欧州関連

ドイツ与党、KEPD350の提供はATACMSとセットでなければならない

英仏は反攻作戦の開始に合わせてストーム・シャドウを提供したが、米独は同等の長距離攻撃兵器の提供を拒否し続けており、ドイツ社会民主党の報道官は6日「KEPD350を提供するならATACMSとセットでなければならない」と言及した。

参考:House’s draft defense bill pressures Pentagon on Space Command HQ
参考:Депутат від СДПН підтримав постачання в Україну ракет Taurus

米下院がNDAAの盛り込んだ「ATACMSに関する条項」に期待すると失望しかないないので注意した方がいい

米英独仏はウクライナに80km先の目標を攻撃できるGMLRS弾と多連装ロケットシステムを提供、ドニエプル川右岸の占領地=ヘルソン解放で重要な役割を果たしたが、ロシア軍は司令部や兵站拠点をGMLRS弾が届かない地域に移動させ、GMLRS弾の射程圏内もPole-21(半径50km以内のGPS信号を妨害する装置)を用いることでHIMARSやMLRSの攻撃抑制に成功したため、GMLRS弾と多連装ロケットシステムによる攻撃効果は決定的なものでは無くなってしまった。

出典:SAAB GLSDB

そのためウクライナはGMLRS弾よりも遠くの目標を攻撃可能な「長距離攻撃兵器」を要請、これを受けてバイデン政権は今年2月にGLSDB(地上発射型小口径爆弾)の提供を発表、HIMARSやMLRSで使用できるGLSDBは「クラスター弾非活性化のため用済みになるM26弾のロケットモーター」と「アフガニスタン紛争で余ったSDB」を再利用した地上発射型の滑空爆弾で、150km先の目標を攻撃できるものの「現物」がなく初回出荷は10月頃になる予定だ。

英国とフランスは反攻作戦の開始に合わせてストーム・シャドウ(仏名:SCALP-EG)を提供、MTCRの規定に準拠した射程短縮バージョン=300km以下を提供しているのか、オリジナルバージョン=500km以上を提供しているのかは不明だが、これまで手が届かなかったルハンシクやクリミアを攻撃するため同ミサイル(Su-24で運用)を使用して効果を上げている。

出典:Zelenskiy/Official

ただ英国とフランスが提供できる数(英国の推定保有は700発~1,000発/フランスの推定保有は500発)には限りがあり、ウクライナは米国(ATACMS)とドイツ(KEPD350)にも同種の長距離攻撃兵器を提供して欲しいと要求しているが、今のところ実現の目処はついていない。

バイデン政権はATACMSの提供に否定的で、米下院は2024会計年度の国防権限法(NDAA)に「ATACMSをウクライナに供給するための資金」を盛り込んだものの、上院バージョンのNDAAには同種の内容が含まれていないため1本化作業の過程で削除される可能性があり、仮にNDAAの最終バージョンに生き残ったとしてもATACMSがウクライナに届くのは2025年以降になるはずだ。

出典:Photo by John Hamilton MLRSから発射されたATACMS

下院はNDAAの中で「ウクライナ安全保障支援イニシアチブ(USAI)に3億ドルの資金を配分」して「この資金の一部=最低でも8,000万ドルをATACMSの調達に供給しろ」と規定、つまり下院は米軍備蓄から引き出される大統領権限(PDA)経由ではなく、産業界から新たに調達するUSAI経由の資金で「ATACMSをウクライナに送れ」と言っているため、2023年末までにNDAAが成立しても実際の納品までにはリードタイムが発生する。

米陸軍はPrSM(精密ストライクミサイル)の調達に移行しているためATACMSを発注しておらず、ロッキード・マーティンの生産ラインは海外顧客向けで埋まってるため、米陸軍分の契約をウクライナ分の契約として振り替えるも不可能で、予算成立後=2024年にATACMSを発注しても納品されるのは2025年以降、現実的にはもっと時間(各種兵器のリードタイムは現在20ヶ月~60ヶ月)がかかるだろう。

