米海軍が2022年度に7隻退役させることを主張しているタイコンデロガ級巡洋艦を巡って議会と議論が始まり、同艦の将来に対する扱いに注目が集まっている。
参考:Lawmakers crunching the numbers on potential surface Navy additions to FY22 spending plan
参考:Lawmakers Probe Navy’s Plan to Decommission Cruisers, Navy Says Cuts Will Save $5B Across FYDP
信頼性の欠ける老朽艦を多く抱えたまま緩やかに崩壊する戦力構造救済のためタイコンデロガ級巡洋艦を処分した海軍
いよいよ米海軍が提出した2022会計年度予算案についても本格的な議会審議が始まり、新しいプラットフォームの研究・開発や既存の戦力に対するメンテナンスに資金を確保するた新規の艦艇調達を削減してタイコンデロガ級巡洋艦等の老朽化した艦艇を早く退役させたい海軍と戦力規模の縮小に危機感を抱く議会との間で議論が行なわれている。
米海軍は2022年度で要求する艦艇建造予算は前年度比3%減の226億ドル/約2.4兆円だが、この資金の半分以上は発注済みのコロンビア級原潜建造に供給されるため2022年度に発注される新たな艦艇はバージニア級原潜×2隻、アーレイ・バーク級駆逐艦×1隻、コンステレーション級フリゲート×1隻、ジョン・ルイス級給油艦×1隻、曳航船×2隻、海洋監視艦×1隻の8隻(純粋な戦闘艦は4隻のみ)のみという少なさで、さらにタイコンデロガ級巡洋艦×7隻を含む20隻以上の艦艇を廃止するための資金として7,400万ドルも要求している。

出典:public domain タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦
この計画の特徴的な部分は新規調達と削減される水上艦戦力の数が一致していない点で、海軍は7隻のタイコンデロガ級巡洋艦を2022年度中に退役させることを要求しているのにアーレイ・バーク級駆逐艦とコンステレーション級フリゲートを1隻づつしか発注しないため水上艦による火力投射能力が減少(910セル→112セル)すると議会は懸念しており、17日に開催された下院軍事委員会(シーパワー・投射戦力小委員会)でジョー・コートニ委員長は「もし委員会が7隻のタイコンデロガ級巡洋艦退役の要請を拒否すると費用は幾らかかるのか?」と海軍に説明を求めた。
これに対してジム・キルビー海軍作戦副長は「7隻全てを5年間維持するのに約50億ドルほどかかり2年間維持する場合でも27億8,000万ドルかかる」と証言、さらに予定されていたCG-66/ヒュー・シティとCG-68/アンツィオの近代改修を実行すると約15億ドルの費用が必要になると明かして「委員会がタイコンデロガ級巡洋艦の維持を支持すれば海軍は必要になる数十億ドルの費用を捻出するため他のプログラムの予算を削らなければならない」と付け加えた。
キルビー海軍作戦副長が指摘した「他のプログラム」とは次期戦闘機F/A-XX、次期駆逐艦DDG-X、次期攻撃型原潜SSN-X、無人水上艦などの研究・開発予算やポーツマス海軍造船所やノーフォーク海軍造船所などの近代化を含むメンテンス部門に回す資金のことを指している。

出典:public domain アーレイ・バーク級駆逐艦 バリー
そもそも30年に設定された耐用年数を越えて運用が続くタイコンデロガ級巡洋艦は故障続きで予定された任務すら十分対応(比較的新しい26番艦のヴェラ・ガルフですら故障が原因で空母打撃群の護衛任務を計3ヶ月間ほどスキップしている)できておらず、運用継続に不可欠な近代改修も予算不足の影響で先延ばしにした結果タイコンデロガ級巡洋艦の改修コストは当初見積もりの175%~200%へと高騰しているためここ「ここに限られた資金を供給するのは無駄だ」と海軍は言いたいのだ。
補足:アーレイ・バーク級駆逐艦は2024年~2031年までにフライトI仕様の21隻が耐用年数を迎えるため寿命延長プログラムを実施する必要があるのだが、ジム・キルビー少将は「今日の予算状況を考えるとフライトIのオーバーホールよりもフライトIIIの建造を優先したい」と語ってフライトIに対するオーバーホールは行わない方針を明かしている。ただし退役させるのではなく継続運用が可能な状態を維持して無人航空機(UAV)を運用するプラットフォームに転用できないか検討中らしい。
ここのまでの説明だけなら海軍の主張も説得力があるのだが「タイコンデロガ級巡洋艦を処分することで発生するギャップをどう穴埋めするのか?」という問題に入ると海軍の主張は一気に色褪せてしまう。
