放送協会(SRF)は3月26日「納入遅延を理由にパトリオットシステム取得の支払いを停止したにも関わらず、米国はF-35A取得のために支払った資金をパトリオットシステム取得の支払いのため勝手に引き出している」と報じ、SRFの取材に軍備当局は「これは非常に納得できない状況だ」と回答。

この話を簡単に要約すると「スイスはパトリオットシステム納入延期を2025年夏に知った」「米国はFMS契約の権利行使とセットになっている情報通知を行わなかった」「これに対してスイスは2025年9月にパトリオットシステム取得の支払いを停止した」「米国はFMS契約のスイス基金に振り込まれたF-35A取得資金をパトリオットシステム取得に流用した」「そのためF-35A取得資金が不足してスイス基金に追加資金を送金せざるを得なかった」「米国側の圧力で幾ら資金が流用したかも公表できない」となり、米国がFMSの枠組みにおいて如何に絶対的かを物語っている。

出典:U.S. Army photo by Spc. Matthew Keegan

例えばスイスが米国製兵器をFMSの枠組みで取得する場合、F-35A取得の支払いもパトリオットシステム取得の支払いも「枠組み内のスイス基金」に送金され、米国はスイス基金に送金された資金を自由に使用できるため、スイスは基金に送金したF-35A取得の支払いをパトリオットシステム取得に流用され「F-35A取得資金に穴が空いたので追加の資金を送金せざるを得なかった」「この前倒しの送金は議会で承認された他の装備調達資金を流用する形で行われたため当該装備の調達に資金が足りなくなっている」となり、米国は基金の抜け穴を利用してパトリオットシステム取得の支払いを停止を無力化した格好だ。

この事はスイス議会で問題になっており、国民党のヴェルナー・ザルツマン議員は「支払い停止を実施したのに資金が振り替えられてしまうのは腹立たしい」「米国への信頼が損なわれた」「FMS契約の解釈問題がますます表面化しており、今後こうした契約を結ぶべきかどうかよく考える必要がある」と、自由民主党のヨーゼフ・ディットリ議員は「枠組み内の基金を利用した資金の迂回が可能だったことを軍備当局も認識していなかったようだ」と、社会民主党のプリスカ・ザイラーグラフ議員も「パトリオット調達中止要求が正しかったと改めて確信した」と言及。

軍備当局は継続している米国との協議の中で「納入が遅れるのだからパトリオットシステム取得の支払いを先送りさせて欲しい」と求めているが、軍備当局の関係者は「結果は不透明で力関係はかなり明確だ」と述べており、要するに「FMS契約に署名してしまうと米国の立場が絶対的で何の保証もない」という意味だが、フィスター国防相は1日「パトリオットシステム取得計画の中止を含めた選択肢を議会に通知した」「いずれ受領できると予想しているが、いつ受領できるのは分からない」「米国とあらゆる選択肢について交渉を進めている」「ここには取得計画の中止も含まれる」「取得計画の中止条件は不明瞭だ」と発表。

DDPSも「スイスの安全保障・国防上、F/A-18の予備部品供給やF-35A調達がパトリオット関連の決定によって脅かされる事態は絶対に避けなければならない」と述べたが、スイス政府は「FMS契約のスイス基金に関する流動性が「容認できない決定的なレッドライン」を超えれば取得計画は即時停止し、さらに状況が悪化すれば契約自体が打ち切られる可能性がある」「これはパトリオットシステムの調達だけでなく全FMS契約に波及しかねない」と警告している。

出典:U.S. Air Force photo by Senior Airman Zachary Rufus

スイスにとっての容認できない決定的なレッドラインは「スイス基金に送金した資金をパトリオットシステム取得に流用され、F/A-18の予備部品取得やF-35A調達のための資金に穴が空いて安全保障・国防に問題が起ること」で、そうなると「納入が遅延してもパトリオットシステム取得を支持する」という立場を放棄して取得計画を中止する=スイスはFMS契約を信用しないという政治的シグナルとなるため、パトリオットシステム取得計画の中止は米国製兵器の調達全体に影響を及ぼすと意味だ。

