ウクライナ戦況

ウクライナ軍、クレミンナ解放に関する公式情報を忍耐強く待って欲しい

ニューヨーク・タイムズ紙は「ウクライナ軍がクレミンナ奪還に近づいている」と報じたが、ウクライナ軍の東部司令部は「まだ解放に至る大きな動きはなく、国民は忍耐強く軍の公式発表を待って欲しい」と呼びかけた。

参考:Ukraine and Russia Battle for a Gateway City in the East
参考:В ВСУ призвали дождаться официального сообщения Генштаба о Кременной

少しで状況が悪くなった感じると司令部や兵站拠点を直ぐに移動させるロシア軍伝統のやり方

ルハンシク州のガイダイ知事は最近「クレミンナの郊外まで数キロの地点にウクライナ軍が到達した」「ロシア軍司令部は機能の一部をクレミンナからルビージュネに後退させた」と明かし、ルハンスク人民共和国の関係者も「スバトボ周辺の状況はとても緊迫している」と言及したためニューヨーク・タイムズ(NYT)紙は「ウクライナ軍がクレミンナ奪還に近づいている」と報じたが、ウクライナ軍の東部司令部は「まだ解放に至る大きな動きはなく、国民は忍耐強く軍の公式発表を待って欲しい」と呼びかけた。

出典:GoogleMap クレミンナ周辺の戦況/管理人加工(クリックで拡大可能)

東部司令部の報道官はNYT紙の報道について「同紙は良い情報源を持っているようだが、この地域では空挺部隊を含む部隊が以前から活動しており実質的な成果があれば必ず国民に知らせる。今は我慢して公式の発表を待って欲しい」と訴え、司令部機能の一部がルビージュネに後退したという話題についても「少しで状況が悪くなった感じると司令部や兵站拠点を直ぐに移動させるロシア軍伝統のやり方だ」と指摘して、ロシア軍がクレミンナから撤退するのではないかという期待感を否定している。

ただウクライナ軍の公式発表を追っていくとロシア軍兵士の戦死者数は11月下旬に一度だけ3,000人を下回る週(11月20日~11月26日)があっただけで12月22日に累計10万人を突破、数字だけで見ればクレミンナ、バフムート、マリンカを巡る戦いの激しさは10ヶ月間の戦いの中でも「最高レベル」と言って良いだろう。

7月末以降に記録されたロシア軍兵士の戦死者数と戦線での動き
07月31日~08月06日1,230人HIMARSでヘルソン州のロシア軍を攻撃
08月07日~08月13日1,500人AGM-88HARMの投入、クリミアでの爆発
08月14日~08月20日1,500人クリミアでの爆発、ケチル市で初めて防空システムが作動
08月21日~08月27日1,500人HIMARSでヘルソン州のロシア軍を攻撃
08月28日~09月03日2,550人29日に南部司令部が反撃開始を宣言
09月04日~09月10日3,200人6日頃にハルキウ州で反撃を開始、バラクレヤとクピャンスクを解放
09月11日~09月17日2,000人イジューム解放、ハルキウ州のロシア軍がオスキル川西岸まで撤退
09月18日~09月24日2,050人オスキル川を渡河してリマン方面への反撃を開始
09月25日~10月01日3,310人オスキル川沿いやリマン周辺で拠点を解放
10月02日~10月08日2,450人リマン解放、ヘルソン州で反撃、ロシア軍が撤退を発表
10月09日~10月15日2,620人クリミア大橋爆発、ロシア軍による都市攻撃
10月16日~10月22日2,370人ロシア軍の攻撃で火力発電所の約半数が損傷
10月23日~10月29日3,180人前線に大きな変化なし
10月30日~11月05日5,190人前線に大きな変化なし
11月06日~11月12日4,770人ロシア軍が右岸から撤退、ヘルソン市解放
11月13日~11月19日3,670人ゼレンスキー大統領がヘルソン市訪問
11月20日~11月26日2,830人前線に大きな変化なし
11月27日~12月03日3,890人バフムート周辺の防衛ライン=幹線道路「T0513」が破られる
12月04日~12月10日3,160人ウクライナ軍がロシア領の基地を謎の無人機で攻撃
12月11日~12月17日3,930人ロシア軍がバフムート市街の一部に侵入
12月18日~12月24日3,740人米国がパトリオットシステム供与を発表
12月25日~12月28日2,340人 