出典:Lockheed Martin PrSM

更に言えば8,000万ドルの資金で調達できるATACMSの数は54発(2022年の単価は約147万ドル)に過ぎず、下院がNDAAの盛り込んだ「ATACMSに関する条項」に期待すると失望しかないないので注意した方がいい。

因みに新アメリカ安全保障センターが6月に発表したレポートによると各種兵器の年間生産数とリードタイムは以下のようになっている。

兵器ウクライナ提供数(2023年5月時点)年間生産数リードタイム
GMLRS弾約5,500発2023年:14,004発18ヶ月
2024年:14,004発20ヶ月
ジャベリン約10,000発2023年:2,100発57ヶ月
2024年:ー
スティンガー約1,600発2023年:生産なし
2025年:720発60ヶ月
エクスカリバー砲約7,000発2023年:200発18ヶ月
2024年:400発27ヶ月
AMRAAM非公開2023年:400発24ヶ月
2024年:1,200発52ヶ月
PAC-3弾非公開2023年:550発29ヶ月
2024年:ー
APKWS非公開2023年:25,000発不明
2024年:ー

追記:ドイツ政府もKEPD350の提供を拒否、ピストリウス国防相も「ドイツがKEPD350を提供する必要性を感じない。ドイツの役割は防空システムや装甲車輌の供給だ」と主張していたが、議会の主要政党はKEPD350の提供を求めており、ドイツ社会民主党の報道官は6日「米国と共同でならKEPD350のような兵器の供給の可能だ」と言及、つまりレオパルト2とエイブラムスの提供と同じとやり方=KEPD350を提供するならATACMSとセットでなければならないという意味だ。

もしATACMSをウクライナに早く提供するなら「PDA経由による提供」をバイデン大統領が決断しなければならないが、米国もPrSMを十分確保できるまでATACMS(恐らく欧州や中東でのリスクに備える目的)を手放す訳には行かないため中々難しい問題と言える。

関連記事:米国、150km先を攻撃可能な長距離攻撃兵器を含むウクライナ支援を発表
関連記事:英国がウクライナへのストーム・シャドウ提供を発表、クリミア大橋が攻撃可能に
関連記事:マクロン大統領、NATO首脳会議でSCALP-EGのウクライナ提供を発表
関連記事:米陸軍の2023年調達コスト、AMPVは1,080万ドル、MPFは1,250万ドル
関連記事:ドイツ政府、ウクライナからKEPD350提供に関する要請を受け取る

 

※アイキャッチ画像の出典:Philipp Hayer/CC BY-SA 3.0

米紙、ウクライナ軍とロシア軍の戦いは短距離走ではなくマラソンだ前のページ

バイデン政権、ウクライナ支援を継続するため新たな資金獲得に動きだす次のページ

関連記事

  1. 欧州関連

    ルーマニアと韓国が防衛協力に関する基本合意書に署名、K2、K9、Redbackの調達を検討

    ルーマニア国防省は韓国と防衛協力に関する基本合意書に署名したと発表、現…

  2. 欧州関連

    総費用は約6,600億円規模、ポーランドが250輌のM1A2/SEPv3調達を正式に発表

    ポーランドは米国から250輌のM1A2/SEPv3を調達すると正式に発…

  3. 欧州関連

    ウクライナ当局、防空システムが作動する様子を無許可で公開した市民を摘発

    ウクライナ保安庁は「キーウで防空システムが作動する様子を動画や画像で記…

  4. 欧州関連

    高機動車輌にL118を統合した105mm自走砲、英陸軍に提案か

    英陸軍が2030年まで運用を予定している105mm榴弾砲「L118」の…

  5. 欧州関連

    戦術UAVを探していた英陸軍、ロッキード・マーティン製のストーカーを採用

    英国防省は16日「陸軍向けの戦術UAVとしてロッキード・マーティン製の…

  6. 欧州関連

    ポーランドのM1A2導入の真相、やっぱり次期主力戦車プログラムは継続予定

    ポーランドは電撃的に米国からM1A2/SEPv3を導入すると発表して世…

コメント

    • tofu
    • 2023年 8月 08日

    ドイツってあんまりアピールしないけど今やトップクラスのウクライナ支援国だって理解してるんだけど、長距離攻撃兵器の提供に消極的なのはなんでなんだろう。

    15
      • ido
      • 2023年 8月 08日

      ドイツの支援スタンスは「米国が支援したらやる」と言う感じです。PAC3にしろMLRSにしろレオパルトにしろ米国に追従して支援をする傾向にあります。ですから英国が提供しても米国が提供してないのでまだ支援する気がないのでは無いかと。もちろん検討はしていると思いますが。