ここまでスイスが強行なのは「米国と中東諸国はエピック・フューリー作戦でパトリオットシステムの迎撃ミサイルを大量に消耗した」「米国は非公式にポーランド軍のパトリオット部隊を中東に配備し、既に納入済みPAC-3 MSEをエピック・フューリー作戦のために移転できないか打診した」ため=もう2月25日に通知した「4年~5年の納入遅延見通し」が信用できないからで、ポーランドのディフェンスメディア=Defence24も「ポーランドへの要請はパトリオットシステムと迎撃ミサイルの不足を示唆している」「米国は十分なパトリオットシステムや迎撃ミサイルを確保するまでポーランド納入を遅らせるかもしれない」と懸念している。

スイスは米国との協議で納得できる答えが得られない場合、パトリオットシステム取得計画の中止を決断する可能性が高く、この決断はF-35A取得にも大きな影響を及ぼす=F-35A取得中止に繋がるかもしれない。

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※アイキャッチ画像の出典:Lockheed Martin

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コメント

  • コメント (9)

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    • 他人事では無い
    • 2026年 4月 02日

    パトリオットの代わりは欧州にも韓国にも有るから、中止して、違約金は裁判でも起こして取り戻そう。
    F-35Aは西側に代わりか無いから難しい。
    待てるなら、GCAPを待つかだな。

    5
      • 特盛
      • 2026年 4月 02日

      そもそもスイスはF-35がどうしても必要なほど脅威に晒されているのかという疑問が…
      ユーロファイターやラファールで十分なのでは。

      1
    • たむごん
    • 2026年 4月 02日

    分かりやすいですから、それがいいかもしれません。

    EU創設=ユーロ誕生=ロシア産の石油ガス輸入、西欧がアメリカ離れする流れでしたからね。

    2
    • emp
    • 2026年 4月 02日

    そもそもスイスってアメリカから買う必要もないよな
    ロシアは厳しいとしても、中国から買うとか

      • 特盛
      • 2026年 4月 02日

      スイスに限ってそれはないでしょう

      1
    • tameike
    • 2026年 4月 02日

    米国抜きでも喫緊で危機に直面しない国はこれでいいでしょうが、
    そうではない国はどんなにアメリカが狂っていても、なんとか良好な関係にあると認知される状態を維持しなきゃいけないジレンマ。

    例えば今日本がアメリカとの関係を拗らせたら、
    元々他人ごとの欧州、対米追従のオーストラリア、自国で精一杯の台湾、現実的な中国の脅威に直面している韓国ととても
    手を差し伸べてくれる国はない。

    最強米国の傘に入り中露の脅威を退けていた世界が危うい状況にある。

    3
      • 通りすがり
      • 2026年 4月 02日

      トップがダメだと企業がダメになるのと似ていますが、世界規模だと笑えない事になります。。。
      狂っていてなおかつ改善される見通しが無い米国に対し、日本は良好な関係にあると認知される状態を維持しないといけませんが、”認知されている事”が重要であって、本当に良好な関係である必要は無い。
      日本は日本で上手くやる事をしっかり考えて実行していくべきでしょう。
      とは言え、この記事の様に狂った国との関係性を見直す国が増えていく以上、日本は米国の機嫌や財政を支える役割をよりいっそう果たさなくてはならなくなるでしょう。それはとても大きな負担になります。。。。日本の政治家にそれが出来るか?

      3
    • 暇な人
    • 2026年 4月 02日

    日本も台湾も頼んだ武器が全然来ないよね。
    中国が動いたらどうするんだろうか

    • せい
    • 2026年 4月 02日

    ウクライナやウクライナへ支援した国に優先納品までならスイスも納得しただろうに
    勝手にイランに攻め込んだ分も関わってどんどん調達価格が上がって、その負担もスイスにのし掛かるのは許せんわな
    F-35を36機も導入するのがおじゃんになるのはロッキードにとっても痛手だろうにそれはいいのか?
    中間選挙で最低でもレイムダック化、出来れば下院を与党から奪い返してトランプ政権に首輪はめんと西側の分裂という最悪のパターンになりかねん

    1

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