海軍はタイコンデロガ級巡洋艦のギャップをアーレイ・バーク級駆逐艦の最新型フライトIIIやMk.41VLAを装備する大型無人艦(LUSV)でカバーすると説明しているのだが、2022年度に発注を予定していたアーレイ・バーク級駆逐艦は2隻(当初予定は3隻)→1隻の発注に削られており、海軍はインガルス造船所とバス鉄工所にアーレイ・バーク級駆逐艦を最低でも毎年1隻づつ発注することを約束した複数年契約を結んでいるので2022年度はどちらの造船所に対して3,300万ドルの違約金を支払わなければならない。

出典:public domain アーレイ・バーク級駆逐艦フライトIII ジャックH.ルーカス
これを回避するため海軍はウィッシュリスト(配分された予算だけではカバーできない装備調達やプログラムへの資金供給を議会に要請する仕組み)に削減したアーレイ・バーク級駆逐艦1隻分の建造費用をリストアップしており、タイコンデロガ級巡洋艦のギャップを穴埋めを議会に投げているとも言える。
さらにLUSVは陸上施設での検証試験も終わっていないため直ぐに戦力化するのは難しく「作戦能力を獲得するまでに10年以上かかる」と指摘されているのでタイコンデロガ級巡洋艦のギャップを埋めるのは到底不可能だ。
しかも海軍はアーレイ・バーク級駆逐艦の発注を2027年で打ち切り2028年から次期駆逐艦DDG-Xの発注を開始する予定なので「ここにもある種のリスクが潜んでいる」と議会は懸念しているのだが、国防予算が横ばい(実質的な削減)になると予想されているため追加の財源を確保するのが難しい海軍には既存の戦力を切る以外に選択肢がない。

出典:Mass Communication Specialist 2nd Class Brandie Nuzzi
もし議会が海軍の要請を拒否してタイコンデロガ級巡洋艦の維持を命じたり、救済的な意味合いが強いアーレイ・バーク級駆逐艦の追加建造費用を承認しなければ恐らく新しいプラットフォームの研究・開発や既存の戦力に対するメンテナンス資金が削られ、信頼性の欠ける老朽艦を多く抱えたまま新しいプラットフォームへの移行もままならず緩やかに戦力構造が崩壊して行くことになるのではないだろうか?
関連記事:米海軍、アーレイ・バーク級駆逐艦の後継艦「DDG-X」開発予算を正式に要求
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※アイキャッチ画像の出典:U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist Seaman Molly Crawford
議会『金は出さないけど退役は拒否する』
バークの燃料足りないなら素直に胴体延長版作ればいいんじゃないのか?
こんごう型あたご型もFIC載せてるんだし、アメリカがタイコ後継でバークの船体拡張しようとしないのが不思議。
議会が原因とも聞くが、アメリカ海軍がバーク級の船体拡大を行わないのは謎過ぎるよね
フライトIIIでやっと「こんごう」型程度だもの
海軍にとって最大の敵は
中国でもロシアでもなく
金食い虫と化した装備品の数々。
バブル時代に急成長させた日本の社会インフラのようなものかな
予算減らされて更新が滞り今になってメンテ費用が膨れ上がっている
無計画で急な予算減らしは結果的に財政にとって害だった
後の祭りになってから教訓を得る形になってしまったな
投射量が欲しいなら
次は駆逐艦じゃなく巡洋艦作れば良いのに
今のアメリカには巡洋艦と駆逐艦に、特に何か差があるわけではなさそうだけどね
どう考えても予算上の最大の癌はコロンビア級と次期攻撃型原潜SSN-Xじゃん
それ切って、核任務をバージニア級ベースの艦で代替するだけで米海軍の予算の大半の問題は解決しそうなもんだけど
海軍の通常任務を完膚なきまでに喰い潰してでも核任務限定の能力向上を極めなければならないほど
戦略潜水艦の現状って危機的なものなのかねえ???
現時点のオハイオ、バーニジア級ベースの艦でも今後数十年、必要十分なレベルの能力を持ってると思うんだけど
VPMに搭載可能なSLBMを開発した方が、費用対効果か高いと思うが。
SLBMの射程をトライデントIの7000㎞程度に妥協すればヴァージニアベースでもいけるだろうが、トライデントIIの1万㎞以上を要求する限りヴァージニアベースは無理だろうな。
Mk.41VLAを装備する大型無人艦
スペルミス?アスロックを装備してもあまり意味ないような。
「ジパング」ですかね?(笑)
前甲板VLA開放確認!!アスロック飛翔中!!
