インド太平洋関連

米国はベトナムの取り込みを狙い、ベトナムはロシアとの関係を強化したい

ロイターは23日「バイデン政権がベトナムとF-16売却に関する交渉を行っており、この取引がまとまれば両国間のパートナーシップは強化されることになる」と報じているが、武器調達の多角化を進めているベトナムにロシアとの関係を切る気はない。

参考:Exclusive: Biden aides in talks with Vietnam for arms deal that could irk China
参考:Vietnam Chases Secret Russian Arms Deal, Even as It Deepens U.S. Ties

武器調達の多角化は飽くまで「ロシア依存からの脱却」であって「ロシアを切って米国と握手する」という意味ではない

ベトナムが1995年~2021年までに輸入した武器の80%以上(60億ドル以上)がロシア製で「ベトナムの安全保障はロシアに依存している」と言っても過言ではなく、特定国に武器調達を依存するリスクを問題視して武器調達の多角化(2021年にL-39NGを発注)に乗り出していたが、この取り組みはウクライナ侵攻を受けて加速し、2022年末にハノイで開催されたベトナム初の国際武器見本市にはロシア企業の他にも西側企業が多数出展して注目を集めていた。

出典:manhhai/CC BY 2.0

米国は以前からロシアの防衛産業企業に流れる資金をブロックするため「対ロシア制裁=敵対者に対する制裁措置法(CAATSA)」を運用し、ロシア製装備品を購入する国にCAATSA発動をチラつかせて「取引断念」を迫り反発を招いていたが、武器調達の多角化に乗り出していたベトナムを取り込むためバイデン政権も米国製兵器の売却を持ちかけている。

ロイターは23日「バイデン政権がベトナムとF-16売却に関する交渉を行っており、この取引がまとまれば両国間のパートナーシップは強化されることになる」と報じているが、中国と国境を接して領土紛争を抱えるベトナムの外交的立場は非常に複雑で、シンガポールのシンクタンク(ISEAS-Yusof Ishak Institute)でシニア研究員を務めるイアン・ストーリー氏は「ベトナムについて米国は非現実的な期待を抱いている。ベトナムと中国の関係がどれほど微妙なもので、ロシアと関係がどれほど深いものか十分理解しているとは思えない」と指摘しているのが興味深い。

出典:Lockheed Martin

ニューヨーク・タイムズ紙は「ベトナム財務省が2023年3月に発行した文書には米国の制裁を無視してロシア製兵器を購入する計画が記載されており、この文書は元政府高官によって本物だと証明されている。ベトナムはロシアとの合弁事業=シベリアの石油事業を通じて代金を送金する方法でロシア製兵器の購入を試みている。ベトナム当局者は『西側諸国から制裁を受けるロシアの現状』は戦略的信頼を強化する絶好のチャンスだと考えている」と報じている。

ストーリー氏は「ベトナムの指導者達は大国の間で踊ることに長けている。四半世紀の間にフランス、米国、中国という3つの侵略者を退けたベトナムは大国同士の争い巻き込まれるのを嫌っており、独自の道を切り開こうとしている。米国はベトナムの立場を誤解すれば火傷を負うことになり、この地域において米国特有の二者択一を迫る外交スタイルはリスクが高い」と、アジア太平洋安全保障研究センターのアレクサンダー・ブービング教授も「ベトナム人は米国との関係を強化しながら中国やロシアにも「関係を軽視していない」とアピールする必要がある」と述べ、ベトナムは非常に微妙な外交バランスを保つ必要があると付け加えた。

出典:Vitaly V. Kuzmin / CC BY-SA 4.0

因みにベトナム財務省は問題の文書の中で「米国の対中戦略=インド太平洋戦略におけるベトナムの価値を考えるとバイデン政権が我々に制裁を課す可能性は低い」と指摘、S-400導入を続けるインドへのCAATSA発動も有耶無耶にしているため恐らくベトナムの読みは正しく、武器調達の多角化は飽くまで「ロシア依存からの脱却」であって「ロシアを切って米国と握手する」という意味ではないのだろう。