問題は「これだけ激しい戦闘が続いているに前線の変化に関する視覚的な証拠が殆どない」という点で、クレミンナ周辺の戦況マップも関係者の証言やロシア側の情報源をつなぎ合わせたものに過ぎないため信憑性が低く、実際の前線がどこにあるのかは本当に謎だ。

同じ条件で線を引けばバフムート方面のロシア軍はヤコブレフカからロズドリフカ、ヴァイセル、ソレダルの側面に向けて攻撃を開始、ワグナーも本格的にソレダルに向けて前進、ウクライナ軍がオプトネの50%を再び支配、バフムート市街地の東側に侵入したロシア軍を追い出したことになるが、撮影日時な不明な戦場の映像を見ると上記状況と一致しないことが多い。

出典:GoogleMap バフムート周辺の戦況/管理人加工(クリックで拡大可能)

ただアンドリーフカを完全にロシア軍が支配している視覚的証拠だけは見つかっているので、この地域の前線はクリシェイフカ方向に移動している可能性が高いが、ヤコブレフカからの攻撃が事実ならソレダルの防衛は新たな方向からの攻撃に対処する必要があり、ヴァイセル方面の攻撃はビロホリフカを守るウクライナ軍の背後を脅かす動きで、ロズドリフカを抜かれるとシヴェルシク方面の兵站を支える唯一の舗装道路(T0513)にロシア軍が接近することになるため、ただの噂であって欲しいところだ。

因みにウクライナ軍参謀本部は27日「大きな損失が続くルハンシク州のロシア軍部隊では兵士の脱走が増加傾向で、軍上層部は事態を収拾するため脱走兵を拘束して原隊に復帰させるパトロールの回数を増やしている」と明かしている。

追記:撮影日時が不明なバフムートに向かうウクライナ軍の様子。

追記:米戦争研究所は「ロシア軍がルハンシク州で決定的な作戦準備を行っている。これが攻撃的なものなのか防御的なものなのかは不明だ」と言及、さらにバフムートの攻勢も「クライマックス(米軍の戦闘教義では攻撃的もしくは防御的な作戦形態を部隊が継続できなくなる瞬間or部隊が攻勢を維持できなくなり防御姿勢をとるか作戦を中断することを強いられる場合と定義されているらしい)を迎えている」と指摘している。

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※アイキャッチ画像の出典:Сухопутні війська ЗС України

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コメント

    • りにあ
    • 2022年 12月 29日

    クレミンナ戦線は、まずジトリフカが取れるかどうかですね。また、暖冬傾向で年明けは2桁10℃超えの可能性すらあります。(大寒ごろにやっと冬将軍?)冬将軍なかなかやって来ないと思いましたが冬将軍は攻勢側に不利なので、ウクライナに有利な部分もありますがバフムトは暖冬は微妙です。夏は猛暑で(夏服の少ない長袖の)ロシア軍は熱中症になっていたかもしれません。昔はソ連地区は10月に冬将軍が到来していたので温暖化で時代も変わったものです。

    9
    • 成層圏
    • 2022年 12月 29日

    週3,000人の戦死者なら、年間15万人か。負傷者はその3倍。
    2月まで戦ったら、約90万人の兵士が無くなるロシア。。どうなるんだろう。

    12
    • TKT
    • 2022年 12月 30日

    アメリカの新聞の楽観的な予想の報道を、ウクライナ軍が否定しているわけですが、アメリカはアメリカの独自の都合で情報戦なども行っているのかもしれません。

    クレミンナは当分落ちない、とウクライナ軍が断言しており、バフムト周辺の戦況も、ロシア軍が退却して塹壕を制圧するための掃討戦をしている、といったかと思えば、北東の十字路をロシア軍が制圧したとか、南の倉庫にロシア軍が突撃して、制圧したかも?とか、よくわからないことが多いですが、現地では当然いろいろな駆け引き、戦術的な偽騙などが行われているのだと思います。

    ロシア軍の砲弾、弾薬が尽きてきた、とかいう割には、ロシア軍の砲撃を受けたという場所の報告はものすごい数であり、話しが矛盾します。あるいは砲弾や弾薬が尽きたという話は、ロシア軍全体の話ではなく、現地の部隊レベルの話かもしれません。

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