      18
      • nachteule
      • 2023年 8月 08日

       別に長距離兵器だけでなくて最近Die Welt紙に「ドイツ政府は約束した武器供与を躊躇し続けている」みたいな記事書かれているけどな。レオ1が全然供与されてないって攻められているけど、確か砲塔絡みの問題で遅延が発生して政治的な影響は皆無だったはずで、本当に政治が関係無いなら遅いと批判するのは変だと思うけど。

       長距離攻撃兵器供与に後ろ向きなのは射程500km以上の兵器供与によるエスカレーションの可能性で本質的な所でウクライナを信用してないかロシアからの嫌がらせ対策なんじゃないの?

       英国がストームシャドウ運用のために自国トーネードのパイロン付けさせたSu-24が有る以上はKEPD350とのインテグレードのハードルは低い可能性はある。ただ提供したとして空中発射型で運用出来る機体がまともに残っているかの問題はどうするんだろうと思う。
       米国のATACMSと一緒に供与と言っても最新型で射程450kmとも言われるM57A1でないと射程の言い訳出来ないからデチューンしたATACMS渡すって言うならそこでもごねるのが想像出来る。米国にしても数年前でさえ160発ほどの残弾しかなくてタリスマンセイバー23でも発射して残弾減らしたATACMSを渡すとしたらいつのタイミングになるやら不透明でドイツは逃げ道の確保に余念がないと思う。

    • 灰色の猫
    • 2023年 8月 08日

    ロシアと密約でもあるのかな

      • マタキン
      • 2023年 8月 08日

      記事読んだ?

      28
    • XYZ
    • 2023年 8月 08日

    消耗品に分類される兵器のリードタイムがこんなに長いのは、大国間での戦争は起きないという前提になっているのでしょうね。

    しかし、ロシアは違った・・・と。
    おそらく中国もでしょう。
    自分達がこう考えているから、相手もそうだろうと考えてしまうのは危険です。

    29
      • Whiskey Dick
      • 2023年 8月 08日

      アメリカが自ら行う戦争であれば圧倒的な航空戦力を優先するため、陸戦部隊の仕事は残党狩りと戦後の治安維持ぐらいとなります。今回リードタイムが問題になった兵器は陸戦部隊が用いる精密誘導兵器と対空火器が多いが、アメリカが最近行った戦争(アフガン、イラク)ではあまり使用されなかったものです。
      高性能な陸戦兵器は、生産量が少ないから単価が上がる→単価が上がるし、あまり使用しないので少量発注→生産能力を絞るという悪循環となっていました。しかし、ソビエト式の戦闘方法は防空システムに保護された陸戦部隊が主力として戦うのでこの手の兵器が大量に必要になった。戦闘機の供与が実現しない以上、西側も(間接的に)ソビエト式戦闘方法を強いられる状況となってしまった。
      この戦争の見通しが不明なことも増産を躊躇する原因である。もし生産設備を拡大した直後に終戦を迎えればメーカーは赤字になってしまう。兵器生産が民間事業であり、国家の支出が厳しく制限される状況では、採算が不透明な事業に資金を投じることは難しい。

      5
    • gepard
    • 2023年 8月 08日

    記事と直接関係ないですが、ドイツは相当数のマルダーIFVも供与していたはずなんですが、私の探し方が悪いのか撃破映像も戦闘映像も0で影が非常に薄いです。最新鋭のCV90すら即投入されて鹵獲されていることを考えると奇妙に思えます。

    単に予備として温存しているのかプーマIFVの様に整備不良で動かないのかわかりませんが、ウクライナで動いているマルダーをご存知でしたらどなたか教えていただけますか?