関連記事:ベトナム初の国際武器見本市が8日に開幕、日本からも11社が参加
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※アイキャッチ画像の出展:President Joe Biden

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コメント

    • bbcorn
    • 2023年 9月 24日

    とはいっても今のロシアは自分用の兵器生産で手一杯 武器輸出ができない。
    中国に対抗するには別のところから買うしかない。

    25
    • ジュディ
    • 2023年 9月 24日

    アメリカと手を組まずとも兵器だけならイスや韓国という迂回路がある
    ロシア由来の兵器もインドでライセンスしてベトナムに運ぶという選択肢もありそうだ

    9
      • お社
      • 2023年 9月 24日

      イスラエルも韓国も米国のヒモ付きなので、政治的な多様化にはあまりならないと思うけど
      今後ロシアの兵器産業が大きく衰退する事態を考えると
      一定以上、西側に依存するしかない国は増えてくるだろなぁ。

      西側と東側の両方の特性を熟知した実戦経験豊富な、将来の武器産業大国も選択肢にある
      ウクライナって言うんですけどね。

      22
    • ウクライナに栄光あれ
    • 2023年 9月 24日

    最近の米国のナメられっぷりを見るに兵器を餌に自陣営への取り込みを図るという動き自体が古臭くなってきたのでは。兵器調達の自由化。

    20
      • 匿名
      • 2023年 9月 24日

      仮にベトナムと中国で紛争が起きても、核戦争を恐れる米がベトナムに売却した兵器の使用を許可しないだろうしね…🙄

      9
    • くらうん
    • 2023年 9月 24日

    >米国はベトナムの取り込みを狙い、ベトナムはロシアとの関係を強化したい

    これは単に見方によって変わるというか、ベトナムはロシアと関係強化したいのではなく、完全な脱ロシアは無理ということでしょう。
    兵器のほとんどをロシアに依存し、今後もブラモス超音速対艦ミサイルなど、対中戦のゲームチェンジャーになり得る兵器の導入が期待される中で、米国にその役割を転換するのは土台現実的ではありません。
    それでも80%のシェアが仮に40%になれば、一般的にはその市場は「食われた」ことになるので、ロシアからすれば安定的な顧客を一つ失ったことになります。武装やインフラ関連も含めて輸入元への依存度の高い、戦闘機(F-16)のような兵器の導入はかなりショックだと思いますよ。
    米国が本気でベトナムにおけるロシアを完全に放逐できると思っているのなら馬鹿げていると思いますが、単に中国への牽制に有利&今まで見込みの無かった市場へ思わぬチャンスが到来したので食い込めるだけ食い込もうとしてるということかと。

    36
    • pil
    • 2023年 9月 24日

    > 「米国特有の二者択一を迫る外交スタイルはリスクが高い」

    自由主義陣営としては、フランスのマクロン大統領が唱えるような、あくまで自由主義は自分たちの域内の特性ぐらいに見なす程度の多極主義を軸とすrのが良いのでしょうか。「なんかお宅の国も色々あるみたいだけど、まあ経済は仲良くしましょうや。もし自由主義に興味があるならもちろんウェルカムです」くらいな。

    とはいえフランスもアフリカの植民地時代の負債に悩んでいるようですし、「自由主義」として域内での表現の自由によるイスラムの冒涜を認めざるを得ないことで、他国のイスラムからは反感が飛んでくることもあるようですが。

    5
      • 匿名
      • 2023年 9月 25日

      シャルリーエブドェ…
      あの時は調子に乗って世界中のセレブ巻き込んでキャンペーンしちゃったからなぁ
      今更「無かった事」にはできないだろうし

    • emp
    • 2023年 9月 24日

    >>S-400導入を続けるインドへのCAATSA発動も有耶無耶にしている

    そろそろトルコがキレて何か要求しそう
    そもそもCAATSAに無理がある

    7
    • XYZ
    • 2023年 9月 24日

    敵の敵は味方で中国に支援や投資をして、巨大な反米軍事大国にしてしまったのをアメリカは忘れてしまっているのでしょうか?
    ベトナムは中国と同じ共産党一党独裁政権です。
    地域の軍事力バランスを崩してしまうような兵器の売却は危険です。