ジパングで、最新鋭の切り札とされていたヴェラ・ガルフまで老朽艦扱いとは。
俺も歳を取った訳だ。
最近の米軍を見て思う事は競争相手への対抗意識のみで戦力をひたすら拡大すればする程後々痛い目を見るという事か。
冷戦期の軍拡で主敵のソ連を打倒したので、そのこと自体は正しかったのでは?
その時に中国の台頭を予測しろというのは酷だと思います。
いやこの問題は冷戦後に非対称戦向けの装備新開発しようとして
既存装備の更新後回しにしてたのが原因でしょ
戦力拡大させてたというよりむしろ停滞してたのが原因なような?
ここから得られる教訓は装備の更新は順番にちゃんとやりましょうねって事かと
経済好調な感じはしますが・・
世界の警察を装ったところで、見合う利権は得られていないのでしょうか?
車でも家でも何にでも維持費は発生しますからね。日本も程々にしておかないと
中国がおとなしくしてくれりゃ誰も軍拡なんぞせんのだがね…
程々にしといて亡国になるわけにはいかんでしょ
でも米国は覇権国家でないとドルの価値を守れないよね?
蓮舫じゃないけど、一番じゃないと国家経済を維持出来ないのが米国
まず冷戦時と同じだけの火力投射量を維持するのが無理筋なのでは?
今度の相手は冷戦時より強大なのですがそれは…
本題と関係ないんですが、ネームシップの「タイコンデロガ」。
響きがインディアン(ネイティブアメリカン)のつけた地名っぽい響きなので、先住民に敬意を示してつけたのかなーと思いました。
が、西欧植民者が作った有名な要塞があったのだそうで。
タイコンデロガ砦。
ま、意外性のない話でした。
正規戦での生存性や戦闘持続力を考えると駆逐艦よりも巡洋艦を持っておきたいという話はいかにも分かりやすいけど、当の米海軍はタイコ級の穴埋めする気が全然なさそうなのが笑える。イージスシステムだけは最新のベースライン8相当に対応させて共同交戦能力も持っているとはいえ、半数が艦齢40年を超える老朽艦は戦闘システムや艦艇設計レベルでもう現代の戦闘に耐えられないと見做されて、VLSのセル数=弾薬庫としてはともかく戦闘正面を張る戦力としては既に失われている扱いだったりするのでは(それでも日本を含むミサイル防衛には欠かせない存在だけど)。乗員350人の巡洋艦が7隻純減となると単純計算2500人(ローテを含めると最大でその3倍)の乗員が配置転換や人員整理にあう訳だけど、今のアメリカ軍はそういう聖域を守ろうという気が全然ないのな
今の時代m巡洋艦と駆逐艦に、特に何か差があるわけではなさそうだけどね
くらやみを
コンステレーション級不要説が出てきそう…
中国海軍がこれほどの短期間に外洋海軍に急成長し覇権を目指す力をつけるとは海軍も議会も予測してなかったてのが遠因じゃないですかね。
唯一の超大国と余裕をこいてた時期に予算とリソースと時間を無駄使いした挙句結果的にインフラ含め海軍全体の弱体化を招いたのは事実。
海軍には中長期戦略を早急に再構築しなきゃならない責任があるが議会の反応は海軍を信用しておらず近視眼的に見える。
中国海軍の実力が一線を越える前に立て直さなきゃならないが、こんな状態でできますかね。
イラクとアフガンで浪費したツケがまわってきてる気がしますが。
記事にもありますが、造船所の近代化などのインフラ面整備は
ロシア海軍が90年代から今日にかけて地道に続けてきたことですね。
今のアメリカ海軍はロシア海軍よりも脆弱な基盤の上に成り立ってるようにみえます。
後10年もすれば、こんごう型も似たような話が出てくるのかな。大体10年間隔で新型イージス整備しているから現状のイージス8隻態勢維持するなら高額になった艦を毎年4隻作る話になるけど、そんな体力残っているんだろうか。それとも寿命延長して対応するのかな。
イージスを毎年のように建造しているだけですげぇと思うけど、それのせいで極端なサイズ変更出来てないのかな。少なくとも船体サイズに関してもサイズが大きいズムウォルトを建造して運用している時点でインフラの問題は無いだろう。大型化する事での重量や強度的な問題、復元性や荒天時の建造コストやランニングコスト増でも恐れているのか。サイズ変更する事に対してのネガな部分がいまいちわかんないよな。
むらさめ型の更新も同時期なのをお忘れなく。