    9
      • くらうん
      • 2023年 8月 08日

      OSINTtechnicalというXアカウントが7月29日にチャレンジャー2とともにAir assault service=空挺部隊に配備されていると、ウクライナの広報動画付きでツイートしています。
      チャレンジャー2は第25空挺旅団所属で25空挺がイジューム近辺に投入されているらしい情報と合わせると、あの辺の情報統制具合からして中々目に触れないでしょうね。

      2
        • gepard
        • 2023年 8月 08日

        ありがとうございます。
        替えの砲身も作れないチャレンジャー2と行動を共にしているということは、今後しばらく前線に出す気はないかもしれないですね。

        ドイツから追加で60両供与の情報もありましたから今後は別の旅団に配属されていく可能性もあり、そうなれば前線で目撃される可能性もあるかもしれませんね。

        2
          • くらうん
          • 2023年 8月 08日

          仰る通り、(他の車両と比べて)稼働率に問題があるのか配備されている戦線を考えても今は二線級の扱いのような気がします。
          それにしても、これだけ多種多様な車種をそれぞれの性能だけでなく、砲弾薬やスペアの補給と部隊訓練の配備まで考慮しなければならない後方のハードワークは想像するだけで眩暈がします。
          これらをもしウクライナが上手く捌けているならば、そのノウハウはドローンの運用方法より自衛隊も参考にすべきかもしれません。

          3
    • ポンポコ
    • 2023年 8月 08日

    以前から、ドイツのウクライナ支援がチグハグな感じがするのはなぜか?

    実は、ショルツや前任のメルケルなどのドイツの政治家のトップ層は、本音はウクライナ支援にそれほど熱心ではないからだと思います。

    彼らは地理的・文化的にウクライナとロシアの経緯にくわしいのです。東部の住民とウクライナ軍との長い紛争やミンスク合意なども肌で知っているのです。ロシアとウクライナに対しては、日本やアメリカの一般の政治家とは違う感覚があるようです。

    しかし、アメリカと世論はウクライナ支援であり、それには逆らえません。そこで、チグハグな感じが出てくるのでしょう。

    アメリカは、ウクライナに深入りしていたバイデン政権でありヌーランドなども幹部です。ドイツ世論は、たぶん主流メディアはウクライナ支持一色なので、多くの一般人もそうなります。

    だから、レオパルドの時も最初は抵抗したが、「アメリカがエイブラムスを出すなら出す」となったのでしょう。そのため、今回のKEPD350も同じような案が出ているのだと思います。

    8
    •  
    • 2023年 8月 08日

    米英はともかく仏独は日本を助けると期待しない方がいい。米国もトランプになれば当てにならない。

    10
    • bbcorn
    • 2023年 8月 08日

    ドイツは伝統的にロシアに近い。
    イギリスは昔からロシアと仲が悪い。

    4
      • 匿名さん
      • 2023年 8月 08日

      ロシアって、ナポレオンと直接対決してる割には帝政期の宮中や都市文化はフランスの丸パクリだったりするし、イマイチ良くわからん国ではある

      5
    • hiroさん
    • 2023年 8月 08日

    東京駅から100kmで考えると、東京都はもちろん千葉県·埼玉県·神奈川県のほぼ全域と山梨県なら甲府市の手前、茨城県なら水戸市の手前まで射程圏内なんですね。
    UAVや偵察衛星に見つかったら、何時攻撃されるか分からない環境なんて現代戦の恐ろしさですね。
    これが300km、500kmとなったらストレスで一瞬も油断できなくなりそう。

    1
  1. この記事へのトラックバックはありません。

  1. 中東アフリカ関連

    アラブ首長国連邦のEDGE、IDEX2023で無人戦闘機「Jeniah」を披露
  2. 欧州関連

    トルコのBAYKAR、KızılelmaとAkinciによる編隊飛行を飛行を披露…
  3. 日本関連

    防衛装備庁、日英が共同で進めていた新型空対空ミサイルの研究終了を発表
  4. 中国関連

    中国、量産中の052DL型駆逐艦が進水間近、055型駆逐艦7番艦が初期作戦能力を…
  5. 欧州関連

    BAYKAR、TB2に搭載可能なジェットエンジン駆動の徘徊型弾薬を発表
PAGE TOP