    そんなに販売可能なF-16があるならば、同じアジアの台湾へ売却してください。

    5
      • ヤゾフ
      • 2023年 9月 25日

      当たり前ですが、納期含めての対応ですよ。
      東南アジアの軍事バランスを一国で左右出来ると考えるのも疑問です。

      2
      • 牛丼チーズ
      • 2023年 9月 25日

      アメリカだって経験から学んでいるし軍事力バランスを崩してしまうようなことはしないでしょう。
      アメリカ陣営に入るわけではなく多角化だと記事にも書いていますよ。

      5
    • 2023年 9月 24日

    でもロシアはこれから中華の舎弟になるんだから
    対中を考えるならベトナムはロシアと離れざるを得ないんじゃないの

    15
    • 58式素人
    • 2023年 9月 24日

    仮にここでF16を売っても、引き渡しは何年も先のことでしょう。大人しく順番に並ぶならば。
    米国の気に入らないことをすれば、トルコのような差し止めに合う可能性もあるのでは。
    ですから、ベトナムにとって、米国兵器も欲しいでしょうけど、既存の改修を先行するのでは。
    西側技術を導入する形で。イスラエルかウクライナが協力するような気がします。
    飛行機ではないのですが、手持ちのT55戦車の改修をウクライナと検討したこともあるようですし。

    3
    • たむごん
    • 2023年 9月 24日

    是々非々ということですね。
    ベトナムは、アメリカが国益や政治次第で、180度方向転換することを味わっています(現在は友好モードですが…)

    中国とも戦争していますから、対中国も念頭にあるのでしょう。

    15
    • クル
    • 2023年 9月 25日

    まあベトナムは確実にアメリカの事は信用してないでしょうからねぇ
    くれるもんは貰うけど友達にはならないよってスタンスを取り続けるでしょう
    アメリカもそんなベトナムに贈り物を続ける程愚かじゃなかろうけど、切るのもリスクがね…最近アジア圏でアメリカの影響力薄いし

    4
      • ヤゾフ
      • 2023年 9月 25日

      マラッカ海峡へのアクセスを考えるとベトナムをとの友好度を上げておくのは悪いことじゃないです。
      ベトナム、マレーシアは半導体生産でも核になってる国々です。

      11
    • AH-X
    • 2023年 9月 25日

    数年前だったか、アメリカはベトナムに軍事支援するからロシアとは手を切れとか言ってましたね。
    そう言いたい気持ちも理解できますが、ベトナムにとってロシアは旧ソ連時代にベトナム戦争で支援してくれた恩もあるのでそう簡単に切れる相手ではないはずです。
    アメリカも外交下手だなあとつくづく思いましたね。

    11
    • tk
    • 2023年 9月 25日

    米国はアジア外交は日本をクッションに入れて一歩引いて俯瞰したほうがいいと思うなぁ
    ところでウクライナでの戦争でロシア製ミサイル防衛が有効に機能しているのか相当疑問符がついている状況でS300やS400を導入しているインドやトルコ、中国は頭を抱えているのでは?と素人目には考えてしまう
    欧米と敵対すれば一方的に叩かれるわけですから

    1
    • れんちゃ
    • 2023年 9月 25日

    ロシアが他に武器を渡してる場合ではなくなったり、中国の舎弟になってしまった場合を考える必要があるよ。
    だから、インドもベトナムも武器調達の多様化を目指しだしている。インドとベトナムは中国に攻められる可能性が高いというか、既に領土が狙われてるので…
    ロシアから買いたくないという訳じゃない。ロシアが売れなくなる方が怖い訳だ。

    1
    • 匿名
    • 2023年 9月 26日

    このまま何年もロシアの兵器生産をウクライナに拘束できれば、ロシア依存から調達の多様化に目を向けるようになり、
    さらに一歩進めば影響力を奪えるのでは
    ロシアの武器を買ってる国は多いから、ウクライナ人には災難だけどロシアを拘束し続ける方が世界にとってプラスに思える
    アメリカ頑張って

    2
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